045.風蹴-Windkick-

1991年6月1日(土)PM:14:28 中央区宮の森


「二人とも大丈夫か?」


 三井さんがこちらに歩いてくる。

 双菜さんは青い顔をしていた。

 なんとか自力で立ち上がった双菜さん。

 それでもフラフラしている。

 僕が肩を貸す形で、彼女を支える事にした。


「桐原・・・おまえ・・・」


「びっくりしました?」


「あぁ」


 こんな事も出来ると思い出したのは、久下 春眞(クゲ ハルマ)との一戦の時だ。

 そう、小さい頃の愛菜との記憶を思い出した時。

 あの時はこんなにうまくはいかなかったけど。


 あの事件の後、うまくコントロール出来るように何度も試した。

 愛菜や、他の皆にばれないように注意しながらだ。

 その為、中々長い時間試す事は出来なかったけど。


「出来れば、誰にも言わないでもらえるとありがたいですけどね」


「わかった」


 双菜さんもコクコクと頷いてくれた。


「とりあえず、双菜さんもいるし、一度戻るぞ」


「そうですね」


 三井さんは僕の反対側に回った。

 僕と同じように彼女の肩を支えて歩き出す。

 僕と双菜さんも、それぞれの足を動かしはじめた。

 もちろん双菜さんの歩く速度に合わせている。

 なので、余り速くは歩けないけど。


「いろいろと非常識過ぎるな・・・」


 三井さんの言う通り。

 あんなにでかい蟻っぽい物なんて、普通に考えて有り得ない。

 本当は三井さんは、アレを放置したままにしたくはないのだろう。

 たぶん他にも、奴と同じのがいる可能性を考えていると思う。


 僕も正直、非常識過ぎて何をどう言えばいいかすらわからない。

 三井さんも双菜さんも、同じような事を考えているのだろうか?

 僕達三人は、無言のまま、お屋敷に戻る為、ゆっくりと歩き続けた。


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1991年6月1日(土)PM:14:29 中央区特殊能力研究所五階


 ウェーブのかかった、茶色い髪のスレンダーな女性。

 デスクの椅子に座り、コーヒーカップを口に運んだ。


 ソファーに座っている金髪の強面の男性。

 手に持っている書類を眺めている。

 書類に目を通し終わったのだろう。

 視線を上にあげた。


「四対一なのに、相手を撤退させるとか、あいかわらず恐ろしい人だわ」


「褒めているのか?」


「さいですよ。所長は絶対敵にしたくないわ」


 冗談っぽくにやけている。


「つーかそもそも、その四人は何しに来たんだろうな?」


「相手も本気ではなかったようだからな、小手調べかもな」


「小手調べ・・ね」


「そう、小手調べさ」


「何が目的なんだか?」


「彩耶に調べてもらっているが、果たして尻尾を掴めるか・・・」


 言った後、彼女は窓の外をぼんやりと眺め始めた。


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1991年6月1日(土)PM:15:31 中央区緑鬼邸二階


 僕と三井さんは、応接間らしき部屋にいた。

 市菜さんと対面する形で、ソファーに座っている。

 かなりショックを受けていた様子の双菜さん。

 彼女は別の部屋で休んでもらっている。


 少し前に、伊都亜さんが麦茶を持ってきてくれていた。

 僕と三井さんは、コップに注がれた麦茶を半分位まで一気に飲む。

 カラカラの喉を潤す為だ。


 僕達の表情のせいだろうか?

 彼女は戻っていく時に、少し不安そうな顔をしていた。


 伊都亜さんが去った後、僕と三井さんは説明を始める。

 双菜さんに案内されてから、ここに戻るまでに起きた事を、市菜さんに説明した。

 その上で、アレについては口外しないように伝える。

 無意味に不安を煽らないようにする為だ。


 突飛な話しすぎて、市菜さんの顔は信じていなさそうだ。

 それも当然だと思う。

 僕だってこの目で見たにも関わらず、信じられない。


 とりあえず、他の皆が何をしているか聞いてみた。

 愛菜や吹雪さん達と桃鬼族(トウキゾク)の女性陣は、厨房にいるそうだ。

 そこで料理についてアレコレ聞いているらしい。


 桃鬼族(トウキゾク)の男性陣は、大広間だ。

 緑鬼族(ロクキゾク)の女性陣と、楽しくおしゃべりしているらしい。

 とりあえず、皆はお屋敷の中にいるようで一安心。


「市菜さん、電話を借りたいのだが、いいだろうか?」


 三井さんの突然の頼み。

 市菜さんは快く了承してくれた。

 古川所長に電話するのだろう。

 予想通りだった。

 古川所長と話しをしているようだ。


 何か表が騒がしくなっている気がする。

 誰かの悲鳴が聞こえた。

 この声は、伊都亜さん?


 僕と市菜さんは急いで部屋を出た。

 三人の緑鬼族(ロクキゾク)が倒れている。

 一番手前の男性が、苦しそうにしながら、僕達の方を向いた。

 何が起こったかのかを話し始める。


「い・・・伊都亜ちゃんが・・く・・黒い服・・の・・奴に・・」


「えっ!?」


 伊都亜さんが、黒い服の何者かに誘拐されたって事か?


「何があった?」


 遅れて三井さんが、僕達の後ろに現れた。

 悲鳴を聞きつけたのだろう。

 厨房にいるはずだった愛菜達と桃鬼族(トウキゾク)達。

 中庭を挿んで反対側の廊下を、こっちに向かってくる。


「伊都亜が誘拐された?」


 ぼそりと呟いた市菜さんの言葉。

 それだけで、三井さんは何が起こったか理解したようだ。

 三井さんが動こうとした時、視線の先に黒いアレが見えた。


 正面玄関は一階だが、裏口は二階の位置にある。

 立地の都合上なのだろう。

 だから、コイツは森を抜けてダイレクトに二階に現れた。


「くそ、またアレか・・・!」


 三井さんの独り言。

 ここで力を使えば、愛菜にも見られる・・。

 コンクリートの壁なら、操作は出来ると思うけど・・・どうする!?


「桐原、力はここでは使うな」


 三井さんはアレに向かって走り出した。


「ヒッ!?」


 市菜さんはアレを見て、唖然としている。

 その心の中は、驚愕か恐怖か?

 まあそれが、普通の反応だよな。


 三井さんは走りながらも、指示を忘れない。

 こちらを向く事もなく、諭すような声音で言葉を紡ぐ。

 一度見ているからなのか、彼は見た感じ冷静だった。


「市菜さん、怪我人の手当をさせろ」


 黒いアレの目の前まで辿り着いた三井さん。

 その頭を押し出すように、風を纏った蹴りを放った。

 一瞬だけ、赤黒いオーラみたいなのを纏った気がする。

 黒いアレは、背後のコンクリートの壁を突き抜けていった。

 風を纏っていたとはいえ、どんなキック力なんだよ・・・。


 三井さんの言葉で、我に返った市菜さん。

 到着した人達に指示を与え始めた。

 気付けば僕の背後まで来ていた吹雪さん。

 こちらを向いた三井さんの視線が、吹雪さんと交わった。


「三井兄様、何が・・・・?」


 たぶん、何が起きたと聞こうとしたんだろう。

 その吹雪さんの言葉を遮る三井さん。


「吹雪、お前は、近藤が来るまで皆を守れ。市菜さん、俺達が戻るまで、誰も屋敷から出さないようにしろ」


 そう言うと僕の方を見る。

 まるで、行くぞと言わんばかりの視線。


 何も言わず走り出した三井さん。

 近くまで来た愛菜が、何か言おうとしているようだ。

 しかし僕は、無視して三井さんの後を追って走り出した。

 裏口を通り、先に外に出ていた三井さんに合流。


 三井さんはそこで、今度は風で、黒いアレを森の中に吹き飛ばしていた。

 その威力は、一体目の時とは非にならなかったようだ。

 吹き飛ばされながら、風に翻弄されて飛んで行った黒いアレ。

 飛んで行った先に辿り着くと、原型を留めずにバラバラになっていた。

 体液っぽいものにまみれてスプラッタですね・・・。


 大きさが大きさなので、少しだけ胃がむかむかしたよ。

 三井さんは全然平気のご様子。

 黒いアレの成れの果てを一瞥すると、再び先に進みだした。


「伊都亜って確か、桐原と楽しそうに話してた眼鏡の緑鬼の少女だったよな?」


「そうですね。助けないと」


「桐原、何処に黒いアレがいるかわからんから注意しろよ」


 頷いた僕は、周囲を警戒しながら進む。


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1991年6月1日(土)PM:15:57 中央区緑鬼邸二階


 怪我の手当をされて、横に寝かされている三人の緑鬼族(ロクキゾク)。

 見た限り怪我は対した事ないようだ。


 碧 市菜(ヘキ イチナ)と翠 双菜(スイ フタナ)。

 不安そうな表情の二人。

 大広間に集められた他の者達も、落ち着かない表情だった。


「守れって言うけど、何から守ればいいんだろう?」


 銀斉 吹雪(ギンザイ フブキ)は誰に問うでもなく呟いた。

 しかし、それに答える者はいない。


 三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)や桐原 悠斗(キリハラ ユウト)でさえ答えられない。

 相手が何なのかも、目的もわからないのだ。

 それなのに、ここにいる誰かが、答えられるわけもない。


 中里 愛菜(ナカサト マナ)は不安だった。

 彼女自身何が不安なのかよくわからない。

 しかし、彼女の心の中から、不安感だけは消えなかった。

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