175.入学-Enter-

1991年6月30日(日)AM:7:23 中央区桐原邸二階


 準備万端な桐原 悠斗(キリハラ ユウト)。

 部屋の中を眺めている。

 彼はジーパンに半袖シャツを纏っていた。


 明日からは、新たな学園での生活が始まる。

 全ての生徒は寮生活になるのだ。

 必要な衣類や、今まで使っていた教科書類。

 昨日のうちにバックにまとめていた。


 一度、伸びをした悠斗。

 部屋を出ようと足を前に踏み出す。

 だがそこで、扉がノックされた。


「ゆーと君、入ってもいい?」


 聞こえてきたのは中里 愛菜(ナカサト マナ)の声。

 悠斗はいまだ答えを聞いていない。

 かといって、自分からは聞けていなかった。


 答えを急かしている。

 そんな風に思われたくなかった。

 ずるずると日にちが過ぎていく。

 そしてとうとう、この日が来てしまった。


「いいけど、どうした?」


「うん、入るね」


 おずおずと部屋に入ってきた愛菜。

 彼女は、水色のワンピースを着ていた。


「明日からは学園だね」


「そうだね。この家ともしばらくお別れかな?」


「そうだね。お別れだよね」


 少し下を向いている愛菜。

 もじもじしていた。

 しかし、悠斗には理由がわからない。

 だが、彼女はもじもじしている。


「ゆ・ゆーと君、あのね」


「ん? どうした?」


「う・うんとね」


「あ、しばらくお別れだね」


 悠斗はそっと愛菜を抱きしめた。

 顔を紅潮させている愛菜。

 その後の言葉を続けられない。


 抱きしめた手を離した悠斗。

 向き合う二人。

 照れながら拗ねてしまっている愛菜。

 悠斗にはその理由はわからない。


「どうして聞いてくれないかなぁ?」


 囁く様に呟いた愛菜。


「聞いてくれない?」


 微かに聞こえた彼女の言葉。

 思わず鸚鵡返しした悠斗。

 彼女の言葉の意味を理解出来ない悠斗。

 思わず首を傾げた。


「もう。ゆーと君、あのね。うんとね」


 中々言葉に出せない愛菜。

 踏ん切りがつかないのだ。

 何度も深呼吸し始める。

 落ち着く努力をしているのだ。


「うん?」


「わ・私も学園に一緒に通う事にしたから」


「へっ?」


「だから、あのね。お願いします」


 言い切った愛菜は、少し俯いた。


「えぇぇ? いつの間に? 手続きとかはしたの?」


「うん、も・もう終わってるよ」


「気付かなかった・・・」


「こ・答えが決まったかって・・ゆーと君から、き・聞いて貰えるかと思ってたんだもん」


 後半になるほど萎んでいった愛菜の声。

 少しだけ苦笑した悠斗。


「そっか。これからもよろしく」


「うん、ゆーと君、よろしく」


 愛菜は、満面の笑みで微笑んだ。


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1991年6月30日(日)AM:9:54 中央区環状通


 学園はかなり山の中にある。

 故に、専用バスが迎えに来る手筈になっていた。

 本日だけの特別運行。

 時間もきっちりと決まっている。


 指定場所の初発到着が十時。

 その後は二時間毎。

 二十二時までの六回。

 知り合いに遭遇する。

 その可能性はそんなに高くはない。


 悠斗達は指定場所の一つにいる。

 十時のバスを待っている所だ。

 今この場には、悠斗と愛菜。

 護衛の土御門 鬼穂(ツチミカド キホ)と土御門 鬼威(ツチミカド キイ)。


 有り得ない速度で日本語を習得しつつある二人。

 ミオ・ステシャン=ペワクとマテア・パルニャン=オクオ。

 計六人がバスを待っている。


 三笠原 紫(ミカサワラ ムラサキ)。

 彼女は研究所に用事がある。

 との事で、彼等とは別行動だった。


「学園ってどんな所なんだろうね? きっと新しいんだろうけど。ね、ゆーと君」


「義彦と鬼那ちゃんは、既に何度も行ってるみたいだけどね」


「鬼那もあんまり話してくれないです」


 拗ねたような表情の鬼威。

 鬼穂は彼女を慰め始めた。


「マテアはめらんこ楽しみなのです」


「めらんこって何? ミオはその言葉意味知らない」


「めらんこはめらんこなのです」


 そんな会話をしていると、一台のバスが目の前に停車した。

 銀斉 吹雪(ギンザイ フブキ)と十二紋 柚香(ジュウニモン ユズカ)。

 二人が、バスの中から手を振っている。

 手を振り返しながら、バスに搭乗する悠斗達。


 彼女達の近くの席に腰を下ろした。

 バスには他に、複数人の少女が乗っている。

 悠斗は、彼女達を見て、祭りの時の事を思い出していた。


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1991年6月30日(日)PM:12:23 中央区精霊学園札幌校第一学生寮男子棟四階四○一号


「二人で一部屋か」


 事前に決められている割り当てられた部屋。

 その中で一人。

 悠斗は椅子に座ってそう呟いた。


 同居人については、事前に教えてもらってない。

 しかし、荷物らしきものは何もない。

 どうやらまだ、到着していないようだった。

 そこでノックされた扉。


「はい」


 扉を開ける悠斗。

 そこに立っていたのは、白髪の少年。


「あ・あのハジメマシテ」


 少年は非常におどおどした眼差しで、悠斗を見た。

 そこに白髪の少女が顔を出す。


「嚇、ちゃんと自己紹介しないと駄目だよ? あ、あたしは雪乃下 巫(ユキノシタ ミコ)。この子の姉。そんでこの子が雪乃下 嚇(ユキノシタ カク)。四○一号ってここだよね?」


「はい。そうですよ。僕は桐原 悠斗(キリハラ ユウト)。弟さんと同室みたいですね。よろしく」


「あ・あの、よ・よろしくお・お願いし・します」


 緊張しているようだ。

 歯切れの悪い嚇。


「寮って言うから、もっと狭い部屋を考えてたんですけど。トイレも風呂場も完備。キッチンに冷蔵庫まであるんですよね」


「えぇ? そうなんですか? 凄い設備!! ねぇ、嚇」


「う・うん、お姉ちゃん」


「あ、とりあえずそんな所に立ってないで、入ったらどうですか? これから同居人になるわけですし」


「あ・うん。はい」


「あたしもお邪魔していいかな?」


「かまいませんよ」


「嚇さん、ベッドはどっちがいいですか?」


「あ・えっえーっと。ど・どっちでもいいです」


「嚇ってば、これから一緒に住むんだから、そんなに緊張してたら駄目じゃないの?」


 そう言いながら巫は、嚇の頬を突っついた。


「それじゃ、こっちを僕が使いますね。そうだ。嚇さん、巫さん」


「私達は呼び捨てでいいよ。こっちも呼び捨てにするけどね」


「わかりました。それじゃ、嚇、巫、これから友人達と学園内を探索しますけど、よければ一緒にどうです?」


「んー? ごめん。あたし、まだ自分の部屋にも行ってないんだ。嚇の手伝い終わったら行くつもりだからさ。だからまた今度誘ってくれるかな?」


「そうですか。わかりました」


「本当、ごめんね」


「いえ、気にしないで下さい」


 他愛もない話しを始める三人。

 話しを始めてしばらくしてから、扉がノックされた。


「来たみたいだ。そのうち友人達を紹介しますね」


「悠斗さん、いってらっしゃい」


「行ってらっしゃい。悠斗」


 扉を開けて出て行く悠斗。

 愛菜、鬼威と鬼穂の三人が立っている。


「ゆーと君、大丈夫? 行ける?」


 上目遣いに悠斗を見る愛菜。

 彼女の視線に若干どぎまぎする悠斗。


「大丈夫。行こう」


 廊下に出て、先に歩き出す悠斗。

 愛菜達三人も彼の後を追うように歩き出した。

 ミオとマテアを連れて既に玄関に向かった吹雪と柚香。

 四人に合流した悠斗一行。

 事前に貰っている地図を頼りに、探索を開始した。


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1991年7月1日(月)AM:8:18 中央区精霊学園札幌校中等部三階


 愛菜と吹雪を連れて現れたのは悠斗。

 教室にいる面々を見渡しす。

 悠斗と愛菜は驚きの顔になった。


 彼ら二人を見ている少年と少女。

 してやったりという表情だ。

 悠斗と愛菜の視線の先にいる二人。

 窓側の壁に寄りかかっている河村 正嗣(カワムラ マサツグ)。

 その側に沢谷 有紀(サワヤ ユキ)がいた。


「マサに!? 有紀!?」


「有紀ちゃんだー!!」


 小走りに有紀に駆け寄る愛菜。


「桐原君、知り合い?」


「同級生だね」


「前の中学の?」


「そう」


「あっちに銅郷さんもいるぞ」


 正嗣に視線で指し示された方向。

 示されるままに、顔を向ける悠斗と愛菜。

 そこにいたのは銅郷 杏(アカサト アン)。

 悠斗と愛菜に気付いた彼女は微笑んだ。


 教室内には他にも様々な人達がいる。

 チャイナドレスを身に纏った二人の少女。

 黒の振袖の少女三人。

 桃髪の少女もいる。


 悠斗が一番印象深かった人達。

 祭りの時に見た青のドレスとベール。

 非常に似通っている服装をした二人の少女だった。

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