261.同種-Conspecies-

1991年7月14日(日)PM:12:58 中央区精霊学園札幌校東通


「エレアノーラ!! そこの身の程知らずを懲らしめます。直ぐに退避しなさい!」


 強い意志の篭ったアイラ・セシル・ブリザードの声。

 即座に反応するエレアノーラ・ティッタリントン。

 兼光村正 黒(カネミツムラマサ コク)と鍔迫り合いの状態。

 一気に後方に重心移動をさせて、飛ぶように離れた。


 ほんの僅かに前のめりになった黒。

 僅かな時間体勢を崩す。

 彼が立ち直る前に反転。

 一気に蔓の魔獣の前足を、彼女は駆け下りた。


 黒はあえて体勢を立て直そうとはしない。

 前のめりになった勢いを利用する。

 エレアノーラを追って駆け出した。


 蔓の魔獣の前足を駆け下りる黒。

 エレアノーラに追い付いた。

 その時には、臨戦態勢になっていた彼女。

 巨大な片刃剣サンクトゥムグライを肩に担いでいる。


 睨み合う二人。

 沈黙と静寂が支配する。


 まるでタイミングを計ったかのようだ。

 同時に前に踏み込む二人。

 響き渡る金属同士の衝突のハーモニー。

 ひたすら打ち合いを続けている。


 一撃で相手の命を刈り取る剣撃。

 永遠に続く金属音のメロディーのようだ。

 刀と剣が触れ合うたびに、火花が散る。

 それでも、お互いに致命的な一撃を貰う事はない。

 与える事も出来ないままでいる。


「強いでござるな」


「あなたこそ。よくそんな細い武器で、私の剣撃を捌けるものですね。日本の剣、刀でしたっけ? その性能の高さもあるのでしょうが、それ以上にあなたの実力なのでしょうね」


「滅相もござらん。拙者等所詮落ち武者風情でござる」


「その実力は誇っていいと思いますけどね」


 素直な言葉で微笑むエレアノーラ。

 深編み笠に隠れて、黒の表情は窺い知れない。


「そんなに素直に言われると、何ともむず痒いでござるな」


「だからこそ疑問ですね。何故あんな男に従うのです? いや、あの男に従ってるわけではないのでしたね。では何故?」


「誰しも守りたい相手がいるもの。家族、伴侶、人それぞれでござろうな。某にとってももちろんある。その為」


「守りたい者? あの無表情の少女って事?」


「好きに思うがいい。知り合った時は、本当明るいいい娘でござった」


 まるで遠くを見ているかのような声の黒。


「このまま競い合いを続けるのも一興ではござる。出来れば何の後腐れもない状態で遣り合いたかったのが心残り。さて、お喋りもここまでにしよう。いざ尋常に勝負」


 相手が、次の一撃で決めるつもりなのだ。

 そう理解したエレアノーラ。

 再び睨み合いを始める二人。

 じりじりと時間だけが過ぎて行く。


 先に動いたのは黒。

 切っ先をエレアノーラに向ける。

 即座に前に踏み込んだ。


 繰り出される一撃必殺の刺突。

 その速度はエレアノーラの予測を上回っていた。

 回避は間に合わないと即座に判断。

 サンクトゥムグライを盾にしつつ、後ろに飛んだ。


 黒の刀の切っ先がサンクトゥムグライに突き当たる。

 背後に飛んでいるエレアノーラ。

 衝突の衝撃に逆らわない。


 吹き飛ばされる勢い。

 そのまま距離を取ったエレアノーラ。

 更に踏み込んでくる黒。


 突如、前に出たエレアノーラ。

 サンクトゥムグライを振り上げた。

 前に進む勢いを何とか殺した黒。

 彼の眼前をサンクトゥムグライの切っ先が通り過ぎる。

 深編み笠が縦に斬れた。


 振り上げた剣を一度止める。

 そのまま、振り下ろすエレアノーラ。

 回避が間に合わないと判断した黒。

 左手を刀の峰に添えて、彼女の一撃を受け流そうとした。


 勢いの割には、衝撃が少ない事に黒は訝しむ。

 そんな事を考えた次の瞬間の出来事。

 凄まじい圧力が彼の体を襲った。


 まるで自身の体重が増加しているかのような錯覚に陥る。


 徐々に下に押し込まれる黒。

 足元の魔力フィールドが砕け、更には道路が割れていく。

 耐える黒だが、とうとう片膝を大地に触れさせた。

 更に陥没していく地面。


「こんな・・奥の手を・・・持っていたか・・不覚」


「中々に粘る。だけども」


 轟音と共に周囲を土煙が舞い上がる。

 煙が晴れた後、大地を掘り進み、白目を向いている黒。

 肩で息をしているエレアノーラ。

 彼女も相当疲労しているらしい。

 片膝を付いてしまった。


「魔力の消耗が激しいから、本当は使いたくはなかったんだけど・・・」


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1991年7月14日(日)PM:13:01 中央区精霊学園札幌校東通


 汗だくで満足げな表情の桐原 悠斗(キリハラ ユウト)。

 中里 愛菜(ナカサト マナ)は泣きそうな顔。

 クラリッサ・ティッタリントンは驚愕している。

 その後、安堵の表情に包まれた。


 消耗のし過ぎだ。

 崩れ落ちた三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)。

 陸霊刀 黒恋(リクレイトウ コクレン)が受け止めている。

 側に置いてあった自身の刀。

 鞘毎打ちつけ、黒恋は闇 花(ヤミ ハナ)の斬撃を弾いた。


「振り下ろされた刀に、意識を失った義彦。さっぱり状況がわからないけど、助けられたって事っぽいかな」


 黒恋の復活に、距離を取り後退る花。

 被さっている義彦静かに寝かせる黒恋。

 複雑な表情ながら、嬉しそうにも見える。


「私と同じ種類の霊装器みたいね。それも無理やり動かされてるっぽい?」


「え? 無理やり?」


「うん、根拠はないけど。意志を感じないかな」


 彼女の囁きを聞いてしまった愛菜。

 その言葉に、律儀に答える黒恋。


「義彦、無理し過ぎでしょ。馬鹿・・・。でも私も動けるのは短時間だけか。早めに終わらせないと」


 刀を抜いて、花と相対する黒恋。

 同時に踏み込む二人。

 二人とも右からの横薙ぎに刀を振るう。

 拮抗した威力に同時に弾かれる刀。

 二合、三合、四合。

 互角の打ち合いを演じる二人。


 同時に横薙ぎに放たれる五合目。

 刀と刀が触れ合うその瞬間。

 そこで始めて黒恋は、闇の霊気を刀に纏わせた。

 放たれた闇の霊気が、花の刀を大きく弾く。

 予想していなかった衝撃に体勢を崩した花。


 刀を振り抜かない。

 そのまま、方向を調整した黒恋。

 片手で刺突を繰り出した。


 弾かれた刀の衝撃。

 何とか振り切った花。

 不自然な体勢のままだ。

 左斜め下に振り下ろす。


 黒恋の刺突が花の体に吸い込まれる。

 抜刀していない方の刀と彼女の体を別つ。

 振り下ろされる花の刀の柄。

 同時に彼女の手毎押さえた。


 更に一歩前にでた黒恋。

 地面に転がった納刀されたままの刀。

 黒恋は意識を失なった花を抱き留めた。

 花を抱き留めている黒恋は気付いていない。

 意識を失った花から黒い靄のようなものが表出。

 転がっているもう一本の刀に吸い込まれる。


「霊装器として生きて来た過去が役に立つなんて、皮肉ね。それにしても、霊装器を操る霊装器か。正直過去を思い出して笑えないな。それで、いい加減正体を現したらどうなの?」


 納刀されたまま、転がっていた刀。

 そこから溢れた闇が人型をなしていく。

 現れたのは黒い軍服に身を包んだ男。

 年は三十前後見える。

 刀はいつの間にか腰に差されていた。


「同属に正体を見破られるか」


「ずっと昔に、同じように霊装器に操られた霊装器と戦った事があったからね。あの時と同じ感じがしてたから」


「なるほど。小娘と侮れぬな」


「それであなた何者? 霊装器なのに霊力以外にも何か混じっているようなんだけど? 肌感覚的に魔力よりは妖力って感じがするけどさ? 混じり合ってるというか何だろ?」


「ふむ。私が何者かと問うか?」


 冷静に対面しているように見える黒恋。

 だが、相手に尋常ならざる力を感じていた。

 微量にしか回復してない状態。

 逃げる事すらも難しいと考えている。


 すぐ近くにいる愛菜。

 ちらりと視線を向けた黒恋。

 彼女も相手の力を感じているようだ。

 恐怖を感じて、瞳が震えていた。


 少し離れた所で座り込んでいる悠斗。

 彼も苦い顔をしている。

 植物体を殲滅しているクラリッサ。

 彼女も気付いているようだ。

 時折視線を黒恋達に向け始めた。


「折角、義彦が回復してくれたけど無駄になりそうね」


 苦笑いの黒恋の呟き。


「私が何者かは然したる問題ではなかろう。お前達は今ここでその命脈を絶つのだから。だがその前に」

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