168.謝罪-Apology-

1991年6月22日(土)AM:10:25 中央区特殊能力研究所五階


 一人椅子に座っている古川 美咲(フルカワ ミサキ)。

 手元の資料に目を通している。

 その表情は浮かない顔だ。


 コーヒーを一口飲む。

 その後に、溜息をついた。

 扉をノックする音が聞こえてくる。


「古川所長、失礼します」


 入って来たのは白紙 彩耶(シラカミ アヤ)。

 彼女の背後にいる、三人の人物。

 青年が一人に少年が一人。

 最後尾は少女だ。


 立ち上がった古川。

 彼等と相対する。

 真ん中の、金髪に褐色肌の青年。

 彼が最初に口を開いた。


「お初にお目にかかります。【神聖闇王朝(イエローズスコタビディナスティア)】の外交担当の一人、シルヴァーニ・オレーシャ・ダイェフと申します。此度は下部組織【獣乃牙(ビーストファング)】が多大なるご迷惑をお掛けしました。お詫びのしようもございません」


 シルヴァーニは、深々と頭を下げる。


「古川 美咲(フルカワ ミサキ)です。案内をしてきたのは白紙 彩耶(シラカミ アヤ)。彼女は補佐のような立場ですね。とりあえず頭を上げてもらえますか」


「はい」


 古川の言葉に、頭を上げたシルヴァーニ。


「長いお話しをするのに、立ったままというのも、些か問題があるでしょう。ソファにお座り下さい」


 古川の言葉を受けたシルヴァーニ。

 ソファーに座る。

 少年と少女も、倣う様にソファーに座った。

 古川も対面するように座る。


「インスタントで申し訳ないが、コーヒーでかまいませんか?」


「はい、三人共問題ありません」


 話しは全てシルヴァーニが担当するようだ。

 彼だけが答える。


 コーヒーを入れていく彩耶。

 彼女がコーヒーを入れ終わった。

 テーブルに配膳していく。


 終わるまで、誰も口を開かない。

 コーヒーを入れ終わった彩耶。

 彼女が座った。

 そこで隣の古川が口を開く。


「今回のお話しとしては【獣乃牙(ビーストファング)】の今後の処遇について、という事でお間違いないでしょうか?」


「はい。そうです。実はそれとは別に、もう一つお願いしたい事がございます。まずはこちらをお読み頂けますでしょうか? その上で、両隣の二人を紹介したいと思います」


 懐から一枚の封筒を取り出したシルヴァーニ。

 古川に差し出した。

 怪訝な表情になった古川と彩耶。


 古川は、訝しげに封筒を受け取る。

 中に入っている手紙を読み始めた。

 読み終わると彩耶にも渡す。


 内容としては四つ。

 【獣乃牙(ビーストファング)】の犯した過ち。

 その事への謝罪が一つ。


 【神聖闇王朝(イエローズスコタビディナスティア)】と日本政府。

 二つの組織が取り交わした約束。

 その内容についてが二つ目。


 【獣乃牙(ビーストファング)】の残党。

 彼女達を学園へ入学させて欲しいというお願い。

 それが、三つ目だ。


 最後四つ目もお願いだった。  更にそれとは別。

 学園に入学させたい者が二名。

 可能であれば、許可をしてもらいたい。


 読み終わった彩耶。

 見計らったように、シルヴァーニが言葉を発した。


「お前達自己紹介をしなさい」


 緑髪に、褐色の肌の少年。

 彼が立ち上がった。


「ヴラド・エレニ・アティスナです。是非学園にて勉学に励まさして頂きたく、今回馳せ参じました」


 彼の言葉が終わった。

 少しの静寂が支配する。

 静かに立ち上がった少女。

 彼女が真直ぐ古川を見た。


「アティナ・カレン・アティスナと申します。よろしくお願いします」


「アティスナ、という事は二人は王族の血族という事ですか?」


「はい。その通りです。私達夜魔族(ヤマゾク)は、ご存知かとは思いますが、わかりやすく言えば吸血鬼になります。実際には世間一般に広まっている吸血鬼とは、異なる点が多々ありますけどね。その中の一つを申し上げますと、私達は血を吸わなくても生きて行く事が出来ます」


「我々と同じ食生活でも、問題ないという事でしたかね」


「はい、その通りです。問題ないというのは、少々語弊はありますけどね」


「というと?」


「簡単に言いますと、血を吸う方が強くなれます。もちろん入学を許可して頂けるのであれば、我々が使用する血液はアルマ・ファン=バンサンクル=ソナーの分も含めまして、用意する準備は整っております。必要分を輸入する体制、とでも申し上げればわかりやすいかもしれませんね」


「非合法な方法ではない、という認識で問題ありませんか?」


「はい、問題ありません」


「わかりました」


 シルヴァーニは、ここに来てはじめてコーヒーを一口飲んだ。

 ヴラドとアティナは既に、何度か喉を潤している。


「【獣乃牙(ビーストファング)】に関しても、彼等が犯した罪については、既に日本政府と話しがついております」


「はい、その事は伺っております。その事については、私がどうこう言える事ではありませんし。私としては彼女等の意志次第だとは思っておりますが。ここに来る前に直接、会って来ているはずなので、彼女達の決断についてはご存知かとは思いますが」


「はい。全員が残るつもりである事は確認しました。なので後は古川さんの判断次第、という事になります」


「わかりました。白紙は何か確認して置きたい事はあるか?」


「いいえ、ありません」


「それでは入学を許可します。もし今後【獣乃牙(ビーストファング)】が問題を起こした場合も、基本的には一生徒として対処致します。それで問題ありませんね?」


「取り決めを逸脱しない限りは、もちろん問題ないです。あ、そうだ。来週中にお詫びとお礼を兼ねた品が届くので、お楽しみにしていて下さいませ」


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1991年6月22日(土)PM:14:12 中央区特殊能力研究所付属病院四階九号室


 ベッドの上で、上半身を起こしている男。

 上半身裸で、左手の膝のあたりは包帯で包まれている。

 その先は喪失していた。


 片手を失った浅田 碧(アサダ アオ)。

 浅田 未空(アサダ ミク)の手で、上半身を拭われているのだ。


「碧、義手の事はちゃんと聞いた?」


「あぁ、未空から話しを聞いた後にいろいろと考えたけど、今日の午前中に朝霧 拓真(アサギリ タクマ)さんと話しをしたよ」


 微かに悲しい瞳の未空。


「そうなんだ。どうするの?」


「義手とは言えども、左手が使えるようになるのは有難いからね。頼む事にした。それに片手だけじゃ不便だからな。こんな事も片方しか出来ないからね」


「きゃっ」


 碧は右手で、未空の胸に軽く触れたのだ。


「もう。そんなキャラだったっけ?」


「・・・仲良しな事ですね」


「緑?」


「緑ちゃん、見てた?」


 病室の扉の前に立っていた浅田 緑(アサダ ミドリ)。

 しっかりと二人のやり取りを目撃していた。

 顔を少し赤らめて、目を逸らしている。


「全く、何やってるんだか?」


 二人の側まで歩いてきた緑。

 手に持っているケーキ箱を突き出す。


「兄貴がこないだ言ってたケーキ屋さんの。何がいいかわからないから、好きそうなの勝手に選らんで来た。有難く思いなさい」


「あの時はわんわん泣いて、未空に突っ掛かった癖に、随分上から目線な事で」


「うっさい。戻ってみれば、兄貴が大怪我して入院したって聞かされるし、来てみたら左腕が無くなってるわ。どんだけしんぱ・・・ってもういいじゃない」


「しんぱの後は何でしょうか? 妹様よ?」


「何でもいいじゃない? もう」


「折角仲直りしたと思ったら、これなんだから」


 溜息をつく未空。


「緑ちゃん、ケーキありがとね」


「妹様よ、態々あんがとな」


「折角だし、緑ちゃんも食べていけば?」


「うん、未空姉さん、ありがと。そうするね」


「コーヒーか紅茶が欲しい所だな」


「兄貴、我儘じゃない? まぁいいけど。んでさっきの話しから察するに、義手にする決意したんでしょ?」


「紅茶三ついれてくるから、たまには兄妹でゆっくり話しなさいな」


「え? ちょっと? 未空姉さん?」


 緑の反応も気にせず、病室を出て行った未空。


「そう。義手にする。でもまぁまずは体力と魔力の回復が先だけどな。義手を装着する為の手術は、来月になるだろうね」


「そうなんだ。でもまさか兄貴と未空姉さんが、いまだに精霊庁に携わっていたなんて。全然気付かなかった」


「そりゃ隠してたからね。未空と出逢ったのも携わってたからだし。まあでも、少なくとも左手がない今は廃業かな?」


「喫茶店はどうするの?」


「実はまだ未空には言ってないんだけど。古川所長から、学園に店を出さないかって打診されてるんだ。ただ実際、義手が魔力で動かせると言っても、どの程度使えるものかわからないからね。それ次第かな? 未空には黙っててくれよ。あんまりぬか喜びさせたくないからさ」


「うん、わかった」


「そう言えば、龍人さんには逢ったのかい?」


「えっ!? いや・・まだだけど。何か恥ずかしいじゃない。そうゆう兄貴はどうなの?」


「実は僕はここで会ったんだよね。向こうは緑の兄だって、たぶん気付いてないと思う。だからさ、今度二人で逢いにいこうか」


「え? うん!!」


 碧の提案を受けた緑。

 輝かしい位、満面の笑みだった。

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