088.利用-Utilization-

1991年6月7日(金)PM:22:43 中央区特殊能力研究所五階


 ソファーに座っている男性。

 白衣姿で、黒髪眼鏡、何処か理知的だ。


 対面するかのように座っている女性。

 銀灰色のレディーススーツに身を包み、スレンダーだ。

 茶色の髪の彼女。

 眉間には皺がよっており、難しい顔をしている。


「まさか山本君がこんな事件を起こすとはな」


 苦虫を噛み潰した表情の古川 美咲(フルカワ ミサキ)。

 コーヒーカップのコーヒーを一口飲んだ。


 対面の白衣の男。

 厳しい表情のまま無言でいる。


 ノックもせずに扉を開けて入ってきた少年。

 浅黒い肌で眼鏡。

 律儀に後ろ手で扉を閉める。


「とりあえず、眠った。一応彩耶さんが見てるけど」


 ひとまずの報告をした少年。

 そのまま、白衣の男、白紙 元魏(シラカミ モトギ)の隣に座った。

 少年の表情も、他の二人と同じように険しい顔だ。

 そのまましばらく無言の三人。


「義彦、コーヒーでいいか?」


 立ち上がった古川のウェーブの髪が揺れる。

 義彦と呼ばれた少年。

 考え事でもしていたのだろう。

 直ぐには反応を返さなかった。


 彼の隣の元魏。

 コーヒーカップを口に近づけて一口飲んだ。


「あぁ、飲む」


 少しの間を置いて答えた少年。

 腕を組み上を向いた。


 予備のコーヒーカップ。

 インスタントコーヒーの粉を適当に入れる古川。

 ポッドからお湯を注いだ。


 本人に聞くことはない。

 砂糖を二杯いれてからスプーンで掻き混ぜた。

 彼のコーヒーの好みを熟知しているのだろう。


 少年の前にコーヒーカップを置いた古川。

 再び元の場所に座った。


「詳細は報告待ちだが、山本は昨日お前との一悶着後に帰宅。両親を殺害し、今日の暴挙に至ったようだな。問題は何故突然そんな事をしたのかが謎、という事だ。沙耶ちゃんに恋慕して感情的になっていたとしても、何の外的要因も無く暴走するのは考えにくい」


「確かに所長の言う通り、何か外的要因があると思うが、仮に有ったとしても、直ぐにはわからないでしょうな」


 元魏は足を組んだ後に、コーヒーを再び飲んだ。

 三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)はそこで瞼を閉じる。

 何かを思い出すようにしている、ようにも見えた。

 しばらくそうしてた彼。

 瞼を持ち上げると、古川に顔を向けた。


「前からそうなのかはわからないが、沙耶を何度もデートに誘おうとはしていたな。後は前から少しそうだったが、俺に対しての敵愾心が、最近はかなり強くなってたと思う」


「仮にそうだったとしても、行動が唐突過ぎる気もする。彼は決して馬鹿ではなかった。その後の結果を理解してないわけはないだろう」


 義彦に顔を向けた元魏。

 話しをぶった切るかのように立ち上がる。


「義彦君、娘達を助けてくれてありがとう」


 義彦に、元魏は頭を下げた。


「元魏さん、礼なんてする必要はない。俺は自分の仕事をしただけだ」


「それでも伽耶も沙耶も無事だったんだ。父親としてお礼を言わせてくれ。本当にありがとう」


「それなら悠斗にも礼を言うんだな」


「そうだな。彼は?」


「たぶん彩耶さんと一緒に、伽耶と沙耶の側にいると思うぞ」


「そうか。どちらにしても調査結果待ちだろうし、家族の所にいって来るよ」


 頭を上げ、コーヒーを一気に飲み干した元魏。


「そうだな。確かに調査待ちだな」


 部屋を出て行く元魏に視線を送った義彦。

 古川はコーヒーカップを持ちながら、窓から外を眺めている。

 元魏がいなくなり二人だけになった部屋。

 静寂が訪れる。


「なぁ、義彦」


「ん?」


「お前は誰を選ぶつもりなんだ?」


「え? 誰? 選ぶ?」


「何をとぼけてる?」


「いや? え? とぼけてないし? 何? 何の話し?」


 義彦は、古川が何を言っているのか、理解出来なかった。


「色男の上に鈍感って最悪だな」


 その言葉にやっと理解したのだろう。


「その誰が、誰の事を言っているのかまではわからないが、好意は正直嬉しいけど。今のところ誰を選ぶとか、そんな気はないぞ。そもそもそんな事・・・いや何でもない」


 窓を向いたままの古川の表情はわからない。


「・・・そうか」


 平静を装っているように見える。

 しかし、予想外の質問に喉が渇いたのだろう。

 義彦はゴクゴクとコーヒーを一気に飲み干した。


 窓を見ながら、その音に気付いた古川。

 少しだけ微笑んで、横目で彼を見ている。

 しかし、内心で動揺していたであろう義彦。

 彼はその視線には気付かなかった。


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1991年6月8日(土)PM:16:15 中央区大通公園八丁目


 芝生で子供と遊んでいる夫婦。

 備え付けの長椅子で、楽しそうに話しをしている年配のカップル。

 手を繋ぎながら、ゆっくりと歩いている制服姿の少年と少女。

 土曜日と言う事もあり、少なくない人達がその場で時間を過ごしていた。


「沙耶、ケーキはどれがうまかった?」


 比較的年少の集団から、そんな声が聞こえた。

 私服だったり制服だったり。

 別々の学校なのだろう。

 制服にも統一性はない。


 何よりも、少年が二人に対して、女性陣が倍以上多いようだ。

 沙耶と呼ばれた少女。

 隣の制服姿の少年に微笑んでいた。

 少年はスポーツ刈りに眼鏡で、一見怖そうに見える。


「・・・そうですね。どれも美味しかったですけど、シフォンケーキかな? ふんわり生地に白桃がサンドされてて」


 楽しい話しのはずなのだ。

 が、彼女の微笑みの表情には陰りが見えた。

 意識しているのか無意識なのかは不明。

 少年の左手の裾を、摘んでいるのが微笑ましい。


「沙耶ちゃんだけ独り占めずるいよ!」


 後ろで別の少年と会話をしていた銀髪の少女。

 彼女が走りよってきた。

 そのまま、眼鏡の少年の空いている右手に抱きつく。

 少年は少しよろめきながら、拒む事はなかった。

 だが、若干歩きにくそうにしている。


 後ろで別の少年と、同じように話しをしていた少女。

 白紙 沙耶(シラカミ サヤ)とそっくりな顔。

 彼女は微笑を浮かべている。


「吹雪は何が一番だった?」


 腕に抱きついてきた銀髪の少女に顔を向けた。


「そうですね? 私は、どらやきが可愛かったです!」


 その答えに怪訝な表情をしてしまう少年。


「か・可愛い? いや・・そうじゃなくて・・・」


「どらやき可愛くて美味しかったですよーだ!」


 そう言うと、銀髪の少女は何故か脹れてしまった。

 二人の様子を見て、沙耶はくすくすと笑っている。

 逆に少年は、苦笑いを浮かべる事しか出来なかった。


「義彦さんは、どれが美味しかったですか?」


「俺か? そうだなぁ?」


 少し思案するように微かに眉を寄せている。

 沙耶と銀斉 吹雪(ギンザイ フブキ)はその答えを待っているようだ。

 少年に微笑みかけていた。


 その間も、銀髪が珍しいのだろう。

 吹雪に視線を向ける人達が何人かいる。

 気付いているのか気付いていないのかはわからない。

 しかし本人は、何処吹く風といった感じだ。


「コーヒー豆っぽい、チョコレートがのっかってた奴とストロベリー、ブルーベリー、ラズベリーがのってた奴と迷うなぁ?」


「というか義彦兄様、案外甘いもの好きだったりするんですね。知りませんでした」


「悠斗君より食べてましたよね」


「あぁまぁ、甘いもの好きだよ。それもかなり」


 彼等三人と一緒に食べてきたのだろうか?

 その後ろを歩いている九人も、話しに徐々に混じり始める。

 総勢十二人で、ケーキ談義で盛り上がっていった。


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1991年6月8日(土)PM:18:33 中央区大通公園一丁目


 白っぽく透過している、円柱状の巨大な結晶の塊。

 高さは五メートルはあるだろう。

 横幅は縦幅の五倍以上、二十五メートルはくだらない。


 そして巨大な結晶の中心。

 まるで閉じ込められているかのようだ。

 純白の衣に包まれている白い肌の少女。

 直毛の白銀の髪、少し俯いている顔は瞼が閉じられている。

 彼女は生きているのだろうか?


「イースフィリア。まさかこのような形で、利用されるとは思ってはいなかったであろうな」


 角刈りのきりっとした目付きの男。

 結晶の中心部を睨んでいた。

 身長は百六十センチぐらいだろうか?

 巨大な結晶の前にいる為、その身長は余計に低く見える。

 彼の表情は恍惚と狂気に彩られていた。


「吸い続けているだけに、凄まじい魔力の波だ。さすがだな。これだけあれば第一段階どころか最終段階まで行けるのではないか?」


 凶悪な顔で笑うその男。

 目の前にある結晶に、両の手の平を軽く触れた。


 不思議な事に、触れた場所から徐々に何かが進んでいく。

 手を触れているその先の部分。

 そこだけが、微かに濁ったかのように色合いが濃くなっていった。

 結晶と交じり合っているからだろうか。

 何かの本来の形状は判別が出来ない。


 しばらくそのまま。

 何が起きるわけでもない。

 時間だけが過ぎていく。


 何かはどうやら、イースフィリアと呼ばれた少女に触れたのだろう。

 彼女のこめかみあたり。

 白銀の髪がほんの僅かに凹んだ。

 どれぐらいそうしていたのだろうか?

 その間も、結晶に閉じ込められている少女は、瞼一つ動かす事はなかった。


「さすがにもうほとんど残っていない様子だな」


 進んだ時と同じようだ。

 濁りのような何かが、戻って来ている様子。


 再び幾許かの時間が経過。

 何かの濁りは完全に消え去った。

 元の白っぽい透過している状態に戻る。


 満足したのだろう。

 男は反転し歩き出す。

 振り返る事もなく、少女とは反対側の暗闇へ消え去っていった。

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