215.人格-Personality-

1991年7月12日(金)PM:15:02 白石区ドラゴンフライ技術研究所五階


 椅子に座っている二人。

 テーブルを挟んで向かい合っている。

 コーヒーを飲んでいた。

 形藁 伝二(ナリワラ デンジ)と石井 火災(イシイ カサイ)。

 同時にテーブルに置かれているクッキーを手に取った。


「たまに食べるとうまいな」


 口の中に広がる仄かな甘さ。

 心底嬉しそうな形藁。


「疲れてるんじゃないのか? って言えばいいのか?」


「え? 何故!? 疲れてるという言葉が出てくるのだ?」


「えっ? いや、気にしなくていいわ」


 コーヒーを一口飲んだ火災。


「火災よ。ところでその後の調子はどうだ?」


「んあぁ? これで都合四回目だけどよ。頭の中に自分以外の人格を入れるってのは、やっぱ慣れねぇわ」


「ならば元に戻す事にするか?」


「いやしねぇよ。折角の体験なんだ。骨の髄までしゃぶらせてもらいますよ」


「自分を実験体にまでして試す神経が俺にはわからんな」


 コーヒーを口に含む形藁。

 クッキーを一口食べた火災。


「お前さんの中には俺の数十倍いや数百倍か? の人格が蠢いてんだろう? 凄まじいわ」


「正確な数は俺も覚えてないな。しかし万は越えてると思うぞ」


「万かよ? 常軌を逸してるな」


 口元をにやりとさせて笑う火災。

 形藁には彼の笑いの意味が理解出来ない。


「自分を実験体にするお前も常軌を逸していると思うがな。今まで様々な人間と接触してきたが、貴様みたいなのは滅多にいなかった。沈下を思い出す」


「沈下? 石井 沈下(イシイ チンカ)か?」


「あぁ、知っているのか?」


「十年前に阿呆な事件起こした沈下なら、ガキの頃に何度か会ったかな? 確か従兄のはずだ」


 火災の話しを聞きながらクッキーを一口食べた形藁。


「たぶんその沈下だな」


「そうか」


 火災は感慨もそれ以外の感情も、特に感じていないようだ。


「ところで今日から地下迷宮の攻略開始じゃないっけ? 第一小隊と第三小隊も派遣されてるらしいがいいのか?」


「構わないさ。儂の戦力はあくまでも第六小隊から第十二小隊だ。困るのは後藤だろう」


「いや、そうじゃなくてよ? 迷宮クリアされたら不味いんじゃないかって」


 クッキーを食べている火災。

 自身の懸念事項を形藁に告げる。


「問題はないな。まず突破出来ないだろうからな」


「なんだ? その自信は何か根拠あるんかい?」


「さて、どうだろうな?」


 そう言ってぼかした形藁。

 表情は、凶悪な微笑みに満たされていた。


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1991年7月12日(金)PM:15:31 白石区ドラゴンフライ技術研究所五階


 テーブルを挟んで談笑している二人の男。

 クッキーを口に放り込んだ火災。

 そこに白衣の女性が近づいてくる。


「火災所長、お呼びでしょうか?」


「おう。クッキーうまかったぞ」


「ありがとうございます」


 突然の彼女の登場。

 状況がさっぱり飲み込めない形藁。


「形藁さんはたぶん会うのお初かもな。名前は知っていると思うが」


 形藁に向き直った白衣の女性。

 白衣の彼女は、黒いワイシャツのボタンを二つはずしている。

 しかし、貧相な胸の為、色気も何もない。


「形藁様、当研究所をご贔屓にして頂きありがとうございます。副所長の役職を拝命しております石井 雹(イシイ ヒョウ)と申します」


 一礼した後にっこり微笑んだ雹。

 腰まである黒髪をインテークにしていた。

 二層状の前髪の外側の層が大きく膨らんでいる。

 M字型を形成していた。


「あぁ、はじめまして。形藁 伝二(ナリワラ デンジ)だ。随分と若いのだな」


 そこで突然笑い出す火災。


「貧乳幼児体系童顔だけどな。これでも俺より年上なんだぜ」


「火災さん、確かに事実なんですが。年齢に触れるなんて酷いです」


 膨れていじける彼女。

 まるで少女のようだ。

 どう反応して良いか困り顔の形藁。

 彼は何気に時計を見る。


「そろそろ出ないと時間に遅れるな。儂はそろそろ行く」


 立ち上がった形藁は、火災を見た。


「火災も東京に呼ばれているのだったか?」


「あぁ、何か良くわからん研究会に呼ばれててな。俺も今日の夜には出発するつもりだ」


「わかった。儂も当分はここに来る余裕はないと思う。アラシレマが戻る頃にはどちらもいないわけか」


 そこで雹を見る火災。


「こいつにいない間の対処はまかせてある。アラシレマの事とか餌の事とかも含めてな」


「ふむ。ならば問題なさそうであるな。副所長よろしく頼んだ」


「頼むぜ。雹」


「畏まっております。お戻りになるまでお任せ下さい」


 深々と一礼する雹。


「形藁さんよ。クッキーも彼女手作りなんだぜ」


 クッキーを手に取った火災。


「そうなのか。クッキーうまかったぞ。是非また食べたいものだな」


「お戻りになられる際に、お申し付けくださいませ」


「わかった。では」


 立ち上がった形藁は、一人その場を後に出て行った。


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1991年7月12日(金)PM:17:04 中央区精霊学園札幌校中等部三階


「あれ? ゆーと君、帰ろうよ?」


「あぁ、愛菜ごめん。理事長に十七時過ぎに教室にいるように言われてるんだ。俺の力について調べてくれるそうだよ」


「そっか。わかったー!」


「あ、今日は二人で帰らないんですね。それじゃ愛菜ちゃん、有菜ちゃん伊都亜ちゃんとショッピングするんですけど、一緒に行きませんか?」


 中里 愛菜(ナカサト マナ)に話しかけてきた少女。

 土御門 乙夏(ツチミカド オトカ)だ。

 彼女の背後にいる二人。

 柚百合 有菜(ユズユリ アリナ)と碧 伊都亜(ヘキ イトア)。

 伺うように愛菜を見ていた。


「有菜ちゃん、伊都亜ちゃんそんな伺うように見なくてもいいのに」


 苦笑する愛菜に、二人はにっこりと微笑む。


「もちろん行くけどね」


「別に僕がいても誘っていいのに」


「えぇ、だって凄い仲睦まじいんですもん」


「声掛けにくいんだよね」


 伊都亜の意見に同意を伸べた有菜。


「そんな事ないよぅ。それじゃゆーと君、言って来るね。ゆーと君も頑張って」


「ほんと仲良しさんだな。桐原君、愛菜ちゃん借ります」


「借りますね。それでは」


「悠斗君、またー!」


 愛菜の桐原 悠斗(キリハラ ユウト)への挨拶。

 続いて、有菜、乙夏、伊都亜の順にに別れの言葉を告げる。

 四人で教室を出て行った。


 そんな悠斗達を見ていた河村 正嗣(カワムラ マサツグ)。

 ニヤニヤした顔だ。

 彼の側にいる沢谷 有紀(サワヤ ユキ)。

 彼女に気持ち悪い顔しないでと突っ込まれている。


「有菜ちゃん、愛菜ちゃんと悠斗君て、私思うんだけど、恋人みたいだよね」


 悠斗の耳にかすかにそんな声が聞こえてきた。

 おそらく伊都亜の言葉だろう。

 きっと愛菜は赤面しているな。

 そう考えた悠斗は、自然と微笑んでいた。


「桐原はいるか?」


 教室に聞こえてきた声。

 声の方を見た悠斗。

 黒髪のショートボブの女性が立っている。

 ジャージ上下に白のティーシャツ。


「はい。もしかして理事長の言ってた迎えって赤石先生ですか?」


「美咲の奴、私が迎えに行くっていってなかったのか?」


 鞄を持ち、立ち上がった悠斗。

 赤石 麻耶(アカイシ マヤ)の方に歩いていく。


「迎えが来るとは聞いてましたけど。誰が来るかまでは聞いてませんでした」


「あいつめ。とりあえずそれは私だから。それじゃ行こうか」


「はい」


 教室に残っていた正嗣や有紀。

 アルマ・ファン=バンサンクル=ソナー達。

 同級生に挨拶してから麻耶の後を追う悠斗。

 彼女は廊下で悠斗を待っていた。


「それで何処に向かうんですか?」


「第四研究所だ」


 麻耶の答えは単純明快だった。

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