083.要請-Demand-

1991年6月5日(水)PM:21:32 中央区札幌駅前通


 喧騒にまみれて歩く人々。

 酔っ払いや客引。

 デート中のカップル。

 様々な人が入り乱れている。


 札幌駅前通の人の流れ。

 そこから派生する、他の通りにも溢れている。

 まさに静寂とは無縁の世界だ。


 横道に逸れた先にある様々な建造物。

 その中にある少し古びた建物。

 不思議とそこだけは、先程から人の出入りが一つもない。


 一階に人の気配は無い。

 エレベーターに、点るはずのランプさえも消えていた。

 二階、三階と上がっていっても誰もいない静寂だ。

 四階、五階も同様。


 そして六階、スキンヘッドの男を含む八人。

 彼等は廊下でたむろしている。

 更にその奥の部屋、六人が椅子に座っている。


「話しの途中で悪いが、アラシレマと第四師団の関係は何なんだ?」


 唐突な三井 龍人(ミツイ タツヒト)の問いではあった。

 しかし、後藤 正嗣(ゴトウ マサツグ)は、特に慌てる様子もない。


「彼は参謀長扱いになるな。我々特殊技術隊の編成というのは特殊なのだよ」


 その話しをしている間に、お茶を入れていく有賀 侑子(アリガ ユウコ)。

 全員に終わると、退出していった。


「とりあえず納得して貰えたかな?」


「そうだな。参謀長扱いという点に一抹の不安を覚えるが、アラシレマの立ち位置については一応理解した」


 龍人の言葉には若干の棘があった。


「ひーどーいーなー」


 アラシレマ・シスポルエナゼム。

 言葉とは裏腹に、気にした様子はない。


「それなら良かった。立場上軍隊という形にはなるが、階級で呼び合うのは好みに合わないのでな」


 そこでお茶を一口飲んだ後藤。


「さて、本題に戻ろうか。先程の続きになるが、亜人の一部が反乱を企てているという。その為、君達三人に反乱を未然に防ぐ為、協力をお願いしたい。それがここに三人揃って呼んだ理由だ」


 後藤の言葉を聞いた三人。

 個人差はあれど、表情が曇った。

 後藤の言葉が本心なのか?

 見透かそうと、その瞳を凝視する龍人。


 三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)は、その場にいる形藁 伝二(ナリワラ デンジ)とアラシレマ。

 二人から感じる異質感。

 その答えを出せないままだった。

 後藤が信じるに値するのか考え始める。


 お茶を一口飲んだ銀斉 吹雪(ギンザイ フブキ)。

 後藤達の言った事が、全て本当だ。

 そう信じる気持ちにならない。


 三者三様の思考の中。

 誰もが無言のままだ。

 一秒また一秒と、時間だけが過ぎていった。


「銀斉君、協力してもらえないだろうか?」


 沈黙の中、口を開いた後藤。

 彼の問いに対して、どう答えるべきか躊躇する吹雪。

 隣に座っている義彦が、先に口を開いた。


「自分で思ってる事をそのまま言えばいいと思うぞ」


 彼女はその言葉に迷いを払拭したのだろう。

 はっきりとした口調で答え始めた。


「後藤さん、あなたの言ってる事は確かにそうなんだと思います。でも安易にではないかもしれませんが、力で解決しようとするのには賛成出来ません。なので私は協力は出来ません」


 後藤は少しだけ驚いたような表情になる。

 しかし、直ぐに表情は戻った。


 アラシレマと形藁は予想していたのだろう。

 特に表情に変化は無かった。


「そうか。それでは三井君、君はどうかね?」


「俺も協力はしない。確かに短絡的に見れば、事前に鎮圧するのは間違いじゃないのだろうさ。だが反乱を起すのに、大義だけじゃなく、個々の理由もあるはずだろう? あんた達はその理由とやらが何なのかわかっているのか? そこを解決しなきゃ、また同じ事が起こるんじゃないのか?」


「・・・理由か。確かに君の言う事にも一理あるな」


 少し言葉に苦しさがこもり始めた後藤。

 アラシレマも形藁も、助け舟を出すつもりはないようだ。


「最後に三井探偵、どうだろうか?」


「ん? 協力なんてしないよ。めんどくさいもん」


 彼の言葉に唖然とする後藤。

 逆に、形藁とアラシレマ、ほんの少しだけ表情が変化した。

 少しだけ面白く感じているようだ。


「君には大いなる力の持ち主としての大義はないのかね?」


「大義? そんなものあるわけないだろ。そもそもが、望んでこんな力手に入れたわけじゃない。俺は俺自身の目的を果たすだけだ。勘違いしているようだが、正義の為に探偵してるわけじゃないんでね」


「それでは三人とも協力はしてもらえないという事か」


「そうゆう事だな。だからもう俺達に付き纏うな。義彦、吹雪ちゃん、帰ろうぜ」


 立ち上がった龍人の言葉に、義彦と吹雪も立ち上がる。


「我々の計画を妨害する気はあるかね?」


 後藤の言葉には微かに険がある。

 その事を感じたのかはわからないが、義彦が口を開いた。


「そっちが何処で何をしようが知らない。だがな、進路上に立ちはだかるなら潰すまでだ」


「あぁそうそう。この資料いらないわ」


 義彦の言葉に続けた龍人。

 彼はそう言い放った。

 そうして、三人はその場を後にした。

 この場に残されたのは後藤、形藁、アラシレマの三人。


「だーかーらー、言ったでしょー。無理だよーって」


「確かに後藤の言うように、味方に引き入れる事が出来れば大きな戦力にはなるだろう。だが義で動くような人間ではないという事だな。後藤、どうする?」


「計画が実行されれば、間違いなく敵対する事になろう。不本意だが、予定通り排除するしかない」


「わーかーったーよー、予定どーりねー。あ、あの馬鹿達挑むつーもりーみたーいね。止めーてくるー」


 立ち上がり扉に向うアラシレマ。

 彼は若干呆れた表情だ。

 その扉の向こう。

 三人対八人の、戦闘が始まろうとしていた。


「いつかのスキンヘッドか。リベンジのつもりか?」


 義彦の言葉に答える事もなく、飛び掛ってくる。

 八人全員が怒りの表情。 

 頭には、黒色の角型の、エネルギーの奔流が生えていた。


 スキンヘッドが拳を振り上げる。

 しかし、その時には義彦の蹴りが顎に炸裂していた。

 あっさりと吹き飛ばされたスキンヘッド。


 吹雪に殴りかかる黒角の男。

 突き出した拳を逸らされた。

 吹雪の膝蹴りにより意識を手離す。


 相手の拳を、難無く手の平で受け止めた龍人。

 そのまま頭突きをお見舞いした。

 後ろに仰け反り白目を向く。


 残りの五人も瞬く間に叩き伏せられる。

 義彦、龍人、吹雪の三人。

 八人の黒鬼族(コクキゾク)は、あっさりと敗北していた。

 アラシレマが扉を開けた頃には、八人がその場で倒れている。

 三人は廊下の反対側を歩いている所だった。


「こーの馬鹿どーもが、勝てーなーいよって何度も言ったでしょーに。こーんな所に呼びつーけた上にごーめんねー」


 義彦も吹雪も龍人も、アラシレマの言葉に答える事はない。

 階段への扉を開けて、中に消えて行った。


「黒鬼族(コクキゾク)ってばーかーのあつまーりなのかーなー? こーいつらーもういらなーいか」


 数秒後、聞こえてくるのは何かを咀嚼する音。

 それも硬い者を噛み砕いているかのような、場違いな音が響いている。


 音がやんだ時、そこにはいくつもの血だまり。

 その中に、血まみれのアラシレマが立っていた。

 扉から出てきた形藁はその光景に驚く事もない。


「さすがに食べすぎじゃないかね」


 形藁の言葉に、罪悪の感情も無く答えるアラシレマ。


「うーん、さーすがにもーたれたー。それーにまーずかったー」


「とりあえず着替えろ」


「そーするーよー」


 自分達が往復した廊下。

 人ならざる者が、残虐なる行為が行った。

 そんな事も知らずに歩く三人。


「龍人、折角の資料良かったのか?」


「ん? あぁ、非公式資料とは言ってたが、あの資料を持っている事でやっかいな事になるかもしれないしな」


「やっかいな事ね」


「そうそう。あの資料が元で国家の敵認定でもされちゃ敵わんしな」


 本気なのか冗談なのか?

 判断出来ないような事を言いながら、歩いていく龍人。


 やっかいな事に巻き込まれなければいいな。

 そう思いながら、後ろを歩く二人の仲良しっぷりに、笑みがこぼれる。

 吹雪ちゃんはともかく義彦は実際の所、恋愛感情を持っているのか?

 それでもこいつら若者が、いつでも笑い合えるような日常であって欲しいな。

 なんて柄にもない事を、龍人は考えていた。

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