123.齟齬-Conflict-

1991年6月10日(月)PM:12:48 中央区大通


「逃がすと思うのかっ!?」


 視界が不明瞭な二人。

 アグワット・カンタルス=メルダーは、そう吐き捨てた。

 ふら付いているアリアット・カンタルス=メルダー。

 彼女は、アグワに何とかしがみ付く。


 さほど時間を置かないで回復した視界。

 アグワとアリアは、古川 美咲(フルカワ ミサキ)を追う。

 予想に反して、古川はすぐに見つける事が出来た。


 札幌市資料館の裏側。

 木々の生い茂る中。

 そこに入っていくのが、見えたからだ。


 迂闊にもその後を追ってしまった二人。

 アグワは冷静さを失っている。

 深く考える事もなく、突き進んだ。


 ZZR1100BMは見えた。

 しかし古川がいない。

 その場で身構える二人。


≪稲妻≫


 頭上から迸る雷撃。


≪散≫


 避ける間もなく轟いた稲妻。

 二人の頭上。

 散弾のように、下に向って降り注いだ。


 威力は調節されていたのだろう。

 二人に、ダメージはさほどない。

 しかし、電気のショックを喰らった二人。

 体が麻痺したかのように、痺れている。


 それでも、アグワはアリアを庇った。

 その為、麻痺の度合いはアリアの方が低い。

 木の上から、ZZR1100BMの側へ着地した古川。

 アグワとアリアに向き直った。


「さっき十年間と言ったな。確かに十年前、惨殺された狼化族達に遭遇した事はある。もしあの時、まだ生きていた者がいたとしたら、見殺しにした事にはなるか。その復讐という事か?」


 痺れて余りうまく動かない体。

 言葉を紡ぐ事も一苦労。

 だがそれでも、彼女との言葉の食い違い。

 怒りで、我を忘れそうになるアグワ。


「見殺し? 惨殺した当人が何を言っている? 俺の妻は、マリアットは!!!!」


「何を言っているのはお前の方だ? 惨殺? それこそ何の話しだ?」


「ふざけるなぁぁぁぁぁ!! ここに来て何故認めることをしないんだぁぁぁぁぁ!!」


 怒りに痺れる体。

 無理やり動かしたアグワ。

 古川に飛び掛かった。


 しかし、速度は明らかに落ちている。

 簡単に古川にあしらわれた。


 二人の会話を聞いているアリア。

 彼女の頭の中には、今まで抱く事がなかった。

 ある疑問が沸き上がりはじめる。


 自分には当時の記憶は無い。

 その為、全て聞いた話しになる。


 確かにその話しの中。

 【殺戮の言霊乙女】と【破壊の踊刃乙女】。

 二人が自分の母を惨殺した。

 その瞬間を見た者は誰もいない。


 パパであるアグワ。

 彼ですらも、その瞬間は見ていないのだ。

 全てはイーノム・アルエナゼムから教えられた事。


 もしかしたら、推測でしかなかったその情報。

 真実と思いこんでしまっていたのだろうか。

 目の前の【殺戮の言霊乙女】。

 自分が見る限り、は嘘を言っている。

 そのようには見えない。


「認める? 何を? 何だか話しが微妙に噛み合ってない気がするのだが? 隣のお嬢さんはどう思っているのだ?」


 何が正しいのか判断の出来ないアリア。

 彼女は結局、一つの決断を下す。


≪ウィンド ベルレン デュルチ ディエ エルホフング デル スタウブウォルケ≫


 魔法適正が低いアリア。

 彼女が唯一、習得できた魔術。

 自分を中心に風を巻き起こす。


 アリアでは、土煙を起して相手の視界を防ぐ。

 威力の低い攻撃を、弾き飛ばす。

 その程度の事しか出来ない。


 しかし、この場では充分だった。

 突然巻き起こる土煙に視界を覆われた古川。

 アグワを抱えて、逃げ出すアリアを追う事は出来ない。


 先ほどの会話。

 微妙に噛み合っていない。

 その事に、思考を取られていた。

 なので反応が遅れた、というのもある。


 今だ体が麻痺して、うまく動く事の出来ないアグワ。

 彼をを抱えているアリア。

 地下区画の西口に向かった。


「アリア、何故撤退するのだ? 折角相対したのだぞっ!!」


 怒りに、完全に冷静さを欠いているアグワ。

 咄嗟にどう声を掛けるべきか、言葉が出てこないアリア。

 しばらく躊躇していたが、意を決して話しかける。


「あのまま戦いを続行しても負けてたと思う」


 正論過ぎるアリアの言葉。

 怒りに我を忘れていたアグワ。

 ぐうの音も出なかった。

 彼女の言葉に、ほんの少しだけ冷静さを取り戻す。


「だがどうする?」


「閉鎖空間での接近戦ならどうかな?」


 アリアは、本当は噛み合わなかった会話の意味。

 その事にについて考えたい。

 だがあえて、その事は伝えなかった。


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1991年6月10日(月)PM:12:58 中央区西七丁目通


 意識を取り戻したクルシアルファ・レオリカルダン。

 見張りは誰もいない。

 その事に、少し疑問に思った。


 何とか校舎の壁を破壊。

 カルヴァット・マドロコシーを抱えて脱出。

 追撃される事はなかった。


「彼、大丈夫なのかしら?」


 彼女が気絶している間。

 何が起きたのかは彼女はわからない。

 だが、カルバの精神はおかしくなっているようだった。


 それでも仲間として、彼女は見捨てる事が出来ない。

 いまだに痛みが走る右顎。

 動く度に走る痛みに顔を顰める。

 あんな強烈な一撃。

 頂いたのは、たぶん生まれて始めての経験。

 こんなにも痛い。

 なのに、再び殴られたい衝動に駆られている。


 とことん自分の性癖は狂ってる。

 今更ながら、彼女は改めて自覚した。


 時折不気味な笑いを零すカルバ。

 彼呆れつつも、追手が無い事を何度も確認する。

 ふと超至近距離で、強烈な魔力の高鳴りを感じた。

 自分とカルバの両方に発生しているようだ。


 彼女は脇道に入り、カルバを抱えたまま走る。

 不思議と魔力の波動をどうにかしようとは思わなかった。

 そのまま、目の前に見えた木々の中に突っ込む。

 着地に失敗し寝転がる形になったクルファ。

 彼女の側に転がるカルバ。


 これから自分達に何が起きるのかはわからない。

 でもきっとこれが、今まで行なった事への罰なのだろうな。

 そう考えると、不思議と彼女は恐怖を感じなかった。


「もう一度位殴られてみたかったけど」


 相乗効果を伴って巻き起こった爆発。

 砕け散り、巻き上がる様々な破片。

 周囲の木々を焼き焦がし、薙ぎ倒していった。


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1991年6月10日(月)PM:12:59 中央区西七丁目通


 通り沿いにある交番。

 その一室で手錠をかけられている人狼。

 ロープで縛り上げられて、猿轡を噛まされていた。


 イシュテバン・サンドバン=ファルケンズ。

 自分の至近距離で感じる魔力の流れ。

 それにより、彼は目を覚ました。


 即座には、自分の状況が把握出来ない。

 何処かの一室に閉じ込められているようだ。

 それもかなり狭い部屋。


 周囲には人の気配は一切無い。

 誰かの置き忘れなのか腕時計が一つ。

 自力でどうにかしなければなさそうだ。


 そこで目覚めた理由に思い至る。

 魔力の流れは明らかに自分だ。

 古川との戦いで受けたダメージは大きかった。


 今の自分にそんな力は残ってはいない。

 それに、目覚めてもいなかった。

 なのに魔力を行使してるわけ、あるはずも無い。


 魔力の発生元に思い至るものもない。

 それでも徐々に、膨れ上がっていく魔力の波動。

 何の冗談かわからない。

 しかし、発動が完了すれば、洒落にならない威力。

 そう思わせる程の魔力量だ。


 涙目になっているイシュテバン。

 何とか体を動かそうとする。

 しかし、そもそもダメージの影響が大きい。

 まともに力も入らず、動かす事も難しかった。


 腕時計は、よくよく見れば戯れに買ってみた安物だった。

 秒針がどんどん進んでいく。

 魔力の上昇具合から、解き放たれるまではそう長くは無い。

 精々が数十秒から数分という所だろう。


 死への恐怖でどうにかなりそうな心。

 何とか奮い立たせている。

 手錠をどうにか外そうと試す。


 普段ならば、問題なく引き千切る事が出来るだろう。

 しかし残念ながら今の彼には、その力さえなかった。

 恐怖に涙を流し、叫びだしそうなイシュテバン。


 腕時計の秒針が、十三時を指し示した。

 その瞬間に解き放たれた魔力。

 イシュテバンの、上着のポケットを中心に、解き放たれた魔力。

 凄まじい爆炎を伴い、交番諸共彼を焼き焦がす。


 叫び声を上げる間もない。

 彼の意識は消失した。


 そこには焼き焦がされた人狼。

 原型を留めていない彼。

 後は、交番の成れの果てだけが残された。

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