050.部屋-Room-

1991年6月1日(土)PM:17:08 中央区宮の森


 横一列にならぶ黒いアレが、僕達にその殺意の目を向けている気がする。

 殺意というよりは、餌があるという欲求なのかもしれない。

 僕は三井さんと森に入ってから、土のナックルは常時装着している。

 遠距離への攻撃方法がない以上、僕は殴るしかないからだ。


 隣の三井さんは、何を考えているのかはさっぱりわからない。

 ただその黒い瞳は、何の感情も孕む事なく前を向いている。

 本当、この人は何を考えているのだろうか?


 それは瞬きをした一瞬の出来事。

 横一閃に、目に見えない何かが、飛んで行ったのは理解した。

 三井さんが放ったのだろう。


 横一列に並ぶ黒いアレの、上の部分が壁側にポトリと落ちる。

 黒いアレの下の部分のこちらに進む速度が、徐々に遅くなっていく。

 少し歩いてから停止し、崩れ落ちた。

 本当一瞬の出来事に、僕は唖然とするしかない。

 きっと口をパクパクさせていただろう。


「悠斗、行くぞ」


 知っている声なのに、即座に反応出来ない僕。

 その違和感を呑みこみ砕き、理解し体が反応する。

 それまで、どのくらいかかったのだろうか。


 そういえば今まで、悠斗と呼ばれた事はなかった気がする。

 三井さんのその呼び方は、意識したのか無意識なのか?

 何か答える事も出来ずに、僕は彼の後を追った。


 視界に入った黒いアレの、下の部分から見える中身。

 視線を逸らす事をすっかり忘れてた僕には、致命的ダメージ。

 グロいなんてレベルじゃない。


 ある意味で、トラウマになりそうな光景。

 僕は、目に焼きつけてしまっている。

 それでも白い壁の穴から、僕は三井さんと中に足を踏み入れた。


 白い壁の内側も外側とあまり大差はない。

 森の中と同じ様に、様々な植物が自生している。

 ただ、外の森と一点だけ違う部分があった。

 木があったであろう場所は、切株になっている事だ。


 その中心に存在する建物。

 外側の壁と同じ様に壁も白。

 今はくすんでいるが、本来はもっと純白に近かったのだろう。

 蔓に覆われはじめているのも外の壁と同じだった。


 建物にも、外の白い壁と同じ様に穴が開いている。

 三井さんは既に穴の中、建物の中に侵入していた。

 僕も意を決して、穴の中に歩き出す。


 かなり広々とした部屋。

 家具類は一切何も無く、中央に大きな穴があるだけ。

 部屋の中にはドアが五つ。

 ドアそれぞれプレートがついている。

 部屋の左側には、おそらく二階にいけるだろう階段。


「もし黒いアレが蟻なんだとすれば・・・真ん中のあの穴は巣か?」


 穴をじっと見ている三井さん。

 少し自信なさげな声だ。

 眉根を顰めている。


「そうかもしれませんね」


「穴を調べるか? ドアを開けて部屋を見てみるか? それとも階段の先を調べるか?」


「同時に調べるのは、一人足りませんし・・・」


 僕と三井さんは、まずどうするべきか、しばし思案に暮れた。


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1991年6月1日(土)PM:17:18 中央区宮の森


「本当、何もないな」


「健二、やはりこの穴しかないようだ」


 相模 健一(サガミ ケンイチ)は白い壁の穴を、少し離れた所から見ている。


「この穴から入るしかないのかね」


「どうやらそうゆう事らしい」


「ほんじゃ行きますか」


 健一と相模 健二(サガミ ケンジ)。

 何の躊躇もなく、白い壁の中に歩いて行く。

 向こう側に、人が二人立っているのはもちろん気付いている。

 わかっているからこそ、躊躇は許されないのだ。

 とでも言うような、厳しい表情のままで二人は進む。


「あ、君たちは・・・」


 健一の顔は、驚きに満ち溢れている。

 直ぐ後ろにいた健二も、同じような表情だった。


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1991年6月1日(土)PM:17:21 中央区宮の森


 リーゼント気味で金髪の強面。

 近藤さんが、私達二人の前であの亡骸を見ている。

 その表情は、驚きと嫌悪に満ち溢れていた。

 彼は近づくでもなく、遠ざかるでもなくじっと亡骸を見ている。


「所長に言われた時は、何の冗談かと思ったけどよ。全く・・・」


 頭に手をあてて、ポリポリと頭を掻いている。

 溜息をついて、近藤さんは私を見た。

 その瞳は、普段のお茶らけた感じだ。


「何はともあれ、吹雪と紗那ちゃんだっけか? 良くやった。こんな非常識な相手に、臆せずよく頑張ったな」


 そう言うと、にっこりと微笑んでくれる。

 私と紗那ちゃんは、一度顔を見合わせた。

 どうしていいかわからず、近藤さんに一礼する。


「とりあえず見たし戻るか」


 私と紗那ちゃんが先頭を歩く。

 近藤さんは私達の背後を守るかのように、付いて来た。

 三井兄様と桐原君はきっと、今も森の中で頑張っているんだよね。

 どうか無事に戻ってきますように。

 私と紗那ちゃんを促すように、建物内に先に入れた近藤さん。

 裏口から建物に入って少し歩いた所で、反転して再び裏口の方に歩き始めた。


「――近藤さん、何処へ?」


 ふとその事に気付いた私は聞いてみた。

 紗那ちゃんも、少し後ろを向いて近藤さんを見ている。

 その表情は近藤さんの真意を探ろうとしてるようだ。


「お前らが気にすることじゃねぇよ、と言いたい所だが、理由言わなきゃついてきそうだな」


 やれやれと言った感じで、両手を挙げた近藤さん。

 まるで降参のポーズみたいだ。

 思わず私と紗那ちゃんは噴出した。

 魔導人形という人外になったとしても、人間と変わらないんだな。

 ふとそんな事を思った自分が、ちょっとだけ嫌になる。


「一応アレを詳しく調べようと思ってな。おまえらスプラッタな光景でも見たいのか?」


 その言葉の意味を理解した私は、思わず想像してしまう。

 否定の意味を込めて、反射的に何度も何度も頭を横に振った。

 同様の結論に至ったようで、紗那ちゃんも同じ事をしている。


 直接触れたりするつもりなんだろうな。

 もしかしたら、解体とかもするのかもしれない。

 そう思うと、とてもじゃないが一緒に行く気にはなれません。


「だろ? あんな気持ち悪い物を、お前らのような無垢の少女の前でばらしたくねーしな」


 近藤さんは、片手をヒラヒラさせて出て行った。

 本当にそれだけなのか、疑問に思う気持ちもある。

 けど、それよりも嫌悪感が勝(マサ)った私と紗那ちゃん。

 おとなしく皆の所に戻る事にした。


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1991年6月1日(土)PM:17:20 中央区謎の建物一階


 後ろからの人の気配に、僕の注意は前後に分散された。

 もし伊都亜さんを攫った奴の仲間ならやっかいだ。

 心臓の鼓動が高鳴る。

 しかし、予想外の声に、僕は驚かされた。

 三井さんも驚いているようだ。


「あ、君たちは・・・」


「相模兄弟か?」


 驚いた声の三井さん。

 それに答えるように、健二さんが口を開く。


「三井君と桐原君だったかな。何でここに?」


「それは俺のセリフだ」


「まぁ、ちょっとした事件の調査だな」


 単色のネクタイに白のワイシャツ。

 スーツ姿の男性がそう答え、周囲を見渡して更に続ける。


「散乱してる黒い蟻の亡骸から見るに、真ん中の穴が巣か?」


「たぶんそうだ」


 黒い蟻を亡骸に変えている三井さんが答えた。


「それで、君達二人は何でここに?」


「僕と三井さんは、攫われた知り合いの女の子を助けにきました」


「なるほどね。それで、その女の子は見つかったの?」


「いやまだだ。どうするか考えてたら、蟻とご対面だった」


 会話を続けている間も、穴からでてくる黒い蟻。

 三井さんが、風の刃で斬り裂いている。


「そうか、俺と桐原君は二階へ、健二と三井君は、蟻の監視と掃討をしながら、あそこの、扉の向こうを調べるってのでどうだ?」


 僕も含めて三人が頷く。


「それじゃ兄貴と桐原君、二階はよろしく。三階もあるようなら、そのまま上もよろしくな」


「わかりました。健一さんよろしくお願いします」


「よろしくな、桐原君」


 こうして僕は、健一さんと二人。

 階段の方へ小走りに向かった。


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1991年6月1日(土)PM:17:22 中央区謎の建物一階


「それで、どっちが扉を開けるんだ?」


「穴から黒い蟻もでなくなったようだし、俺が扉を開けるから、三井君は扉から少し離れて待機でどうかな?」


「わかった」


 順番に扉を開けて行く健二。

 五つの部屋とも、ほぼ同じ構造になっていた。

 中にはカプセルのようなものがあり、薄い紫色の液体で満たされている。

 その中身は大きさに差はあれど、何度も遭遇した黒い蟻が浮いていた。


 健二が最後に入った部屋。

 そこにだけ、何か資料のようなものが残されていた。

 今、健二が資料を読んでいる。


「何かわかったのか?」


 穴の方に注意を向けている三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)。

 健二の方に顔を向けないまま、問いかけた。


「ミミズがはったような字なのと、難解な言葉とか意味不明な横文字とかで、あんまりわからんけど、魔力・・じゃねぇや魔子を使った実験のようだな」

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