064.仔猫-Kittens-
1991年6月2日(日)AM:8:24 中央区緑鬼邸二階
「悠斗君、あの娘達に説明してないのか?」
「――はい。なんか言い辛くて」
「説明した上での出発で構わないんだぞ?」
裏口の扉前の廊下にいる桐原 悠斗(キリハラ ユウト)。
古川 美咲(フルカワ ミサキ)は渋い顔をしている。
逆に白紙 元魏(シラカミ モトギ)は我関せずという感じで、二人を見ていた。
三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)は苦笑している。
何故か微笑んでいる白紙 彩耶(シラカミ アヤ)。
碧 市菜(ヘキ イチナ)は思案気な眼差しだ。
見送りに来ている三人。
それぞれのスタンスで事の成り行きを見守っていた。
長耳の男の遺体と、吹 颪金(フキ オロシガネ)の亡骸。
更に二体の黒蟻の屍。
昨夜の間に、既に研究所に搬送済みだ。
中里 愛菜(ナカサト マナ)達女性陣に説明してない悠斗。
土壇場で、その事を知った古川。
先に説明を済ませるように、悠斗を説得している所だ。
「事前にちゃんと説明した方がいいと思いますよ」
市菜も、悠斗を説得に参加し始めた。
「でも、今説明すれば反対すると思います。でも僕に、愛菜を納得させるだけの説明は出来ないと思いますし」
「まぁ俺もそんなに深く知ってるわけじゃないが、愛菜ちゃんは納得しないとは思うし、悠斗が説得出来るとは思わないな」
義彦も一応、悠斗を擁護するつもりのようだ。
そこに複数の足音が聞こえてくる。
裏口から現れた女性陣の先頭を歩く愛菜。
彼女の表情は、明らかに不満に満ちている。
不安そうな表情の銀斉 吹雪(ギンザイ フブキ)は少し俯いていた。
白紙 伽耶(シラカミ カヤ)は、悠斗を睨むように見ている。
義彦に視線を向けた白紙 沙耶(シラカミ サヤ)。
吹雪を心配そうに見つめている十二紋 柚香(ジュウニモン ユズカ)。
隣の朝霧 紗那(アサギリ サナ)は、何処か凛とした表情。
至極申し訳なさそうな瞳の翠 双菜(スイ フタナ)。
縮こまって一番最後を歩いていた。
双菜以外の少女六人は、髪を下ろしている。
しっとりしている髪の毛。
朝風呂にでも入っていたのかもしれない。
「三井兄様も行く事になったのですか?」
心細そうに、おずおずと義彦の手に触れる吹雪。
「いや俺は行かない。念の為にここに残るつもりだ」
彼の言葉に、吹雪と沙耶、柚香は安心した様な表情になる。
その一方で愛菜、伽耶、紗那の三人は悠斗に詰め寄った。
愛菜が勢いよく口火を切る。
「双菜さんから聞いたけど、悠斗君が行くって何で?」
「何でって? 頼まれて了承したから」
「何で了承したのかな?」
責めるような口調の伽耶。
「せめて皆に相談するべきだったんじゃないんでしょうか」
控えめな言い方ながらも、強い口調の紗那。
即座に反論出来ずに、たじたじの悠斗。
火に油を注ぐような悠斗の答え。
見事に、三人の怒りは増しているようだ。
言わんこっちゃないという表情の古川。
更に申し訳無さそうに、縮こまっている双菜。
元魏はその光景を、若干微笑ましげに見ている。
父親の前だという事を忘れているかのような伽耶と沙耶。
最もその行動は両極端になっている。
吹雪、沙耶、柚香に寄り添われて、義彦は困り気味だ。
悠斗は、愛菜、伽耶、紗那の三人に詰め寄られっぱなしだ。
それからしばらく、悠斗が案内する事について説得が続く。
愛菜、伽耶、紗那の三人への、拙い言葉での説得。
だが、何でここまで怒ってるのか、本当の所で悠斗は理解していない。
しどろもどろになり、冷や汗を流しつつの説得。
今更ながら、ちゃんと説明すべきだったと後悔している悠斗。
だが、時既に遅すぎる。
どれぐらい時間を費やしたのだろうか?
納得はしてない三人の少女。
それでも古川、元魏に悠斗が同行する事を渋々了承した。
愛菜達は、謎の建物の存在については知らない。
しかし、悠斗への怒りとか、いろんな感情が溢れてて、それどころではないのだ。
ただ単に、自分達に何の説明もないままに行く事に怒っているのだった。
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1991年6月2日(日)AM:9:24 中央区謎の建物一階
異臭の発生元となっている数多の蟻の死体。
その蟻の死体が徐々に、半透明の紫のクリスタルに覆われていく。
そして内側に押し潰され、圧縮されていった。
巣穴の前に立っている豊かな胸の女性。
波打っている長い赤紫の髪。
髪の間から少しだけ見える耳の先が尖がっている。
きわどい短さのデニムのミニスカート。
胸元を強調するかのような白いTシャツにデニムのシャツ。
かなりの美人で、何処かのモデルと言っても通じそうな抜群のスタイル。
「全く、イーノムもアラシレマも私が何とかすると思ってるのか動く気配が無いわね」
面倒くさそうに彼女から放出された魔力。
巣穴に巨大な半透明の紫のクリスタルが形成されていく。
徐々に伸びていくクリスタル。
更にその側面から、大小様々なクリスタルが生えてくる。
「生命力を感じるのは四体か。思ったよりは少ないわね。何か気付かれても困るのはアラシレマだし適当に壊せばいいかしら」
彼女は、振り返る事もなく壁の穴に歩き始めた。
その間にも、徐々に建物を破壊するべく伸びてゆくクリスタル。
真ん中の巨大なクリスタルが天井を突き破り、建物を半壊させた所で成長は停止した。
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1991年6月2日(日)AM:10:12 中央区謎の建物一階
建物の外観に入っているひび。
明らかに、何かがあったとわかる状態だった。
案内役としてここまで来た僕と、古川所長、元魏さん。
三人全員が唖然としていた。
建物中央にそそり立っている巨大なクリスタル。
天井を突き破っている部分だけでも、かなりの大きさだ。
そこから更に、物凄い数のクリスタルが枝分かれしている。
「昨日まではこんなものなかったのに・・・」
思わずそう口走ってしまった僕。
一体何があってこんな事になっているのかわからない。
ふと、何かの音が聞こえるような気がした。
「何か聞こえませんか?」
僕の問いに、最初に答えたのは古川所長だった。
「上の方から何か聞こえる、鳴き声のようにも感じるな」
「どちらかと言うと泣き声のような気がしますね」
元魏さんの言葉に僕もそんな気がした。
そう思った僕は二階に上るため階段を見る。
階段は、途中から完全に崩れていた。
それでも途中まで階段を駆け上がる。
「悠斗君、待ちなさい」
古川所長の声と走る音が聞こえてくる。
所長と元魏さんも階段を上ってきたようだ。
階段は途中から崩れてはいるものの、飛べない距離ではない。
僕はそのまま階段を飛んで反対側に着地した。
どうやら古川所長と元魏さんも飛んだようだ。
僕は再び階段を駆け上がる。
二階にもクリスタルの破壊は及んでいる。
枝分かれしたクリスタルの一部も、天井を突き破っていた。
それだけではなく、一階と同じような状態だ。
壁にも各部屋の扉にも、大小のクリスタルが突き刺さっていた。
さっきよりもはっきりと聞こえる泣き声。
二階の一番左の部屋から聞こえるようだ。
しかし、ドアを塞ぐかのように、床から斜め上に突き刺さっている。
かなりの大きさのクリスタルだ。
おそらくこちら側と同じようになっているんだろう。
枝分かれした小さいクリスタルが、部屋の中に伸びていると思う。
クリスタルを叩いてみるがびくともしない。
拳をコンクリートのナックルガードで覆って殴る。
しかし逆に、僕の拳に殴った衝撃で痛みが走った。
「これは、クリスタルそのものを破壊しないと無理だな」
古川所長に首を縦に振った僕。
元魏さんも同じように頷いている。
「二人とも少し離れていろ」
古川所長がクリスタルの前に立った。
何をするつもりなのだろう?
そう思っていると、古川所長が一言だけ言葉を発した。
≪連斬≫
一瞬、古川所長から凄まじい力が、言葉と同時に迸った。
何が起きたのかさっぱりわからない。
しかしクリスタルは輪切りにされて床に落ちた。
まるで鋭利な刃物で、何度も切り裂かれたようだ。
歪んだドアノブは、残念ながら回る事はなかった。
ドアノブから僕が手を離した瞬間に、元魏さんの蹴りがドアに炸裂。
ドアは吹っ飛びつつ豪快に砕けた。
急いで部屋の中に駆け込む僕。
泣き声の発生源は、砕けているカプセルの外で座っていた。
一糸纏わぬ姿の、十歳位の少女が二人。
二人とも頭には猫の様な耳が存在する。
更には、毛に覆われた尻尾のようなものまでがあった。
一人は猫耳と髪が濃いピンク色。
もう一人は猫耳と髪が濃い水色。
猫耳と尻尾がある。
その事を除けば、それ以外は人と大差なさそうだ。
「アネエ・・・?」
ピンク耳の方が一瞬泣き止んだ。
意味のわからない言葉を呟いた。
それに答えたのか。
水耳の方も泣き止んで意味不明な言葉を呟く。
「アネエテョワ・・・?」
さっぱり何を言ってるのか理解出来ない。
ピンク耳と水耳の二人はその姿のままだ。
直後、何故か僕に抱きついてまた泣き始めた。
この場に三人いるのに何故か僕限定。
僕も、古川所長も元魏さんも、思わず顔を見合わせる。
この状況に僕はただ困惑しただけだった。
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