084.食事-Meal-

1991年6月6日(木)AM:8:14 中央区西七丁目通


 いつも通りの日常。

 俺の隣には、制服姿の少女。

 今日は、三つ編みポニーテールにしている。


 世話好きなのか何なのか?

 俺や龍人の身の回りの世話をしてくれる。

 洗濯や掃除の嫌いな俺にとってはありがたい事だ。

 でも、だからこそ、思うところもあったりもする。


「なぁ、柚香」


「ん? 何ですか?」


 彼女は屈託ない笑顔を俺に向けてくる。


「有り難い事ではあるけどさ。掃除とか洗濯とか大変とか思わないのか?」


 俺の質問が予想外だったようだ。

 何とも不思議な表情になっている。


「そうですねぇ? 一人分も二人分も、三人分も一緒ですよ?」


「そんなもんなのかね?」


「あ? 掃除とか洗濯嫌いですもんね? 料理だけは嫌な顔しないのに」


 「あぁ、まぁそうだな」


 同じ制服を着て、同じ方向に歩いていく人の群れ。

 昨日はただの通行人なだけかと思っていたが、今日もいるな。

 片眼鏡なんていう、いかにもな感じの栗毛の男。


 服装そのものは、今風で特におかしくもない。

 むしろ様になっている。

 だが俺を見つめるその視線。

 幾度も、修羅場を潜ってきたかのような威圧感を受けた。


 そいつの隣を歩いている、淡い金髪のグラマーな女もそうだ。

 赤い胸元の開いたロングドレスは、正直言って場違いも甚だしい。

 しかし、その眼光だけは、片眼鏡の男と同じような感じだ。


 隣を柚香が歩いている。

 なので、俺も素知らぬふりで歩く。

 声をかけてみるという選択肢もある。

 しかし、柚香を厄介毎に巻き込むのは正直気が引けた。

 それにそんな事になったら、龍人に後で何を言われるかわかったものじゃない。


「義彦さん、あの人達昨日もいましたよね?」


 空気を読まなかった柚香の問いかけ。

 しかし、他にも数人同じような事を言ってる学生もいた。

 まぁ、あれだけ場違いな格好をしてこんな場所にいれば当然か。


「あぁ、いたな。何でこんな所にいるのかね?」


「こっち見て微笑んでませんか?」


 柚香も余計な所で勘が鋭いと言うか何と言うか。


「気のせいじゃないか?」


 そんな事を言いながら、俺達はその二人の側を通り過ぎていく。

 特に何かをされるわけでもないが、視線が俺に向いているのだけはわかった。

 目的は俺だとしても何もしてこない理由がさっぱりわからない。

 気にするだけ無駄なのかもしれないけども、所長に報告だけはするべきか。


「義彦さん、難しい顔してどうしたんですか?」


「あぁ、いや。何でもない」


 二人の視界から三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)と十二紋 柚香(ジュウニモン ユズカ)が消える。

 片眼鏡の男と、グラマーな女は、特に気にした感じはない。

 腕を組みながら、そのまま歩いて行く。


「彼、可愛いじゃないの。食べちゃいたいわ」


「クルファはあいかわらず年下が好みなんですね」


「あら、カルバもいい男よ?」


「今の言葉の後に言われても説得力ありませんよ」


「ねぇ、殺しちゃう前に食べちゃ駄目なのかしら?」


「無力化出来るならばいいんじゃないんですか? 無力化出来るならば・・・ですけどね」


「うーん、難しそうねぇ」


 振り返る少年達の視線を感じている、グラマーな女。

 彼女は悩ましげな微笑を浮かべるだけだった。


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1991年6月6日(木)AM:11:42 中央区札幌駅前通


 駅前通を北に向けて走る一台の車。

 運転席には、人の良さそうな柔らかい表情の青年。

 大柄の角刈り気味の黒髪の男性が、助手席に座っている。


 スーツを着ている二人。

 その表情はどちらかというと憂鬱な感じだ。

 車は左折し中小路に入り、とある建物の前で車を止めた。


 無愛想な表情のまま、大柄な男は建物の中に入る。

 運転していた青年も、その後に続いた。

 彼等二人が辿り着いた先には制服姿の警官。

 手帳を見せた二人に敬礼をする。

 その奥の部屋にはバリケードテープ。

 中にも人がいるようだ。


「行くぞ」


「あ、はい」


 バリケードテープを超えて、更に中にはいる二人。

 そこでかすかに香る臭いに鼻を顰めた。

 漂ってくる臭いは、何度嗅いでも慣れることが出来ない臭い。

 一言で言い表せば死臭という奴だ。


 更に奧の部屋に入った二人。

 彼等の目に入ってきたのは人間の死体。

 どうやら鑑識も到着したばかりのようだった。


 青年はハンカチで口元を押さえ少し青褪めた。

 大柄な男は腕を口に当てている。

 それでも目に入っている死体からは、大柄な男は視線を逸らさない。


 年齢は二十代前半と言ったところだろう。

 半裸で服は所々破れている。

 長い黒髪に覆われてはっきりとは顔がわからない。

 だが可愛いという雰囲気の女性だったのだろうと思われる。


 その女の服の状況から考えて、ただ殺されたというだけではなさそうだ。

 怨恨の絡んだ殺人事件なのか?

 大柄な男、笠柿 大二郎(カサガキ ダイジロウ)は現場の印象からそう考えた。


「殺意を持って殺した感じだな」


 触れないようにしながら、その女に近づき屈んで更に観察を始めた。

 体中に見えるだけで七箇所の傷、しかし傷の割には出血が少ないように見える。

 よく見ると、傷口の表面が、かすかに焦げ付いたようになっていた。

 まるで刃の鈍った刃物で切り裂いたかのような感じに見える。

 しかし、焦げ付いたようになった傷口の理由がわからない。


「一体何でやったんだこれは?」


 鑑識が動き始めたので少し下がり周囲を見渡す。

 見た感じ荒された形跡はないが、少しだけ争ったような感じだ。

 いくつかの椅子が倒れていた。


 おそらく、かつてはバーか何かの店だったのだろう。

 周囲には、少し埃が堆積している。

 そこから考えるに、つぶれるか何かで閉店。

 その後、しばらく空きの状態だったのだろう。


「西田、行くぞ」


 少し青褪めている青年。

 彼の方を向いた笠柿はそう声をかけた。

 笠柿は青年の反応を気にしない。


「待ってくださいよ。笠柿さん」


 笠柿は後ろを振り返る事もせず、歩いてきた道を戻る。

 先程バリケードテープの前で待機していた警官。

 彼に発見までの状況を確認。

 少し遅れて、西田と呼ばれた男も到着。

 笠柿と共に、警官の話しに耳を傾け始るのだった。


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1991年6月6日(木)PM:19:44 中央区桐原邸一階


 テーブルに並べられた料理の数々、

 笑顔がこぼれている面々。

 料理を運び終わり、五人全員が椅子に座った。

 立ち上がった中里 愛菜(ナカサト マナ)。

 得意げにメニューを語り始める。


「今日のメニューは、紫さんから頂いたジャガイモを使った鶏肉のグラタン。これまた紫さんから頂いた、グリーンアスパラガスを使ったサラダになります」


 愛菜の、身振り手振り付きの大げさな紹介。

 少し恥ずかしいようなくすぐったいような。

 そんな表情の三笠原 紫(ミカサワラ ムラサキ)。

 ミオ・ステシャン=ペワクとマテア・パルニャン=オクオ。

 二人に、愛菜の言葉通りに通訳した。


 本来は桐原 悠斗(キリハラ ユウト)か愛菜、どちらかが帰宅する。

 それまで、留守番するのが彼女の役目。

 だが、悠斗と愛菜の嘆願により古川 美咲(フルカワ ミサキ)に許可を貰った。


 その為、彼女は平日は泊り込んでいる。

 愛菜はここ数日、腕によりをかけて調理に励んでいた。

 紫への感謝の意味も込めてある。


 通訳が仕事の彼女も、すっかり愛菜の料理の虜になってしまっていた。

 紫の通訳により、愛菜の言葉を理解したミオとマテア。

 今日もとても嬉しそうに微笑んでいる。

 ミオとマテアも、愛菜の料理の虜になっている。

 紫から、愛菜はそう聞かされていた。


「それじゃ、食べようか。いただきます」


 悠斗の言葉に釣られたようだ。

 それぞれが、いただきますと言ってから食べ始める。


 さすがに、ミオとマテアはいただきますとはちゃんと言えない。

 それでも言おうと努力しているので、三人は拙い彼女達を微笑ましく見ている。

 そんな感じで、桐原邸では今日も、五人の食事がはじまった。

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