093.困難-Difficulty-

1991年6月9日(日)PM:22:37 中央区特殊能力研究所五階


 第二研究室での報告会は既に終了している。

 怪我人の桐原 悠斗(キリハラ ユウト)。

 彼は、白紙 元魏(シラカミ モトギ)と白紙 彩耶(シラカミ アヤ)が帰宅する。

 そのついでに車で送迎された。


 とろんとして眠そうな鎗水 流子(ヤリミズ ルコ)。

 彼女は再び、第二研究室の別の部屋に篭った。

 所長室に移動したのは、二人だけ。

 古川 美咲(フルカワ ミサキ)に入れてもらったコーヒー。

 三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)は一口飲んだ。


「悠斗に何故あの話しを?」


「今後彼には必要な話しだと思ったからだな」


「必要な話し?」


 椅子から立ち上がった古川は窓際に移動。

 夜空を眺め始めた。

 彼女の言葉の意味を、咀嚼し考える義彦。


「旧い知人に頼まれたのさ。関わる事があれば知識と技術を教えてやってくれってな」


「それで俺に稽古をつけさせたって事か」


「そうなるかな。私が教えるという事も考えたが、年齢の近いエレメンター同士の方がいいかと思ってな」


「なるほど」


 しかし完全に納得したわけではないのだろう。

 義彦は少しだけ訝しげな表情だ。

 そこで突然扉をノックをする音が聞こえる。


「どうぞ」


 古川の声が聞こえたのだろう。

 一人の少女が入ってきた。

 かなり長い白髪を六つに分けており、その先を黒紫の髪留めで止めていた。


 その形状だけをみれば、黒百合にも見える。

 彼女は黒一色の振袖のようなものを着ていた。

 帯も黒一色で、足元の方には黒百合をモチーフにしたのであろう柄。

 髪飾りも黒百合を模している。

 そう思われる形の物を差していた。


 綺麗な白い肌。

 笑えば可愛いのかもしれない。

 しかし、無表情で無愛想にも見える。


「久しぶりだな」


「義彦さん、お久しぶりでございます。古川さん、ご報告に参りました」


「わかった」


「俺はいない方がいいのかな?」


「問題ない。報告してくれ」


「かしこまりました」


 綺麗な声ではあるが、抑揚がなく機械的に聞こえる。


「件の白い狼と桃色の鳥の、対処が完了いたしました。こちらが報告書になります。簡潔に申し上げますと、許容量以上の魔力を注がれた為に本能のまま暴走。魔力消失により沈静化。軽症者は出ましたが死亡者はおりません。少々物損が発生しました。とある少女の管理下に置かれる事になりまして、後日こちらに伺うかと思います。おそらく今後は安全かと考えられます。少女についての詳細は報告書に記載してありますが、何か他に先に伝える必要がある事はございますでしょうか?」


「いや、特に無いな。ところで他のメンバーは元気か?」


「地方にて行動中のメンバーについてはわかりかねますが、私と行動している二人は元気でございます」


「そうか。そういえば、黒百合の花言葉は知っているか?」


「花言葉でございますか?」


「そう、花言葉。義彦は知っているか?」


「俺が知ってるように見えるのか?」


「いや、見えないな」


「黒百合の花言葉は、恋と呪いだったかと思いますがいかがでしょうか?」


「正解だな。知ってても黒百合が好きなんだな」


「はい。魔性な感じや不吉な感じもしますが、何故か綺麗と感じるのでございます。何故そう感じてしまうのかはわかりません。でも黒百合を見ていると癒される気がするのです」


 常に無表情のままだった。

 だが、その時だけは、嬉しそうに少しだけ微笑んでいる。

 義彦は、少女その表情を綺麗だな。

 そう思っている自分に気付いた。


「そうか、本当に黒百合が好きなんだな」


「好き? ですか? そうですね。そうなのかもしれません」


「余計な仕事を増やして悪かったな」


「いえ、お気になさらず」


「【獣乃牙(ビーストファング)】の所在は?」


「申し訳ありません。いまだ所在不明です」


「そうか。わかった」


「それでは」


 彼女は古川と義彦、それぞれに一礼し退出していった。


「まさかここで会うとは思わなかったな。それで白い狼と桃色の鳥ってあれか? 宮の森の建物の?」


「そうだ。報告のあった奴だな」


「そうか。若干気になる部分もあるが、解決したか。後日時間ある時にでも報告書読みにくるわ」


「あぁ、そうしてくれ」


 普段は報告書を机に積み上げる古川。

 しかし、彼女は鍵付きの引き出しを開ける。

 渡された報告書を、取り出したバインダーに閉じた。


「それじゃ明日は学校だから帰るわ」


「私も帰るとしよう。茉祐子の為にも早く帰るようにしなきゃな」


「本当、その通りだよ」


 義彦が苦笑している間に、帰宅の準備をした古川。

 準備が完了したのを確認し、義彦が先に部屋から退出。

 古川が、その後に続いた。


 山本 雄也(ヤマモト ユウヤ)。

 彼が起こした襲撃事件。


 遠崎 正也(トオザキ マサヤ)と西崎 佑一(ニシザキ ユウイチ)。

 二人が起した乱闘事件。


 どちらもとりあえずの解決をみた。

 しかし、三人共、会話のキャッチボールすら困難な状態だ。

 噛みあわない会話しか出来ない状態。

 その為、薬瓶の入手先について、何一つ情報を入手出来ていない。


 それでもとりあえず事件が収束した。

 その事には変わりない。

 古川は当然ながら、それぞれの事件に関わった悠斗と義彦。

 二人も安堵したのは間違いなかった。


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1991年6月9日(日)PM:22:49 中央区環状通


 一人家に帰る為に歩く義彦。

 研究所の前で、義彦は古川と別れている。

 別れて直ぐに、電柱に隠れて研究所を除く人物を発見した。

 義彦は、真っ直ぐに歩いて近付いてく。


「新人受付の園崎さん?」


 彼の視線の先で、電柱に隠れている人物。

 紅緋色の髪のポニーテールが見える。

 褐色の肌が艶かしい、園崎(ソノザキ) リーザだった。


「オーゥ!? ミツイクンジャナイデスカ!? コワイデス!! ヤバイデス!! シニガミデスヨ!?」


 怯えた顔で、興奮気味に話しかけてくるリーザ。


「え!? 怖いとやばいはともかく? シニガミデスヨ?」


 彼女の言葉が聞こえている義彦。

 しかし、その意味を瞬時に判断出来なかった。


「ソー!! デンジャーデス!! シニガミデス! グリムリーパーナノデース!!」


「えっと、何を言ってるんですか?」


 リーザの言ってる意味を、全く理解出来ない義彦。

 そんな事もお構い無しに、彼女は捲くし立てる。


「スリーガールナ!! シニガミサンデース! ワンガール!! ケンキュウジョニゴーホームシタヨ!」


 もしかしたら彼女自身、何を言っているかわかっていないかもしれない。


「三人の女の子の死神? 研究所へゴーホーム? 帰宅するって意味だっけ?」


「ノー! ゴーホーム、ノー! イントゥルードュヨ!」


 微妙に噛み合わない二人の会話。


「イント何? ってか、そもそもがリーザさん。ここで何してんの?」


「オー! ワタシ、サイフ、コウイシツロッカーニ、フォゲットシタネー!」


 英語と日本語の入り混じった会話。

 徐々に義彦も混乱して来る。


「ソシテリターンシタ! ソコデホワイトヘアーガール!! スリーグリムリーパー!! シーシタンダヨ!!」


「財布取りに戻った? 白い髪女? 三人、グリムリーパーって死神か? しーしたんだ?」


 頭をフル回転させる義彦。


「三人共、変な形のケース持ってました?」


「オー! カーブドゥシタ! エルタイプナケース!! モッテタヨー!!」


 そこで理解が及んだ義彦。

 思わず爆笑してしまう。

 しかしリーザは、彼が笑っている意味を理解出来ない。


「ワット イズ ファニ-!?」


 しばらくして笑いの収まった義彦。

 彼は彼女が見たものについての説明を始める。

 リーザに納得させる説明を続ける義彦。

 終わる頃には、既に一時間が経過していた。


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1991年6月9日(日)PM:23:01 中央区桐原邸一階


「本当? 大丈夫!?」


 パジャマ姿でソファーに座っている悠斗。

 隣に座っている中里 愛菜(ナカサト マナ)は、心配そうな眼差しだ。


「さすがに体育は見学だろうけど。普通に動く分には大丈夫だと思うよ? ちょっと動作が鈍いかもしれないけどね」


 悠斗は、愛菜の頭に上に手を置いた。

 そのまま優しく撫で始める。

「大丈夫ならいいけど?」


 それでも彼女は、心配そうな表情のままだ。


「余り無理はするんじゃないよ」


 三笠原 紫(ミカサワラ ムラサキ)がパジャマ姿で歩いてくる。

 彼女の両隣にはミオ・ステシャン=ペワクとマテア・パルニャン=オクオ。

 紫と手を繋いでいる二人もパジャマ姿だ。


「はい。当分は大人しくしてます」


 紫が通訳したのだろう。

 ミオとマテアも、心配そうな眼差しで悠斗を見ている。


「二人にも心配させちゃってるみたいだな」


 立ち上がった悠斗。

 ミオとマテアの前まで歩いた。

 二人の頭に手を置くと、優しく撫でる。

 二人は嬉しそうな表情だ。 


「それじゃ、そろそろ寝るかな」


「うん、そうだね。明日は少し早く起きないと駄目だろうし、早めに寝よう」

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