260.激痛-Stound-

1991年7月14日(日)PM:12:57 中央区精霊学園札幌校東通


「本当、どうしたものか?」


 俺が対峙している闇 花(ヤミ ハナ)。

 彼女は中々の強者だ。

 単純な力なら俺の方が上。

 だが、刀の腕なら、おそらく相手の方が上なんじゃないか?


 正直ほぼ互角に打ち合えているのは奇跡だと思っている。

 それでも、普段なら能力を併用して勝つ事も出来るだろう。

 消耗しているのもあるが、今の俺は集中し切れていない。


 傷口に走り続けている痛み。

 常に箸か何かで突っつかれているかのようだ。

 服の上からでも、血が滲んでいるのがわかる。


 悠斗と愛菜ちゃん、それに黒恋もいるようだ。

 しかし、正直気にしている余裕なんてない。

 何故あいつ等が一緒にいるのか、少し疑問ではある。

 だけど、正直考えてる余裕が無い。

 横目で見る限りは、黒恋は寝かされているようだ。


 あぁ、くそ。

 余計な事考えている場合じゃない。

 どうにかしてこいつを抜けて、山本を止めなければ。

 伽耶と沙耶も来てしまっている。

 時間を掛けるわけにもいかないのだが。


 無表情で動きを読み辛い。

 血の流しすぎなのだろうな。

 少しだけ立ち眩みもするし、貧血って奴か。


「うちには勝てない。諦めるなら、命までは取らない」


 抑揚も何もないな。

 まるで人形がしゃべってるような感覚に陥る。


「お前が取らなくても、山本が取らないとは限らないんじゃないのか? いや、むしろ俺を殺したくてうずうずしてると思うが」


「知らない」


 おいおい、なんだよそれ?

 まぁ、降参する気はない。

 だからいいんだけど。


 おそらく霊装器としての能力は、癒えない傷。

 近くにいればいる程、悪化するって所なのかもしれないな。

 アイラ・セシル・ブリザードとクラリッサ・ティッタリントン。

 二人も責めあぐねているようだ。

 彼女の相手は俺が続けるしかないんだろうな。


「よーしーひーこー! こーくーれーんーちゃーんーがー!」


 黒恋が何だよ?

 あ、そういえば誰かと戦闘中とか聞いたような。

 寝ているって事は、霊力の消耗のし過ぎか?

 補充用のクリスタルは多めに渡してあるはずだが?

 じじぃがくすねてる?

 いや、何の為に?


 じじぃは今日は何処か出掛けた様だ。

 でも、所長がいるはず。

 まさか、説明する間もなく消耗して倒れた?

 クリスタルの事を知ってる人間も近くにはいなかった?

 だから寝かされているのか?


 もし、そうならばやばいな。

 くそ、どうする?

 倒れたのがいつかわからない。

 だが、そんなに猶予はないはず。


 しかし、こいつがいかせてくれるのか?

 やるしかないよな。

 俺は悠斗の元へ向かうと思ってる。

 そのはず、その裏をかく。


「風の刃を喰らえ!」


 横薙ぎに風の刃を放った三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)。

 即座に体を反転させた。

 桐原 悠斗(キリハラ ユウト)達のいる方。

 ではなく、木々の密集している方へ飛んだ。


 単純な直線距離だけを考慮すれば悠斗達に近いのは花。

 義彦は花を突破しなければ辿り着けない。

 真っ直ぐ向かえば妨害されるだろう。

 それだけは目に見えている。


 今の義彦は花を退ける。

 もしくは行動不能にする方策が浮かばない。

 今の自分では倒せないと考えていた。


 倒せないならば、別の方法を取るしかない。

 相手の思いもよらない行動を選択。

 隙を突くしかないと考えた義彦。

 彼は集中力の切れかけている頭で考えたのだ。


 予想しない方向に向かえば、当然追って来るだろう。

 追って来た所を、至近距離で反転。

 風の刃を、花目掛けて悠斗よりに放つ。

 そうすれば、普通に考えれば、移動の少ない方に回避。

 悠斗達のいる場所とは反対側に一旦退避するだろう。

 その間に、風の力で無理やりぶっ飛ぶ。


 怪我も無く、消耗もしていない状態。

 もしそうならば、別の方法を考えたのかもしれない。

 また、相手はある程度、義彦の手の内を聞いている。

 だが、義彦は花の手の内をほとんど知らない。

 情報量の差も、彼の判断を狂わせる要因となった。


 義彦の予想を裏切った花。

 微動だにせず、ただ刀を一閃。

 消耗している状態で放たれた風の刃。

 あっさりと掻き消された。


 直後、花の手にある刀が、数秒妖しく煌く。

 彼女に以前つけられた義彦の傷口。

 一気に電撃のように激痛が走った。


 己の風の力で飛び上がっていた義彦。

 激痛の余り、なけなしの集中力が途切れる。

 方向転換の為に放つつもりだった風を維持出来なくなった。

 痛みに意識が途切れそうになり、体を動かす事も出来ない。

 そのまま、墜落するかのように森の中に消え去る。


 重力に引かれ、枝を圧し折り落下していく義彦。

 受身を取る事も出来ないまま、大地に衝突。

 頭部を地上に出ていた木の根に打ちつけた。

 その為、痛みに逆に意識は失わずにすんだ。

 だが、代償として軽い脳震盪を起こしている。

 動くのもままならない状態になった。


 痛みに叫びそうなのを耐える。

 無理やりに体を起こした。

 眼鏡は落下の衝撃により頭から外れている。

 レンズは罅割れ、フレームも歪んでいた。


 霞む視線のまま、周囲を見渡す。

 手離してしまった刀。

 近くの別の木の根元に斜めに突き刺さっていた。

 ぼんやりとした映像のまま、何とか刀を見つけた義彦。


「ウチが倒す」


 上空から聞こえて来た花の感情の無い声。

 何とか転がりながらも躱す事に成功した義彦。

 そのまま刀の側まで移動し、抜き放つ。

 再び振るわれた花の横薙ぎ。

 何とか防いだ。

 しかし、力の入らない体では踏み止まれない。

 よろめき、木の根に足を取らせそうになる。


 防戦一方のまま、何とか相手の刀撃に対処した。

 致命的な一撃は避けている。

 だが、いくつかの斬り傷が増えていた。

 徐々に流れていく血液。

 凝固する気配も無い。


 花の刀が義彦に向けて、真っ直ぐ構えられる。

 ぼんやりと見える姿から、突き技が来ると理解はした。

 しかし、思考に置いて行かれ、重く動きの遅い体。


 結局突きが繰り出される事はなかった。

 退避行動に移った花。

 彼女のいた場所を横切る土の槍。


「義彦、黒恋ちゃんが霊力の消耗でやばい」


 聞こえて来た悠斗の声。


「ここは僕が時間を稼ぐから」


 大地に右の手の平を密着させている悠斗。

 いくつもの土の槍を繰り出す。

 しかし、花を捉える事は出来なかった。

 周囲の木々に突き刺さる。

 限界近い義彦。

 深く考える事もなく行動した。


「森を抜けると時間がかかるな。悠斗、黒恋がいる方向はどっちだ?」


「たぶん、南西の方向」


「わかった。体よ持ってくれよ」


 悠斗も義彦がふらふらなのは理解している。

 それでも、義彦にしか無理だ。

 そう言われてる以上、他にどうしようもないのだ。


「邪魔しないで」


 抑揚も感情も無い声が聞こえた。

 それでも悠斗は土の槍を繰り出す。

 彼も既に限界が近づいていた。

 辛うじて槍の形状を損なっていない。

 そんな形成具合だ。


 突如吹き荒れる風。

 同時に真っ直ぐ上に飛んだ義彦。

 頭の上で両手をクロスさせている。

 義彦を追おうとした花だった。

 だが、放たれて木に突き刺さっていた土の槍。

 その上を走ってきた悠斗に妨害される。

 追撃する事が出来なかった。


 両手に衝突する枝。

 上昇力を利用して無理やり突破する義彦。

 彼の前腕にはいくつかの生傷が出来ていた。


 降り注ぐ陽の光。

 森の上空に抜け出した事を理解。

 自身の体に掛かる負荷を無視。

 横方向に風の力を行使する義彦。


 既に集中力は無きに等しい。

 威力の調節も覚束なかった。

 勢いのまま、森の上空を抜ける。

 ぼんやりと誰かが寝かされている姿を確認。


 制御の覚束ない状態。

 着地の衝撃を和らげる事も出来なかった。

 寝かされている陸霊刀 黒恋(リクレイトウ コクレン)。

 彼女の側にいる中里 愛菜(ナカサト マナ)。


 二人の手前で、着地に失敗し転がっていく義彦。

 クラリッサは再び現れた植物体と交戦中だ。

 突然の義彦の登場に驚きに目を見開いた。


 ぼろぼろになりながら何とか立ち上がった義彦。

 背後に迫る花の刺突には気付いていない。

 更にその背後には、近付いてくる悠斗。

 右手を触れたまま、大地を橋のように伸ばし続けている。


 移動する速度は悠斗の方が速かった。

 花の刺突が義彦に突き刺さる。

 その寸前、悠斗が彼女に体当たりを敢行。

 花を吹き飛ばした。


 一連の出来事に、驚愕していた愛菜だった。

 だが、悠斗の行動をを無駄にしてはならない。

 そう考え直し、自分に出来る事をと動いた。


「三井さん、こっちです」


 愛菜が義彦の右手を掴み、黒恋まで連れて行く。

 彼女の側で屈んだ義彦。

 吹き飛ばされた花だった。

 しかし、空中で体制を建て直し着地、即座に走り出す。

 義彦に刀を振り下ろそうと飛び込む花。


 彼女の動きに気付いている悠斗。

 だが、彼も既に限界を越えている。

 動く事もままならなかった。


 黒恋の右手を掴む義彦。

 触れている黒恋の右手。

 そこを中心に仄かに黒光りし出した。

 振り下ろされる花の一撃。

 愛菜の展開した光の盾を斬り裂いた。

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