157.感嘆-Admiration-

1991年6月16日(日)PM:19:15 中央区中島公園


 黒と紺の浴衣を纏い座っている河村 正嗣(カワムラ マサツグ)。

 隣で立っている沢谷 有紀(サワヤ ユキ)は水色の浴衣を着ていた。

 近くには八窓庵が見えている。


「皺になっちゃうよ?」


「少し座る位なら大丈夫大丈夫」


「もうそんな事言って、小母さんに怒られても知らないよ?」


 たこ焼きを頬張っている正嗣。

 何か言ったが、有紀には聞き取れなかった。


「何て言ったのかわかんないよ?」


 苦笑している有紀。


「ゆうほたちほくるんらろ?」


「だからわかんないって。食べ終わってからしゃべりなさいよ」


「悠斗達ほ来るっれ言ってらほな?」


「もう、確かにそうは言ってたけど。所で怪我は大丈夫なの?」


「俺? 俺はそんなに酷くなかったからな」


 そこで立ち上がった正嗣。

 たこ焼きを一つ、有紀の口元に持っていく。


「ほれ」


 少しだけ躊躇した有紀。


「ほれ。落ちるからはよ」


 正嗣が差し出したたこ焼き。

 有紀は、少し照れながら口に入れた。


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1991年6月16日(日)PM:19:18 中央区中島公園


 髪型と、浴衣の色を除けば全くそっくりな顔の四人。

 嬉しそうに歩いている。

 防衛省特殊技術隊第四師団第四小隊の面々だ。


 それぞれが、自分の名前を表すかのような浴衣の色。

 色名 緋(シキナ アカ)は緋色。

 鳶色は色名 鳶(シキナ トビ)。

 色名 砂(シキナ スナ)は砂色だ。

 そして色名 鶸(シキナ ヒワ)は鶸色。


 四人が四人とも、全く同じトッピングのバナナチョコ。

 手に持って、食べながら歩いていた。

 突然ある地点で止まった四人。


 視線は四人共、全く同じ物を見ている。

 疎らな人混みの中で、彼女達が視線を向けるもの。

 まるで意思疎通しているかのようだ。

 四人が同時に口を開いた。


「「「「行くしかないですね。お化け屋敷ですよ」」」」


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1991年6月16日(日)PM:19:22 中央区中島公園


 青色の浴衣に白髪の極 秦斜(キワ シンシャ)。

 手を握りながら歩く二人の少女。

 薄い桃色の浴衣の極 伊麻奈(キワ イマナ)と薄い黄色の浴衣の口川 優菜(クチカワ ユウナ)だ。


 二人とも満面の笑顔。

 まるで父親と話しをしている姉妹のように見える。

 極めて良好な関係のようだ。


 その周囲には、他にも何組かいる。

 桃色の髪の親子や兄弟、姉妹に見える組み合わせの人達が歩いていた。

 彼女達の髪の色は、桃色という極めて珍しい色のはずなのだ。

 だが、奇異の視線を向けるものは案外少ない。

 然程、気にしている人間はいないようだ。


「優菜ちゃん、あれ美味しそうだよ」


 伊麻奈が見ているのは、小さな飴のような物が並んでいる屋台だ。

 そこに並んでいる飴。

 苺を飴でコーティングした、苺飴と呼ばれる代物だ。


 主に縁日や祭事会場等で売られている。

 日常的に食される事はあまりない。

 優菜や近くにいた他の子達も、興味津々に見始めた。


「お前達、食べたいかのぅ?」


「うん。皆も食べたいよね?」


 頷く子供達に、微笑む秦斜。


「今日一緒に来ているのは七人じゃったか? 来れなかった子達にもお土産にしようかのぅ。そうじゃな、二十個もらえるかの」


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1991年6月16日(日)PM:19:37 中央区中島公園


 人のほとんど来ない川の側。

 抱き合っている二人。

 暗がりの為、相当近付かなければわからないだろう。


 密着した状態。

 男の手にはたこ焼き、女の手には爪楊枝が握られている。

 女の方が、口移しで男の方にたこ焼きを食べさせている所だ。

 男の口の中にたこ焼きが隠れた。

 その後に、微かに触れ合う唇と唇。


 そんな光景を繰り広げている二人。

 白を基調としている浴衣の冬鬼眼 白(トウキガン ハク)。

 青緑の浴衣に団子状の黄緑色の毛の楓柳 瑠璃(カエデヤナギ ルリ)。

 白の色白の手が、瑠璃の太腿を、膝から徐々に上に上がっていく。


「もう鬼のエッチ」


「もうその名で呼ぶ必要あるのか?」


「ないけど、ついね」


 その間も彼の手は、太腿の上の方に差し掛かっている。


「もう、手は止めないのね?」


 彼女の太腿を一度上下に優しく撫でた。

 更に上に向かっていく手。


「たまにはこんなシチュエーションも燃えないか?」


 瑠璃の耳元でそう囁いた白。

 彼女もお返しとばかりに、彼の耳元で呟いた。


「そうね。燃える・・かも?」


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1991年6月16日(日)PM:19:52 中央区中島公園


「お爺様、私の我儘に付き合って下さって申し訳ありません」


 そう言葉にしたのは、紅色と蒼色の浴衣に身を包む少女。

 至極申し訳なさそうな表情だ。

 その右隣、濃い黄色と薄い緑の浴衣の少女。

 左隣の紺色と青色の浴衣の少女。

 二人も同様の表情をしていた。


「気にする必要はないんじゃ。孫娘の頼みなんじゃしな。断ったら、婆様に呪い殺されるわ。それにしても、いくら忙しい身の上とは言えども。全く、あの二人も、もう少し娘達の気持ちを理解してやればええのにのぅ?」


 そう言った白髭に白髪の人物。

 灰色の浴衣を身に纏っている。

 彼の左右、手を繋いでいるのはアンジェラとカロリーナ。


 紺色と青色の浴衣の少女。

 彼女は土御門 乙夏(ツチミカド オトカ)。

 手を繋いでいるのはリオネッラだ。


 最後尾は土御門 鬼都(ツチミカド キト)と土御門 鬼湯(ツチミカド キユ)。

 二人は袴と巫女服を合わせたような服を着ている。

 衣装はいろいろと差異があり、鬼都の方が露出が高い。


 にこやかな表情をしている三人。

 アンジェラは赤の浴衣。

 青の浴衣はカロリーナ。

 リオネッラは黄の浴衣を羽織っている。


 少し人通りが途切れた。

 アンジェラ、カロリーナ、リオネッラの三人。

 突然、前方に走り出した。


「あっ? 駄目」


「こらこらお前達、走ってはいかんぞ」


 しかし、無邪気な子供のような彼女達。

 この人混みやたくさんの屋台にテンションが上がってしまう。

 それはどうしようもない事だった。


 乙夏の反応も、白髪の人物の言葉も解き既に遅かった。

 彼女達三人は、修道服姿の四人。

 その中の三人の人物にぶつかる。

 彼女達に、受け止められていた。


 アンジェラは、色白紫眼の膝まである金髪の少女。

 カロリーナがぶつかった少女は、肩まである金髪に色白青眼。

 赤髪に褐色肌、縁無眼鏡の女性に受け止められたのはリオネッラ。


 彼女達三人。

 かなりの勢いでぶつかっているはずだ。

 なのに、受け止めた側の三人は、微動だにしてなかった。


「うちの娘達が申し訳ないのぅ」


「いえいえ、お気になさらずですわ。でも・・・ぶつかったのが、私達で良かったというべきでしょうけど」


「あぁ、そうじゃのぅ。ほんにすまんかった。しかしお主達は・・・」


「観光ですので、お互いに詮索はおやめにしませんですよ? でも、かつて最強の一角を担った陰陽師様、そんな方に出逢えたのは光栄の極みですよ。今後もし機会があれば、是非お茶会へご招待さしあげたいですわね」


「そうじゃな。その時はよしなにじゃ」


 言葉とは裏腹。

 瞬時に警戒したのがわかる。

 それ程に、白髪の人物の表情が変わった。


 他の面子も突如、緊張状態に陥る。

 一触即発かと思われてもおかしくない状態。


「かわいい三人の少女さん。本当はアトリビュートなスパイダーかしら? 人も多いし、走っては駄目なんですよ」


「「「ご・・・ごめんなさい」」」


 アンジェラ、カロリーナ、リオネッラの三人。

 少し怯えた声でそう言って、白髪の人物に抱きついた。


「ワタクシ達は争うつもりはモウター? モウトン? モウヘッド?」


「毛頭です。モウヘッドって何ですか? 全く」


「そうそうそれ。毛頭ありませんですのよ」


 即座に、戦闘に移行出来るように構えていた乙夏達。

 彼女達のやり取りに、若干毒気を抜かれてしまった。

 それでも最低限の警戒は怠らない。


 しかし、修道服の四人は、特に何をする事もなかった。

 彼女達は素通りして歩いていく。

 結局、一度も振り返る事はなかった。

 そのままいなくなってしまう。


「お爺様・・・」


 乙夏は白髪の人物の側で、リオネッラを優しく撫でていた。


 「只者ではなさそうじゃの。儂の事も知っていたようじゃしな。しかしここで何かする事はなかろうて。本当に観光に来ているだけなのかもしれんしのぅ。一応、美咲ちゃんには明日にでも報告するべきじゃろうが」

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