257.到着-Arrival-

1991年7月14日(日)PM:12:50 中央区精霊学園札幌校北中通


「それで、何がどうなってるの?」


 植物体から逃れた事で、状況説明を求める白紙 伽耶(シラカミ カヤ)。

 桐原 悠斗(キリハラ ユウト)と中里 愛菜(ナカサト マナ)。

 彼女の言葉に、二人は顔を見合わせて頷いた。


 話し始めるのを、静かに待つ白紙 沙耶(シラカミ サヤ)。

 彼女達は小等部の側を通過している。

 悠斗が掻い摘んで説明を始めた。


「植物体に囲まれて絶体絶命の所を、澪唖ちゃんに助けられたんだ。澪唖ちゃんの説明によると、黒恋ちゃん、俺の背負ってる娘は、霊気の消耗のし過ぎで生命の危機で、回復させられるのは義彦だけだそうだ」


「三井さんだけ? 普通消耗しても自然回復するんじゃないの?」


「普通はそうなんだけど、彼女は例外なんだってさ」


「そうなんだ。そんな事もあるのかなぁ? まぁいいや。それで?」


「義彦は正門に向かっていたらしい」


「正門に向かう途中で、沙耶と私に助けられたって事?」


「そうゆう事だね」


 四人はとうとう東通にある正門に辿り着く。

 そこには、無数の植物体の成れの果てが転がっている。

 巨大な四足歩行の獣のような生物もいた。

 更に獣のような生物と相対している二人。

 アイラ・セシル・ブリザード、クラリッサ・ティッタリントン。

 驚きの表情で、現れた四人を見るクラリッサ。

 アイラは一瞬、視線を向けただけだ。


「愛菜ちゃんに伽耶ちゃん、沙耶ちゃん、それに桐原さん!?」


「あれは一体!?」


 茫然と四足歩行の獣のような生物を見つめる悠斗達四人。

 その獣の上の方から微かに聞こえてくる音。

 何か金属と金属が、激しく打ち合っているようだ。


「わたくしが聞きたいですわね」


 そう言ったアイラは、巨大な獣を見上げた。


「でも作り出した男の素性は予想はついてますけども」


 目の前に立ちはだかる巨大な獣。

 じっと見上げている悠斗。

 聞こえてくる金属と金属が打ち合うような音。

 求める相手がこの巨大な獣の上にいるのだろう。

 そう考えているが、どうするべきか迷っている。


 今のところ動く気配の無い獣。

 見上げながら、悠斗は思い出している。  陸霊刀 黒恋(リクレイトウ コクレン)が倒れた。

 その後の事をだ。


 前からも後ろからも現れたソレ。

 植物と呼ぶには禍々しく、形は些か不恰好。

 手首ほどもある蔓のようなもの。

 無数に連なって出来上がっていた。


 ソレが、単体ならばまだ逃げる道も選べただろう。

 だが残念な事に、単体ではない。

 ソレの数は見えるだけでも十を超えていた。


「ゆ・ゆーと君・・・・どう・・どうしよう・・」


 震えている声。

 視線を少し下に向けた悠斗。

 声の主である愛菜の手は震えている。


「・・・戦うしかなさそうだけど」


 奥歯を噛み締める悠斗。

 まさに数の暴力でソレは迫ってきている。


「愛菜、黒恋ちゃんを頼む」


 左手で震える彼女の右手を握る。

 腰を落とした悠斗。

 左手が、フィールドが消失し、剥き出しの大地に触れる。


「何処まで持つかわからないけど・・」


 自嘲気味に囁く悠斗。

 彼が触れた左手の大地。

 ソレとの距離は五メートルといった所だ。

 大地が盛り上がり、まるで鎗の如く向かっていく。


 悠斗達三人を、円状に囲み突き進む鎗。

 まるで蛇がのたうつかのようだ。

 周囲に群がるソレを蹂躙していく。


 しかし、数の暴力というのは如何ともし難い。

 いくつもの蔓が寄り合わさっている。

 鞭のようになって鎗に襲い掛かった。


 既にかなり消耗の極みにある悠斗。

 精緻に操る事等は出来るわけもない。

 また、これ程大掛かりに力を行使。

 そんな事も数える位しかないのだ。

 額を流れていく汗。

 焦りに焦らされる心。


 土鎗と土鎗の間から狙ってくる鞭の一撃。

 愛菜が光の盾を行使して弾いている。

 二人がもう駄目かと思い始めた矢先。

 突如隙間から狙っていたソレの群れの一部。

 ズタズタに斬り裂かれ始めた。


「うふ、何とか間に合ったね」


 状況とは場違いな明るい声が聞こえる。

 砕かれ、穂先を失った土鎗。

 その一つに立っている少女。

 地樹鎖爾 澪唖(チキサニ レア)が立っている。

 手に持つのは、体に反比例するような大きな刀。

 その刀を容易く振り回し、ソレを次々に駆逐して行く。


「あぁ、もう数が多いなぁ」


 黒髪を揺らす彼女の動き。

 悠斗と愛菜は捉えきれない。


「黒恋ちゃんは霊力の使いすぎだね。その娘はちょっと特殊で、回復出来るのは契約している義彦だけ」


 澪唖を捕捉する事の出来ない悠斗と愛菜。

 聞こえてくるのは、彼女の声だけだ。

 瞳に飛び込んでくるのは、残骸。

 二人に近づく事も出来ないでいるソレの斬り刻まれた姿。


「義彦は、正面玄関に向かっているはずだよ。時間は余りないからね。黒恋ちゃんは持って四十分って感じかな?」


 飛び散る花弁。

 斬り裂かれる蔓。

 まさに、蹂躙という状態だ。


「ここは私が倒すから、二人は彼女を義彦のとこまでお願いね」


 突然の状況に、しばし茫然とする二人。

 しかし、意を決した表情の悠斗。


「愛菜、黒恋ちゃんを義彦の所に連れて行こう」


 寝かせたままの黒恋。

 彼女の背中が触れている地面。

 ゆっくりと盛り上がり、椅子の形状に変化していく。

 更に背凭れの部分が、背後から彼女を隠すように拡がった。


「少しの間、我慢してくれな」


 囁くように、呟いた悠斗。

 彼女に背を向け、足を大きく横に開く。

 右手を椅子の足の部分へ触れさせた。

 そして、徐々に変形させていく。


「愛菜、彼女の手を僕の肩に。背負う形にお願い」


 悠斗の言葉に、状況に乗り遅れていた愛菜。

 素直に、彼の指示に従った。


「準備OKになったら教えてよね」


 左の奥の方から聞こえて来た澪唖の声。


「ぐっ、さすがに少し重いな」


 自分の体に寄り掛かるようにしていく。

 悠斗自身の土の力で、黒恋の座る椅子を固定。

 持ち上げる形にしたのだ。

 しかし、かかる重量だけで既に苦悶の表情の悠斗。


「もうしょうがないな」


 声の後、何かが悠斗の肩に触れた。


「こ? これは?」


「効果は学園内だけだよ。あまり無理すると反動が大きくなるから注意してね。私の力をほんの少し貸しただけだから」


 先程まで圧し掛かっていた重量。

 軽微になっているのを理解した悠斗。

 まるで自分の体ではないかのようだ。

 体の中から力が溢れてくる。


「これならいけそうだ」


 残っていた土鎗の根元。

 そのうち、北側の二つ。

 隣と合体させて道を作った悠斗。

 愛菜と隣に並ぶ。


「準備完了」


「OK! それじゃ、私が一気に道を作るから、走り抜けてね」


 突如、悠斗と愛菜の前に現れた澪唖。

 瞬時に刀が振られた。

 刀の間合を越えて、飛んでいく斬撃。

 ソレは消滅するかのように斬り裂かれていく。


 驚きの表情になりながらも、二人も動き出す。

 愛菜と悠斗は一直線に駆け出していく。

 背後から再び振るわれる澪唖の援護射撃。

 彼女に守られながら西通を突破。

 二人は北中通に辿り着いた。


 建物の影に隠れて、澪唖の視界から消える。

 その時まで、彼女の援護射撃は続く。

 少しして、二人が角に消えた。

 残されたのは澪唖とソレの残党だけだ。


「ちょっと使い過ぎたかな?」


 背後から迫るソレを、悉く斬り裂いていく。

 周囲の光景とは場違い。

 だが、見た目相応に可愛らしく微笑む澪唖。


「私が援護出来るのはここまでだから」


 肩に刀を一度担いだ澪唖。

 即座に次の行動に移行する。

 円状に刀を横薙ぎに振り抜いた。


 刃から放たれる刀閃。

 まるで紙でも相手にしているかのようだ。

 ソレを次々に切断していく。


 更に縦に横に、斜めに振られる刀。

 ソレを複数巻き込んで斬り裂いていく。

 澪唖の動きに追従できないのだ。


「少し使い過ぎだけど、しょうがないよね。でも、そろそろ自重した方がいいかな?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る