044.遭遇-Encounter-

1991年6月1日(土)PM:13:22 中央区宮の森


「まったく、遭遇したのは何度目だ?」


「これで三度目だね」


 視線の先に転がっている黒い塊。

 所々に、岩の塊が突き刺さっている。


「とりあえず先に進むか」


「まったく、まさかこんな事件になるなんてな」


「そう愚痴るな、健二」


 進みだした二人。

 その足取りは非常に重い。

 その歩みの遅さは決して、疲れからだけではないだろう。


-----------------------------------------


1991年6月1日(土)PM:13:31 中央区緑鬼邸二階


 市菜さんか双菜さんを探して、大広間にきた僕と三井さん。

 そこで予想外の人物に出会った。

 三井 龍人(ミツイ タツヒト)である。


「義彦に桐原君じゃないか?」


「龍人がなんでここに?」


「三井 龍人(ミツイ タツヒト)さん、お久しぶりです」


「二人がいるって事は、柚香もいるって事か」


「そうですね」


 確か探偵だったはず。

 何かの依頼で来たって事なのかな?


「で、何でここに?」


「お仕事だよ」


「三井さん、お待たせしました」


 三井さんに声かけたのは市菜さんだった。


「どっちの三井かな?」


 おどけて答える龍人さん。


「えっ? あっ?」


「たぶん龍人だろう」


「あ、は・・はい。どっちも三井さんでしたね、失礼しました」


「気にしなさんな」


 確かにどっちも三井だし、紛らわしいな。


「俺と桐原は、さっきの話しの場所を教えてもらおうと思ってな」


「わかりました、私は三井 龍人(ミツイ タツヒト)さんとお話しがありますので、双菜に案内させます」


 龍人さんは、市菜さんに連れられて、大広間から出て行った。

 しばらく大広間で待っていると、双菜さんが急ぎ足で現れる。


「お待たせしてすいません」


「こちらこそ忙しい時に悪いね。市菜さんから話しは聞いてる?」


「はい、市菜から話しは聞いてます。あの現場の場所ですよね」


「そう、明るい内に見といた方いいと思ってね」


 さっぱり話しがわからない。

 だけど、何処かに連れて行かれるみたいだ。


「それでは、少し歩きますがよろしいですか?」


「わかりましました」


 とりあえず、良くわからないけど、連れて行ってもらおう。

 僕と三井さんは、双菜さんの案内されるままに、お屋敷の裏口から外に出る。

 その後は、更に奥にある森の中を進み始めた。


-----------------------------------------


1991年6月1日(土)PM:14:13 中央区宮の森


 鬱蒼と生い茂る木々。

 左を見ても右を見ても木々だらけ。

 森林浴という言葉がぴったり。

 そんなこんなで、四十分程木々の中を歩き続けた。


 正直、歩き辛い道だ。

 時間の割には、そんなに進んでいないんだろうな。

 とある一本の木の前で、双菜さんが止まる。

 その時も、僕はそんな事を考えていた。


「この木を見て下さい」


「何かに噛み切られたような感じだな」


「はい。動物の仕業だったとしても、狐や熊ではこうはならないんですよね」


 確かに両側から、何かで切られた感じがする。

 ちょっと待て、今、熊って言わなかったか?


「何だろう・・・」


「あなた方なら、何の仕業かわかるかと思ったのですが・・・」


「悪いがちょっと見当がつかないな」


「そうですか」


「熊なんて出るんですか?」


「滅多には目撃されませんけどね。私も実際に見た事はありませんし」


 双菜さんはそう言うと、再び木の方に視線を向けた。


「でも、過去に熊が人を襲う事件はあったみたい。興味があれば、札幌丘珠事件というのを調べてみるといいかもね」


 木に視線を向けたまま、彼女はそう言った。


「かなりの速度で、何かが近づいて来るな」


 唐突な三井さんの言葉。

 確かに遠くの方から、何かがこちらに向かっているような音が聞こえた。

 三井さんの視線の先に、僕と双菜さんも視線を向ける。


「何がっ・・!?」


 双菜さんの発した言葉は、そこで止まった。

 僕達の視線の先、かなり遠くに見えた存在。

 それは黒いまるっこい何か。


 向こうも警戒しているのだろうか?

 速度を少し緩めながら、こちらに近づいてくる。

 近づいてくるにつれて、徐々にその姿がはっきり見えてきた。


 少し歪な、楕円のような黒い塊。

 下の部分にくっ付いてる湾曲した何か。

 中心より外側に、並行に生えている二本の棒。

 少し湾曲していて、長くしなりそうだ。

 更にその奥に見える、大きさの割には細くて長い部分。


「黒い・・・虫?」


 自らの発言を、疑うような眼差しの三井さん。

 双菜さんは、驚きの表情のまま固まっていた。

 僕も今、目の前に見えている物を理解はしている。

 しかし、その存在自体を受け入れる事が出来ずにいた。


 見た感じ蟻っぽく見えるけど・・・。

 あんな巨大な蟻なんて、いるわけがない。

 蟻っていうのは記憶が確かなら、精々が一センチ位の虫。


 今、目の前に見えているのは、そんな物じゃない。

 見えている部分だけで、数十センチはあるだろう。

 僕達三人は、奴と、刹那の時間、見つめ合っていた。


-----------------------------------------


1991年6月1日(土)PM:14:13 中央区宮の森


 俺は今、一人で森の中を進んでいる。

 一人の緑鬼族(ロクキゾク)の青年を探す為に、進んでいた。

 彼が何故、一人でこの森の奥に入っていったのかは憶測でしかない。

 そもそもそんな、非常識な事が有り得るのだろうか?


 だが、その俺の疑問は、すぐに氷塊する事になった。

 進む方向にソレが見えたからだ。

 常識的に考えて、そんなものがいるはずがないのに。

 いるはずがないのにも関わらず、俺はソレに遭遇してしまったのだった。


-----------------------------------------


1991年6月1日(土)PM:14:25 中央区宮の森


 黒い奴と睨み合う、僕達三人。

 衝撃的な遭遇に、僕達三人は固まっている。

 目の前に見えている事実を、現実と受け入れる事が出来ないのだ。

 その為、僕はその巨大な蟻の行動の意味を、理解する事が出来なかった。


 そう、奴は、立ち止まってこちらを見ている間も呆けてはいなかった。

 攻撃準備を既に始めていたのだ。

 三井さんが即座に反応してくれた。

 ソレを弾いてくれなければ、僕はそこで死んでいたかもしれない。


 弾かれて飛んで行ったソレ。

 僕の右斜め後ろの木にぶつかったようだ。

 木とソレがぶつかり、轟音が轟く。

 僕と双菜さんは、同時に右斜め後ろの木を見ていた。


 木に突き刺さっていたのは茶色の物体。

 それが何なのか判断出来ないまま、視線を前に戻す。

 奴の頭上で、小指大の茶色の物が、回転しながら大きくなっていく。

 その形は細長い三角錐。

 回転しながら放たれた。

 狙いは、近づいてくる三井さんだ。


「桐原、双菜さんを守れ」


 僕は、三井さんの言葉で我に返る。

 放たれた三角錐の射線上から、三井さんは横にずれた。

 地面に突き刺さったソレ。

 土煙を上げ拳大の穴を作り出していた。

 だが、どうやら、すぐに撃つ事出来ないようだ。

 三発目を作り出そうとしている。


 少し冷静になった僕は、その行動をじっと見ていた。

 周囲の土が集まっているわけではない。

 どうやら、自分で土を創りだしているように見えた。

 僕はその光景を見ながら、中腰になる。

 念の為、両拳を地面につけて土のナックルガードを装備した。


 奴が三角錐を完成し終える。

 それよりも先に、三井さんの風を纏った拳から放たれた一撃が直撃。

 黒い破片と、体液のようなものを振り撒いている。

 吹き飛ばれ、木に叩きつけられた。

 もがきながらも、不格好な土の三角錐を創りだしている。

 僕達目がけて放つつもりだとわかった。


 青い顔をしてへたり込んでいる双菜さん。

 僕は咄嗟に、彼女を立たせるのは無理と悟った。

 三井さんはこちらを向いて何か言っている。

 危ないって言ってるのだろう。


 自分でも、何でこんなに冷静なのかよくわからない。

 僕は、飛んでくる不格好な三角錐を殴って、一瞬でバラバラに砕いた。

 奴の三角錐なら壊せると思ったからだ。


 三井さんが、驚愕の眼差しで僕を見ている。

 背後に感じる視線から、おそらく双菜さんもそうなのだろう。

 もちろん僕だって、ぶっつけ本番でやったわけじゃない。


 飛んでくる威力までは相殺は出来ないだろうと思った。

 だから、吹き飛ばされないように土の力で、体を固定している。

 それでも足を覆った土の鎧毎、少し後ろに押されたけど。


「三井さん奴を」


 僕の声で、我に返った三井さん。

 再び三角錐を創りだそうとしてる奴の方を向いた。

 ほんの一瞬で、三井さんの手から放たれたいくつもの風の刃。

 奴をバラバラに切り刻んで、葬っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る