020.昼時-Noon-

1991年5月26日(日)PM:12:16 中央区特殊能力研究所付属病院五階


 三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)は長椅子に座り、苦悶の表情を浮かべてた。

 本当は一番重症だったのだから当然ではある。

 常人よりも回復力が高いとは言え、即完治するわけではない。


「さすがにそんなに長くは歩けないか。しかし吹雪の奴、あの顔はやっぱ気にしてやがったな」


 痛みに耐えるのだけで精一杯の義彦。

 能力を使うのもままならない。

 その為、背後の存在に気付けなかった。


「三井君、こんな所で何やってるんですか!」


 驚いて背後を振り向く義彦。

 急な動きに顔を激しく顰めた。

 黒髪を右後頭部でまとめている、背丈の割にグラマーな女性。

 彼女は般若のような表情で、義彦を見ている。


「姫香さんか。ちょっと皆の様子を見にな」


「ちょっとじゃないですよ。何考えているんですか!? まったくもう。こんなところで何しているんですか!?」


「えっ!? えっ、とー? 皆の様子を? 吹雪の様子を見てきた? かな?」


 義彦の言葉に、彼女は一瞬無表情になる。


「あいかわらず馬鹿過ぎる子供なんだから!?」


 そう言うと浅木 姫香(アサギ ヒメカ)は走って消えた。

 戻ってきた彼女はナース姿の間桐 由香(マギリ ユカ)を引き連れている。

 二人は誰も乗っていない車椅子を押していた。


「由香、なんでナ――」


 義彦の言葉を無視して、姫香が由香に指示を出す。


「由香、そっち側お願いね」


「はい」


 二人で義彦を車椅子に乗せる。

 突然の行動に抵抗も出来ない義彦。

 痛みで顔を顰めている。


「三井君、自分の体の状態わかってるんでしょ。今度やったら許しませんからね!?」


 姫香はご立腹だった。


「本当、何考えてるんですか!?」


 由香もご立腹だ。

 憤怒の形相の二人。

 若干戦々恐々としている三井。


「姫香さんキャラ変わってないか・・」


「変わってません!」


「どう見ても、絶対安静って言われてる三井君が、ここにいるのが悪いでしょ!? っていうかおかしいでしょ?」


「由香まで・・・。えっと!? あれ? そんなに怒ってる?」


「当たり前です!! 私の仕事が何だかわかってますか!?」


「ここが何処かもわかっていますか!?」


 姫香と由香に、交互に詰め寄られる義彦。


「ご、ごめんなさい」


「患者だって自覚して下さいよね!?」


 そう言うと、姫香はエレベーターのボタンを押す。


「由香、愚かで馬鹿者であんぽんたんで、どうしようもない程の、この不届き者を病室に連れ帰ります」


「もちろんです! 姫香、行きましょうか」


 こうして義彦は車椅子に乗せられ、姫香と由香に病室に連行された。


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1991年5月26日(日)PM:12:19 中央区特殊能力研究所付属病院四階五号室


 数日入院する事になった僕。


「それじゃ、ゆーと君の着替えとか持ってまた来るね」


「手間かけさせてごめん。ありがとな、愛菜」


「ううん。また後で」


 愛菜は帰ろうとしている。

 そこに、先程突然目覚めて、ふらりと出て行った三井さんが戻ってきた。

 今度は車椅子に乗せられ、姫香さんと由香さんに連行されている。

 二人の表情は何か話しかけ辛いオーラを放っていた。


「ベッドにぐらい自分で」


「駄目です!!」


 三井さんの言葉はばっさり切り捨てられた。

 姫香さんに由香さんが言葉を続ける。


「動いたら承知しませんよ!」


 そう言われた三井さんはおとなしく、されるがままにベッドに運ばれる。

 僕と愛菜は顔を見合わせてクスクス笑ってしまった。


「三井さんって面白い人ですね。何がどうなって車椅子に乗せられているのかわかりませんけど。それじゃ」


 愛菜は僕達に手を振って出て行った。

 三井さんをベッドに運び終わった姫香さんと由香さん。

 二人も愛菜に手を振っている。


「ゆーと君、今度三井君がどっか行ったらすぐ教えてね」


 由香さんはそう言うと病室を出て行った。

 あれは本気で怒っている目だ。

 次に同じ事があったら、直ぐ報告しよう。


 姫香さんは三井さんの体の状態を確認しているようだ。

 確認が終わったようだが、じっと三井さんを見ている。

 怒りの表情で暫く見ていたが、三井さんを乗せていた車椅子を押しながら出て行った。


「三井さん、何やってるんですか」


 僕は少し笑っていた。


「笑うな。桐原」


 三井さんは、少し不貞腐れている。


「歩き回るなって、言われてたじゃないですか」


「うるさい」


 そんなに不貞腐れなくてもいいのに?

 でも、何となく理由はわかっている。


「吹雪さんですか?」


 少し口ごもる三井さん。


「ああ、気にしてるだろうと思ってな」


 やっぱりそうだったんだな。

 あれだけ大泣きしていたし。


「確かにそうかもしれませんけど。昨日の今日で歩くなんて無茶ですよ!? ちゃんと車椅子も用意してあるのに」


「わかってる」


 しばらくお互い無言のまま。

 僕は意を決して聞いてみた。


「三井さん、聞きたい事があるんですけど、いいですか?」


「なんだ?」


「一年前の事件の事です」


「一年前の事件・・か」


「はい」


「本当に聞きたいのか」


「お願いします」


 たぶん顔を顰めるような話しなんだろうとは覚悟している。


「そうか、一年前と言っても、最初に発生したのは一年以上前。突然、人がエレメントに目覚めて、暴走する事件が何件も発生していた」


「暴走・・羽場少年のようにですか?」


「そうだ。発生条件も、発生場所も、発生した人物も、規則性も関係性も見い出せず、俺達の対応は常に後手にまわっていた」


「暴走するとどうなるんです?」


「簡単に言うと本能のままに暴れ出す」


 本能のままに暴れ出す!?


「それじゃあ」


「そうだ。どの現場も酷いものだった」


「暴走してから、その場に向かい食い止める形ですか?」


「そうだな。何処で起きるかわからないのだからな」


 三井さんは少し苦々しい表情だ。


「たしか俺が関わった暴走事件の六件目。そこにいたのが春眞、長眞、眞彩の三人とその両親だった」


「五人家族だったんですね」


「あぁ、そして俺が辿り着いた時には、長眞と春眞とその両親は血まみれだった」


「あれ!? 眞彩さんは?」


「眞彩は血まみれの春眞の目の前で・・・・暴走した人間に乱暴されていた」


「乱暴・・・!? ってまさか?」


「たぶん桐原の思っている通りだ」


 正直僕は話しを聞いた事を後悔していた。

 自分と同じ人間がそんな事をするなんて?

 予想以上に気分の悪くなる話しだ。

 三井さんも苦い顔をしている。


「確か居酒屋で、襖で仕切られた部屋だった。久下一家は家族で夕飯を食べに来ていた。そして暴走した有下 雄二(アリシタ ユウジ)も、偶々隣の個室に友人達といたのさ。有下は暴走直後、友人達を一人を除いて惨殺、その後、更なる凶行に及んだようだった」


 三井さんはその時、何を思っていたんだろうか。


「何故友人一人だけが生き残れたのかは、今もってわからない。その後聞いた話しだが、事件の被害者の久下達も、加害者の有下もその友人も消息が掴めなくなったそうだ」


「その生き残った友人は何者なんですか?」


「さあな。詳しい事はわからない。身元も判明しないままだったらしい」


 予想以上にきつい話しだった。


「そして今回の事件が起こった」


「そうだ。この一年余り、久下達は何処で何をしていたのか?」


「そうですね」


「一年前の事件の事もあるし、事件の真相について、まずはここで問い質す事になるだろうな」


 僕は何とも陰鬱な気持ちになっている。

 おそらく当時事件に関わった三井さんの心は、こんなものではないのだろう。


「桐原、そろそろ昼が運ばれてくる時間だな」


「そうですね」


 しかしこの話しを聞いた後では、僕はとても食事をする気にはなれなかった。

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