087.逆怨-Enmity-

1991年6月7日(金)PM:19:37 中央区西二十五丁目通


「山本、いやもう何を言っても無駄か!」


 鋭い針のような蔓状の植物。

 いくつも生み出し、義彦に向わせる山本。

 しかし、一つも義彦に届く事はない。

 細切れに切り裂かれただけだった。


 見えざる刃。

 山本にも、いくつかの斬り傷をつくりだしている。

 義彦は、山本の目の前にいた。

 何事もなかったかのように歩いたのだ。


 その動きに驚愕した山本。

 反撃の糸口を考える。

 しかし、そこからは山本は一切抵抗する事が出来なかった。

 義彦の拳や蹴りを、何発も打ち込まれて吹き飛んだ。


 息はあるものの、彼はあっという間に意識を手放す。

 コンクリートの地面に倒れこんでいた。

 そんな彼に一瞥をくれる事もない。

 沙耶達の側に戻って来た義彦。


 緊張の糸が解けたのだろう。

 沙耶はその場で泣き始めてしまった。

 一瞬どうするべきか躊躇した義彦。

 彼は沙耶を抱きしめ、慰め始めた。


「無事で良かった」


「怖かった・・・とても怖かった・・・」


 一度泣き止んだ沙耶。

 そう言って再び泣き始めてしまう。

 そんな沙耶を抱きしめたままの義彦。

 あやす様に、背中を何度も擦る。


 二人を微笑ましく見ている伽耶。

 無意識に、悠斗の腕にしがみついていた。


 どれぐらいそのままだったのだろうか。

 伽耶を優しく振りほどいた悠斗。

 山本の方に歩いていく。


 かすかに意識を取り戻した山本。

 何かをしようと、動こうとしていた。


「無粋な奴だな。もっかい眠ってろ」


 悠斗の拳が炸裂。

 山本は再び意識を手放すのだった。

 その側まで来ていた伽耶。

 悠斗の肩に頭を乗せて来る。


「いつの間に三井君と仲良くなってたの?」


 そう言う彼女も、少し安堵しているようだ。

 沙耶が大分落ち着いた所で、義彦は悠斗の方を振り向いた。


「悠斗、二人をゆっくりでいいから研究所まで連れ戻ってくれ」


「義彦は?」


「そこで意識を失ってる山本を先に連れて行く」


 彼は山本を肩に担ぎ上げて、歩き出した。


「了解」


 歩く彼の背後からそう声をかけた悠斗。

 伽耶の手を握り、沙耶さんの側へ歩いた。


「沙耶さん、大丈夫ですか? 歩けます?」


 そう言いながら、悠斗は沙耶に手を差し伸べた。


「悠斗君、ありがとう」


 沙耶は泣き腫らした後の顔のまま少し照れている。

 彼の行為に甘えて、その手を掴み、ゆっくりと立ち上がる。

 そうして三人は、義彦に遅れて研究所の方に歩き出した。


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1991年6月7日(金)PM:20:56 中央区特殊能力研究所地下二階


 うっすらとした暗がりの中。

 天井には等間隔に微かに光る白熱灯。

 廊下の両側には鉄のような光沢。

 鉄格子が並んでいる。


 通常の牢屋と違う点がある。

 それは、それぞれの檻の外側、天井と床だ。

 様々な図形と、記号からなる魔方陣が描かれている。


 ここは、滅多な事では使われることのない施設。

 研究所の地下二階に存在している。


 その中の牢屋の一つに座っている少年。

 牢屋の隅で、レンズにひびの入った眼鏡をかけている。

 その瞳は血走っていた。


 奇妙な形でつりあがっている口。

 時たま、嘲笑ともとれる笑い声がもれていた。


 ここに閉じ込められている彼。

 今何を思い何を考えているのだろう?

 その思考に浮かぶのは、罪の意識か罰の意識か。


 瞳に宿る、暗い揺らめき。

 そこから感じられる感情。

 それは、憤怒や憎悪、嫉妬といった負の感情だろう。

 それでは彼は何故、そのような感情を発露させているのだろうか。


 恋をするという事。

 正常に発露すれば、結果がどう転んだとしても、成長の糧になるだろう。

 もしその恋する気持ち。

 それが、異常な形で発露してしまった場合は、どうなるだろうか?


 外的要因と内的要因。

 その時の精神状態。

 相手との関係。


 様々な要素が複雑に絡み合い、中々うまくいかない事もある。

 障害を何とか取り除いて想い人と添い遂げる。

 なんていうのは、実際には一握りだけなのかもしれない。


 一人の少女に恋慕した彼。

 自分自身に自信を持っていた。

 しかし、少女は自分よりも、別の男に恋慕しているのではないか?

 そう感じてしまっている。


 それが彼の勘違いなのか?

 事実なのか?

 そこは問題ではなかったのだろう。


 人間とは不思議なものだ。

 一度こうだと思ってしまう。

 すると、中々その考えを否定する事は出来ない。


 真実なのかどうなのか。

 問題ではなくなってしまう。


 固定観念により、一度捕らわれてしまった者。

 もちろん個人差はある。

 それでも、外部の意見を省みない事が多い。


 問題としての大小はある。

 しかし、誰しも経験した事があるだろう。


 それでは、彼の場合はどうだったのだろうか?

 なまじ普通の人間にはない力を持ってしまっていた。

 全ての原因がそこではない。


 しかし、根拠の無い絶対の自信。

 その要因の一つではあっただろう。


 ではもし、その絶対の自信という奴。

 それが徐々に歪み始めた時、人間はどうなるだろうか?

 性格にもよるだろうし、その時の状況にもよるかもしれない。


 もしかしたら彼と彼女。

 そしてこの少年。

 別の形で出逢っていた。

 そうであれば、また違う結果になっていたのかもしれない。


 牢屋にいる少年。

 彼はこの先どうなるのだろうか?

 そしてどんな結末を残していくのだろうか?


 おそらくそれは、彼自身がわからない事。

 しかし、一度狂いはじめてしまった少年。

 彼はもう戻れない可能性が高いだろう。


「俺は、お・・俺は・・・何故あんな奴に・・・負けたのだ?」


 俺はこの力があれば、誰にも負けないと思っていた。

 ナルシストとまでは思わない。

 が、自分自身の容姿にもそれなりに自信がある。


 女の子の扱い。

 それだって、あんな奴よりはうまく出来ると思っている。

 しかし、デートの誘いを断られ続けた。

 奴との勝負も、二度とも敗北した。


 認めたくはない!?

 だが認めるしかない!!

 いや認めよう。


 今の俺では、正面からぶつかりあえば、何度やっても勝てない。

 ならばどうするか。

 勝つ為にはどうするべきか。

 あの娘も、俺が奴に勝てば振り向いてくれる。

 いや振り向くべきだ。


 力だけではなく、技術も必要なのかもしれない。

 その為には、まずはここから出るのだ。

 何としても出なければならない。


 そもそも、ここは何処なのだろうか?

 何処かの地下なんだろうとは思う。


 確かあの男に殴られ、そこで意識を失った。

 いや、その後一度目覚めたんだったな。

 だが別の奴に殴られた気がする。

 そうだ、別の奴に殴られて、再び意識を手放したんだ。


 あれからどれぐらい、時間が経過しているのだろうか?

 俺は簡易ベッドで寝かされていた。

 気付けばこの隅で座っていたな。


 たぶん、あの二人の死体は見つかっているんだろう。

 何で死体を隠そうとか考えなかったんだろうか?

 今更そんな事を考えてもどうしようもないか。


 簡易ベッドと簡易トイレか。

 これじゃまるで牢屋みたいだな。

 そういえば、誰かに聞いたっけ。

 研究所の地下には能力者用の牢屋があるって。

 もしかしたらここがそうなのかもしれない。


 鉄格子は金属製のようだ。

 だが、ただの鉄じゃなさそうだ。

 ここからじゃ暗くて良く見えない。


 まだ少し体がだるいし、頭も重いが近づいてみるか。

 俺の足音以外、何も音がしないな。

 ここには俺しかいないのかもしれない。


 天井と床に魔方陣のようなものがあるな。

 何なのかよくわからない。

 けど、力が全く使えないのはこの魔方陣の影響なのか?

 くそ、体が重いせいか歩くのもちょっと辛い。


 前に聞いた話しから考えれば、俺を今すぐどうにかする。

 って事はないと思う。


 ちっ、頭が重いせいなのか考えがまとまらない。

 駄目だ、体が重すぎる・・・。

 もう一眠りしよう・・・それからどうするか考えよう。


 何としてもあいつを殺して、あの娘を手に入れるんだ。

 その為には今は、一先ず休む事にしよう。


 簡易ベッドに体を預けた俺。

 あの娘のあられもない姿を想い浮かべている。

 気付けば眠りに落ちていた。

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