287.裏腹-Contrary-

1991年7月21日(日)PM:16:24 中央区精霊学園札幌校第一学生寮男子棟一階一○一号


「よっしひっこにーさまー、おっとどけものでーすよー」


 妙に明るい声で現れた銀斉 吹雪(ギンザイ フブキ)。

 満面の笑みで扉を開けた彼女。

 しかし、そこにいたのは三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)ではなかった。


「義彦はいないのに馬鹿じゃないの」


 冷たく突き放すような反応の陸霊刀 黒恋(リクレイトウ コクレン)。

 微笑だった吹雪の表情が、一瞬で凍り付く。

 義彦が使用していない方のベッド。

 その上で正座している黒恋。

 冷徹な眼差しのまま、吹雪を見ていた。


「ヨ・・シヒコニイイサマハ?」


 凍りついたままの吹雪。

 まるで囁くような、情け無い声になった。


「鬼都と一緒に古川理事長の所に行ってる」


 事実を淡々と告げる黒恋。


「ソ・・・・ソウ。ソレデナンデアンタガイルノ?」


 片言の吹雪にも、黒恋の態度は変わらない。


「霊力の補充。義彦が出る直前に来てしまったから、戻るまで留守番してる。そーゆー吹雪は?」


 やっとの事で普段の表情に戻った吹雪。

 内心は恥ずかしいやら、情け無いやらだ。

 いろいろな感情が交錯して飛び交っている。


「ファビオさんに報告行ったら、義彦兄様の新しい眼鏡預かったからと・届けに」


「そう。私が預かればいいの?」


「やだ。私も義彦兄様が戻るまで待つ。私が責任を持って渡すんだから」


「そう。わかった」


 手に持つ袋をテーブルに置いた吹雪。

 少しおろおろした後、椅子に座った。

 普段なら言い争いを始めるところだ。

 だが、至極真面目な黒恋の表情。

 珍しく吹雪は空気を呼んだ。


 無言の二人、一秒また一秒と時間だけが経過していく。

 沈黙の空気だけが漂っている。

 先に静寂に膝を屈したのは吹雪。


「ねぇ、黒恋。意志ある異装器(イソウキ)との契約って誰でも出来るの?」


 彼女の言葉に、一瞬眉を顰めた黒恋。

 しばらく答えるか迷った黒恋。

 しかし、吹雪の質問に答える事にした。


「契約そのものは可能。ただお互いが了承する必要がある。相性や属性も大事。だけどそれ以上にお互いの信頼関係が一番大事。契約したからと言って、直ぐに完全に使いこなせるわけでもない」

 そこで、一瞬躊躇した黒恋。


「裏の方法として強制的に契約する方法もあるけど、使用者にも異装器(イソウキ)にも多大なる精神的負荷がかかるらしい。相手が嫌がっているのに、強制的に支配するなら当然だけどね。もっとも私が最前線にいた頃の話しだから、今どうなってるのかは知らない」


「そうなんだ。それじゃまず友達にならないと駄目ってことか」


「友達・・そうだね。その前に探す必要があるけど」


「水属性の霊装器(レイソウキ)か」


「魔装器(マソウキ)という手も。後は妖装器(ヨウソウキ)」


「あ、気付いてたんだ」


「・・・・うん。気付いたのは昨日苹果(リンゴ)を瞬間凍結させた時。ほんの微かだけど妖力を感じた」


「そっか。戦闘以外使わないようにしてたんだけど・・・・・無意識に出ちゃったんだろうな」


「そっか。無意識に・・・。心の中に仕舞って置く」


「・・・こんな事言うのは不愉快だけど。ありがと」


「不愉快なら言わなければいい。私も吹雪にお礼言われるのは不愉快」


 不愉快と言葉に出している二人。

 その表情は、言葉とは裏腹。

 不愉快とは程遠いものだった。


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1991年7月21日(日)PM:21:43 中央区精霊学園札幌校時計塔五階


「急に酒持参で訪ねて来るなんてな。珍しい事もあるもんだ」


 笑いながら語りかける古川 美咲(フルカワ ミサキ)。

 彼女の率直で直球の言葉。

 山中 惠理香(ヤマナカ エリカ)は薄らと微笑むだけだ。


「まっ、そろそろ来るかもしれないなとは思っていたからな」


「・・・そうなんだ」


「あぁ、何しに来たのかも大方予想は出来るがね。悪いが片手がこんな状態だ。麦酒とか冷蔵したいものは勝手に冷蔵庫に突っ込んでくれ」


 ビニール袋を持ったままの惠理香。

 彼女は靴を脱ぐと冷蔵庫まで移動した。

 惠理香の後を追うように古川も移動する。


「麦酒十二本にワイン三本。どんだけ呑む気だよ?」


「折角だしね」


 冷蔵庫に入れ終わった惠理香。

 麦酒の缶を二本だけ手に持った。


「冷凍庫にグラスが冷やしてある」


 右手だけで冷凍庫を開けた古川。

 器用にビアグラスを一つ取り出す。

 手に持っていた麦酒の缶。

 テーブルに置いて戻ってきた惠理香。


 古川よりグラスを受け取る。

 開いた右手に、古川はもう一つグラスを持った。

 テーブルに戻った二人。

 惠理香が購入してきた惣菜をテーブルに並べる。


 その後、相手のビアグラスに麦酒を注いでいく二人。

 注ぎ終わった後、二人はビアグラスを手に持った。

 乾杯という言葉と共に軽く打ち合わせる。

 一気に半分程流し込む古川。

 喉を二回鳴らすだけに留める惠理香。


「それで、一応予想はついているが、ただ一緒に呑みたかったってだけでもないんだろ? その表情、その瞳から察するにだが」


「ええ、私が目を背けて逃げたあの事件。今更聞いた所でどうにか出来るとは思っていない。だけど、知るべきだと思った」


「資料を見るだけなら、惠理香の権限でも見れるだろ?」


「そうね。でもあの後も関わった美咲の口から聞きたいの」


「・・・そうか。わかった。ちょっと待ってろ」


 残り半分を流し込んだ古川。

 立ち上がると別室へ移動した。

 惠理香は麦酒の缶を手に持つ。

 空になった古川のビアグラスにビールを注ぐ。


「これを見ながらの方がいいだろうな。酒呑みながら見るのもどうかとも思うが、今更だろうしな」


 彼女が手に持ってきたのは一つのファイル。

 片手で器用に座った古川。

 躊躇する事なく惠理香に突き出した。


「あの事件の資料と個人的に調べた情報だ。未解決事件入りした後も、一応調べてた。立場上余り大っぴらに動けなかったから、進展してないに等しいが」


 古川からファイルを受け取った惠理香。

 少しだけ躊躇した後、一ページ目を開いた。

 古川は、彼女が一ページ目を開いたと同時。

 重くなった口を動かして、説明をし始めた。


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1991年7月21日(日)PM:22:57 中央区精霊学園札幌校第一学生寮男子棟四階四○一号


「明日から学校かぁ」


 ベッドに寝転がっている桐原 悠斗(キリハラ ユウト)。

 彼は無意識は呟いた。


「でも直ぐに夏休みですよね」


 本を読んでいた雪乃下 嚇(ユキノシタ カク)。

 栞を本に挟むと枕の隣に置いた。


「二十六日からだっけ?」


「はい、二十六日から来月の十八日までだったはず」


 少しだけ迷った嚇が答える。


「家に帰るの?」


 悠斗の問いに、少しだけ考える素振りの嚇。


「姉がどうするかにもよります。でもたぶん帰るかな?」


「そっか」


「悠斗さんはどーするんです?」


「んー? 帰る・・のかな? 愛菜次第になるかなぁ? たぶん帰るんじゃないか?」


「お互いに曖昧ですね」


 苦笑する嚇に、悠斗も苦笑いになった。


「チーム登録も済んでるから、仕事を請けるって手もあるからさ」


「あぁ、そうですね。そうかそうゆう手もあるか」


 そこで顎に手を当てて、二人は考えに耽る。


「まぁ、たぶん最初のうちは簡単なのしか駄目なんだろうけどさ」


 悠斗の言葉に、嚇も頷いた。


「ですよね。どんなのがあるのか見てからの方がいいのかもしれないですよね」


「そうだね。その方がいいかも。最初は簡単なのから始めて。徐々にレベルアップしていく方がいいんだろうな」

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