216.習慣-Habit-

1991年7月12日(金)PM:17:44 留萌市沖見町国道二三一号線


「なーるほどねぃ。言ってた通り海上にぷーかぷか浮いてるわーけか」


 軽薄そうな顔の優男のアラシレマ・シスポルエナゼム。

 海上に聳え立つ建物を見つめている。

 沖見海洋特殊研究所に向かう方法。

 建物に唯一接続されている道路を通るのみ。

 しかし、警備は厳重で部外者がおいそれと入れる場所ではない。


「表向きはー、海洋の研究所している場所だーけど、じーつは地下には凶悪な異能者が収監されてーるっと。中と外の管轄は別だーから、一度入ったらー出られなーいらしいけーど。イーノムってば、どうやーて刑務所の所長とーわたーりをつけたーんだろ? 戻って覚えてたら聞いてみーよ」


 ジーパンにティーシャツ姿のアラシレマ。

 鞄から渡された資料を出した。


「えっとー。建物周囲には魔法陣が展開されてーると。泳いでいーくならその魔法陣をどーにかしーないと駄目なーのか」


 顎に手を当てて考えるアラシレマ。


「うーん? 水上水中はきーついよーな。やっぱーり正面突破かーな? どーしよう」


 潮の香りと海の漣が聞こえる。

 一人思考に没頭するアラシレマ。

 考えるのをやめた彼。

 海岸に降りて海を眺める。


「資料見ると距離はおーよそーさーんじゅーメートルかー。夜にしよーっと」


 百八十度体を回転させたアラシレマ。

 沖見町を散策する為、彼は軽快に歩き始めた。


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1991年7月12日(金)PM:18:32 中央区精霊学園札幌校第四研究所一階


 様々な機械とガラスで隔絶された空間。

 椅子に座っている桐原 悠斗(キリハラ ユウト)。

 長方形の台を挟んで反対側。

 青い瞳の赤石 麻耶(アカイシ マヤ)も座っている。

 台の上にはサッカーボールぐらいの大きさの丸い石。


「それじゃ、桐原、この石に能力を使ってみてくれ」


 麻耶は、手元にあるスイッチを操作。

 その後、悠斗に言葉を掛けた。

 機械が動き始めたようだ。

 何かの駆動音が聞こえている。


 その音を聞いている悠斗。

 丸い石に手を載せた。

 徐々に変形していく丸い石。

 悠斗のイメージが反映される。

 椀状の入れ物のように変わっていった。


 ふと麻耶の顔を見た悠斗。

 彼女の瞳の色。

 変わっている事に気付いた。


「麻耶さん、瞳の色? あれ? なんで?」


 左の瞳は青から黄色に変化。

 右の瞳は赤紫に変わっていた。

 それぞれの目には、形の異なる不思議な紋様が現れている。


「あぁ、これは魔眼だよ。左目は測定眼。右目は霊力眼だね。測定眼はまぁそのままだけど、霊力眼は霊力の流れ、霊子の動きを視覚的に見る事が出来るんだよ。慣れてないと無茶苦茶精神的に疲れるけどね」


 台の上の椀状に変化した石を下ろした麻耶。

 少し小さめの丸い石を、変わりに置いた。

 彼女は再び手元のスイッチを操作する。

 機械から吐き出されていく紙。

 完全に止まったところで、手に取り内容を確認し始めた。


「これは予想通りか。土霊力の力だね」


「麻耶さん、ついでなので質問していいですか?」


「何かな?」


「四つ角にある、でかいテレビカメラみたいなのは何ですか?」


 悠斗は四つ角の一つを指差す。


「あぁ、あれか。あれはこの台の上を見るようにあわせてあってね。魔力霊力を分析する装置なのさ。この部屋は魔力と霊力の測定及び分析が可能な部屋ってことなんだよ」


 麻耶は微笑しながら説明する。


「なるほど。それじゃ、こことは別に妖力を測定する部屋もあるって事ですか?」


「そうだね。ここ第一が霊力と魔力なら、隣の第二が魔力と妖力さ」


「なるほど」


「さて、それじゃ次の実験だ」


 いくつかのスイッチを操作した麻耶。


「石に手を置いてみてくれ」


 彼女の言葉に従い、悠斗は石に手を置く。

 彼は力を込めた。

 石は塵のように粉々になって消滅。


「え? あれ? なんで?」


 驚きの眼差しになる悠斗。

 冷静な表情の麻耶。

 台の上には、既に石の欠片すらも残っていなかった。

 再び吐き出された紙。

 麻耶は、その内容を確認した上で口を開いた。


「最初の石は、自然界に存在するただの石だ。私が森の中で拾ってきたのを、円くなるように研磨しただけだな。次に二つ目の石だが、これは私の魔力で形成した石であって、自然界に存在するものではない」


「いや? でも、石ですよね?」


「そうだな。桐原、おまえは自信の力を勘違いしているようだ。確かに土霊力の力を持っている。だがそれとは全く別の力も持っているようなんだよ」


「別の力・・・ですか?」


「そう。別の力だ」


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1991年7月12日(金)PM:18:44 中央区精霊学園札幌校第四学生寮女子棟一階一○一号


「何度見てもかわいい。抱きしめてモグモグしたいよ」


 ベッドの上に座っている踝 珊瑚(クルブシ サンゴ)。

 彼女の言葉だ。

 普段はツインテールにしている桃色の髪。

 今日はシニヨンにしていた。


「珊瑚ちゃん、食べちゃだめだよ?」


 中等部二年に在籍している江部野 夜茄(エブノ ヤナ)。

 珊瑚と同室の同居人。

 黒髪ストレートの碧眼だ。


 彼女は人形士。

 今も室内で自分の人形に魔力を流して操作している。

 夜茄にとっては習慣のようなものだ。


 人間と言われても信じてしまいそう。

 自然な動きで、室内を所狭しと踊るように回る人形。

 金髪にリボンのついた水色のヘアバンド。

 服は半袖のエプロンドレス。

 エプロン部分が白、ドレス部分が水色だ。

 ストッキングは白と水色の縞々。

 フラットシューズにも水色のリボンがついてる。


「でも毎日大変だぁねぃ?」


「そうでもないよ。お爺様と片平さんに毎日するように言われて習慣になってるだけですから。耶九南と筒朗もたぶんそうだと思います」


「色違いの同じ人形なんでしょ? 耶九南は上品に見えそうだけど、筒朗は金髪リーゼントで少女人形を操るって? 想像するだけでちょっと可笑しいんだけど」


 珊瑚の言葉に、夜茄は苦笑いしか出来なかった。


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1991年7月12日(金)PM:19:05 中央区精霊学園札幌校第一商業棟一階


「突然呼び出して付きあわせて悪かったな」


 彼女はジョッキのビールを一気に半分程飲んだ。

 悠斗は、麻耶に調べて貰った。

 その後、何故か付き合わせたお詫び。

 という事で今ここにいる。


 ターンテーブルには様々な中華料理が並んでいた。

 とても二人で食べるとは思えない量が満載だ。

 食べ切れるのか疑問に思いながら、ありがたく頂く悠斗。


「おいしいでしょう?」


 手伝いをしている鬼 山紅(グゥイ シャンホォン)。

 悠斗に話しかけてきた。

 黄色のチャイナドレス。

 ミニスカートのように丈が短く、太腿が丸見えだ。


「うん、おいしい」


 少し視線の向ける先に困りながら答える悠斗。


「山紅? さぼらない!」


 山紅とは色違いの、緑色のチャイナドレス。

 雷 橙蘭(レイ チォンラン)の声だ。


「あちゃー。ばれちゃった。桐原君、またねぃ」


 手を振りながら、彼女は笑顔だ。


「もてもてじゃないか?」


「え? いやいや。茶化してます?」


「そんな事はないぞ」


 橙蘭が誰かと話してる声が聞こえる。

 悠斗達のいるテーブルに、二人の少女を連れて来た。


「やっと来たか」


「ママに呼ばれてじゃじゃじゃーん。わぁ、中華だー!!」


「菘、案内ありがとな。今日は私の奢りだ。一緒にどうだ?」


「え? あ、私もよろしいのでしょうか?」


「もちろんだ。いつも娘が世話になっているしな。彼は桐原、これが娘の魅羽だ」


「桐原さん、こんばんわー! 彼女は同室の菘ねぇだよ! いろいろ教えてくれるんだ」


 麻耶の隣に座った赤石 魅羽(アカイシ ミハネ)。

 嬉しそうに悠斗に話しかけた。

 微笑ましく彼女を見る麻耶。

 直ぐに麻耶は、娘の魅羽に絡みはじめた。


 悠斗の隣に座った殻 菘(カラ スズナ)。

 鶯茶色の髪に鶯色の眼、瓶底眼鏡のツインテールだ。

 見覚えがあると認識する悠斗。

 直ぐに何処で出会ったのかを思い出す。


「お久しぶりだね」


「はい、お久しぶりです。まさか覚えて頂いているとは光栄です。挨拶を交わしただけですのに」


「いやまぁそうだけど」


 瓶底眼鏡が印象に残ってた。

 とは、さすがに言えない。


「二人は知り合いなのか?」


 ジョッキのビールを飲み干した麻耶。


「橙蘭、ジョッキ一つとサイダー二つ頂戴な」


「はーい。ご注文ありがとうございます」


 悠斗と菘が反応を返す前に、注文した麻耶。

 その為二人は答えるタイミングを見失った。


「ねー? ママ? これ食べ切れるのかなー?」


「大丈夫じゃないか? 無理だったら、ここは持ち帰りもOKだから持って帰るさ」


「そうだねー」


 親子の会話に混ざるのは野暮だなと考える悠斗。

 話しかけようとしたが、先に菘に話しかけられた。


「桐原さんは、よくここに来るのですか?」


「いやー。今日で二回目だったかな? 前回も今日も誘われてきた感じだね?」


「そうなんですね? 私はここ始めて来ました。すごいおいしそうです」


「おいしいよ。是非是非食べてみるといい」


 それでも躊躇している菘を見かねる。

 皿にいろいろなものを少量ずつ取って渡す悠斗。

 少し躊躇しながらも受け取った菘。


「ありがとうございます」


 しかし、それが後押しになったようだ。

 自分でも食べたい物を取り始めるようになる。

 それを見ていた悠斗。

 自分の皿に食べたい物を取りわけていく。


 悠斗は菘や時に麻耶、魅羽。

 三人と話しをしている。

 楽しい一時を過ごすのだった。

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