118.十年-Decade-

1991年6月10日(月)PM:12:06 白石区菊水旭山公園通


「なんだそれ? まあいいや。ブリジット、僕は倉橋、隣の口の悪いのが近藤」


 少し顔を上げたブリジット・ランバサンド。

 彼女が話しを聞く気があると判断。

 更に言葉を続ける倉橋 元哉(クラハシ モトチカ)。


「ブリジット、君が火傷してないのはね。難しい説明は省くけど、簡単に言うとね。君に纏わりついた炎だけ、近藤が自分の魔子・・魔力でコーティングしてたんだよ。だから体に直接的なダメージはなかったんだ」


「それでも熱を完全に防げるわけじゃねえ。熱かったとは思う。わるいな」


 倉橋の後に、近藤 勇実(コンドウ イサミ)がお詫びの言葉を述べた。


「イエ・・コチラコソ・・アリガトゴザイマス」


 再び少し俯いた彼女。


「トツゼン・・オソイカカッタリシテ・・ゴメンナサイ」


 言葉の中に宿る彼女の感情。

 いかようなものなのだろう。


 車を発進させた近藤と助手席の倉橋。

 二人は甘いと言えば甘いのかもしれない。

 車中で、事件の事は一切問い詰めなかった。

 まるで示し合わせたようだ。


 研究所までの帰路。

 地元のうまいものの話しや、知り合いの学生達。

 彼等の話しをブリジットに聞かせる。


 話しをされている学生達。

 今頃くしゃみをしているのかもしれない。

 その間、ブリジットは少し嬉しそう。

 はにかみながら、二人の話しに聞き入っていた。


 途中で目を覚ました人狼。

 暴れ始めたので一度車を停車させた近藤。

 後部座席のドアを開けて拳一発。

 人狼は痛恨の一撃を喰らい悶絶。


 その後は再び、倉橋と近藤が話しをした。

 楽しそうにブリジットが聞いている。

 そんな感じで、車を走らせていった。


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1991年6月10日(月)PM:12:09 中央区大通公園八丁目


 しかめっ面の相模 健一(サガミ ケンイチ)。

 今日一日。

 今に至るまでの状況にうんざりしていた。


 突然、変な結界らしきものが張り巡らされる。

 それがまるで、合図だったかのようだ。


 久しぶりのデート。

 なのに、彼女と些細な事で喧嘩してしまった。

 彼女は泣きながら立ち去る。


 追いかけようとした健一。

 突然視界を覆う闇。

 彼を中心に大通公園が隠れる程の黒い壁。

 四角錐を形成するように張り巡らされた。

 そして今に至る。


 言葉を発する事もない。

 襲い掛かってくる存在。

 何とか躱してはいる。


 しかし、既に三度喰らっていた。

 右前腕と左上腕を斬られている。

 背中にもかすっていた。


 出血した傷口に痛みが走る。

 だが、そんな事に構っている状態ではなかった。


 何度か岩塊を射出した。

 しかし、相手の姿も気配も感じない。

 当たる事なく。黒い壁に衝突し砕けた。


「魔法で形成された結界。それもかなり頑丈のようだ。力押しでは破壊できそうもないか。とりあえずは、俺を攻撃してきている奴を何とかしないといけない。が、そいつが術者ではない可能性もある。やっかいだな」


 誰に問うでもない。

 独り言の如く呟く健一。

 やんだと思われた攻撃。


 どうやら、再び開始されたようだ。

 右腿から飛び散る鮮血。

 ついで背中に走る衝撃。

 健一は吹き飛ばされた。


 転がりながらも何とか立ち上がろうとする。

 しかし、腹部を何かで抉られた。

 そう感じた直後、意識を手放す。


「思ったより時間かかりましたの」


 姿形の見えない何者かの声。

 一休みするかのように、独り言を呟いた。

 声は比較的高音で、女性のようだ。


 突然、四角錐の一部が砕け散った。

 何かが進入して来る。

 彼女はそこで本らしきものを持つ人を見た。

 直後、水色のサーペントのようなもの。

 そいつが自分を貫くのを最後に記憶が途切れた。


 徐々に消失していく四角錐。

 血塗れで、大地に伏している健一。

 水色のサーペントのようなもの。


 十代前半とおぼしき少女も倒れている。

 本らしきものを片手に持っている女性。

 目の前の光景に絶句して、立っていた。


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1991年6月10日(月)PM:12:24 中央区大通公園一丁目


 古川 美咲(フルカワ ミサキ)のバイクの移動する速度。

 さすがに追いつく事が出来なかった。

 彼女を見失った二人。


 向う先として考えられる二つ。

 そのうちの一つ、大通テレビ塔へ向うアグワット・カンタルス=メルダー。

 隣にはアリアット・カンタルス=メルダーもいる。

 しかし先程とは違い、早歩き程度の速度だった。


 アグワは再び、あの時の記憶を思い出してしまう。

 冷酷な眼差しで立っている【殺戮の言霊乙女】と【破壊の踊刃乙女】。

 二人の眼前に広がる夥しい血と肉。


 原型を留めていない者。

 比較的姿形を判別出来るものまで様々。

 アグワが見知った人達。

 そのの亡骸がいくつもあった。

 愛した妻のも含まれている。


 【殺戮の言霊乙女】が屈んで何かをしている。

 アグワは静止させようとする仲間達にも構わずに、その場所に急ぐ。

 彼が今いる場所からは見えている。

 にも関わらず、区画が違う為に直ぐには辿り着けない。


 目の前のガラスを破ろうとしたアグワ。

 狼化族の彼の一撃でも、破壊する事は出来なかった。

 そしてなんとか辿り着いたアグワ。


 既に【殺戮の言霊乙女】も【破壊の踊刃乙女】もいなかった。

 ただただ広がるのは仲間達の屍の山。

 目の前の光景に、ただただ涙して崩れ落ちるアグワ。


 ふと聞こえる泣き声。

 立ち上がりふらふらと声のする方へ進む。

 仲間の死体が目に入る。

 その度に、とてつもない憎悪に掻き乱されるアグワ。

 彼はそれでも、歩みを止めなかった。


 下半身がズタズタに引き裂かれている妻の死体。

 その目の前まで辿り着く。

 まるで守っていたかようだ。

 横倒しのベビーカーの側で倒れていた彼女。


 その更に先から聞こえる。

 血に塗れている赤ん坊。

 懸命に自分の存在を主張していた。


 アグワと彼女との間に生まれた、幼き日のアリアだ。

 アリアを抱きかかえたアグワ。

 妻の亡骸を放置していく。

 その事に申し訳ないと思った。


 苦い表情でその場を去るアグワ。

 長い時間ここに留まる。

 それは自分だけではなく、アリアをも失ってしまう。

 自分勝手な強迫観念だったのかもしれない。


 彼は妻の亡骸に心の中で誓った。

 アリアをちゃんと育てる事。

 【殺戮の言霊乙女】と【破壊の踊刃乙女】。

 この二人には、必ず罪を償わせる事をだ。


 そして彼は逃げる途上。

 イーノム・アルエナゼムに出会う。

 彼の手引きで、生き残った仲間達と合流。

 日本から脱出することになる。


 あれから十年が経過。

 イーノムの段取りに合わせてこの日を迎えた。

 彼の目には既に彼女達への復讐。

 必ず、最悪の結末を与える事しかない。


 そんなアグワ達に育てられたアリア。

 実際の、その時の彼の気持ちを理解している。

 そうゆうわけではない。

 しかし充分毒されていた。


 古川を見失っている。

 にも関わらず、その足取りは重くは無い。

 状況から考えて、彼女の取り得る行動は限られている。

 そう確信しているからだった。


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1991年6月10日(月)PM:12:44 中央区大通公園一丁目


 バイクに跨り移動を開始する古川。

 自分を見つめている視線の存在。

 さすがに彼女も、気付いてはいなかった。


 最上階にある一室。

 テレビ塔近辺で繰り広げられる戦闘。

 古川をじっと見つめている視線。

 イーノムは、彼女の動きを目で追っている。


 愉悦の表情のアラシレマ・シスポルエナゼム。

 彼は、黒い球を見ていた。

 アナイムレプ・シスポルエナゼム。

 彼女は相変わらず、憂鬱そうな表情だ。


「古川が予想外の行動に出たな。気付かれたのか? それとも地下施設の存在を知っているのか?」


「わーかんなーいけど、どーするの?」


 軽薄そうな顔のアラシレマ。

 愉快気にそう問うた。


「もちろん当初の計画通りに、奴らを消しにいく。残りの六小隊を派遣するわけにもいかないし、何がいるのかはわからぬ。万が一と言う事も有り得るからな」


「予定通りイーノムが行くってーこーとーね」


「そうだ。二人はここで飽きるまで観戦してればいい」


「わーかったーよ」


 その言葉に、アナイムレプは一度イーノムに視線を向ける。

 だがそれだけだった。

 二人を部屋に残し、辞したイーノム。


「古川が向っているのはおそらく西口側か? ならば北口側から向うとするか」

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