138.保護-Protection-

1991年6月10日(月)PM:13:19 中央区人工迷宮地下一階西ブロック


「マサ!?」


「桐原君は面白い事をしているねぇ? それが君の能力か。合成か? 再構成? いや最初に分解でもしているのか?」


 桐原 悠斗(キリハラ ユウト)は、形藁 伝二(ナリワラ デンジ)が砕いた壁の中に手を突っ込んでいた。

 迷宮の壁には、彼の能力は通用しない。

 だが、更にその外、自然に存在する物質ならば可能だと考えたのだ。

 そしてその予想は当たりだった。


 徐々に悠斗の体を覆って行く装甲。

 口元、鼻、目を覗き、全身を覆っている姿。

 稼動を全く考慮していなかった。


 その姿は悠斗の趣味か過去に見たアニメの記憶。

 無意識に反映しているのだろう。

 差し詰め、アニメのロボットを、人間サイズにスケールダウンしたといったところだ。


「それでどうしようと言うのかね? どう見ても動けるとも思えないのだが?」


 吹き飛ばされた河村 正嗣(カワムラ マサツグ)。

 その側に駆け寄って、声をかけている沢谷 有紀(サワヤ ユキ)。

 彼女を横目に、視線を形藁に向けた悠斗。


 重量により、体重が増加している為、かなり体が重い。

 それに、既に限界近く能力を行使している。

 汗だくで、立っているのも一苦労だ。


 右手は穴の中に、左手は形藁に手の平を向けている形。

 装甲の上を伝って、右手から左手の先に集まる半液体状の物質。


「何をしてくれるのかな? 面白そうだから待ってみよう」


「そ・・その余裕の態度を・・・後悔させて・・・やる」


 左手の先に集まる半液体状の物質。

 更に増加していく。

 既に一メートルを超える球体状になっていた。

 悠斗は、支えるのも精一杯だ。


「なるほど。全身を覆ったのは、支えられない重量を支える為か」


 二人とも予想もしてなかった方向から、援護射撃が繰り出された。

 十本の光線が、形藁目掛けて飛んでくる。

 死に瀕していたはずのアルマ・ファン=バンサンクル=ソナー。

 彼女が手の平を形藁に向けていた。


 予想外の方向からの攻撃。

 一瞬注意を逸らされた形藁。

 光線そのものは巨大な手で防いだ。

 しかし、次の悠斗の一手に遅れを取る。


「いっけぇぇぇ!!」


 悠斗の眼前の球体。

 巨大な一本の槍に変化。

 凄まじい勢いで伸びて行く。


 迎え撃つ形藁。

 破壊する絶対の自信があるようだ。

 策を弄す事もなく、巨大な左手を真直ぐ突き出した。

 ストレートに、巨大な左手で殴りかかる。


 衝突する悠斗の槍と、形藁の血に塗れた拳。

 ぶつかり合った瞬間、悠斗の槍が拳に突き刺さる。

 人差し指の付け根に減り込む。


 目には見えない。

 何か液体のようなものが飛び散る。

 そんな音が響く。

 突然凄まじい形相で、叫び声をあげた形藁。


「あがっ・・ががぁぁぁぁ」


 巨大な拳の中を更に突き進む、悠斗の渾身の一手。

 親指の付け根辺りから、その半身を露出させた槍。

 前腕部分を抉りながら更に突き進む。

 しかしその穂先も、形藁の胸の手前で停止してしまった。


「く・・くそ・・力が・・」


 極度の緊張状態で限界を迎えた能力の行使。

 形藁に一撃を加える前に、力尽きてしまったと悠斗は感じていた。

 この時は悠斗は、形藁を倒す事に思考を取られている。

 先程の叫び声の、意味を考える余裕はなかった。


「くそ・・・ガキが」


 突き刺さっている槍を握り締めた右手。

 鎗から左手を一気に引き抜く。

 痛みに苦悶の表情になる形藁。

 息も荒く汗を流している。


 渾身の力をこめて、槍を握り潰そうとする形藁。

 だが中々鎗は壊れない。

 いらついた表情になっている。


 巨大な左手でも槍を握った。

 苦悶の表情になりながら、更に力を込め続ける。

 徐々に鎗に、細かなひび割れが入り始めた。


 力を行使し過ぎて動く事さえままならない悠斗。

 辛うじて保っている意識。

 その光景をただ見守っているだけ。


 そもそも動こうにも、自らの力で動けない状況にしてしまったのだ。

 力を行使出来なければ、自らの装甲を剥ぎ取る事も出来ない。

 しかしその力を、行使する事さえ出来ない。

 故に、距離を取る事さえも不可能。


 とうとう砕け散った鎗。

 破片が飛び散り、砕けて二人を襲う。

 表面装甲に、いくつかの破片が当たった音が聞こえた。

 形藁は透明な他の手を使い、防いだようだ。


 どうするか考える思考さえない。

 形藁の巨大な、血塗れの右手の拳。

 横薙ぎに、動けない悠斗を吹き飛ばした。


 装甲の左側、拳が当たった所を中心に、ひび割れ砕け散る。

 肋骨が数本砕けたようだ。

 凄まじい激痛に、覚醒させられる意識。

 床をバウンド、覚醒と消失を繰り返す意識の中。

 聞こえた形藁の言葉。


「この・・私に一矢報いたのは褒めてやる。貴様だけはここで殺さないで・・・おいてやる。死にたくなるような絶望を与えてやらねば、俺の気が収まらない。しかし他は皆殺しだ。このガキが目覚めた時に、俺に傷をつけた事を後悔するような形でな」


 血反吐を吐いた悠斗。

 再び胸部の激痛に呻く。

 呻いた事による激痛に、意識を刈り取られた。


 タイミングがいいのか悪いのか、現れた緑肌の一群。

 その数はざっと三十程。

 前衛の近接部隊と、後衛の弓矢部隊がいるようだ。


 しかし相手が悪すぎた。

 怒りに打ち震えている形藁。

 彼にとって、八つ当たり出来る獲物にしか見えてない。


 飛んでくる矢を、巨大な手で払い落とす。

 振り下ろされた一撃。

 手の平と床に挟まれて、圧縮されていく緑肌。

 全滅するまで然程時間はかからなかった。


「余計な邪魔が入ったが今度こそ」


 アルマ目掛けて、今まさに振り下ろされようとする巨大な拳。

 振り下ろされた巨大な拳は、床を抉り破壊。

 しかし、そこには既にアルマはいなかった。


「間一髪だったな」


 聞こえたのは古川 美咲(フルカワ ミサキ)の声。

 アルマを抱きかかえたアンジェラ。

 予想外の乱入者。

 咄嗟に言葉の出てこないアルマと形藁。


「アルマ・ファン=バンサンクル=ソナー、言いたい事もあるだろうが、その怪我は軽症ではない。おとなしくしてろ」


 現実を突きつけられたアルマ。

 何かを言い返すつもりだったが諦めた。

 アンジェラは悠斗の元に歩く。

 アルマをその側に寝かせた。


「あれ? 痛みがない?」


 アルマは驚きの表情。

 彼女の言葉に疑問符を浮かべる形藁。

 アンジェラは、アルマを抱き抱えながら、魔力を流し込む。

 傷口を魔力の膜で覆っていたのだ。


「余所見してていいのか?」


「これはこれは古川所長。確かに余所見している場合ではないですね」


 形藁はアルマから視線を古川に向ける。


「久しぶりだなと言うべきか? 形藁副師団長。まさか、こんな場所で会うとは思わなかったがな」


 まるで敵を見るかのようだ。

 厳しい視線を向ける古川。


「私もこんな所で、あなたと出会うとは思いませんでしたよ。【殺戮の言霊乙女】いや今は【真黒の攻言】とでも、呼ぶべきでしょうかね?」


「その名をここで聞くなんてな」


「我々でも知ってるのは、ほんの極一部でしょうけどね」


 アンジェラは、倒れている悠斗と正嗣。

 二人が生きている事を確認。

 その上で、先に重症の悠斗の側に寄り添った。


 彼女は自らの指先を歯で噛み切る。

 悠斗の半開きの口に押し付けた。

 血を吸わせているように見える。


「式神ですか。古川所長が式神を行使するなんて、初耳ですね。しかしあれは何をしているんですか? 意味がわかりません」


「お前が知る必要はない。何度見ても慣れない光景ではあるがな」


 ある程度、血を飲み込ませたように見えたアンジェラ。

 悠斗の左脇腹にそっと両手を触れさせる。

 状況も忘れて、面白そうに見つめている形藁。

 彼は今、自分の知識の中で該当、もしくは近い物を検索している。

 古川には、アンジェラの行動を、形藁が興味津々に見ているようにしか映っていない。


「血を飲ませる意味がわかりませんが、呻き声一つあげない所をみると、鎮痛効果でもあるのでしょうか? 今は魔力で、砕けて肺に突き刺さった肋骨を抜くと同時に、損傷した内臓を魔力で修復している?」


 形藁の推測も一部は当たっている。

 流れ出たのは、彼女の体内を流れる、魔力が染み込んだ体液と血液。

 アンジェラは自らの魔力を、悠斗の口から体の中に流し込んだ。

 肺や心臓、その他内臓器官を保護。

 損傷した血管も覆っている。


 皮膚に触れて流し込む事も出来た。

 だが、口から直通している器官には、この方がいい。

 悠斗の魔力、霊力との反発によるロスが少なくなるのだ。


 更に、左脇腹に触れた手から魔力を流し込む。

 砕けている肋骨の破片を、ゆっくり集めていく。

 ただしあくまで魔力の膜で保護しているだけ。

 回復させているわけではない。


 それでも、保護されているおかげだ。

 悠斗は、痛みを感じる事もない。

 意識を失ったまま、されるがままだ。


 意識を集中させているアンジェラ。

 周囲の声は耳に入っても、聞こえていない。

 仮に今襲われれば、成す術もないだろう。

 彼女はそれだけ古川を信頼しているという事だ。


 実際、古川は、形藁に注意を払っている。

 同時に、周囲を警戒するのを怠っていない。


「式神が血を流すなんて事も、聞いた事も見た事もありませんし、本当に式神なのですか? あれは」


「私の式神じゃないんでね。詳しい事は知らん。そもそも私はそっち方面は苦手だ。破壊する方面に特化してるからな」


 律儀に形藁の問いかけに答えていく古川。

 自分が場違いな遣り取りをしている。

 古川は、その事を自覚はしていた。

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