091.錠剤-Yaaba-

1991年6月9日(日)AM:1:54 中央区特殊能力研究所付属病院四階五号室


 悠斗もよくあんな事件の後に、普通に寝られるものだ。

 西崎と対峙した時、正直怖かった。


 あの水の針みたいなの。

 何度も攻撃されて、何箇所か刺された。

 勝てる気がしなかったし、殺される。

 正直、本気でそう思った。


 水の針を頭に刺される。

 そう思うと、恐ろしかった。

 あぁ俺、こんな所で無駄に死ぬんだな。

 って思いもした。


 でもこんなとこで死んでたまるか。

 そう思って、思いなおして、無我夢中だった。

 けど・・・。

 何か、体の中を駆け巡る力みたいなものを、感じる事が出来た。

 あれがなんだったのかわかんないけど・・・。


 死んだ爺ちゃんがそういえば言ってたっけ。

 他の人とは何か違う力があると感じたら、親父に相談しろって。

 あれって今日感じた事を指していたのだろうか?


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1991年6月9日(日)PM:21:24 中央区特殊能力研究所五階


 第二研究室と記載されたプレート。

 六人は、その中の、小会議室のような部屋にいた。

 そのうち五人は椅子に座っている。


 一人立っている白衣の女性。

 特殊能力研究所第二研究室室長。

 彼女、鎗水 流子(ヤリミズ ルコ)は、ずぼらなのだろう。

 かなり汚れている白衣を着ており、瞳はとろんとしていて眠そうである。

 艶のある黒髪は、適当に伸ばしっぱなし。

 あまり気を使っているようには見えない。


「それで、俺達をわざわざここに呼び寄せたのはなんでだ?」


 三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)は、その場いるメンバー全員に視線を送る。

 その上でそう切り出した。


「わざわざ研究室に呼び出したって事は、何かの実験結果を見て貰うためとか?」


「悠斗君、残念ながら満点ではないな」


 古川 美咲(フルカワ ミサキ)は、白紙 彩耶(シラカミ アヤ)に視線を送った。


「美咲、視線を送られても私も全然わかんないだけど? 元魏さんわかります?」


「ここに集まった理由か? 直近の事件は山本君の暴走と、悠斗君と不良の番長争い。そこから導き出されるのは?」


「元魏さん、番長争いなんてしてませんから、勝手に尾鰭をつけないでください」


 桐原 悠斗(キリハラ ユウト)の言葉に、白紙 元魏(シラカミ モトギ)はにっこりとしてみせた。


「正解者無しか残念。流子、そろそろ始めてくれ」


「はぁーい、所長わかりましたぁ」


 彼女は二つの薬瓶を取り出す。

 左手にはαのシールが貼られた薬瓶。

 右手の薬瓶には、βのシールが貼られていた。


「えぇーと、まずαの瓶の錠剤は、山本君のご自宅で発見されたものでぇす。次にβの瓶の錠剤は、悠斗君と番長をかけて戦ったぁ・・・名前なんでしたっけ? 名前はどうでもいいですねぇ。その時の錠剤でぇす」


 手に持っていた二つの瓶を会議室の机に置いた流子。

 更にもう一つ薬瓶を取り出した。

 三個目の薬瓶にはγとシールが貼られている。


「この三個目の薬瓶はぁ、遠崎さん・・はβですね。西崎さんでしたぁ。その西崎さんが所持していた薬瓶になりまぁす」


 そう言うと、三個目の薬瓶も机に置いた。


「それでぇですねぇ。これが構成物質の一覧でぇす」


 手元にある資料から、二枚一組のものを六枚取り出した。

 自分が見るように、一組は手元に残して、残り五枚を配る。

 一番最初に資料を渡された古川。

 眉間に皺をよせて厳しい顔になった。


「わかるぅ人にはわかるぅと思うんですけどぅ。ヤーバーと呼ばれるタイの錠剤の麻薬に近いんですよぅ」


「γの成分資料がないのはなんでだ?」


 険しい顔のまま、流子に問いかけた古川。


「えっとぅ、ごめんなさい。忘れてましたぁ」


「忘れてたんじゃなくて、実際に見せる為にやらなかったんじゃないのか?」


「あらぁ、さすがぁ我らが所長。見事にばれてましたかぁ」


 眠そうな瞳、ゆったりとした口調。

 悪びれる事もなく、古川にウインクをしてみせた。

 その後で、流子は何も書かれていない白紙の紙を一枚取り出す。

 紙は、γの薬瓶の隣に置いた。


 突然百八十度回転した流子。

 背後にあった棚の一つを開けた。

 中からステンレス製の小皿を取り出し、白紙の横に置く。


 γの薬瓶の蓋を開けた流子。

 容易していたピンセットで錠剤を一つ取り出した。

 静かにステンレス製の小皿の上に置く。

 錠剤を一つ取り出した後、蓋を閉める事も忘れない。


 これから何が始まるのか、興味津々に見つめているのは悠斗だけ。

 他の四人は、既に何が起こるかわかっているようだ。


 準備が整ったのだろう。

 左手の指は取り出した錠剤の上。

 白紙の上に置かれた右手、握られているのは一本のボールペン。

 胸ポケットにいれてあったのを取り出したのだ。


「それでぇは、はじめますねぇ」


≪解析(アナライズ)≫


 そう口にした流子。

 見た目には特に変化は無い。

 しかし悠斗は気付いていた。

 彼女の指先からかすかに、力のようなものが錠剤に注がれた。

 おそらく魔力・・いや魔子が注がれたんだなと解釈。


 かすかにだが、流子の瞳孔が上下に揺れていた。

 瞳孔の揺れは、五秒程で収まる。


≪複写(トランスクリプト)≫


 次に唱えたのは、また違う言葉。

 その言葉を、スタートの合図にしたかのようだ。

 白紙の上で、ボールペンを握った右手が動き出した。


 一連の動作の間、誰も言葉を発する者はいない。

 悠斗は、彼女のその状況に驚いてはいる。

 だが、唱えた言葉から何となく、やっている事は理解した。


 白紙の紙には、次々と文字が書き込まれていく。

 そしてその書き込む手の動きが止まった。

 どうやら複写が終わったようだ。


「悠斗君に、一応説明しますとぉ。今流子が唱えたのわぁ、単詠唱と呼ばれる魔法なんですぅ。一つ目は解析する魔法なんですけどぅ、解析の元になる情報わぁ、詠唱者の知識に左右されるのでぇ、解析するものについてのぅ、専門的知識がないと正確に解析する事は難しいんですぅ」


 にっこり微笑んだ流子。


「二つ目の複写も言葉のまま何ですけどぅ。見ているものやぁ、感じているものぉ書き写すぅ魔法なんですぅ。慣れてないとぅ、正確に複写出来なかったりぃ、複写したいものと関係ないものが写し取られたりするんですぅ」


 何故か普段以上に、流子の言葉の伸びや区切りが増えた。


「魔法? 魔術? いまいち分類がわかんないですけど、難しいんですね。それに、その間、誰も言葉を発しなかった事から考えたら、集中力もいるって事ですかね?」


 悠斗の疑問も含んだ言葉。

 少し首を傾げて、考える素振りになった流子。


「そうですねぇ、簡単なものではないかもしれませんねぇ。集中力はどうなんでしょぅ? 使用する魔法にもよるかもしれませんねぇ」


 流子は、先程文字を書き込んだ紙を手に取る。

 この部屋に元々設置されているコピー機に向った。


「あれぇ? これってどう使うんでしたっけぇ?」


「あいかわらず機械音痴はなおってないのか。はぁ」


 溜息とも苦笑ともとれない古川の呟き。

 一同も苦笑いだ。

 コピー機の前で、首を傾げながら困っている流子。

 見るに見かねた悠斗。

 椅子から立ち上がりコピー機に向った。


「変わりにやりますよ」


「え? 本当ですかぁ? わぁい、悠斗君、お願いしますねぇ」


「流子、何度も説明受けてるんだろ? いい加減覚えろ」


 呆れた顔の古川。

 その声はどちらかというと、諦めの空気だ。

 彼女の言葉を聞きながら、コピー機を操作し、悠斗は五枚コピーを終えた。

 コピーした紙と原本の紙を流子に渡す。


「悠斗君、ありがとぅございますぅ。やっぱりぃ、流子の機械音痴は直らないと思うんですぅ」


 流子さん、普段の生活の時は一体どうしてるんだろ?

 そんな疑問が悠斗の頭の中で、もくもくと膨れ上がる。

 だが、その思考はすぐに霧散した。


 流子に抱きしめられた悠斗。

 とても柔らかくて、大きいものを感じてしまった。

 一瞬唖然とした悠斗。

 とても柔らかくて大きいものが何か理解する。

 頬が一気に朱色に染まった。


「る・流子さん・・あ・あの? む・胸があた・あたってますよ?」


「柔らかいでしょぅ。揉んでもいいですよぅ」


「・・え、いや・・そう言う事じゃなくて・・あの・・」


 悠斗は真っ赤な顔でしどろもどろになった。


「初心さんなんですねぇ」


「はぁ、流子、おふざけもそこまでにしろ。話しの続きだ。悠斗君も席に戻ってくれ」


「えぇ、所長のいけずぅ?」


 古川に厳しい目で睨まれた流子。


「わかりましたよぅ。戻りますぅ」


 そこでやっとの事で解放された悠斗。

 ドクドクと脈打っている心臓の音を感じながら、座っていた席に戻る。

 その光景に義彦は心の中で、笑いを禁じえなかった。


「そんでわぁ、続きなんですけどぅ」


 γの資料をその場にいる面子に配った流子。

 三枚の資料に記載されている成分は共通している。

 アンフェタミン硫酸塩、メタンフェタミン、メタンフェタミン塩酸塩、カフェイン。

 その他にもいくつかの物質名、その構成比率も記載されていた。


「解析の魔法は、説明した通り、詠唱者の知識を元にしてるからぁ、実際に科学的に解析した場合と、結果は少し異なるかもしれないんですけどねぇ。ただ、この中の二つだけは、現代の科学解析では、絶対に検出されないはずなんですよぅ。詠唱解析しないと絶対に検出されないものってことですねぇ」


「名前からそんな気はしていたが、まさかここで目にする事になるとは思わなかったな」


 その二つの名前を見ても悠斗は問題がわからない。

 しかし他の五人は、その名前が意味する所を理解しているようだ。

 険しい表情になっている。


 悠斗には、その二つが検出された。

 その事実は余り喜ばしい結果ではない。

 という事しかわからなかった。

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