089.印象-Impression-

1991年6月8日(土)PM:17:13 中央区西二十丁目通


 少しずつ太陽の日差しを覆っていく雲の流れ。

 かすかに流れる風が、髪を揺らしていく。

 並んで歩く制服の少年と少女。

 同時に空を見上げた。


 第一ボタンをあけたまま、黒の学ランを来ている少年。

 隣の少女は紺青のブレザー、ワンポイントに首元にはリボン。

 同時に空を見上げた事で、思わず二人は笑ってしまった。


「まさかの同じタイミングだったね」


「そうだね。ちょっとだけびっくり」


 そう言って、少年は隣の少女に優しく微笑みかける。


「でもまさか、三井さんが、あんなおいしいケーキ屋さん知ってるとは思わなかった」


「傍目にはちょっと近寄りがたいしなあ。あの顔でケーキ食べてるのってなんか不思議だったな」


「ゆーと君、その言い方はひどいよ」


 そんな事を言いながらも、少女もクスクスと笑っている。


「今頃、愛菜のせいでくしゃみしてるかもな」


「ひどーい! ゆーと君、同罪だよ。ど・う・ざ・い!」


 僕達はまた顔を見合わせて笑った。

 ふと正面へ視線を戻した僕は、少し離れた所にいる一団に気付く。

 どこかで見た事あるような顔も、混じっている気がした。


 あぁ、確か一年上の先輩。

 前に僕達に突っかかってきた人だ。

 記憶が確かなら、二年の不良軍団。

 そのリーダーみたいなのだっけ?


 あの時は、まさと二人で追い払ったんだっけな。

 学校で絡んで来る事はない。

 けど、あの時も外で偶然出会ったんだよな。

 あの後も、学校外では何度か遭遇した。

 でも絡んで来る事はなかったから大丈夫だろ。


「ゆーと君・・・あの人・・・」


「大丈夫だよ。気にしないで通り過ぎよ」


「う・うん」


 そう言いながらも愛菜は不安そうだな。

 ちょっと恥ずかしいけど、手を握ってあげよう。

 軽く握り返してみたら握り返してきた。


 あの時は僕とまさの二人に対して、向こうは十二人だったな。

 八人か、仮に絡んできても何とかなりそうか。


 すれ違う寸前に僕は、空いている手の方を先輩に掴まれた。

 反射的にその手を払いのける。

 先輩と睨み合う形になった。


「先輩、何か御用ですか?」


「あいかわらず、むかつく奴だな! 今日は二人だけか?」


「ええ、そうですけど?」


「・・・ゆーと君、行こうよ」


「あぁ、そうだな。行こうか。先輩、それじゃ」


「待てよ! 折角会ったんだし、俺達に付き合えよ?」


「嫌だと行ったらどうします?」


「あんだと? 先輩に逆らうってのか?」


 心なしか先輩の目がおかしい気がする。

 何か澱んでいるような、濁っているような印象を受けるな。


「愛菜、先行っててくれ」


「駄目だよ。愛菜ちゃんも一緒に来るんだよ」


「遠崎先輩だっけ? 何の用があるんです?」


 先輩以外の一人が愛菜の手を掴もうとした。

 彼女の前に出ていた僕は、払おうとしたはず。

 しかし、突然腕に激痛が走り、蹲ってしまった。


 痛みの走った腕を見ると、針のように固定された水が突き刺さっている。

 その事実を飲み込むのに、数秒を要してしまったのが間違いだった。

 遠崎の蹴りが僕の腹部に飛んできた。

 けど、咄嗟に反応する事が出来ない。

 まともに受けて、吹き飛ばされてしまった。


「ゆ・・・ゆーとくー・・・!」


 愛菜の声が聞こえた。

 けど、途中でくぐもって、何と言ったかまではわからない。

 顔を上げると、不良の一人が愛菜の口を押さえていた。

 何処かに連れて行こうとしてる。


「遠崎、この娘好きにしていんだよな?」


「あぁ、俺が飽きたらな」


 この中の誰かがエレメンターなのか?

 水針を抜いた僕は立ち上がった。

 腕に痛みが走るが、そんな事を気にしている場合じゃない。

 こいつら、何かやばい気がする。


「俺と西崎は先行ってるから、そいつは好きに痛めつけていいぞ。桐原、それじゃな」


「ぐっ、遠崎待て! 愛菜をどうするつもりだ?」


「もちろん、楽しませてもらうんだよ。いひひひ」


 下卑た笑いの遠崎の表情。

 嫌な予感しかしない。

 遠崎の取り巻きの六人が僕に向ってくる。

 ふざけんな愛菜は必ず助けるぞ。


 腕の痛みを無視するかのように、僕は六人に立ち向かう。

 義彦に稽古をつけてもらったお陰なのか?

 六人それぞれの動きがわかる。


「ほう、その傷でそれだけ動けるのかよ」


 遠崎と西崎は驚いて僕を見ていた。

 ふと見ると遠崎が横に吹き飛ばされている。

 驚いて、愛菜の拘束を解いた西崎も吹き飛ばされた。

 何処からか現れたまさがやった模様。


「悠斗、愛菜ちゃん、大丈夫か?」


「悠斗君、腕から血が・・・」


「だ・大丈夫だ。それより何でまさと有紀がここに?」


「そんなの説明は後だ。有紀、愛菜ちゃんを連れて先に逃げろ」


「うん、わかった。愛菜ちゃん行こ」


「で・・・でもゆーと君の怪我・・・」


「痛ぇじゃねぇか? かわぁむらぁ」


「いつかの借りぃ、返したるわ。河村よ」


 吹き飛ばされた遠崎が僕を、西崎がまさを睨んでいる。


「にしぃざきぃ、先に桐原をやれぃ!」


 その言葉に反応した西崎。

 ポケットに入っていたペットボトルを、僕の方に放り投げた。

 まるで生き物のようにペットボトルの中身が蠢き出す。

 たくさんの小針になって、僕に襲い掛かってきた。


 しかしコントロールが甘いのか?

 仲間であるはずの六人にも突き刺さる。

 一瞬で血と叫び声と泣き声にまみれる事となった。


 僕に向ってきたのは三本。

 そのうち二本は何とか躱した。

 しかし、最後の一本は防ぐ事も出来ず、僕の右腿に突き刺さる。

 エレメンターである事を隠している僕。

 咄嗟に使うのを躊躇した為、防ぐ事が出来なかった。


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1991年6月8日(土)PM:22:41 中央区特殊能力研究所地下二階


 鉄格子の内側で、座っている少年。

 外側の魔方陣の手前で、立っている少年。

 暗がりの為、お互いの表情ははっきりとはわからない。

 ここまで来る時の足音。

 座っている少年にも聞こえていたはずだ。


「山本、何故あんな事をした?」


 座っている少年。

 まるで今はじめて、彼がいる事に気付いた。

 そんな素振りで、微かに動いた。

 声に反応したという事だ。


「何故? 何故だろうね? 何故だと思う? 何故なんだろうかね? 何故なのさ?」


 突然立ち上がり、鉄格子をその手に握った少年。

 三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)は、彼のその行動にも驚く事なく、動く事はなかった。


「彼女がほしかったのさ。優しい声が少し控えめな微笑みが、全てを俺の自由にしたかったのさ。その為にはおまえが邪魔だったのさ」


「そうか。お前とは、そこまで親しい間柄ではなかったが、あんな馬鹿な事をする男だとは思ってなかったがな」


「馬鹿な事? 馬鹿な事か? そーだね、馬鹿な事をしたさ! あの娘に微笑んでもらえる為には、お前を殺す必要があったからさ」


 すでに狂っているのだろうか?

 彼の口の端からは涎がたれはじめている。

 そんな事を気にした様子もない。

 その両の指は、鉄格子を力強く握ったままだ。


「そもそも、お前はあそこまでのエレメンターではなかったはずだ。あの力を何処で手に入れた?」


「何処? 何処だって? 場所は関係ないんだよ。でも教えてはあげない。君にこれ以上強くなられちゃ俺が困るから! いつか絶対殺してやるから楽しみにしてろよ!!」


「そうか。それじゃエレメントの力が上がったのはなんでだ?」


「簡単な事だよ! 俺のたゆまぬ努力だよ!! ど・りょ・く!!」


「常識的に考えて、急激にエレメントが上昇する事は考えにくい。何か要因があるはずだが?」


 声に感情を込める事もなく、淡々と質問してゆく義彦。

 それに比べて山本 雄也(ヤマモト ユウヤ)はかなり興奮している。

 彼のの声には怒りや憎しみ、嫉妬。

 様々な感情が篭っているのだろう。

 揺らぎが非常に激しい。


「だーかーらー!! どーりょーくー!! 仮に他に原因があっても教えるわけないだろっ!!」


「・・・・・話しを聞いても無駄のようだな」


 独り言のように呟いた義彦。

 山本がしがみついている鉄格子から離れていく。


「待てぇ!! 待ちやがれぇ!! てめーは必ず俺が殺してやる!! 殺してやるっ!!」


 背後で続く怒声や挑発するような言葉。

 義彦は振り向く事はもない。

 一人静かに廊下を歩いていく。


 仲が良かったとは言えない。

 しかし、かつて仲間だと思っていた。

 突然の少年の乱心。


 義彦の心の中。

 去来するのは、どのような感情なのだろうか?

 そればかりは彼にしかわからないだろう。

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