086.歪恋-Crooked-

1991年6月6日(木)PM:19:15 中央区環状通


 俺はあの男が許せない、許せない、許せない!!

 殺してやる、殺してやる、殺してやる!!

 二人も少女を侍らせている。

 そのくせに、あの娘にも手を出している。

 そんな事、許せるはずが無い。


 歩いてくるあの男と、二人の女が見えた。

 楽しそうに嬉しそうに、微笑んでいやがる。

 今の俺の姿が滑稽に見えて、笑ってやがるんだろ。


 絶対殺してやる。

 どんな手を使ってでも殺してやる。


「吹雪、柚香、違う道から先に帰ってろ」


「義彦兄様、でも・・・?」


「義彦さん、どうするつもりなんですか?」


「あの阿呆の性根を叩き直してやる。それにあの目は何かやばい気がする。お前達にも危害を加えかねない。だから念の為だ」


 なんだ、俺に勝つ自信がないんじゃないか?

 情けない男なんじゃないのか?

 そんな男なんだ、沙耶ちゃんは騙されているんだよ。


 先手必勝だ!!

 俺の足元。

 コンクリートを突き破って現れた蔓。

 これだけたくさんだ。


 あの男に向っていけ。

 手加減なんていらない。

 ずたずたに切り裂いてやる!!


 えっ???

 何で蔓が、ずたずた?

 切り裂かれていくんだ?

 蔓が切り裂かれる?

 それは蔓じゃなくて、あの男の方だろ。


「そんなんだから嫌な顔されるんだよ。先輩!」


 気付けば、あの男が俺の目の前に立っていた。

 何をされているのかさっぱりわからない。

 蔓は無様に切り裂かれて、地面に転がっていた。


 次に気付いた時には、空が見えていた。

 俺は地面に倒れているのか?


 すぐ側にあいつが立っている。

 この距離なら、いくらあいつでも防げないだろ。

 俺は立ち上がってあいつを睨み付けた。

 蔓を一本にまとめながら、突っ込ませる。


 今度こそ、やった!!

 そう思ったのはほんの一瞬。

 一本の巨大な蔓。

 縦に、横に、斜めに、一瞬で細切れに裁断されていた。

 気付けばまた奴に殴られている。

 眼鏡も吹き飛んでいた。


「山本先輩、あんた何考えてるんだ? もう少しまともな奴だと思ってたけど、見損なったよ」


 俺の意識はそこで途切れた。

 次に目覚めた時には、毎日見ている天井が視界に入る。

 何がどうなって、どの位眠っていたんだろう?

 少し体が重いし頭もくらくらする。


 そうだ、俺はあんな奴に負けたって事なのか?

 有り得ない、認めるわけにはいかない。

 それじゃ、あいつに勝つにはどうすればいいんだ?


 そうだ、勝つ必要なんてないじゃないか。

 あの娘をどんな手を使ってでも、俺のものにすればいい。

 俺だけのものにすればいいのだから!


 とりあえずアレを飲まなきゃ。

 アレを、薬を飲めば気持ちが高ぶる。

 瓶は何処だったか?


 体を起した俺。

 机にあるアレを口にいれて噛み砕いた。

 その後、階段を降りて居間に移動。


 母親と父親が煩く何か言ってる。

 余りにも煩い。

 なので俺は、二人を黙らせる事にした。


 刃の様な蔓。

 二人を何度も何度も刺して刺して刺しまくる。

 そして静かになった。

 俺の両手に握られた刃のような蔓。

 とてもとてもとても綺麗な赤色にまみれていた。


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1991年6月7日(金)PM:19:30 中央区西二十五丁目通


 いつも通りの道を歩く、制服姿の双子の少女。

 彼女達の道の先に待ち構えている男。

 彼の存在を知らないままだ。


 その男の存在に気付いた二人。

 双子の少女の表情には、かすかな驚きがあった。


「山本・・・さん」


 白紙 沙耶(シラカミ サヤ)の顔は心なしか固い。

 笑顔も少し引きつっている。


「沙耶ちゃん、俺の物になれ!!」


「えっ!? も・もの? 私は物じゃありません。お・お断りします!」


「何故だ!? この俺と付き合えるんだぞっ!!」


「な・何を言っているんですか?」


「俺が好きだっていってるんだ。それを断るなんてどうかしてるぞ!」


「どうかしてるのは山本さんじゃないですか?」


「俺はどうかしてない!!」


「どうかしてます。前はもっと理知的な感じはしてましたけど、今は正直怖いです」


 普段は優しい声音で控えめな沙耶。

 しかし、この時ばかりは普段よりも声量が大きい。

 冷たく言い放っていた。


 珍しく口を挟まず会話を聞いていた白紙 伽耶(シラカミ カヤ)。

 山本 雄也(ヤマモト ユウヤ)の一方的な言い方。

 激昂しそうなのを、抑えるので精一杯だった。


「山本、いい加減にしろ!! 沙耶もこの一方的な男にはっきり言ってやった方いいよ!」


 我慢の限界だったのだろう。

 堪忍袋の尾が切れたという奴だ。

 むしろ、普段の彼女からすれば、ここまで我慢していた。

 それこそが驚嘆に値するのかもしれない。


 普段の五割り増し。

 それ以上の、怒りの篭った声の伽耶。


「そうだね。伽耶の言うとおりかもしれない」


 普段なら伽耶を諌める役の沙耶。

 内心では同じような感情だったのだろう。

 この時ばかりは、伽耶を諌める事は一切なかった。


 一歩前にでた沙耶。

 珍しく、山本を冷たい眼差しで睨む。


「お断りします。正直迷惑ですので、私を個人的に誘うのもやめてください!」


 彼女の言葉を聞いた山本。

 一瞬、衝撃を受けたような表情になる。

 そして無言になった。


 怪訝そうな伽耶と沙耶。

 一応、山本の発言を待ってみる。

 沈黙を続ける山本。


 一分も経過してはいなかったと思う。

 山本の表情が突然豹変。

 その憤怒の表情。

 伽耶と沙耶は、若干の恐怖を感じてしまった。


「そんなにあの男がいいのかっ!!」


 その絶叫とも怒声とも取れる言葉。

 反応するかのように現れた存在。

 彼の足元のコンクリートを突き破って現れた、たくさんの蔓。

 獲物を見つけたかのように、伽耶と沙耶を襲撃する。


 その動きに即座に反応を示した二人。

 伽耶はその手に炎の剣、沙耶はその手に水の剣を練成。

 蔓をどんどん斬り裂いていく。

 しかし余りにも蔓は多かった。

 剣一本では防ぎきれなかったのだ。


 伽耶はコンクリートの地面に蔓で絡め取られた。

 その上で、押さえつけられてしまう。


 同じく蔓に絡め取られた沙耶。

 コンクリートの壁を背にしていた。

 少し足を開いた、犬座りのような格好になっている。


 沙耶を見つめる彼の顔。

 憤怒からいやらしい微笑みに変わった。

 その表情の変化。

 まるで、背中に氷の塊でも入れられた。

 本当に淹れられたかのような寒気に襲われる沙耶。


「や・山本さん、や・やめてください。こんな事を・・しても私はあなたの気持ちには答えられません」


「ふーん、そうなんだ。そんなにあの男の方がいいんだ。でもそんな事を言っていられるのもいまのうちだよ。これから君を俺から離れられなくしてあげるから。すぐに気持ちよくしてあげるよ」


 彼がこれからしようとしている事。

 何となく理解し、恐怖の表情に駆られる沙耶。


 山本の手が徐々に沙耶に伸びてゆく。

 もう少しで、その胸に到達しようとした。

 その瞬間に吹き飛ばされた山本。


 沙耶の目の前には三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)。

 その後しばらくして、桐原 悠斗(キリハラ ユウト)もその場に現れた。


 義彦は、沙耶を抱きかかえるように支える。

 その直後、伽耶と沙耶を拘束していた蔓が砕け散る。

 義彦のエレメントで、粉々に斬り裂かれたのだ。


「また、邪魔をするのか!!!!!」


 怒りの形相で、義彦を睨み付ける山本。

 義彦は泣きそうな沙耶を、ゆっくりと地面に下ろし座らせた。


「よ・・・義彦さん?」


 震える声の沙耶。

 頭を撫でた彼は、優しく微笑む。


「無事で良かった」


「三井!!!!」


「義彦、彼がお怒りですよ」


「そうだな。悠斗、付き合わせて悪かったな」


「・・・今更何を言ってるんですか」


「あの・・・ゆ・・悠斗君ありがと」


 伽耶は少し照れながらそう呟いた。


「山本、昨日の事は見逃したが、今日の事は見逃すわけにはいかないぞ」


「三井!! 殺してやる!! 殺してやる!! 絶対殺してやる!!」


 血走った瞳で、義彦を睨み続ける山本。

 そこには、理知的だった面影は何処にもない。

 口から血を流したまま、吹き飛んだ眼鏡を拾って掛け直した。


「沙耶、直ぐ終わるからちょっと待ってろ」


 義彦の言葉に、涙目になりながらも沙耶は頷いた。


「昨日みたいに行くと思うなよっ!!」


 山本の言葉にも、気にした様子のない義彦。


「一応聞きますけど、手助けはいります?」


「いや、いらない。伽耶と沙耶に被害がいかないように守ってくれ」


「了解」


 伽耶をゆっくりと立たせた悠斗。

 沙耶の側まで移動。

 二人を守るように前面に立った。

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