222.球根-Bulb-

1991年6月23日(日)AM:0:46 中央区精霊学園札幌校北中通


 風の勢いを殺した三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)。

 東中通に綺麗に着地する。

 その勢いを殺さないまま、更に前にだした右足。

 ヘッドセットを走りながら頭に被る。

 呟くようにマイクの向こう側に声を掛けた。


「かすかに見えた。何か巨大なものが蠢いている」


 東に真っ直ぐ走る彼。

 少しだけ闇の霊力を感じ取っていた。

 それも過去に何処かで感じた事のある霊力だ。

 考えてみるも、感じる霊力が誰だったか思い出せない。


「比較的最近の事だと思うんだけどな?」


 呟きながら東通に到着した義彦。

 そのまま正面入口を目指す。

 義彦は正面玄関に辿り着いた。


 正面玄関の奥。

 義彦は闇の中を見つめる。

 闇の中でのた打ち回っている存在。

 巨大な蔓のような植物。

 徐々に近づいて来ていた。


 蔓は全体的に暗緑色。

 ところどころがどす黒く変色している。

 まるで血管を流れる血液のようだ。

 変色した部分が脈動していた。

 見えるだけでもその数は十や二十ではきかない。


「全施設にバリアを展開出来るか?」


 ヘッドセットの向こうの鬼那の返事を待つ。

 少しだけ答えが返るまで間があった。

 彼女の答えを聞いた義彦。

 即座に決断し実行させる。


「それでもいい。数が多すぎて、広範囲攻撃でなければ難しそうだ。しかし、施設外でやれば山火事になりかねない」


 話しを続けている義彦。

 正面玄関を飛び越えた。

 蔓の群れに飛び込んだ形だ。


 縦横無尽に襲い掛かってくる蔓。

 風の力で切り裂いていく。

 炎纏五号丸(ホノオマトイゴゴウマル)でも斬り裂く。

 刃には風を纏わせていた。


 いくつ斬り裂いても、続々と後続が現れる。

 更に破壊された蔓も即座に再生されていた。

 徐々に数を増していく蔓に、舌打ちした義彦。


「ちっ。焼け石に水だな」


 一度距離を取り、彼は学園敷地内に戻った。

 どう時間稼ぎをするか考える義彦。

 しかし、中々名案は浮かんでこない。


「くそ、展開完了するまで時間稼ぎするべきだが? さて、どうする!?」


 巨大な蔓の群れが、正面玄関に到達しようとしている。

 焦りの表情になっている義彦。

 無意識に舌打ちし、覚悟を決める。

 彼が突っ込もうとしたその瞬間だった。


 学園施設の構造物を覆っていく力。

 魔力フィールドが形成されていく。

 間一髪のところで、展開が間に合った魔力フィールド。

 正面玄関の門をぶち破ろうとした蔓。

 しかし魔力フィールドに、傷一つつけることが出来ないでいる。


 何度も衝突を繰り返す蔓。

 突如諦めたように空を目指した。

 正面玄関や、高く聳え立つ壁を乗り越えたのだ。

 学園内に侵食を開始し始めた蔓の群れ。


 あっけなく敷地内に侵入した。

 義彦を狙うように、蔓は自由自在にうねる。

 時折、彼は蔓を風で遠距離から斬り裂く。

 しかし近づき過ぎないように注意していた。


 逆に離れ過ぎないようにもする。

 対象を変更しないようにも心掛けた。

 義彦と蔓の群れの距離。

 常にある程度一定の距離を保っている。


「何かわかったか?」


 突撃してきた蔓の群れ。

 その中の一つを斬り崩した義彦。

 彼女からの反応を待っている。

 その頃には北中通と東中通の分岐点に差し掛かっていた。


 蔓の群れがどの程度拡がっているのか。

 それは既にわからない。

 高等部校舎ぐらいは、覆っててもおかしくはない。


 現在は魔力フィールドが形成されいてる。

 その為、建物等の構造物は無事だ。

 しかし、魔力フィールドの展開時間にも限界はある。


 展開の限界時間を超えれば消失する。

 その重量だけでもかなりの損害を被るだろう。

 じりじりと過ぎていく時間。

 焦りを感じている義彦。


 しかし、今の彼には出来る事は限られていた。

 注意を自分に惹きつけておく。

 その上で、解析結果の連絡を待つ。

 出来る事はそれしかなかった。


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1991年6月23日(日)AM:0:48 中央区精霊学園札幌校時計塔地下三階


 一面青白い壁に彩られた部屋。

 階段状のタラップがあった。

 階層構造になっているのがわかる。

 二階部分には、巨大な画面が存在。

 簡素化された学園の施設全体が表示されていた。


 巨大な画面の左右には、他にも映像が映っている。

 その映像には、学園施設内の様々な場所が表示されていた。

 もちろん、正面玄関の映像もある。

 映像には、かすかにのた打ち回る何かが見えた。


 土御門 鬼那(ツチミカド キナ)。

 巨大な画面の前にある椅子。

 その中の一つに座っていた。

 ヘッドセットは首に掛けている。


 彼女の見ている画面。

 数秒毎に更新されているようだ。

 零と記されたマーカーが正面玄関方面に移動している。

 画面からそれが確認出来た。


 いくつかのスイッチを操作した鬼那。

 その後は、零のマーカーを見つめている。

 至極真面目な顔だ。

 一度深呼吸した彼女。

 目の前にあるマイクに語りかけた。


「到着しました。現在解析中」


 少ししてから部屋内に義彦の声が響いた。


『全施設にバリアを展開出来るか?』


 義彦の声に反応したかのようだ。

 少し震えている声。

 鬼那の背後から聞こえてきた。


「い・一応可能。Bad! Mysterious charm残量少ない。展開してもAbout twenty minutes! するの? 貯蔵魔力使いきると思う。そしたら七月一日までSystemの一部Down。いろいろ不都合出るよ」


 鬼那の背後の一階部分。

 背凭れが斜めになっている椅子。

 そこに十字に並んでいる。


 そのうちの一つに座っている声の主。

 黄色の花柄のパジャマを纏っていた。

 彼女は頭に、バイザーのついたヘルメットを被っている。

 目元まで顔が隠れていた。


 聞こえて来た声通りに、マイクで義彦に伝える鬼那。

 英語の部分は、日本語に律儀にわかりやすく訳した。

 その上で義彦の返答を彼女は待つ。


 本来のここの仕様。

 鬼那がマイクで会話の仲介をする必要はない。

 一階の椅子に座っている少女。

 彼女のヘルメットに付属しているマイク。

 それでも会話は可能なのだ。


 しかし彼女は、まだここのシステムを把握。

 完全には制御する事が出来ていない。

 制御する為の特訓中の身なのだ。

 その為、今回は鬼那が仲介して義彦に伝えている。


『それでもいい。数が多すぎて、広範囲攻撃でなければ難しそうだ。しかし、施設外でやれば山火事になりかねない』


「了解しました」


 後ろを振り向き、バリア展開の指示を伝える鬼那。


「発動まで少し時間かかるです」


 背後から聞こえてきた少し落ち着いている声。

 彼女に答えるように了解の旨を伝えた鬼那。

 その上でマイクで義彦にもその旨を伝達。

 彼女は正面玄関の映像に視線を向けた。


『何かわかったか?』


 しばらくして聞こえてきた義彦の声。


「現在解析中のはずです」


 そう義彦に答えた後、鬼那は背後を見やった。

 鬼那の声は聞こえているはずだ。

 しかし、背後からは何の反応もない。

 その事に歯噛みしている鬼那。

 だが、彼女には待つ事しか出来なかった。


 正面に視線を戻した鬼那。

 学園施設内が表示されている画面。

 赤い丸のマーカーが一つ増えているのに気付いた。

 鬼那が気付いたのと同時に室内に響く声。

 少し動揺している。

 彼女はそれが誰か直ぐ理解した。


「移動する植物体みたいです。中心に球根みたいなのが存在。根っこを使って動いてるみたいです。どうやって動いてるかまではわかりませんけど。それと正面玄関の奥。何か、たぶん人がいます。蔓の群れに霊力を送っているのはその奥にいる人だと思うのです」


『なるほど。植物体は球根みたいなのが本体的なものか』


「はい。その可能性が高いのです」


 しばらく、無言が続く室内。


『鬼那、屋上から球根みたいなのを射る事は可能か?』


「はい、可能です」


『わかった。それじゃやって欲しい事がある』

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