135.潰音-Squash-
1991年6月10日(月)PM:13:06 中央区人工迷宮地下一階西ブロック
「詳しい事は後だ」
緑肌の一体を、右拳で殴り倒しながら言った桐原 悠斗(キリハラ ユウト)。
不安定ながら、身体強化した河村 正嗣(カワムラ マサツグ)。
緑肌の一体を蹴り飛ばした後に答えた。
「そうだな」
緑肌の手から落ちた片手斧。
左手で拾った悠斗。
右手と同様にナックル状に変化させる。
今度は、質量の差なのか、左手の前腕の半分位まで覆う事が出来た。
それでも多勢に無勢である。
今のところは致命傷は避けてはいる。
とはいえども、徐々に傷が増えていく二人。
どう考えても、負け戦にしかならない状態だ。
アルマ・ファン=バンサンクル=ソナーを引っ張っている沢谷 有紀(サワヤ ユキ)。
元々運動の類は苦手で、力が強いわけでもない。
少し離れたとはいえども、すぐに追い付かれる距離だ。
「お願い走って。あの二人ががんばれる間に援軍を・・!?」
懇願とも、叫びとも言える有紀の独白。
しかし、その言葉にアルマは反応を示した。
「あなたの・・大事な人・・なのね・・」
「えっ!? う・・うん」
「援軍はいらないわ」
有紀の手を振り解いたアルマ。
自分の足でしっかり立ち上がり、悠斗達を見据える。
そこでは、片膝をついて倒れそうな正嗣。
彼を何とか助けようとするも、群がる緑肌に押されている悠斗が見えた。
緑肌の一体が振り上げた剣が、正嗣に振り下ろされる。
何とか横に転がり交わした正嗣。
しかし転がる先に待ち構えた緑肌が、棍棒を振り上げていた。
残念ながら正嗣は、その存在に気付いていない。
周囲を見ている余裕などないのだ。
まさに絶体絶命である。
≪スペエル デス リチュト エデレン エインドリンゲン イン ディエ ジエル≫
アルマが掲げた手、頭上で形作られた光の鎗。
高速で射出され、途中で分裂。
まるで流星の如く降り注いだ。
悠斗と正嗣には一切触れる事もない。
その場にいた緑肌だけ、頭の上から串刺しにしていた。
悠斗も正嗣も有紀も、その威力に絶句するしかない。
赤肌が、その手に持つ棒状の赤い粒子の塊。
悠斗に振り下ろそうとしている。
しかし、アルマはすでに彼の側に移動していた。
彼女の左手は、赤肌に向けられている。
≪リチュト デル アウスウィルクンゲン ヘフティグ クナルレン≫
黄色の衝撃波に弾かれた赤肌。
正嗣を狙っていた青肌に衝突。
二体が絡まりながら壁に激突する。
その後、まるで内側から弾ける様に破裂した。
「・・・これで貸し借りなし。・・・いきましょう」
悠斗と正嗣は、痛みに顔を顰めている。
立ち上がると、有紀とアルマの方へと歩き出した。
「助かった」
少し複雑な表情で、そう伝える正嗣。
「ありがとう」
素直に、感謝の眼差しで言った悠斗。
「ん・・」
二人の言葉に少しだけ微妙な表情のアルマ。
その瞳は悲しみと後悔に満ち溢れている。
悠斗も正嗣もその事を何となく理解した。
しかし、何と言葉をかけるべきかわからない。
走り出したアルマ。
彼女に置いてかれないように、有紀に悠斗、正嗣も走り出した。
先頭を走るアルマの瞳の光。
徐々に無くなって行くが、完全に消失はしない。
誰にも聞こえない声で、アルマは呟いた。
「アルス、ごめんね。かならず弔うから。少しだけ時間を頂戴・・」
その瞳に、微かに昏い情動を孕んでいるアルマ。
有紀と、手を繋いで進んでいる。
悠斗と正嗣は、二人の前方に移動。
周囲を警戒しながら進んでいた。
しかし有紀とアルマは、道をほとんど把握していない。
アルス・ファン=バンサンクル=ソナーに、連れられるまま入った為だ。
悠斗と正嗣は、無我夢中でアルスを追いかけて来た。
その為、間抜けな事ではあるが、迷宮の構造がうろ覚えでしかない。
事前に渡されていた地図をアルマは持っている。
だが、半ば思考が崩壊している彼女。
その存在が忘却の彼方だった。
先頭の二人が、記憶を頼りに進む。
と言っても、似たような景色。
変化の無い光景ばかりが続いている。
「やばいよな」
若干困り気味の表情の悠斗。
正嗣も同様に、困った表情だ。
「ど・どうしたの?」
不安で、今にも泣き出しそうな顔の有紀。
二人に問いかけた。
だが、彼女も何となく、理由はわかっているつもりだった。
「無我夢中で来たからさ。出口が・・ね」
歯切れの悪い正嗣の言葉。
悠斗も同意の意味で、苦しげに頷いた。
アルマは微かに、瞳に光はあるものの、三人の会話にも何の反応も示さない。
しばし無言のまま、進む事も出来ず足を止めている。
一箇所に留まり続けるのは、危険ではあるのはわかっていた。
最初に、その音に気付いたのは悠斗。
「何の音だろ?」
「音?」
訝しげな表情になる正嗣と有紀。
しかし二人も少ししてから、その音に気付いた。
余り心地良いとは言えない音なのが問題である。
「な・何かの音? なにこれ?」
「何の音か判然としないけど、嫌な感じの音だ」
「どうする? 味方とは限らないんじゃないか?」
悠斗の問いかけに、即座に答えられない二人。
「段々音が近づいてきてないか?」
正嗣の言う通り、その音は段々と近づいてきている。
そして音が明瞭になってくるにつれて、三人の脳裏には嫌な想像が浮かび上がった。
アルマは、実際に見たものを頭の中で認識しているかどうかは不明だ。
四人の視線の先。
角からまるで、逃げるかのように向ってくる緑肌が三名。
全員が金属製っぽい鎧に身を包んでいるようだ。
そのうち一名の鎧には、胸に僅かな盛り上がりがある。
どうやら女性のようだ。
その後にその角を曲がってきた人物。
暗がりと距離の為なのか、その容姿は判然とはしない。
しかし、血に塗れた両手だけが異様に長いフォルム。
場違いで恐怖に値するに充分だった。
叫び声を上げそうになるのを何とか堪えた三人。
一人目が、その所々が透けて見える巨大な手に捕まる。
そのまま、握り潰され拉げた。
恐怖と恐慌。
一度抑えた叫び声。
再び上げたい衝動に駆られる三人。
爛々と瞳だけが輝く第三の人物。
その右手が、二人目の足を、その色がついてたり透けてたりする指で掴んだ。
まるで強度等感じさせないかのように握り潰す。
転がる二人目は、痛みに叫び声をあげる。
だが、直ぐに声は途切れた。
覆いかぶさった左手に、プレスされるかのように、捻り潰されたからだ。
声をだせば、叫び声しか出せないとわかっている三人。
何も言葉を出す事も出来ない。
ただただ目の前の惨劇に、圧倒されるだけだ。
恐怖の余り、麻痺した思考。
逃げるという選択肢を吐き出す事すら、出来ないでいた。
唯一残った、三人目の女性らしき緑肌。
悠斗達の方へ走ってくる。
肌の色が緑と言う事を覗けば、その顔は決して醜くはない。
どちらかと言えば、人間的な顔にも見える。
ただしその表情は、恐怖という言葉一色で塗り潰されてた。
巨大な右手に捕まり、徐々に潰されて拉げていく彼女。
「タスケ・・」
「やめ・・」
ほんの一瞬の出来事ではあった。
だが、三人には、とても長い時間の出来事にも感じられた。
その最中で、悠斗がカラカラの喉から捻り出した言葉。
最後まで言う事は出来なかった。
既に、緑肌の彼女は、元がどんな顔だったのかさえわからない。
それ程にグチャグチャに潰されている。
開かれた右手から、床にドサリと落ちた。
恐怖の余り叫ぶ事さえ出来ない。
アルマから手を離して、その場に崩れ落ちた有紀。
失禁してしまった彼女。
この状況では、誰が責められるだろうか。
悠斗も正嗣も、何とかその場には立っていた。
汗だくで、目の前の、現実離れした殺戮の一部始終。
その事実に、頭がどうにかなりそうだった。
「まさかここで君に会うとは思わなかった」
徐々に近づいてくるその第三者。
その言葉の意味を、斟酌する余裕は悠斗にはなかった。
言葉の意味を理解する事さえ叶わない。
目の前で起きた出来事を飲み込む事は出来る。
しかし、噛み砕いて、どうにかする事の出来ない三人。
ゆっくりと近づいてくるその人物。
姿形が認識出来る距離になった。
そこで悠斗は、その言葉の意味をやっと理解するに至った。
三人とは裏腹に、目の前に現れた人物を認識したアルマ。
その瞳に宿った昏い情動が、膨れ上がっていく。
しかし、三人は誰一人気付いていない。
目の前の声の主。
彼だけは、まるで理解でもしているかのようだ。
アルマに視線を移し、呟くように零した。
「中々に面白い組み合わせだな」
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