262.慢心-Conceit-

1991年7月14日(日)PM:13:03 中央区精霊学園札幌校東通


 砕けた氷の山を見ている三人。

 白紙 伽耶(シラカミ カヤ)は警戒の眼差しのままでいる。

 いつでも飛び出せるように身構えている白紙 沙耶(シラカミ サヤ)。

 クラリッサ・ティッタリントンも注意深く視ていた。


 視線を南に向けたクラリッサ。

 少し遠くで激闘を繰り広げている二人。

 エレアノーラ・ティッタリントンと兼光村正 黒(カネミツムラマサ コク)。

 お互いの位置を激しく変化させながら、打ち合っている。


 砕けた氷の山に視線を戻したクラリッサ。

 轟音と共に、溶け始めていた氷の山の一部が弾けた。

 ふらりと伸びていく人影。


「あの雌豚め、嬲りに嬲った後で縊り殺してやる」


 立ち上がった山本 雄也(ヤマモト ユウヤ)。

 体の所々に、大小の傷が残っている。

 彼は再生途中の傷に構う事はない。

 アイラ・セシル・ブリザードが向かった東の方角に一歩踏み出した。


「沙耶、私達が止めるよ」


「うん」


 背後からの敵意に勘付いた山本。

 剣状の植物を両手に一本ずつ生成した。

 その場で、突然半回転。

 左右から挟み撃ちに刀で攻撃してきた伽耶と沙耶。

 二人の一撃を、あっさりと受ける。


「沙耶、俺に刃を向けるのは、何かの冗談かな?」


 一旦距離を取る伽耶と沙耶。


「冗談なわけないでしょ」


 伽耶の言葉に、指して興味も無さそうな山本。


「お前には聞いてない」


「名前で呼ばないで下さい。気持ち悪いです」


 沙耶の言葉に、反応が停止する山本。

 突然の歯軋りしているような音。

 二人の耳にはいってきた。


「こんなにこんなにこんなにもこんなにもこんなにも愛している愛し愛している愛し愛しているんだから、答えるのが義務人情責務責任だろうがぁぁぁぁぁ!!」


 一方通行な狂愛の言葉。

 伽耶も沙耶も苦々しい表情になるしかない。


「知り合った頃のあなたは、近寄り難い感じはしてましたけど、もう少しまともだったはずです。何があなたをおかしくしてしまったのですか?」


「沙耶、こいつに何言っても無駄だよ」


「力で支配する。力を認めさせてやる。力で愛するようになるように、体に刻み込んでやる。邪魔な方は殺す殺す殺す殺す殺す縊り殺す捻り殺す。嬲りに嬲って嬲りまくって精神まで嬲った上でぇぇぇ!!! そこで転がってる義彦の前でだぁぁぁぁ!! 奴の悔しがる顔を見てやる!! その上で俺を愛するようにしてやるやるやるしてやる!!」


 山本の足元の大地が突然砕けた。

 飛び出してきた先の尖っている蔓の群れ。

 急いで退避する伽耶と沙耶。

 しかし、二人を追尾していく。


「追尾して来る!?」


「沙耶、別々の方向へ」


 蔓から逃げる二人。

 だが、徐々に追い詰められていった。

 そして、とうとう周囲を蔓の群れで取り囲まれた。

 伽耶と沙耶を辛め取るように群がっていく。


 二人に群がっていた蔓の群れ。

 突然、激しく弾け飛んだ。

 伽耶に群がっていた蔓の群れ。

 所々が焼け爛れている。

 沙耶に群がっていた蔓の群れ。

 何か鋭利な刃物で斬られたような感じだ。


 窮地を脱した伽耶。

 彼女に、剣状の植物を両手に一本ずつ装備している山本。

 彼が踊りかかってきた。


 山本の動きは無駄が多くつたない。

 にも関わらず、伽耶は反応するのがやっとだった。

 彼の身体能力が、それだけ常軌を逸しているという事だ。


 武器の切断力は、伽耶の焔月(エンゲツ)の方が勝っている。

 山本の剣状の植物の刃の部分。

 そこには小さな切れ込みが増えていく。

 しかし、身体能力の差が、武器の性能差と剣術の技量差を覆し始める。


 伽耶の真後ろに移動した山本。

 挟み込むように、左右から横薙ぎの斬撃を放とうとする。

 一気に腕を後ろに振った。


 山本の後ろを走り抜けた沙耶。

 彼の剣状の植物の刃が、くるくると宙を舞っていた。

 一瞬背後に注意を逸らされた山本に出来た隙。

 横回転しながら、背後に振られた伽耶の刀。


「くっ!?」


 即座に後ろに飛び退いた山本。

 だが、切っ先が彼の胸板を斬り裂いていた。


「沙耶、あいつの身体能力やばい。本当やばい」


「うん、どう見ても素人剣術だったのに、目で追うのがやっとだった」


「どうしたものかね?」


「私に考えがある」


 伽耶の耳元に口を近づけた沙耶。

 自身の考えた作戦を伝え始める。


「作戦会議? どうぞどうぞ。絶対勝てない相手だと思ってくれないとね」


 胸板を斬られた山本。

 だが、彼は余裕の表情だ。

 二人の作戦会議が終わるのを待ってる。


「黒も花も負けたようだな。ちっ、役立たず。それでも、三井は戦闘不能か。あの女剣士も当分は戦線復帰は無理だろう。あっちは彼女が相手するだろうからほっておいてもいい」


「あっちにやばそうなの現れたけど、どうする沙耶?」


「作戦通り行こう。正直本気でやらないと、あっちのやばそうなの相手にする事も出来ないでしょ」


「確かにそうだ。余力を残してる余裕はないもんね。それじゃ、いっちょやりますか。妹よ」


「何? いきなりそう呼ばれると凄い違和感だよ。姉よ」


 場違いにも、顔を見合わせ数秒笑う二人。

 山本に向き直った時には、真剣な眼差しになっていた。


「作戦会議は終了したようで何より。それでは第二ラウンドといこうか」


「余裕綽々なその面圧し折ってやるんだから」


 そう言い切った伽耶。

 彼女の体から、赤い炎のようなオーラが燃え上がる。

 沙耶の体には青い海のようなオーラが溢れ出していた。

 少し困惑の表情の山本。


「霊力を最大出力で常時放出? そんな事をすればすぐに霊力が枯渇するんじゃ? それとも何かの作戦か? まぁいいか」


 一足飛びで、伽耶の前まで飛んだ山本。

 生成しなおした二本の剣状の植物。

 平行に揃えて伽耶に斬りかかった。

 しかし、伽耶は少し後ろに下がっただけだ。


 そこはまだ剣の軌道上の位置。

 勝利を確信する山本。

 振り抜こうとして、すぐに驚愕の表情に変化する。

 剣状の植物の刃が、伽耶のオーラに触れた。

 その瞬間燃え上がり、消滅したのだ。


 大上段に刀を構えた伽耶。

 彼女の空いた両脇、赤いオーラの中。

 突き抜けたかのように水の槍が突然現れた。

 伽耶の背後に移動した沙耶が放ったのだ。


 目の前の状況に、余裕を失っている山本。

 何とか水の槍を弾き飛ばすが、体勢を崩している。

 大上段に構えた刀を振り下ろした伽耶。

 炎の斬撃が、山本目掛けて放たれた。

 回避する事すらままならなかった山本。

 直撃を受けて、吹き飛ばされる。


「これで倒せたら万々歳なんだけどな」


 警戒したまま真っ直ぐ、吹き飛ばされた山本を見ている二人。

 伽耶の後ろから、隣に移動した沙耶。

 駄目押しに、無数の水の刃を放った。


 未だ燃え盛っている炎。

 その中、半身が焼け爛れている山本。

 体の至る所から血を吹き出してるのが見える。

 既に彼の瞳は、先程の余裕を失っていた。


「やってくれたくれたなぁくれたじゃないかぁくれただろうがくそがぁぁぁ!!!」


 我を忘れて激昂する山本。

 瞳に宿るは妬みや嫉み、そしてそれらを凌駕する憎悪。

 彼は冷静さを失い始めている。

 伽耶も沙耶もそう考えていた。


 突如周囲一体に咲き誇る黒紫の毒々しい花。

 花一つ一つが、何かを吐き出し始めた。

 最初に花の吐息を受けたのは沙耶。


「何この毒々しい花?」


「伽耶、火全開」


 嫌な予感に突き動かされた沙耶。

 その指示は間違いではなかった。

 自身の周囲を水で覆う沙耶。

 だが、既に多量に吸い込んでいる。

 余り意味を成さなかった。


「こほこほ・・これ・・何? かりゃだが・・・しびれりゅ・・」


 徐々に呂律の回らなくなり始める沙耶。


「沙耶? くっ、私しか攻撃しないと思ったけど、甘かった? ごめん沙耶。私が余計な事言わなければ・・」


「だいしょうびゅ・・きゃらじゃしびゃれりゅきゃ」


 沙耶はとうとう、片膝を付いた。


「安心していいよ。ただの麻痺毒だから。火で邪魔者には効果ないみたいだけど。でも自身をずっと火で覆ってるって事は、何処かで酸素補給の為に解除しないと駄目だよね。あれ? でも俺の刃は燃えたのに、沙耶の水は通れたのは何で? 常時展開してるわけではなかった? 霊力をただ垂れ流してただけ? まぁいいか。これで動けば動くほど、まぁ動かなくても酸素はどんどん消費されていくよね。火のオーラの中に、どの程度酸素が残留しているのかはわからないけど、もっても数分なんじゃないかな?」


「そうかもね?」


 山本の言葉に軽い口調で答える伽耶。


「麻痺毒の効果が切れる前に、邪魔者は排除出来るでしょ」

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