201.売人-Drugpusher-

1991年7月8日(月)AM:10:11 中央区三井探偵事務所一階


 椅子に座っている三井 龍人(ミツイ タツヒト)。

 考え事に耽っている。

 普段掃除をしてくれている十二紋 柚香(ジュウニモン ユズカ)。

 は学園の寮に入ってしまった。

 その為、室内は、かなり乱雑としている。

 戻って来た時に、彼はきっと、文句を言われるだろう。


「タイマキョク・・・図書館の情報で該当したのは、再建の目処も立たないらしい退魔局に、対人魔道研究局。対人魔道研究局も実際には、活動してないに等しかったしなぁ。やっぱ退魔局の事だったんだろうが・・」


 思い出したかのように、コーヒーを飲んだ。

 大分温くなっている。


「トンボケンにいたっては該当なし。ケンが研究所のケンだとして、トンボって何だろう? 蜻蛉でカゲロウかとも思ったが、該当はなかったしなぁ」


 凝りをほぐすように、彼は首を回し始めた。


「ドラゴンフライ研究所なら――あったけど。これなのか?」


 首を回し終えた龍人。

 再びコーヒーカップに口を付ける。


「そもそもこの名簿を長谷部の奴は、一体何処で入手したかだよな。消息不明だった期間の足取りも掴めないし」


 思考に没頭している龍人。

 遮る様に鳴り始めた電話。

 彼は面倒くさそうに、受話器を取った。


「はい、三井探偵――なんだ? 笠柿か。え、ちょ? 勝手に決めんな?」


 しかし、龍人が抵抗する間もない。

 笠柿 大二郎(カサガキ ダイジロウ)は一時間後に行く。

 それだけ言って電話を切っていた。


「くそ、こっちの都合無視かよ」


 若干やけくそ気味に、受話器を置いた龍人だった。


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1991年7月8日(月)AM:10:13 中央区精霊学園札幌校中等部一階


 渡されたビニール袋。

 中に入ったセーラー服。

 手に持ったままの中里 愛菜(ナカサト マナ)。

 彼女は微笑んでいる。


「着てるの見たら、ゆーと君は褒めてくれるかな?」


 少し顔を紅潮させる愛菜。


「私ってば、こんなとこで何考えてるんだろ? 早く着替えないとだよね」


 彼女は、ベージュ色のワンピースを脱いだ。

 下着には可愛らしい子猫がプリントされている。

 袋から出したセーラー服。

 スカートと上着を順番に着ていく愛菜。


 設置されている移動可能なタイプの姿見。

 自分の服装を見た。

 スカーフを綺麗に付けれた事に満足して再び微笑む。


「あ・あの? すいません。終わりました」


 愛菜の声に、アップスタイルの黒髪の女性が直ぐに現れた。


「サイズはいかがでしょう? 苦しいところとかはありませんか?」


「は・はい。たぶん大丈夫です」


 愛菜がセーラー服のサイズ調整をしている。

 その頃、教室に残された男三人は暇を持て余していた。

 担任の山中 惠理香(ヤマナカ エリカ)。

 彼女から自習するようには言われていた。

 だが何をしろという指示がなかったからだ。


「どんな制服なんだろうな? カスタマイズ可能だなんて他にたぶんないぜ」


 まだ見てもいない制服。

 既に希望を膨らませすぎている河村 正嗣(カワムラ マサツグ)。


「見てもいないのに、期待し過ぎだろ? 後で落胆してもしらないぞ」


「大丈夫。そんな事はないさ。それに俺が見たいのは女子の制服だ。ブレザーかな? セーラーかな?」


「僕はセーラーの方がいいかな」


 桐原 悠斗(キリハラ ユウト)の言葉。

 更にテンションが上がる正嗣。


「セーラーもいいよな。もしセーラーなら、どんなのがいいかな? やっぱ可愛いのがいいよな」


「河村、テンション上がり過ぎだろ?」


「錨がテンション低すぎるんだ」


「いや、僕もマサのテンションが異常だと思うよ」


「んな事言うなよ。錨だって踵さんのセーラー服姿見たいだろう?」


 正嗣の言葉に、数瞬フリーズする錨 乱瑚(イカリ ランゴ)。

 しかしすぐに、顔が真っ赤になった。


「て・てめぇには関係ないだろ」


「やっぱりか。惚れてるなら告白しちゃえばいいのに。きっといけるぞ」


「だ・だまってろ。よ・余計なお世話だ」


 明らかに動揺して、隠せていない錨。


「最初に会った時に、睨まれたのはだからか。そうなんだ」


 悠斗は一人で勝手に納得。

 しかし、聞こえていたであろうその言葉。

 錨は反論する余裕は無かったようだ。


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1991年7月8日(月)AM:11:19 中央区三井探偵事務所一階


 笠柿からの電話の影響もある。

 外出もせずに律儀に待っている龍人。

 既に一時間は経過している。

 しかし、笠柿が来る気配は無い。

 来るまで待つべきか、ほっとくべきか彼は迷っている。


「一方的だったからなぁ。よっぽど急いでるかよっぽど面倒な事かどっちかなんだろうな」


 内容はわからない。

 だが、何か面倒事を持ってくるんだ。

 そう思うと、龍人の表情は優れない。


 コーヒーカップを手に取った龍人。

 飲もうとして中身が入ってない事に気付いた。

 億劫になりながらも、インスタントのコーヒーを入れる龍人。

 彼は砂糖もミルクも入れない。


 インスタントなので味はしれている。

 だが、彼は舌が肥えているわけでもない。

 なので、さして問題にもならない。


「悪い、少し遅れたな」


 龍人がコーヒーを入れて、席に戻る。

 そのタイミングで、笠柿が現れた。


「何の説明もなく訪問予告しやがって何事だよ?」


「悪かったな。ちょっと急いでたもんでな」


 悪びれもなくそう言った笠柿はソファーに座る。


「それで、何のようなんだ? あぁ、コーヒー飲みたければ勝手にいれろよ」


「いや、直ぐ帰るからいいわ」


「それで?」


「あぁ、ブラッドシェイクって知ってるか?」


「ブラッドシェイク? あぁ、最近の新参の売人にそんな名前のがいたはずだな。どこに書いたっけ?」


 手帳を取り出しページを捲る龍人。


「あったこれだ。片手間で調べた情報だけどな」


 ページを開いたままの龍人の手帳を渡された笠柿。


 売人ブラッドシェイク。

 常にフードで仮面、筆談のみのやり取り。

 月曜から金曜出没と土曜日曜祝日のみ出没。

 二名がいるという噂もある。

 龍人が渡した手帳。

 箇条書きで書かれている内容を読んだ。


「少ないな」


「仕事の合間の片手間なんだ。そもそも俺も名前を知ったのは最近なんだからな」


「そうなのか? 内容から読み取れるのは、筆談に平日担当と休日担当か? どうゆう事だ?」


「さてね? 声を聞かれると困るのか? 本当にしゃべれないのか? もし二名いるとしたら、二人共しゃべれないってのはちょっとな。しかし突然何故?」


「あぁ、今朝聞き込みに行ったらな、襲われたんだよ。その相手がまさかの異能持ちでな。まぁ、能力を使えるようになって日が浅かったのか何なのか何とかなったがな。んで、そいつがブラッドシェイクって口走ったのよ。ん? あの時後一人って言ってなかったか? まさか? くそっ。何で気付かなかったんだ」


 笠柿の言葉が意味不明すぎた。

 さっぱり状況が飲み込めない龍人。

 手帳を閉じた笠柿。

 立ち上がると龍人に投げ渡す。

 投げられた手帳を彼は難なく受け取った。


「悪い。また来るわ」


 苦々しい表情で出て行く笠柿。


「え? あ? おい?」


 龍人の言葉に反応もしない。

 笠柿は三井探偵事務所を後にした。


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1991年7月8日(月)AM:11:23 白石区ドラゴンフライ技術研究所地下二階


 自分に寄り添う二つの気配。

 共に連れて来られた鳥澤 保(トリサワ タモツ)。

 頭の中は、疑問符の嵐の真っ只中だった。


 裏切り行為を行った。

 とは言え、かつての部下達を皆殺しにしたのだ。

 所在さえ明らかではない異能者専用刑務所。

 そこが最終目的地だと思っていた。


 ところが違った。

 彼が到着した場所。

 連れて来られたのは何処かの研究所らしき施設。


 室内の内側全面を、かなり強力な結界で覆っているようだ。

 しかし、前後の出入口は施錠はされていないように見える。

 外にまで出る事が出来るかどうかはわからない。

 しかし、この部屋から出る事は可能だろう。


 しかし、彼は逃げる事に意味を見出せない。

 白紙 彩耶(シラカミ アヤ)が同行させた式神。

 今も側にいるのがわかる。


 ゆっくりと開く前方の扉。

 二人の人物が現れる。

 左側の人物に、鳥澤は見覚えがあった。

 しばらく考えて、誰だったかを思い出す。


「形藁 伝二(ナリワラ デンジ)か? 防衛省特殊技術隊第四師団の副師団長が何故?」

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