159.今後-Hereafter-

1991年6月16日(日)PM:21:01 中央区精霊学園札幌校中等部一階


 一人歩いている土御門 鬼那(ツチミカド キナ)。

 彼女が目指すのは校庭だ。

 そこにいるはずの人物。

 彼を呼びに行く途中なのだ。


 廊下を抜けた彼女。

 外に出る為に、靴を履き替える。

 そして、再び歩き始めた。


 静まり返っている校庭。

 その中央には一人。

 三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)が立っていた。


 左手に火を形成している。

 風が、右手から上昇していた。

 火も風も、上に向いた掌。

 そこから放射状に拡がっていた。


 両手の状態を確認する。

 そのままの状態で目を瞑った。

 意識を集中させている義彦。

 動く気配は一切ない。


 彼のその光景を、じっと眺めている瞳があった。

 フェンスの向こう側に見える木の枝。

 灰色と白色の毛に覆われた一匹のエゾモモンガだ。


 学名はPteromys volans orii。

 意味は飛ぶ翼のある鼠。

 Pteromyが翼のある鼠。

 volansが飛ぶだ。

 oriiは献名となる。


 エゾモモンガは、タイリクモモンガの亜種になる。

 天敵と遭遇した場合、身動きを一切しない。

 じっと天敵が離れるまで待つ。

 そんな習性を持っているからだそうだ。


 ただ、今回はかなりの距離があった。

 なので、興味本位で見ている。

 というような可能性も、あるかもしれなかった。


 そんな義彦の下へ歩いてくる少女が一人。

 肩まである桃色の髪。

 露出の高い、袴と巫女服を合わせたような服装だ。

 髪の毛の間からは、濃い桃色の角が一本生えている。


「義彦様、彩耶様一行が到着しましたが? 何をされているのですか?」


 彼女の声に、瞑っていた目を開いた義彦。


「鬼那か」


「はい、鬼那です」


 彼女は、義彦が出している火と風を見ている。

 その視線に気付いた義彦。

 彼女の言葉の意味をやっと理解した。


「あぁ、これか? 俺の攻撃は範囲が広く、殺傷能力も高い。だけども、通常は捕まえるのが目的になるだろ? だから、うまくコントロール出来るようになろうと思ってね。もともと細かい作業が苦手っていうのもあるかもしれないけど、いざやってみると難しいものだな」


「はぁ? そうなんでしょうか? 私にはわかりません」


 意味を飲み込めない鬼那。

 可愛らしく首を傾げた。


「まぁ、そうだよな」


 義彦を見つめていたエゾモモンガ。

 既に木の枝の上にはいない。


 自身が作り出した火と風を消滅させた義彦。

 鬼那の傍へ歩き始めた。


「あいつは?」


「彩耶様と黒金様達が、傍に」


「そうか。それじゃあんまり待たせても悪いし、行こうか」


「はい」


 義彦は、迎えに来た鬼那を伴って歩き出した。


「ところで、あの一団はまだ見張っているのか?」


「はい。少なくとも本日はまだおりました」


「そうか。どうするべきかな? 下手に叩くと後々面倒だしな。一度相談するか」


「そうですね。それがいいと鬼那も思います」


 二人は歩いて進んで行く。

 ふと義彦は、鬼那を向いた。


「きっとまたリベンジしてるんだろうな」


「リベンジ?」


 鬼那は、思わず首を傾げる。


「黒金三姉妹さ。佐昂と沙惟はそうでもないけどさ。早兎は一度も勝てなくて、不貞腐れてただろ。 チェスでさ?」


「そうですね。確かに不貞腐れてました」


 納得した鬼那は、二度頷いた。


「私は、チェスですか? いまいちルールを知りませんが、難しいのでしょうか?」


「西洋版将棋みたいなもんらしいぞ。将棋のルールも、俺はよく知らないけどな」


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1991年6月16日(日)PM:21:37 中央区特殊能力研究所付属病院五階十号室


「一応皆の意見を聞きたいとは思うが」


 そう言葉にしたのは、少し明るめの金髪の女性。

 彼女はファーミア・メルトクスル。

 現在生存が確認されているメンバー。

 その中で、最年長になる。


 今この場にいるメンバーは七人。

 既に寝る準備万端だった。

 全員、ネグリジェを着用している。


「今後どうするかって事だ。ここに残って学園に通うかどうかって事な」


 そう言うと、一人一人に視線を向けるファーミア。

 視線を受け、最初に発言したのは濁理 莉里奈(ダクリ リリナ)。


「私は正直、十年前の事は当事者でも何でもないから。でも今回の事はそうじゃない。だから残りたい」


 黒髪黒目の彼女。

 少しだけ、悔しそうな表情。

 長い髪の毛を、今日は完全に下ろしていた。


 一度濁理を向いた金髪の少女。

 ファーミアに視線を戻した。

 右目に眼帯をしている、エルメントラウト・ブルーメンタールだ。


「兄貴は、正直自業自得だと思うけど、それでも兄貴だし。仲間の敵を討ちたい」


「真実を明らかにしたいと思う」


 そう言葉にしたのは、白い肌の金髪碧眼。

 ブリット=マリー・エクだ。

 彼女は、真剣な眼差しでファーミアを見ている。


 浅黒い肌に赤髪紫眼のブリジット・ランバサンド。

 ブリットに同意するかのように頷いた。

 その後に、少しだけ微笑む。


「今まで学校? 学園? に通う事なんてなかったし、案外面白いかもね」


「ブリジット、勉強嫌いな癖に」


 彼女は、思わぬ横槍に、口をへの字にした。


「き・嫌いじゃないもん」


 茶化すように言った少女は、黒髪青眼。

 バリュナ・モスキートン=ハバナルラ。

 ブリジットの言葉を流して続けた。


「面白いかどうかはともかく。いろいろと新しい知識や、技術を得られるかもしれませんね」


 最近伏し目がちだった少女。

 長い青い髪のアルマ・ファン=バンサンクル=ソナー。

 珍しく彼女も会話に参加する。


「私は仇を討つ。それと消息不明のメンバーを探す。だから残る以外の選択肢はない」


 七人全員の意見を聞いたファーミア。

 にっこりと微笑んだ。


「それじゃ、反対意見は無し。全員残るって事でいいな」


「残るのはいいけどさ。私達は学園の生徒として通うとして、ファーミアはどうするのさ?」


 ファーミアは、エルメにそう聞かれた。

 何度か首を傾げる。

 少し思案した後に答えた。


「さすがに先生として、抜擢されるのは無理があるから、掃除とかの雑用とかになるんじゃないかな?」


 その会話を聞きながら、少し何かを考えているブリジット。

 一度髪の毛をかき上げた後に、疑問を口にした。


「そもそも、何で私達は、何も咎められないわけ? 残るメンバーがいるなら、死んだ仲間達の為に、墓も用意してくれるみたいだし」


 再び思案顔になったファーミア。

 何かに迷っているようだ。


「うーん? 言っていいのかなあ? 別段、口止めはされてなかったしいいかな? 私達に仕事を斡旋していたのは、誰か知ってるよね?」


 その言葉に、他のメンバーは頷く。

 ファーミアは、全員が頷いた事を確認した。

 彼女は更に言葉を続けた。


「詳しくは私も聞かされてないんだけどさ。そこのお偉い人と、日本のお偉い人が話し合ったらしくてね。出される条件に従うなら無罪放免らしいよ。私達の存在を、大っぴらに出来ないとかいろいろとあるんじゃない? だから残る事に同意したら、この封印も解除されるそうだ」


 そこで、一度言葉を区切ったファーミア。

 六人に順番に視線を向けていく。


「その代わり、私達はここ日本の常識に則った行動を取らないと駄目。もし今後誰か一人でも、何か問題を起こせば連帯責任になる。細かい話しは斡旋元のお偉いさんが来て、説明するらしいけどね」


 彼女の言葉を聞いた後の反応は様々だ。

 当然だと返すエルメとバリュナ。

 納得出来ない素振りのブリットとブリジット。


 アルマ、濁理は同じ意見のようだ。

 詳しい話を聞いてみてから、というスタンスだった。

 それでもとりあえず反応を返す六人。

 全員が、話しの内容は理解したわけだ。


「とりあえず、こんな所か」


 今後の身の振り方についての相談。

 ブリットとブリジットの不満点。

 二人に聞き取り始めるファーミア。

 他の四人は、取りとめも無い雑談を始めていた。

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