158.友好-Amity-

1991年6月16日(日)PM:19:52 中央区中島公園


 波打っている長い赤紫の髪。

 グラマーな女性が、赤紫の浴衣を身に纏い歩いている。

 赤紫の髪は目立つ。

 特に年配の人間の中に、奇異の視線を向けている人もいた。


 しかし彼女は、周囲の視線は全く意に介してない。

 髪の色も確かに目立つ。

 ボリュームがあり、歩くたびにたわわに揺れているその胸元。

 そこに視線を釘付けにしている男性人もいるだろう。


 彼女の両の手は小さな手で握られている。

 両隣には、黒髪黒眼の二人の少女。

 二人も彼女と似たような赤紫の浴衣だ。

 彼女達三人の元にやって来た、黒髪黒眼の少年。

 青紫の浴衣で、両手に林檎飴を持っている。


「お兄ちゃん、ありがと!!」


 少女の一人が、彼から林檎飴を受け取った。

 満面の笑みでそう言って労う。

 少年は、彼女の頭に手をそっと置いて、撫でる事で返した。


 その後に、もう一人の少女にも林檎飴を渡した少年。

 もう一人の少女も満面の笑みで返す。

 少年は彼女の頭に手をそっと乗せて、何回か優しく撫でた。


 最初に林檎飴を受け取った少女。

 少年と手を繋いで来た。

 なので少年は、最後に赤紫の髪の女性に林檎飴を渡す。


「買って来てくれて、ありがとね」


 そう言って彼女に見つめられた少年。

 少し照れているようだった。


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1991年6月16日(日)PM:20:02 中央区桐原邸一階


 彼女達は、着付けの為に戦争の真っ最中だった。

 桐原 悠斗(キリハラ ユウト)は。灰色に青帯の浴衣。

 中里 愛菜(ナカサト マナ)に着付けしてもらった。

 今は玄関で油を売っている。


 ミオ・ステシャン=ペワクとマテア・パルニャン=オクオ。

 予想通り着付けの方法は知らない。

 三笠原 紫(ミカサワラ ムラサキ)も知らなかった。

 それは愛菜にとっても、予想外だ。


 土御門 鬼穂(ツチミカド キホ)は青と白の浴衣。

 既に自分で着付け始めている。

 紫と白の浴衣を手に持っている少女。

 下着姿の土御門 鬼威(ツチミカド キイ)。

 彼女も自分で着付けを始めた。


 愛菜は下着姿のままでいる。

 全裸の紫の、着付けをしようとしていた。


「紫さん、下着はいいんですか?」


「あれ? 浴衣っていうか着物って、下着はつけないんじゃないの?」


「基本はそうかもしれませんけど、拘る必要はないと思いますよ?」


「あ、そうだよね。んじゃ一応、下着は着るよ」


 その間、暇そうなミオとマテア。

 鬼穂と鬼威の着付けを、興味深そうに見ている。


「時間あんまりないんだから、早くした方がいいと思うよ」


 玄関から聞こえてくる悠斗の声。

 愛菜ももちろん、そんな事はわかっている。

 紫の着付けを終わった愛菜。

 次にミオに浴衣を着せて行く。


 ミオとマテア、紫の耳はヘアバンドをした。

 その上で、髪の毛でうまく耳を隠している。

 愛菜が試行錯誤した結果だ。

 鬼穂と鬼威は、既に着付けを終えていた。


「愛菜さん、手伝った方いいですか?」


 鬼穂が愛菜に問いかける。

 鬼威も視線で愛菜に訴えていた。


「大丈夫。ゆーと君の相手をしてあげて」


「わかりました」


「はーい」


 鬼穂と鬼威は、玄関に向かって歩いていく。

 ミオの浴衣を着せている愛菜。

 その様子を、まるで勉強しているかのように見ている紫。


「紫さん、そんなに見られると何か恥ずかしいですよ」


「いやさ。この際だから、覚えれそうなら覚えようかなと思いましてね」


 彼女達の耳には、悠斗達の声が聞こえてくる。


「本当だ。角は隠れてるんだな」


「完全に隠れているわけではありません。髪の毛で見えないだけで、実際には小さな突起があります」


「そうなんだ?」


「悠斗さん、触ってみるぅ?」


 そう言ったのは鬼威。


「あれ? 思った程硬くないな」


「そうですね。普段は最低限の魔力しか通ってませんから」


「なるほど」


「はい、マテアちゃんも終わり。それじゃ皆でお祭り行こう」


 ミオは髪の色と合わせる様な色合い。

 濃い桃色を基調とした浴衣。

 濃い水色の浴衣はマテアだ。


 玄関から外に出た一行。

 少し歩くのが辛そうな悠斗。

 愛菜が支えながら歩いていく。


 二人の後ろがミオとマテア。

 はぐれないように、紫が手を繋いでいる。

 鬼穂と鬼威が最後尾の布陣で、歩き出した。


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1991年6月16日(日)PM:20:09 中央区中島公園


 人混みの中を歩くアラシレマ・シスポルエナゼム。

 珍しくスーツ姿ではない。

 黒系統の浴衣を羽織っている。

 その手にあるのはクレープ。

 彼はクレープを啄ばみながら、歩いている。


「何かスースーすーるーなぁ? 着慣れてなーいかーらーかーなー?」


 そんな彼の視線は、常にある人物を見ている。

 人混みの中、時折見える赤紫の髪。

 微笑んでいるように見える彼の表情。

 だが、その瞳だけはまるで違う。

 裏切り者を見るかのように、澱んでいた。


「たーぶーん、少女ーがー二人ーに、少年ーがーひーとーりー?」


 誰にも聞こえないようなか細い声。

 しかし昏いとても昏い感情を孕んでいる。


「こーこ数年、何だーか様子がおーかしい気はしーてたんだーけどねー。今更、何を仲良し小好ししてやがるんだ? 裏切るつもりか!?」


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1991年6月16日(日)PM:20:19 中央区中島公園


 褐色の肌に緑髪の少年と、褐色の肌に白髪の少女。

 何処となく顔が似ていると言えば似ているかもしれない。

 褐色肌に金髪の青年が、少年と少女の背後を歩いている。


「日本のお祭り」


「そうだよ。折角だしいろいろ食べてみようか。いいよね?」


 少年が、同意を求めるように背後の人物を振り返った。


「全く。問題さえ起こさなければ構いませんけどね。くれぐれも、普段のように誰彼構わず、女性に声を掛けないようにして下さいよ」


「別に誰彼構わずじゃないさ。私だって相手を選んでる」


「その点は否定です」


 少女が呟くように囁いた。


「我が愛しの妹よ。それは誤解だ。信じてくれ」


 無視するかのように囁いた少女。


「あれおいしそう」


「買って参りましょうか?」


 背後の青年が、彼女の呟きに答える。


「お願いします」


「御意。折角ですし、近くで見てみましょうか」


 少年を無視して会話を進める二人。

 悲しみの瞳を浮かべる少年。

 少女の手を握り、はぐれないように注意しながら進む青年。

 少年はただ後ろを歩くしかなかった。


 彼等の進行方向とは、逆側を歩いてくる少女達。

 合流して五人になった白紙 伽耶(シラカミ カヤ)達だ。

 ふと人混みの中に視線を移した少年。

 五人の少女達、その中の一人、銀髪。

 銀斉 吹雪(ギンザイ フブキ)から視線を逸らせない。

 彼は思わず、人混みを逆流するように歩き出した。


 しかし、中々先に進めない。

 彼女も自分が見られている事に気付いたようだ。

 一度少年と視線を合わせた。

 しばらく交錯していた視線は、逸らされてしまった。


 何とか人混みを掻き分けて吹雪に話しかけた少年。

 しかし、少年の予想とは裏腹。

 色好い返事は返ってこなかった。


 それでもめげない少年。

 いつしか周囲の人達が、少し離れて成り行きを見ている。

 少年は、突然肩を掴まれた。


 彼は後ろを振り返った事を後悔する。

 そこには、悲しみの瞳で涙を耐えている少女。

 隣には、呆れた表情になっている青年がいた。


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1991年6月16日(日)PM:20:32 中央区中島公園


 様々な色の、単色のドレスとベールに身を包んだ一団。

 彼女達は総勢十三名。

 祭りを歩く人の波の中、一際目立っている。

 微かに見えている耳の先は尖っていた。


「やはり、場違いな格好だったか」


 そう言ったのは、緑のベールの人物。

 更に隣の青のベールの人物が口を開いた。


「妾の私達が、同伴してよかったのでしょうか?」


「あなた達も私達と同じ血を持つ妹だ。妾とか負い目を感じる必要はないぞ」


 一団のリーダー格らしい。

 黒のベールの人物がそう言葉にした。


「そうですよ。折角お祭りというのに来たのですから、楽しみましょう」


 紫のベールの人物の言葉だ。

 続けて黄のベールの人物が口を開く。


「これから暫くは、私達はこの街でお世話になるのですしね」


 答えるような隣の橙のベールの人物。

 黄のベールの人物を見る。


「はい、そうですね。慣れないと駄目でした」


 そこから少し離れた場所。

 彼女達を見ている一団。

 悠斗や愛菜、紫達だ。

 その瞳は、奇異の目ではない。

 綺麗なドレスとベール。

 感嘆の眼差しで見ていたのだった。

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