247.人外-Evildoer-

1991年7月14日(日)PM:12:26 中央区精霊学園札幌校東通


 自分達を害する氷の剣の行動の停止。

 徐々に学園内に入り込んでいく植物体。

 どうにかしなければならない。

 そう思ってはいる。

 だが、山中 惠理香(ヤマナカ エリカ)は何も出来ないでいた。


「反応してくださいよ? つまんないじゃないですか?」


 反応を一切示さない惠理香。


「もういいか。しばらく眠っててもらいましょう」


 その瞬間吹き飛ばされた。

 遠崎 正也(トオザキ マサヤ)と西崎 佑一(ニシザキ ユウイチ)。

 二人は何が起きたのかもわからない。


 目の前から二人が突然消えた。

 その事に、驚きの眼差しの惠理香。


「颯爽と助けに来ましたよ。惠理香先生」


「もう、何かっこつけてるの?」


「マテア、わかってるよね?」


「うん、ダイジョウブ。ユートのセンセータスケル」


 西崎を吹き飛ばした河村 正嗣(カワムラ マサツグ)。

 彼と一緒に現れたのは沢谷 有紀(サワヤ ユキ)だ。

 遠崎を吹き飛ばしたのは、正嗣でも有紀でもない。

 ミオ・ステシャン=ペワクとマテア・パルニャン=オクオの二人。


 その背後には三人。

 ヘッドセットをしたアイラ・セシル・ブリザード。

 エレアノーラ・ティッタリントンは大型の剣を手に握っている。

 杖を持っているのはクラリッサ・ティッタリントン。

 臨戦態勢で立っていた。


「クラリッサは、惠理香ティーチャーを医務室へ。私とエレアノーラは植物体を排除します。四人とも本当にまかせてよろしいのですね」


「ああ、あいつらとは因縁もあるしね」


 正嗣の言葉に同意するように頷く有紀。


「あ・あなた達どうしてここに?」


 苦しそうな声を吐き出す惠理香。


「私達三人は、古川理事長の要請ですわ」


 そう答えると、優雅に一礼したアイラ。


「俺は有紀とミオちゃん、マテアちゃんと高等部で雑用のお仕事してたんだけどね。一部始終見ていたから、じっとしてられず」


「一人で突っ走るので私達も来てしまいました」


「俺と有紀が西崎、ミオとマテアが遠崎でいいんだな? お前ら本当にあの不可視の攻撃躱せるんだよな?」


「大丈夫デス」


「ミオが言うからダイジョウブ」


「いまいち不安だな」


「エレアノーラは、左側をまかせます。右側は私におまかせを」


「わかりました」


 近づいてくる植物体。

 片っ端から斬り伏せていたエレアノーラ。

 進行方向を反転させた。

 左側に向かい始める。

 同時に、近づく植物体を斬り伏せていく。


「未知の植物、おぞましいですわね」


 右手を前に翳したアイラ。

 濃密な魔力が手に集まり放たれた。

 植物体を貫くと、凍結していく。

 凍結された植物体は、数秒後粉々に砕け散る。


 走り出した正嗣。

 立ち上がった西崎の顔面に、蹴りを叩きこむ。

 再び吹き飛ばされる西崎。


 頭を振って立ち上がる遠崎。

 向かってくるミオとステア。

 拳大の空気の塊を無数に射出した。

 しかし、まるで見えているかのようだ。

 苦もなく躱していく二人。


 クラリッサは、惠理香を背負い移動済み。

 既にこの場にはいない。


「かぁーわぁーむーらぁー!!」


 叫びながら水の鞭を繰り出す西崎。

 正嗣は、やっとコントロール出来るようになった力を展開。

 鎚状に形成し、水の鞭を弾き飛ばす。

 それでも防ぎきれないものが出て来た。

 しかし、そこは有紀がサポートを始める。

 半透明の円形のシールドを展開して防いでいた。


「ふざけんなぁ」


 水の鞭を全て纏めた西崎。

 巨大な一本の鞭に形成していく。

 巨大な撓る水の鞭が、正嗣を横から狙う。


「させない!」


 両手を翳した有紀。

 正嗣の左側に形成される半透明の巨大な分厚い盾。

 水の鞭と盾がぶつかった。

 周囲に飛び散る水しぶきと轟音。


 自身の現在の限界まで魔力を注ぎ込む有紀。

 苦悶の表情になり始めている。

 それでも魔力を流すのはやめない。

 しかし、ほぼ無尽蔵に水が存在する学園。

 二つ目の鞭が、正嗣の右側に形成されて撓った。


「おらぁ!」


 鎚を巨大化させた正嗣。

 鞭に叩きつける。

 莫大な水しぶきが、再び周囲に舞う。

 両者が視界をほんのわずかふさがれた。


 その僅かな時間、互いに姿が見えなくなる。

 西崎の手前まで移動していた正嗣。

 彼の鬼の力の鎚が振り上げられる。

 掬い上げるように西崎の顎に吸い込まれた。


 打撃音と共に宙を舞う西崎。

 衝撃が彼の体を駆け巡る。

 妖力を瞬間的に爆発させた反動。

 膝を付いた正嗣は、呼吸も荒い。

 限界まで魔力を消費してへたり込む有紀。


「くそ・・が」


 その言葉を最後に、西崎は意識を刈り取られた。


「くそ、西崎がやられただと?」


 切羽詰った表情の遠崎。

 不可視の攻撃を悉く躱されている。

 彼は余裕も冷静さも失っていた。

 ミオとマテアの、息を付く間もない俊敏な攻撃。

 彼は躱し続けている。

 しかし、西崎が倒された。

 その事により、一瞬注意が散漫になり隙が出来る。

 ミオに足払いをされた西崎は、体勢を崩した。

 直後、マテアに脇腹を蹴り上げられる。

 二人はミオが最初に攻撃。

 その後にステアが追撃をいれる。

 コンビネーションの形を貫いていた。


 空中で腹部に衝撃を受け、更に吹き飛ぶ遠崎。

 ミオのキックが炸裂したのだ。

 彼女は、左眼と比べて右眼が白っぽくなっている。


 吹き飛ばされながら、親指大の空気の塊を飛ばす遠崎。

 攻撃直後ならば当たると考えたのだ。

 だが、人間とは思えぬ柔軟な動作。

 二人はあっさりと躱していった。


 遠崎は、人間じゃなくて、まるで猫の様な動きだ。

 ミオとマテアの動きをそう感じている。

 それもそのはずだ。

 ヘアバンドで耳を隠している。

 尻尾も腰に回して見えないようにしていた。

 だが、二人は猫人族(ウェアキャットゾク)。

 だから、彼の感じている事も半分間違いではない。


 二人が遠崎の攻撃を躱せるのは、からくりがある。

 野生の感覚が二人に教えているのだ。

 鋭敏に空気の流れを肌で感じていると言ってもいい。


 再び、ミオとマテア攻撃により吹き飛ばされた遠崎。

 それでも、フラフラと立ち上がる。

 比較的近くにいた、気絶した西崎。

 彼のの側まで歩いていく。


 彼の行動に疑問を浮かべたミオとマテア。

 お互い顔を見合わせる。

 疲弊して寄り添っている正嗣と有紀。

 二人も遠崎から視線をはずさない。


 西崎の側に屈むと、体をまさぐり始めた遠崎。

 何かを見つけ、取り出すと西崎に突き立てた。

 その後、自分のポケットからも取り出すと首筋に突き刺す。


「奥の手までツカ・ワせ・や・・」


 青と紫と黒のエネルギーに彩られていくと西崎。

 遠崎は、緑と紫、黒のエネルギーに彩られていく。

 突然の軽い衝撃波。

 反射的に四人は手を顔の前に翳した。


 衝撃波が収まり、四人は目を開けた。

 彼等の視界に映った者。

 西崎と遠崎が立っている。

 何事もなかったかのように立っていた。


 しかし、今までと違う部分もある。

 二人とも瞳の白目の部分が無い。

 黒と紫のマーブル模様のように色づいていた。


 皮膚も肌色ではなく、光沢の無い黒紫色。

 造形だけはほぼ今まで通りだ。

 しかし、色合いが常軌を逸しているのだ。


 左手を確認するように眼前に翳した西崎。

 黒紫の皮膚のところどころには青い斑点が存在している。

 自身の手を見て、彼は顔を顰めた。


「遠崎、あれ打ったの?」


「あぁ、打った」


 緑の斑点が存在している右手。

 じっと見ながら答えた遠崎。


「言いたい事もあるけど、その前に百倍にして彼らに返さないとね」


「これが、奥の手・・?」


 正嗣の呟き。

 そこに突如聞こえてくる詠唱。

 声はアイラのものだ。


≪Anima congelationi Sanguinem congelatio Invitamus omnia ad mortem Binding quietis mortem Prison permanentium glacies murum≫


 彼女の言葉の終わりと共変化が起きる。

 遠崎と西崎は何か行動を起こす間もない。

 分厚い氷に覆われて動きを停止した。

 何が起きたのかさっぱり飲み込めない。

 正嗣達四人は見ているだけだった。


≪凍える魂 凍える血 あらゆるものを死へ誘う 静かなる死の束縛 永久氷壁の牢獄≫


 再びのアイラの声。

 正面玄関を塞ぐように、形成された巨大な氷の塊。


「やはり、慣れ親しんだ言葉の方が、精度は高いですわね」

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