090.薬瓶-Phial-

1991年6月8日(土)PM:17:21 中央区西二十丁目通


「有紀、愛菜を連れて逃げろ!」


「悠斗君、まさ君、助けを呼んでくるから、待ってて」


「ゆ・・・ゆーと君、ごめんね・・・」


 有紀と愛菜は、涙声になりつつ走っていく。

 さすがのまさも、この状況に絶句していた。


「まさも逃げろ!」


「・・・じょ・冗談じゃねぇ。お前を置いて逃げたら、有紀に殺されるっつーの!!」


 怒声をあげたまさの声が震えている。

 そりゃ当然だよね。


「逃がーすか!!」


 破れて地面に転がっていたペットボトル。

 再び水の針が飛んでいく。

 今度は有紀を狙ったようだ。


 残っていた水が少なかったからか?

 飛んで行った針は三本。


「有紀ぃ、かわせぇぇ!」


 反射的に僕は大声で叫んだ。

 けど、間に合わうわけがない。

 こちらを振り向いた有紀と愛菜の、驚愕した表情。


 瞬きをするような一瞬の出来事。

 何が起きたのかよくわからなかった。

 けど、そのうち二本はまさが指で掴んでいた。

 そして最後の一本は、有紀の目の前で何かに弾かれた。

 跳ね返って地面に落ちる。


 見ていた僕には、何が起きたのか理解不能。

 まさも、遠崎と西崎も、その光景に唖然としているようだ。

 掴んだ事自体も、まさは驚いているみたい。


 そのまま数秒、僕達四人は思考停止に陥った。

 最初に現実に帰還したのは遠崎。


「何が起きたのかよくわからんが・・・西崎、河村をやれ。俺は桐原を先にぶちのめす」


「わかったや」


 ぐっ、どうするか?

 立ち上がる事は何とかできた。

 けど、この足じゃまともに動けない。


 西崎がエレメンターだとして、遠崎に反抗しない。

 って事は、奴は西崎以上のエレメンターなのか?

 その疑問はすぐに解ける事になる。


 明らかに届かない距離。

 なのに拳を振り上げた遠崎。

 その動きに連動するように、僕の体は宙を待った。

 何だ・・・何をされたのだろう・・・考えろ。


 二度、三度と届かない距離で、繰り返される遠崎の攻撃。

 最初の蹴りは近くだった。

 だから当たったのはわかる。

 でも今の三度の攻撃は、腕でも伸びるとかでもしないと無理だ。


 義彦みたいな風の操作なら、動作はあんまり必要ないし・・・。

 腕が伸びる・・・何かひっかかるな?

 くっ・・・攻撃喰らいすぎだ・・・頭がくらくらしてきた。


「てめぇ・・なんだその腕? だがこれで終わりだぁぁぁぁぁ!!」


 真っ直ぐ後ろに振り上げた拳。

 今度は真っ直ぐに突き出してくる。


 僕は三度目の攻撃で、吹き飛ばされて手が地面に触れた。

 その時に、コンクリートを腕に纏わせている。

 ナックルガードに構成しといたのだ。


 ナックルガードで、正面から突き出された遠崎の拳。

 その延長線上を防ぐ。

 何かがぶつかる音と衝撃で、僕は再び後ろに吹き飛ばされる。

 腿の怪我で、踏ん張る事が出来なかった。


 音と衝撃があった。

 って事は何かがぶつかったって事だ。

 拳の延長上の空気を固定するか何かしている。

 それで射程が伸びているんじゃないか?


「まだ、立ちやがるのか。しぶてぇなぁぁ!! あの二人をこの後追っかけるんだから、いい加減くたばれぇぇぇ!!」


 何かを飛ばしている。

 そうならば、最初のアッパー。

 あの攻撃で、僕の体が上に持ち上げられる。

 それは少しおかしい。


 遠崎の動きは見えている。

 けど、もう何度も防ぐ事は無理だ。

 この一撃に賭けよう。


 遠崎の振り上げた拳。

 少し下向きに振り下ろされる。


 固定されてる距離は、何度か殴られたおかげでわかった。

 一本背負いの要領で、僕は何もない空間を掴む。

 予想通り何も無いのに、何かがそこにある感触がした。


 僕はそのまま、遠崎が振り上げた拳の反動を利用する。

 正直手加減するなんて余裕はない。

 この手に触れた空気を捕まえて、無理やり痛みを押さえつけてぶん投げた。


 飛ばされるように地面に叩きつけられた遠崎。

 一度バウンドした後に白目を向いてくれた。

 衝撃の影響か?

 懐から錠剤の入った瓶が、一つ転がりだした。


 そうだ、まさはどうなったんだ?

 僕はフラフラで振り返る。

 そこには、地面でうつ伏せになっている西崎が見えた。

 まさは体の数箇所から血を流している。

 でも、何とか立っていた。


「今回はちょっとやばかったな」


 まさは僕に向ってVサインをしてから、壁によりかかった。

 僕も立っているが限界になったので、おとなしくその場に座る。


「とりあえず、お互い、一応無事見たいで良かった」


「これ、無事って言えるのかね?」


 何故か顔を見合わせて、僕達は笑ってしまった。

 おかげで、余計に体に痛みが走る事になったけど。

 それはまさも同じようで、苦悶の表情を浮かべていた。


 それからしばらくして愛菜、有紀と一緒にパトカーや救急車が到着。

 数台の救急車うち、一台には何故か元魏さんや友香さんが乗っていた。

 結局、僕とまさは救急車で研究所付属病院へ搬送。

 もちろん愛菜と有紀も一緒にだ。


 遠崎と西崎は僕の説明で、危険性を考慮して研究所へ護送された。

 知らなかったけど、専用の牢屋的なものがあるらしい。


 他の六人は加害者でもあるが、被害者でもある。

 状況から考えてエレメンターではなさそう。

 なので、普通の違う病院に運ばれるそうだ。


 こうして突発的に起きてしまった事件。

 その後一時間もしないで解決した。

 いや、解決したと僕が思っていただけだ。

 まったく解決なんてしてなかった。


 愛菜だが、怖かったってのもあるんだろう。

 また泣かせる事になってしまったのは言うまでもない。

 普段、割と動じなさそうな有紀も怖かったんだろうな。

 珍しく涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃになっていた。


 遠崎と西崎・・・。

 ちょっと方向性が違う気もしないでもない。

 けど、長谷部と似たようなやばい空気を感じた。


 でも前絡まれた時は、エレメントなんて使ってこなかったんだよな。

 あの後から使えるようになった。

 そうゆう事なんだろうか?


 水針を弾いた有紀と、掴んだまさ。

 ほんの一瞬だけど、二人から何かの力場みたいなのを感じた。

 そんな気がする。


 有紀のはわからない。

 けど、まさから感じたのは、似たようなのを何処かで感じた事がある。

 そんな気がするんだよな。


 感じた気がしただけ。

 ただの気のせいなのかもしれないけど。

 でも何故か、二人に聞こうとする気にはならなかった。


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1991年6月8日(土)PM:20:26 中央区特殊能力研究所付属病院四階五号室


 白一色に覆われた部屋の中、ベッドには少年が二人。

 そこに寄り添うようにしながら、丸椅子に座っている二人の少女。

 少し前まで泣いていたのだろう。

 少女二人は、目元が腫れている。


「ゆーと君も、正嗣君も、無事で良かった・・本当良かった・・・」


 ストレートヘアーの少女。

 瞳に涙を溜めて泣きそうになっている。

 ベッドのツンツンヘアーの少年。

 彼が、少女の頭に手をのっけて、優しく撫で始めた。


「そんなに泣くなよ。もう終わったんだからさ」


「でも・・でも・・・」


「愛菜ちゃんの気持ちが良くわかる。私も自分が泣くとは思わなかったもん」


 ウェーブのかかった髪の少女。

 にっこりと微笑みかけた。


「有紀が泣いたのには俺もびっくりしたけどな」


「本当、心配したんだよ。戻ってみたら、二人とも血だらけだったんだもん」


「人間案外、丈夫なもんだよな」


「そうだな。まさ」


 そこに黒のレディースーツの茶色髪の女性が現れた。


「二人とも思ったより元気そうだな。愛菜ちゃん、沢谷さんだったかな? 待たせてすまない」


 ツンツンヘアーの少年と古川 美咲(フルカワ ミサキ)の視線が交差する。


「まさか、所長が送ってくれるとは思いませんでした」


「これほど最強のボディーガードはいないだろ。それに、たまには紫の顔でも見にいこうかと思ってな」


「なるほど」


「それじゃ、愛菜ちゃん、沢谷さん行こうか」


「はい、ゆーと君、正嗣君、またね」


「悠斗君、またね。まさ、回復するまで大人しくしてなさいよ」


「何で俺だけ名指しなの? いいけどさ。またな」


「有紀、愛菜をよろしくな」


「うん、それじゃね」


 古川に連れられて、その場を後にした中里 愛菜(ナカサト マナ)と沢谷 有紀(サワヤ ユキ)。

 残された少年二人。

 三人がいなくなってから、他愛無い話しをし始める。

 今日起きた事には、どちらも触れる事は一切なかった。


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1991年6月8日(土)PM:23:43 中央区沢谷邸二階


 私は下着姿でベッドに寝転がっている。

 あられもない格好だ。

 その自覚はもちろんある。

 でも、自分の部屋だからいいよね。


 それに、この水色のブラジャーとパンティー。

 可愛らしいからいいよね。


 今日のあの時、飛んで来た水の針みたいなの。

 私は正直びっくりしていた。

 反応どころか動く事も出来なかった。

 ただ、防がなきゃ自分が死ぬって直感していたと思う。


 意識してたのか無意識だったのか。

 自分でも良くわからない。

 でも、ほんの一瞬だけど、水の針が目の前まで来た時。

 半透明な盾みたいなものを、自分で構成したのだけはわかった。

 何でそんな事が出来たのだろう?


 お婆ちゃんがずっと前に言ってた事。

 不思議な力を持って生まれる人はいるんだよって言葉。

 もしかしたら、私が出来た事も、そうゆう事なの?

 今度会いに行ったら、聞いてみるべきかなのかな?

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