223.麻痺-Paralysis-

1991年6月23日(日)AM:0:58 中央区精霊学園札幌校北中通


 果敢に蔓の群れに向かう。

 応戦している三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)。

 斬り裂かれ落下した蔓。

 直ぐに萎れていく。

 しかし、いくら斬り裂いても終わりが見えない。

 蔓の数は、減る気配を見せなかった。


『屋上到着、準備完了』


 ヘッドセットから聞こえてきた声。

 土御門 鬼那(ツチミカド キナ)のヘッドセットから制御室へ。

 そして、制御室から義彦に伝達されたのだ。


 襲い掛かってくる蔓を三本斬り飛ばした義彦。

 少し距離を取った。

 赤黒いオーラと共に、義彦の瞳も変化してく。

 一気に膨れ上がり、解き放たれる黒炎。

 義彦に近い蔓を巻き込み、更に拡大。

 学園敷地内に侵食していた全ての蔓を巻き込んでいった。


 そこに降り注ぎ始める風の矢。

 黒炎で焼かれている蔓に、穴を開けていく。

 時計塔屋上に移動した鬼那。

 梓弓型二級妖装器の緑嵐牙(リョクランガ)を構えている。


 放たれる風の矢は、空中で分裂。

 流星雨のように、容赦なく降り注いだ。

 魔力フィールドが展開されている。

 その為、手加減の必要は無い。

 学園施設には被害は及ばないからだ。


 彼女の瞳は、右目はいつも通りの桃色。

 だが、左目が白く変化している。

 その手で握っている緑嵐牙(リョクランガ)。

 今まででもっとも風の勢いが強い矢。

 徐々に形成されていった。


 放たれた矢は、分裂する事はない。

 一直線に進んでいく。

 黒い炎が乱舞する正面玄関。

 炎に焼かれて本体を露出していた球根を貫いた。

 断末魔のように、根をばたつかせる。

 更に内側を炎に侵食されていく球根。


 彼女の左目に、炎の中を突き進む突風。

 球根の側を通り過ぎるのが見えていた。

 義彦が移動しているのだ。


 球根本体に霊力を送っている何者か。

 そこに向かっていったのだ。

 その姿を確認した後、再び矢を放つ。

 球根の手前で分裂した矢が降り注いだ。


 背後で矢が注がれているのを感じている義彦。

 振り返ることなく突き進む。

 正面の暗がりの中に差し込む月夜の明かり。

 照らされている何者かが見えた。

 五メートル程の距離で相対する二人。


「特製の玩具は楽しんでもらえたかな?」


「山本 雄也(ヤマモト ユウヤ)か。植物の存在からそんな気はしていたが」


「球根改造の成功作一号。暗緑の球根のうねり、Swell of dark green bulbs、略してソドグブちゃんって言うんだ。予想外に早く倒されそうだけどね」


 山本は黒いフレームの眼鏡をかけていた。

 顔の左側頬や、左手の指先が黒ずんでいる。

 腰には、禍々しい雰囲気の、二本の刀を挿していた。


「それで、わざわざこんな山の中まで現れて何のようだ?」


「下見かな? それに借りはしっかり返さないとね!」


「先輩って呼ぶべきか? いや、糞野郎で充分か」


「糞野郎とは随分だな。俺は純愛を貫こうとしただけだよ」


「何をほざきやがる? 何処が何が純愛だ糞野郎!」


「糞野郎って言うのは自由だけど、そうゆう君だって糞野郎じゃないの? 俺以上のね」


「貴様に何がわかるってんだ。自分が糞野郎だってのはわかってんだよ。兼光村正黒(カネミツムラマサコク)とか闇花(ヤミハナ)とか、やっかいなものまで持ち出しやがって」


「あれ? 良く名称知ってるね? 君の情報網は侮れないな」


 腰に差している二本の刀を抜いた山本。

 炎纏五号丸(ホノオマトイゴゴウマル)を握り締めた義彦。

 陽の構えを取った。


 先に仕掛けたのは義彦。

 一足飛びに山本の前に移動した彼。

 山本の左脇腹目掛けて刀を振るう。

 左手に持つ兼光村正黒(カネミツムラマサコク)で防ぐ山本。

 しかし義彦の斬撃の威力に、体勢を崩しよろめいた。


 容赦なく刀を斬り下ろす義彦。

 右手の闇花(ヤミハナ)で防ぐ。

 だが、右膝を大地につけた。


 押し出すような義彦の蹴り。

 まともに喰らう。

 吹き飛ばされる山本。


 その後も何度か打ち合う。

 だが、山本は防戦一方だった。

 兼光村正黒(カネミツムラマサコク)。

 義彦の刀撃に弾かれ、宙を舞う。


 更に彼の左足による回し蹴り。

 それにより吹き飛ばれる山本。

 これで四度吹き飛ばされた。

 致命傷はまだない。

 しかし、彼は何度か斬られて血を流している。


「さすがに付け焼刃の二刀流じゃ、相手すら無理か。わかってはいても、やっぱり凹むものだ」


 そう言いながらも、余裕の表情。

 歪んだ笑いを浮かべている。


「おとなしく投降しろ」


「いやだね。伽耶さんの純潔は僕の為に存在しているんだから、捧げて貰うんだよ」


「何言ってるんだ? いや、もう話すだけ無駄だな」


「勝ち誇ったつもりなのかい? でも糞野郎の君は俺の力を忘れている」


 いつの間に咲いていたのだろう。

 義彦の周囲に、白い花が咲き誇っている。

 小さな花がたくさん咲き誇っているのだ。

 少し森の中に入れば、何処にでもありそうな感じだ。

 しかし、花弁にところどころ黒い斑点が見えた。


 かすかな痺れを感じる義彦。

 弱い炎で咲き誇っている花を燃やし尽くす。

 しかし、彼は体の違和感を感じていた。


「どうかな? 俺の霊力で変異させたナツユキカズラは?」


「何をしたんだ? くそ、体が重いし痺れてやがる」


 ふと気配を感じた義彦。

 反射的に刀で防いだ。

 刀を義彦に振り下ろしている人物。

 灰色の着物で、深編み笠で顔を隠している。

 うまく動かない体で、踏ん張りきれなかった。

 吹き飛ばされる義彦。


「そういえば一級霊装器って話しだったな」


 何とか立ち上がる義彦。


「某は、百子兼光村正 実光(モモジカネミツムラマサ サネミツ)作が一刀。刀名は兼光村正黒(カネミツムラマサコク)、姓名としては兼光村正 黒(カネミツムラマサ コク)を名乗らせて頂いている」


 黒と対峙する義彦。

 二人の遣り取り。

 山本はニヤツキながら見ている。


 突然、徐に闇花を地面に突き刺した。

 即座に人の姿に変化した闇花(ヤミハナ)。

 黒色地に花模様の小袖姿だ。

 腰には二本の刀を差していた。

 黒髪黒眼のストレート。

 まるで感情が欠落しているかのように無表情。


「ウチは闇 善(ヤミ ゼン)が作が一つ。闇花(ヤミハナ)。名前もそのまま闇 花(ヤミ ハナ)」


 声に抑揚がない。

 色白で人形のような綺麗な顔。

 相まって、感情が存在しないように感じる。

 その少女にぞっとするものを感じた義彦。

 何故そう感じたのか、考える余裕はなかった。


「二人とも、まだ殺しちゃ駄目だからね。苦しみを与えて苦しませて苦しませて、これでもかと苦しませて殺すんだからさ」


 刀を握り直す黒。

 腰の刀のうち闇花(ヤミハナ)を抜いた花。


「いざ、参る」


「ウチも」


 義彦に襲い掛かってくる二人。

 黒の一撃は速く重い。

 花の一撃は、黒程重くはない。

 だが、刀の振る速度は黒と大差なかった。


 痺れて動きの鈍っている体。

 叱咤して動く義彦。

 二人の刀撃を防ぎ続ける。


 二人ともかなりの使い手だ。

 今の義彦では防御するのも厳しい状態。

 更に動けば動く程、体の反応が鈍くなっていく。


 黒の斬り下ろしを弾いた。

 左脇腹を狙った花の突き。

 右に移動して躱した。


 重い体で予定していた距離を取る事が出来ない。

 突きから薙ぎに変更された刀撃。

 義彦の左脇腹を抉り斬る。

 飛び散る血飛沫。

 彼は苦痛に顔を歪めた。


 追撃の黒の袈裟斬り。

 後ろに飛び退いて躱す義彦。

 だが、反応が一瞬遅かった。

 義彦の左肩に、黒の刀の切っ先が触れる。


 黒の背後から、義彦の右側に移動していた花。

 花の切り上げ。

 左に回避しようとしていた義彦。

 右手の上腕を裂く。


 更に斬り下ろされた花の一撃。

 刀を使い、右側に逸らす。

 次の黒の斬撃に反応出来ない。

 致命傷は避ける事が出来た。

 しかし、腹部に斜めに血の線が出来上がる。


 肩で息をし始めている義彦。

 少し視界もぼやけ始めている。

 刀を握る手も感覚が薄れ始めていた。

 ヘッドセット越しに報告や呼び掛けが入る。

 しかし、今の義彦には反応する余裕すら無かった。


 真っ正直に突っ込んできた花。

 振り下ろされる刀。

 再び右に弾こうとする義彦。

 だが、刀を握る手が限界だった。


 弾き返すのが無理と判断した彼。

 自身に風の力をぶつけ、後方に吹き飛んだ。

 それでも右胸を縦に走った痛みに顔を顰める。


 続け様に飛んでくる、喉を狙った黒の突き。

 踏ん張りきれない足のまま、体を左に傾けた。

 左頬を掠り、斬り裂かれ、吹き飛ぶヘッドセット。


 右薙ぎに刀を振られたら終わりだな。

 なんて事を考えた義彦。

 無意識に黒を蹴り飛ばす。

 同時に、風の力で吹き飛ばしていた。


 予想外だったようだ。

 ストレートに吹き飛ばされた黒。

 しかし、然程のダメージにはなっていない。

 何事もなかったかのように、直ぐに立ち上がる。


 消え入りそうな意識。

 覚醒させる為、自身の右足の甲。

 刀を突き立てた義彦。


 自身の霊力の制御がおろそかになっている。

 その事を理解はしていた。

 それでもありったけの風を纏わせる。

 刀を真っ直ぐに突く。

 暴れるような暴風が、一直線に向かっていった。

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