024.不様-Ungainly-

1991年5月26日(日)PM:20:03 中央区特殊能力研究所付属病院一階


 古川 美咲(フルカワ ミサキ)が歩いている。

 後ろには久下 春眞(クゲ ハルマ)と久下 長眞(クゲ ナガマ)。

 二人は仲間の肩を借りていた。


 久下 亞眞奈(クゲ アマナ)を抱きながら出てくる久下 眞彩(クゲ マアヤ)。

 古川の背後には総勢十六名の鬼人族(キジンゾク)が歩いていた。


 病院の正面、玄関から外に出る古川。

 春眞達も彼女に続いて、玄関から外に出た。

 古川の視線の先には、駐車されている護送用の装甲車。

 一人の男が古川に近付いてくる。


「古川所長、突然のご連絡にも迅速に対応して頂いてありが・・・」


 だが彼は、その後の言葉を続ける事が出来なかった。

 春眞の拳が、その腹部に減り込んでいたからだ。

 吹き飛ばされ、不様に転げ回る。


「きょ・・石見局長」


 石見 多久助(イシミ タクスケ)の部下達は、突然の凶行に驚愕して動けない。


「この場でこいつ達に危害を加えれば私が許さん」


 古川の言葉に、石見の部下達は動くタイミングを更に失った。


「ふ・・古川・・き・・貴様・・」


「下衆野郎、あいつらの事を雑種と一笑に付したそうだな」


「ひ・・ひいい・・・」


 古川に睨まれた石見。

 禿げ上がり始めたバーコード髪の彼。

 その場に尻餅をつき、口からは涎をたらして意識を喪失。

 不様な醜態を晒した。


「ありがとよ」


 春眞は、装甲車に乗り込んだ。

 続いて他の鬼人達も乗り込んでいく。

 それぞれ思い思いの言葉で、古川に礼を言いながらだ。


「河原崎局長補佐、そこの下衆野郎を連れてとっとと消えろ。それと彼らをくれぐれも丁重に扱えよ」


 彼は古川にギロリと睨まれた河原崎。


「・・・・・・・・・局長を車にお連れしろ」


 黒いサングラスをかけた黒髪オールバックの河原崎 昌介(カワラザキ ショウスケ)。

 恐怖に顔を引き攣らせながら、そのまま何もせずに退散していった。

 恐怖していたのは、彼の部下達も同様だ。


 「しかし、まさか本当に殴るとはな」


 誰もいなくなり、古川だけの正面玄関。

 思わず呟いた彼女。

 表情には少し笑みが零れていた。


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1991年5月26日(日)PM:22:13 中央区焼肉居酒屋炭屋狸小路店


「美咲とこうやって、二人で呑むのも久しぶりね」


「そうだな。惠理香」


 カウンター席の二人。

 一人はウェーブのかかった茶色い髪のスレンダーな女性。

 髪は後ろで、無造作にまとめてる。

 もう一人の女性は、紫がかった黒髪のストレートで小柄だ。


「仕事の方はどうなの?」


「まあ、何とかやってるよ。そう言えば桐原って確かお前のところの生徒だよな」


「桐原 悠斗(キリハラ ユウト)君?」


「そうだ」


「私担任だよ。桐原君何かやらかしたの?」


「いや、うちの塾にも顔出してるからさ」


「へぇ? そうなんだ。ちょっとびっくりだな」


「だろうな」


 そう言うと、古川はビールを一気に流し込む。


「こっちビール追加で」


 カウンター越しの店員に、注文を即座に伝えた古川。


「それで、私を呼び出したのは何かな? ただ呑みたかっただけじゃないんでしょ?」


「あいかわらず察しがいいな。なあ惠理香、普通の先生として、そして魔術師の先生として、また教鞭をふるってみる気はないか?」


「え、どうゆう事なの?」


「言葉のままさ」


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1991年5月26日(日)PM:22:16 豊平区豊平退魔局五階


 豊平退魔局の五階にある局長室。

 そこには仮面を被っている二人がいた。

 一人はソファーに座り、一人はその側に立っている。

 立っている仮面は頭を下げていた。


「薄羽黄、お前の人形達が消息不明とはどうゆう事だ?」


「塩辛さん、申し訳ありません」


「まあいい、行先の目星はついているのか?」


「考えられる事としては、三井を倒しに向かったのではないかと」


「仇・・か」


「はい」


「ならば何故、回復させる方法を教えてやらなかった?」


「あれは人形。ただの駒です。そんな事の為に、無為に魔力を使うなど勿体ない」


「駒・・・か、鬼人達は待たせておけ。予定とは少し狂うが致し方ない。三井を殺さずに連れて来い、薄羽黄」


「私一人でですか?」


「私も向かう。鬼と瑠璃星も連れて行くぞ」


「わかりました。しかし他の二人は何故です?」


「まだ奴らと直接的には相対してないからな、小手調べも兼ねてみようかと思ったのさ」


「なるほどです」


「本当は麦藁も連れて行きたい所だが、おそらく今時間は行動中で連絡がつかないだろうな」


「時間通りに進行していればそうですね」


 座っていた仮面は、机の上に置かれている電話に手を伸ばす。

 受話器を手に取り持ち上げると、慣れた手付きで電話をかけ始めた。


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1991年5月26日(日)PM:22:40 中央区環状通


 私は暗がりの中を一人で進む。

 この黒いローブを羽織っているから仮面は見えてないはず。

 足取りが危ういのはわかっている。

 すれ違う人達からの奇異の視線には気付いていた。

 でも、正直そんな事を気にする余裕はないのだ。


 時折、仮面の隙間から零れてくる赤い色の液体。

 たぶん私の血なんだろう。

 何度も意識が飛びそうになっていた。

 歯を食い縛って、意識が飛ばないように何度も耐え続ける。


 目覚めてみると、何処かの部屋に寝かされていた。

 そこが何処かわからない。

 体が非常に重く、動かそうとして、腹部を中心に激痛が体を駆け巡った。

 痛みに、意識が飛びそうになり朦朧とする。

 そんな意識の中、近づいてくる複数の足音が聞こえた。


「――黄さん、助ける――はない――すか?」


「残念な――――の損傷が――すぎて――施し―――ないです」


 意識が飛びかけて、所々聞き取れなかった。

 男の人が二人、言い合いをしているみたい。

 誰かが、私の手に微かに触れたような気がする。


 再び意識を失って、どれぐらい経過していたんだろうか?

 おぼろげながら、誰かがいるのはわかる。


「―タル、ホッ――、サナの仇を―りに――ましょう」


 何処かで聞いた事のある声。

 そうだ、カイナの声だ。

 仇ってどうゆう事なんだろ?


「三井、どんな――――てでも八つ――にし―――」


 アタルっぽい声だ。


「うん、絶――報いを受―させる――――ら」


 ホシエの声みたい。

 三人は無事みたいで良かった。


 手を伸ばそうと、体を動かそうとしてまた激痛が駆け巡る。

 呻き声をあげたのかも、わからないまま途切れた私の意識。

 意識を失う寸前に、何か声をかけられたような気もする。


 三度目の意識の覚醒。

 朦朧としたまま、すぐに動けばまた意識を失う気がした。

 ある程度、意識が目覚めるまで待とう。

 足音が聞こえる。


「薄―黄、回復させる方―――るのに何――てないのね。余り―――ゃな――ど、少し――回復して――ると―いな」


 とても暖かいものが、体に微かに流れてきてる。

 何をされているのかわからない。

 だけどちょっとだけ気持ちいいな。


「麦藁、薄羽――やは――――てなかっ――か」


「―うよ、塩辛。あ――けこの娘――執着し―――が嘘――い」


「完――回復は出――のか?」


「私――残念な―ら少し破損――復出来――けね」


 痛みではなく、気持ちよさで意識が離れて行く。

 そうして四度、私は意識を手放す。

 四度目に意識を覚醒させた時、少しだけ体が楽になっていた。


 たぶん麦藁さんが、何かをしてくれたおかげなんだろうな。

 お礼をしたい気持ちもあった。

 でも周囲には、誰かがいる気配は全くしない。

 体を動かすと、走る痛みも幾分ましになっていた。


 薄羽黄はたぶん、私達を利用していただけ。

 もしかしたら拓兄の死にさえ、関わっていたのかもしれない。

 証拠なんてないけど、でも何かおかしいとは思っていた。

 とりあえずカイナ達がしようとしている事を止めないとだめだ。

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