143.奔流-Torrent-

1991年6月10日(月)PM:14:32 中央区人工迷宮地下二階


「凄まじい魔力の波動を感じるのぅ。何十年? いや、何百年も溜め込んだんじゃろうか? 生贄捧げるというのは、この量では現実的でなさそうだしのぅ。それに波動が強くなる方に向う程に、彼奴等との遭遇回数も増えているようじゃな」


 彼は溜息を付いた。

 その表情はやれやれといった感じだ。


「全く老体に向わせる場所ではなかろうに。さて、鬼穂は無事合流出来ているかのう。ちと心配じゃな」


 言ってる傍から、前方と後方より足音が聞こえてきた。


「やれやれだのぅ。鬼都は殿、鬼威は鬼都の援護。儂と鬼湯は正面突破じゃな」


 土御門 春己(ツチミカド ハルミ)の指示。

 即座に行動を開始する三人。


 迫り来るのは待たしても、小鬼(ゴブリン)の群れ。

 前後あわせて六十体程。

 その中には、体格の大きな者も混じっている。

 しかし春己達の相手には役不足だった。


 小鬼(ゴブリン)を蹂躙していく二人。

 前進する春己と土御門 鬼湯(ツチミカド キユ)。

 二人の視界の先に、紫に輝く何かが見える。


「あれのようじゃの」


 向ってくる小鬼(ゴブリン)の群れ。

 屠りながら進んでいく。

 少しずつ、近くなっていく紫の輝き。

 その全貌が、二人の視界に徐々に露わになってくる。


「なるほど、こうゆうからくりなわけじゃったか」


 高さ二メートル程のクリスタル。

 その上部の空間では、黒い球体が浮かんでいた。

 時折、プラズマのようなものが煌いている。

 そこからは、小鬼(ゴブリン)が湧き出るように現れていた。


「やれやれ。これが彼奴等の出現の理由、というわけじゃのぅ。全く、なんでこんなものを仕掛けたのじゃろうかのぅ? 何て物思いに耽っている場合ではないわな」


 徐々に数を増していく群れ。

 うんざりしながらも、攻撃の手を休めない二人。


「鬼湯、手加減は無用じゃ。思う存分暴れてみせぃ。ついでに、儂があれを破壊するまでの露払いを頼むんじゃぞ」


「畏まりました」


 まるで、クリスタルまでの道を抉じ開けるかのようだ、

 今までとは段違いの速度。

 そして、桁違いの攻撃力で蹴散らしていく鬼湯。


 更に、背後からの銃撃が追加される。

 土御門 鬼威(ツチミカド キイ)の手に持つ火縄銃。

 そこから放たれる一撃は、火縄銃ではあるまじき威力だった。

 クリスタルの上の、黒球から現れる小鬼(ゴブリン)。

 木っ端微塵に粉砕していく。


「遅くなりました。背後は殲滅完了です」


 鎧武者の土御門 鬼都(ツチミカド キト)が、春己の側に現れた。


「ご苦労じゃった。儂がクリスタルを攻撃するまで、彼奴等の殲滅を頼んだぞ。儂が攻撃したら、即、儂の背後に集まるのじゃ。破壊と同時に、閉じ込められている魔力が暴走するじゃろうからのぅ」


「「「御意」」」


 三人が全く同じ声で、同時にそう答える。

 その為、傍目には一人が答えた。

 そのようにしか聞こえないだろう。


 しかし春己には、三人がそれぞれ発した声だ。

 と言う事がわかっている。


 邪魔者を排除しながら、徐々にクリスタルに近づいていく三人。

 少し離れた所から狙撃していた鬼威。

 狙撃しつつ春己の背後に追いついた。


 彼女は目標を変更。

 周囲に陣取る小鬼(ゴブリン)。

 至近距離から銃撃を加えていく。


 とうとう、クリスタルの目の前に辿り着いた四人。

 手に持つ刀を上段に構えた春己。

 意識を刃に集中させる。


 既に彼の視界に見えているのは、目の前のクリスタルのみ。

 裂帛の気合と共に繰り出された一撃。

 クリスタルが壊れたかどうかを、確認する事もない。

 即座に、三人の式神は春己の背後へ戻った。


 彼等を呑み込んで行く、紫の光の奔流。

 高濃度の魔力の奔流。

 あらゆるものを飲み込んでいった。


 迷宮地下二階に拡大していく。

 そしてほんの数秒で、迷宮地下二階を飲み込んだ紫色の奔流。

 まるで、消失していくかのようだ。

 徐々に霧散していった。


 後に残された物体、

 一瞬で過剰な魔力を浴び続けた。

 その為、肉体が耐え切れる魔力総量を超える。

 崩壊してしまった体。

 哀れな小鬼(ゴブリン)、その原型を喪失した亡骸だけだ。

 そして静寂だけが訪れた。


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1991年6月10日(月)PM:14:46 中央区人工迷宮地下一階西ブロック


 迷宮の中を歩いていく。

 茶色い髪の、バイクスーツに身を包んだ女性。

 隣は、青髪のショートカットの少女。

 一振りの刀を腰に携えている。


 彼女は、袴と巫女服を合わせたような格好。

 少しひらひらした服を来ている。

 頭には、髪の色よりも濃い、青の角のようなものが一本生えていた。


 前衛の彼女。

 周囲への警戒をしつつゆっくりと進む。

 少し離れているバイクスーツの女性。

 前衛の少女の速度に合わせて歩いていた。


「今の揺れは、破壊出来たのかもしれないな」


 突如彼女の体から、何かが震えているような音が聞こえてくる。

 左脇下部分にある、ポケット状の部分に右手を突っ込む。

 そこから、一枚の札を取り出した。

 札を、電話をかけるかのように口元に近づける。


≪通信(コレスポンド)≫


 一瞬、札に書かれている文字が発光。

 淡い光を放ち始めた。


「彩耶か?」


『そうですよ。彩耶ですよ』


 前回の通信時とは違い、彼女の声は鮮明に聞こえてくる。


『美咲今何処にいるの?』


「迷宮の中だが? 通信出来るって事はアレは消失したのか?」


『え? 美咲がやったんじゃないの?』


「ちょっといろいろと、予定外の事態に遭遇してな」


『予定外の事態?』


「鬼穂、悪いがしばらくは、一人で警戒よろしく」


「かしこまりました」


 特に表情を変える事もない。

 彼女は古川 美咲(フルカワ ミサキ)の指示に従う。


『え? 何?』


「あぁ、悪い。こっちの話しだ」


『予定外の事態と関係あるのかしら? その話しは後で聞くとして。そうよ、黒い球体は消失したわ。こちらの被害はせいぜい、新人が掠り傷を負ったぐらいかしらね。いろいろと酷い有様ではあるけど』


 前を歩く土御門 鬼穂(ツチミカド キホ)。

 その姿を視界に捉えつつ、古川は会話を続ける。


「その当たりは、私達の管轄ではないさ。監察官の仕事だろ?」


『そうね。でも図書館の件があるから、何か難癖つけてきそうな気もするわね』


「今に始まったことじゃないさ。だが、存在自体が疑問視されて、解体の話しも出てきてる以上は、奴らもそう馬鹿な事はしないとは思うがな」


『そうね。省庁をまたがっている組織を、一元化しようという話しもあがってるんでしょ?』


「そう見たいだな。でも当分先の話しだろうさ」


『まあそうでしょうけど。私達は一応、討ち洩らしがないか確認してから、退却するけどいいかしら?』


「あぁ、問題ないだろうさ。黒い球体が消えたのなら、もうそっちには、何かが出て来る事はないだろうしな」


『でも美咲が破壊したのじゃないのなら誰が? あ、キホってもしかして式神の鬼穂?』


「あぁ、そうだぞ」


『え? それじゃ春己様が動いてくれたの?』


「そうゆう事だな。事前に有事の際は協力をお願いしていたからな」


『そうなんだ』


「あぁ、そうそう。惠理香にお礼と、時間ある時に来るよう言っといてくれ」


『わかったわ。今ちょっと離れた所にいるから、後で伝えとくわね』


「他に何か情報はあるか?」


『今の所特にはないかな?』


「そうか。一度研究所に戻った時に知ったのだが、いろいろとこちらにも損害が出ている。またいろいろと、予定を変えなければいけないかもな。詳しい話しは元魏にでも聞いてくれ」


『え? そうなんだ。死亡者いたりはするの?』


「今の所はいないみたいだが、何人かは危ないようだ」


 そこで古川は唇を噛み、苦々しい表情になった。

 しばし無言になる二人。


『時には死と隣り合わせになる、とは言っても。やっぱり身近な仲間だものね。元魏さんを信じましょう』


「・・・そうだな」


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1991年6月10日(月)PM:14:46 中央区人工迷宮地下一階北ブロック


 がっしりとした体躯。

 だが、傷だらけの体。

 左手はだらりと垂れている。

 右手は肩の部分を押さえていた。


 両足は地面には触れてはいない。

 まるで、何かにぶら下がっているかのようだ。

 だらりとしている。

 一見すると空中に浮いているように見えた。


 だが実際には違う。

 残っている一組の腕を、足代わりにしている。

 交互に動かして進んでいる形だ。


 透明な為、本人以外には、そう見えるというだけである。

 傷もかなり深いものもあり、まさに満身創痍。

 常に苦悶の表情を浮かべて、かなり呼吸も荒い。


「はぁはぁ・・・・この屈辱・・・忘れぬ・・・二度も・・古川・・・奴は・・ただ・・殺しただけ・・はぁはぁ・・では許せぬ・・絶望に・・絶望を・・重ねた上で・・はぁはぁ・・」


 そこに現れた小鬼(ゴブリン)の一団。

 数はおよそ二十体。

 後衛から放たれる矢。

 体に突き刺さるのも無視した。


 まるで八つ当たりでもするかのようだ。

 形藁 伝二(ナリワラ デンジ)は歪に微笑んでいる。

 現れた小鬼(ゴブリン)の群れ。

 手前から透明な手で、蹂躙しながら進んで行った。

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