212.提案-Suggestion-

1991年7月12日(金)AM:3:41 中央区菊水朝日山公園通


 左のウインカーを点滅させている乗用車。

 菊水朝日山公園通を左折し進んでいく。

 運転席にはグレーのスーツにパンチパーマ。

 黒いサングラスの三十代過ぎの男。


 隣の助手席には、二十代前半に見える女。

 紫のブラウスに黒のスカートスーツ。

 彼女はに黒髪をリボンで結んでポニーテルにしている。


 後部座席には手錠をかけられた男。

 黒髪は乱れており、瞼には寝不足なのか隈が酷い。

 目も血走っていた。


 八日月曜日に笠柿 大二郎(カサガキ ダイジロウ)と西田 香(ニシダ カオル)。

 二人が訪問し、捕まえた男だ。

 その後の捜査で、彼は真っ黒である事がほぼ確定した。


 だからこそ、通常ならば刑事が二人だけ。

 それも護送車でもないただの乗用車で移動する。

 なんて事は考えられない事態だった。


「大丈夫なんでしょうか?」


 不安な眼差しで、運転している男に彼女は問いかける。


「本来なら、研究所が受け取りに来るはずなんだよな。上からの命令だから従ったけどよ。本当は俺も受けたくはなかったんだよな。特殊な手錠らしくて、異能は使えないらしいけどよ。暴れる事はないにしても怖いのは怖いわな」


「はい。本当そうですよ」


 笑っている後部座席の男。

 二人は心底恐怖しているようだ。


「とっとと運んでしまいたいわな」


 突然、車を覆い尽くすような水色。

 全方位から現れた水の壁。

 急いでブレーキを踏んだ男。

 水の壁にぶつかり衝撃が彼らを襲う。


「く・・くそ。何が?」


 ぶつかった衝撃と瞬間的に浮き上がった車。

 更に後部が落下した衝撃。

 すぐに状況を把握出来ない二人の刑事。


 フロントガラスを突き破ってきた水の刃。

 男は頭と体を分断された。

 その光景に叫び声を上げる女の刑事。

 しかし、彼女の声も即座に途絶えた。

 同じように、頭と体が分断されたからだ。


「あいつの言った通りだ」


 後部座席で一人呟いた男。

 彼は車から降りると、一人歩いて行く。

 まるで彼を迎え入れるかのようだ。

 水の壁の一部が開かれていく。


 男が水の壁の外に出た。

 その直後、残された乗用車は無数の水の刃に切り刻まれる。

 原型を留めない程、バラバラに砕け散った。


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1991年7月12日(金)AM:7:01 中央区三井探偵事務所一階


「全く、こんな早い時間から訪れやがって」


「あぁ、わるいな」


 ソファに座っている笠柿。

 非常に申し訳なさそうな表情だ。

 しかし、電話で叩き起こされた三井 龍人(ミツイ タツヒト)。

 彼の機嫌は直りそうにない。


「とりあえず、タイヤキ一ダースだ。それで許してやる。さっさと用件を言いやがれ。まあどうせ、こないだの話しに関係してるんだろうけどな」


「あぁ、ブラッドシェイクから薬を購入していたらしい奴の一人が、容疑者だったのがわかった。それで研究所の鎗水さんに協力してもらったんだがな」


「それで?」


「研究所で回収していた薬とほぼ同一の物だって事がわかった」


 立ち上がり、勝手にコーヒーを入れる笠柿。

 しかし、龍人は何も文句は言わない。


「あぁ、そう言えば義彦も、薬が原因で事件を起こした可能性がある奴等がいるって言ってたな。提供していたのは全てブラッドシェイクの可能性があるってことか」


「そうなのか? もしそれが事実なら、そうゆう事になるんだろうな」


 笠柿はコーヒーを二つ入れていく。

 入れ終わると、一つを龍人に渡した。

 ソファに座り、少しだけ思案するような表情の笠柿。


「こないだ途中で立ち去って悪かった」


「もういいよ。あんまいい気分じゃなかったけどな。そういえば、あの時、後一人とか言ってなかったか?」


「あぁ、ホシの目的は元同僚の女三人。そのうちの一人が第一の事件の被害者。お前と話してて二人目も既に仏になってる可能性に気付いたんだわ」


「だから後一人か」


「酷いもんだったぜ。顔も上半身も原型を留めてないぐらい滅多刺しだった。しばらく生きてたとしたら、地獄だったんじゃねぇかね」


 少しコーヒーカップを揺らしてから、一口飲んだ龍人。


「でもホシは確保してんだろ?」


「あぁ、今日研究所から護送車が来るはずだ。手錠で封印しているとは言え、異能者だからな」


「万が一の事態があるからか」


「そうゆう事だ。上層部の一部は何故か渋っていたようだけどな」


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1991年7月12日(金)PM:12:47 中央区三井探偵事務所一階


 三井 龍人(ミツイ タツヒト)は一人だ。

 事務所でカップラーメンの麺を啜っていた。

 赤いスープにタコやイカなどの海鮮。

 それらが具として入っているのがわかる。

 実際は彼もある程度自炊する事は出来るのだ。

 しかしが、面倒臭いのでしない。


 麺を啜っていると鳴り出した電話。

 一瞬無視しようか迷った龍人。

 面倒臭そうに受話器を取った。


「はい、三井探偵って笠柿か」


 電話越しの笠柿は、早口で捲くし立てた。

 内容としては、被疑者が刑事に連れ出されて消息不明。

 狙われていた三人目の安否が気になるが電話に出ない。

 相手が異能力者の為、念の為協力して欲しいという事だった。

 研究所が受け取りに来て発覚したらしい。


 住所を確認した龍人。

 急いで麺を啜った。

 スープの残ったカップは置き去りにする。

 施錠をした上で事務所を出た。


 車庫の車に乗り込んだ。

 笠柿に教えられた住所へ急行する為、アクセルを踏んだ龍人。

 しかし、もう手遅れなんじゃないかという予感を感じていた。


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1991年7月12日(金)AM:12:48 中央区精霊学園札幌校中等部二階


「呼び出せばいいだろうに?」


 そう言った三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)。

 カルビ定食のカルビを一切れ、口にいれた。


「怪我人を呼び出すわけにもいかないだろう」


 対面に座る古川 美咲(フルカワ ミサキ)。

 口に含んでいたチキンカツを飲み込んだ後そう言った。

 彼女が食べているのはチキンカツカレー。


 義彦の隣にいる銀斉 吹雪(ギンザイ フブキ)。

 彼女はミートソースパスタを食べている。

 かけそばを食べている桐原 悠斗(キリハラ ユウト)。

 彼は古川の隣に座っている。

 食べながら二人の遣り取りを聞いているだけだ。


 古川に誘われて同じテーブルで食事を食べている。

 その都合上、中里 愛菜(ナカサト マナ)は別のテーブルだ。

 ホッケフライ定食を彼女は食べている。


 隣の十二紋 柚香(ジュウニモン ユズカ)はきつねうどん。

 むかえ合わせに座っている沢谷 有紀(サワヤ ユキ)。

 彼女はミックスフライ定食。

 銅郷 杏(アカサト アン)が隣で味噌ラーメンを食している。

 四人は昼食を共にしていた。


「それで俺達三人を誘ったのは、何か理由があるんだろう?」


「そうだな」


 食事を続けながら、合間合間に会話を続けている。


「アーティフィシャルラビリンスナンバーエイト、ホサシィアルの攻略が本日から始まる。夏休みに入ってからでいい。義彦と吹雪、悠斗君には、チーム銀花橙雪(ギンセツトウカ)としてでも構わないから、攻略に協力して欲しい。もちろん他の生徒達にも声はかけるつもりだがな。研究所としても、攻略の為のメンバーを派遣するつもりではある。だがそう頻繁には派遣出来ないだろうし」


「今の俺の状態では、長丁場は厳しいな。協力するにせよ、この傷を何とか回復させないとか」


「まぁ、そうだな」


「それと悠斗君には提案というかお願いがある」


 突然話しを振られた悠斗。

 咄嗟に反応出来なかった。

 きょとんとした表情になる。


「そんなに驚かなくてもいいと思うが」


 苦笑を浮かべる古川。


「君の異能についてはいろいろと不明な点があるからな。もし嫌じゃなければ再び調べるのに協力して欲しいんだ」


「え? あ、はい。それはいいですけど」


「そうか? ありがとう。それじゃ今日は予定はあるか?」


「いえ、特にはないです」


「それじゃ十七時過ぎに教室にいてくれ」


「え? 何処かにいかなくていいんですか?」


「あぁ、構わない。迎えをいかせるから」


「わかりました」

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