027.呟言-Mutter-
1991年5月26日(日)PM:23:29 中央区西二十五丁目通
私は一人、ゆっくりと歩く。
時折前髪が、視界にちらちら見える。
無意識に髪を掻き上げた。
惠理香が了承してくれると嬉しい所だが。
一度は普通の生活に戻った彼女、その気持ちもわからないわけじゃない。
だから断っても追及はしないつもりだ。
本当は朝まで飲み明かしたいところだった。
だけども、仮にも学校の教師である惠理香を付き合せるのは、さすがに気が引けた。
生徒から見ても、二日酔いの教師など嫌だろうし。
それにしても、考えないといけない事が色々あるな。
まだ表立っては動いてないようだが、【ヤミビトノカゲロウ】の目的が何なのかもわからない。
防衛省の方も、どの程度かはわからないが、暗躍しているようだし。
それに最近頻発している事件の数。
やはり関与している組織があるとしか思えない。
一部の事件には確実に【ヤミビトノカゲロウ】が関与していた。
このまま事件が起き続ければ、人員不足にも陥る。
だからと言って即戦力になるような人材は、限られてしまう。
学園が開校すれば、ますます人員不足に悩まされる事になりかねない。
半官半民の組織として、統一させる話しも中々進まないようだし。
治安を守るという意味も含めて、警察機関とももっと密に連携が取れればいいのだが。
縄張り意識なのか何なのか、組織では必ず起こり得る弊害なのかもしれない。
何かうまくまわせる事が出来るといいのだが。
そんな天才的な方法なんて、一つも思いつかない。
彩耶がいなかったら、きっともっと酷い事になっていたんだろうな。
何とかしなきゃいけない事もたくさんあるのに、何一つ進んでない。
三井君の心に潜む闇。
おそらく、どうしようもなかった事なんだろう。
それでも三井君の背負った罪悪感は、消える事はないだろうな。
あの娘の心に魂についた傷も、一生癒える事はないだろう。
普段絶対に見せる事のなかった三井君のあの表情。
あれから一年、今でこそ、それなりに笑顔を見せたりもするけど。
その心の奥では、今でも、自分自身を許す事が出来ずにいるのだろう。
彼はその時の事を、未だに誰にも打ち明けていないようだが。
一年前にあの場にいたメンバーでも、気付いたのは私達だけなのだろう。
ただ一度だけ、自分が暴走するような事があれば、迷わず殺してくれと彼は言った。
でもきっとその時が来ても、私は彼を殺せないだろうな。
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1991年5月26日(日)PM:23:34 白石区ドラゴンフライ技術研究所五階
等間隔で並べられている、たくさんの円筒形のカプセル。
半分程は、紫色の液体で満たされている。
残りは全て中身が空だ。
紫色の液体に満たされた中に浮かぶ、ボサボサの黒髪の裸の男性。
No.213と長谷部 和成(ハセベ カズナリ)の文字の書かれたプレート。
その隣の裸の少年のプレートには、No.212と羽場 武(ハバ タケシ)の文字。
紫の液体で満たされたカプセルには、一つにつき必ず一体入っている。
No.217には久下 春眞(クゲ ハルマ)の文字。
その隣No.218には久下 長眞(クゲ ナガマ)のプレート。
更に隣のNo.219には、紅い長い髪を紫の液体に浮かべている裸の女の子。
反対側のカプセル、No.178とNo.179には長谷部の文字が見えた。
どちらも長い黒髪の裸の女性。
親子にも見える程、顔立ちが似ている。
その中を歩いて行く一人の男。
角刈りの髪、その瞳はカプセルを見る事はない。
ただ真っ直ぐに進んでいく。
No.126には形藁の文字もみえた。
それ以外のカプセルにも、中身が入っているのは多数ある。
猫耳の少女や狐耳の青年、耳の先が長く尖っている男性。
人間以外にも、様々な特徴をもった種族がはいっていた。
No.001には、燃えるような赤い髪の、整った顔立ちの青年。
その前に立ち止まった角刈りの男。
男の顔をじっと見詰めている。
隣のNo.002には、長い白い髪の女性。
No.003には筋肉質の体に、猫科の動物の耳が生えている女性。
更に隣には細身の可憐な少女。
No.004と書かれている。
それぞれを順番に眺めて行く角刈りの男。
彼の心にはどのような思いが、あるのだろうか?
彼は何処か、昔を思い出しているかのような表情のままで見ていた。
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1991年5月26日(日)PM:23:38 中央区円山原始林
「はぁはぁ、くそ」
「さすがにそろそろ限界のようだな。これで終わりだ!」
しつこく繰り出される貫手は、俺の心臓を狙ってやがる。
やばいな、足に力が入らなくなってきた。
膝が折れそうになり、片膝を付き添うになる。
咄嗟に頭を右に傾けた。
貫手が視界の左側を通過し、眼鏡が吹き飛ばされる。
お互いの体がぶつかった。
踏ん張りが利かない俺は弾き飛ばされる。
背後の木に叩きつけられた。
足も腕も重いし、体中痛い。
「しぶとい奴だな」
「アタル!!」
「さっきの音はやっぱり、アタルだったのね」
「カイナにホッシー、やっと来たか」
仮面が二人増えたっぽいな、最悪だ。
さて、この状況はどうやって切り抜けたものか。
「カイナ、ホッシー、同時に攻撃するぞ」
くそ、まじか。
立ち上がったはいいが、体が言う事を聞かない。
暗がりと眼鏡が吹き飛ばされたせいで、視界がぼやけてやがるし。
正面、右、左の順か?
頭を狙って、手刀打ちおろされた。
風で自分の体の右側を押し、体を四分の一回転させる。
手刀が空を切ったのがわかった。
回転し終わったところで、背後から風で、自分の体を右斜めに押す。
そのままの勢いで一人目に衝突。
突っ込んできた二人目にもぶつける。
背後から来る三人目。
自分の右斜め前から風の勢いで、左斜め後ろに体を飛ばす。
三人目と衝突。
反応しきれない三人目と一緒に、木に衝突する。
俺はそのまま地面に落ちた。
ぶつかった衝撃で痛いのか?
落ちてる小枝が刺さって痛いのか?
傷口が開いて痛いのか?
正直もうわからない。
コントロールすら誤った。
もう立ち上がる事すら難しい。
一緒に木に衝突した仮面が、立ち上がったようだ。
さすがにこれは死んだかな。
「ダメェェェェェェェェェェ、ヤメテェェェェェェェェ」
どっかで聞いた事があるような声だ。
その叫びと、背中に鋭い痛みが走るのはほぼ同時だった。
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1991年5月26日(日)PM:23:38 中央区円山原始林
暗い森の中、僕は急いでいた。
かすかに木々の揺れる音が聞こえる。
その中にまじって、何かが木の上を飛んでいるかのような音がした。
鬱蒼と生い茂る緑。
背後に人の気配。
振り向くと、元魏さんが立っていた。
「元魏さん、びっくりさせないで下さいよ」
いつの間に追いつかれたのだろうか?
気配すら感じなかった。
「驚かせたようですまない、桐原君。あの二人には先にいかせた。私達も急ごう」
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1991年5月26日(日)PM:23:40 中央区円山原始林
死んだと聞いていた拓兄。
生きていてくれたのは嬉しい。
けどこの三年間、何処で何をしていたんだろう?
いろいろとお話ししたいし、いろいろとお話しを聞きたい。
拓兄が殺されたと教えてくれたのは薄羽黄。
逆に言えば、拓兄の死に関与してたからこそ知っていたのかも。
もしそうなら、私達は相手を間違えている事になる。
薄羽黄がもし、私達も拓兄も利用していたのだとすれば?
私達を欺いていたのだとしたら。
塩辛さんや麦藁さんは私達にも優しかった。
二人には悪い気もするけど、でも許せない。
何がどうなっているのか?
事情も良くわからないし。
とりあえず皆を止めなきゃ。
私は、木々の上を軽々と飛んでいる。
そう言えば何で私は、こんな簡単に飛んで行けるんだろう?
お姫様抱っこされている拓兄は、心なしか震えていた。
先程の音は木が倒れた音なのかな?
森の一角に不自然に空間がある。
その隙間から木に激突する二人が見えた。
一人が立ち上がり、腕を振り下ろそうとしている。
拓兄も気付いたみたい。
その表情は非情に険しい。
きっとこんな結末は望んでいないんだと思う。
そうゆう感情が、ありありと見て取れてしまった。
「ダメェェェェェェェェェェ、ヤメテェェェェェェェェ」
私は咄嗟に叫んでいた。
驚いた顔で私を見る拓兄。
再び攻撃しようとしていた二人が、こっちを見る。
アタルとカイナだ。
「サ・・えっ?」
「まさか??」
カイナとアタルの足が止まった。
倒れている三井っぽい人に、手を突き刺したままのホッシー。
顔の向きと動き方から、三人とも私がお姫様抱っこしてる人を見てる。
驚いて止まっているのは間違いなかった。
「サナ?」
無造作に突き刺した手を抜いたホッシー。
三井はかすかに呻いたみたいだ。
その手の指先は血に染まっている。
手を突き刺された相手、三井はまだ生きているようだ。
「彼の側に降ろしてくれ」
拓兄はそう囁いた。
その声はとても悲しそう。
三井の側に、私は拓兄を静かに降ろす。
最初は、何をしているのかわからなかった。
「三井さん、ごめん」
三井の傷口に、手を当てている。
「本当にごめん」
「拓? なの?」
カイナは突然の事に驚いてる。
「拓、生きていたんだな!」
アタルは嬉しそう。
「良かった。死んだって聞いてたから」
ホッシーは泣きそうな声。
拓兄は、何も言わない。
ただ、何故か申し訳なさそうな表情をしていた。
一言拓兄は呟いた。
「三井さんは僕の命の恩人なんだ」
そう呟いた。
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