224.退却-Retreat-

1991年6月23日(日)AM:1:26 中央区精霊学園札幌校東通


 黒炎に焼かれ、風の矢を浴びせられた。

 朽ち果てて、焼け爛れているいる球根。

 その奥で繰り広げられている戦闘。


 三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)の放った暴風。

 暴れるように一直線に向かっていく。

 しかし、山本 雄也(ヤマモト ユウヤ)は驚く様子もない。

 無表情で義彦を見ている闇 花(ヤミ ハナ)。


 兼光村正 黒(カネミツムラマサ コク)が彼等の前に立つ。

 一度刀を鞘に納めると、腰を落とした。

 即座に抜刀し、暴風を縦に斬り裂いた黒。

 黒の一閃で、暴風は二つに分断される。

 暴れながら森を薙ぎ払うだけで終わった。


 状況の打開策。

 あっさりと潰された義彦。

 ゆっくりと歩いてくる黒と花。

 出血と痛み、痺れに蝕まれている。

 義彦は反撃の糸口さえ掴めない。


 黒と花が、突如背後に飛び退いた。

 直後、義彦の背後から降り注ぐ。

 流星のような風の矢。

 義彦には一つも当たる事はない。

 山本、黒、花、三人に降り注いだ。


 突然の流星の矢に、黒と花は防御に徹する。

 直撃コースの風の矢を弾き飛ばしているのだ。

 山本は霊力を練り上げている。


 二人の前のアスファルトが砕けた。

 壁になるように、巨大な樹木が現れる。

 巨大な樹木に突き刺さり、穴を穿つ数多の風の矢。


「伏兵がいたなんてね。ソドグブちゃんの相手を義彦がしてないのは、こうゆうわけか。さて、今日はこのへんにしておこう。彼に闇花(ヤミハナ)で傷をつける事は出来たわけだし」


 足音とともに遠ざかっていく声。

 三人が退却してくのを感じている義彦。

 刀を支えに膝をついていた。


「植物か。使い方次第ではこうも厄介なんだな」


 ヘッドセットに視線を向ける。

 独り言のように零した義彦。

 何とか立ち上がった。

 イヤーパッドが片方吹き飛んだヘッドセットを被る。


 吹き飛ばされた場所が良かったようだ。

 風の矢の被害は少々受けている。

 しかし、機能は損なわれていないようだ。


「何とか無事だ。奴らは退却した。鬼那に、助かったと伝えてくれ」


 ヘッドセットから聞こえてくる心配そうな声。

 安心させるように優しく答えた義彦。

 霊力を供給されなくなった樹木。

 ただ静かに佇んでいる。


 赤と黒のストライプのパジャマ。

 その一部を、義彦は刀で斬り裂いた。

 包帯状にしていく。

 傷の深い左脇腹と上腕に巻いていった。

 少し貧血気味になっており、出血を止める為だ。


 悪戦苦闘している義彦。

 何とか処置を終える。

 ゆっくりと歩き出した。

 そこでヘッドセットから聞こえてきた声。

 土御門 鬼那(ツチミカド キナ)だ。


『援護が遅くなり申し訳ありませんでした。ご無事でしょうか?』


「いや、助かった。少し斬られたが、大丈夫だ」


『手当てをした方が? 今から向かいましょうか?』


 心底心配そうな声。

 問いかけてくる鬼那。

 その声音に、数瞬どうするか迷う義彦。


「いや、大丈夫だ。今から歩いて戻る」


『畏まりました。でももし辛い様なら教えて下さい』


「あぁ、わかった。ありがと。しかし、よく俺と相手の位置がわかったな。鬼那の魔眼でも、あの暗がりの中じゃ、難しいはずなのに」


『はい。私一人だけなら無理だったと思います。ここの監視範囲内でしたので。もしもっと奥でしたら、直接向かうしか手がありませんでした』


「そうか。鬼那が直接見ていたわけじゃないって事か。あいつ等の力を借りて、俺と相手の位置を特定したという事だな」


『はい。その通りです。しかし、退却したというのは?』


 懐疑的な声を出している鬼那。


「さてね? 超射程からの鬼那の弓に、不利を悟ったんじゃないのか?」


『なのでしょうか? そもそも敵は何者だったのですか?』


 答えるべきか否か一瞬口を噤んだ義彦。

 しかし、傷の事を隠すには丁度いいと思い至る。


「山本 雄也(ヤマモト ユウヤ)だ。目的は俺への復讐ってところかな? だから、鬼那達はいつも通り部屋に戻っても大丈夫だと思うぞ」


『畏まりました』


「護衛はまかせた。俺は念の為、他に何か仕掛けてないか確認してから戻るよ」


『はい。部屋割は予定通りでいいでしょうか?』


「あぁ、俺は戻るまで少し時間かかると思うから、予定変更で」


『了解です。それでは』


 離れていく足音がかすかに聞こえた。

 痛みに顔を顰めている義彦。

 正直に傷の事を言うべきだったか。

 若干後悔の念がよぎった。

 頭を何度も振り始める。

 情けない考えを取り除いた。


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1991年6月23日(日)AM:2:44 中央区精霊学園札幌校高等部一階


 誰もいない保健室、ブリーフ姿の義彦。

 前に白紙 元魏(シラカミ モトギ)に聞いた。

 刀傷の対処方法。

 思い出しながら、手当てをしていく。


 何とか手当てを終えた。

 血塗れのパジャマを再度着る。

 左脇腹部分や右胸部分、他にも数箇所が破れていた。

 下も腿のあたりから自分で斬り裂いている。

 短パンのようになっていた。


 少しフラフラしながら歩き始める。

 血が足りてないなという自覚は持っていた。

 包帯代わりに使ったパジャマ。

 その切れ端を手に持っていた。


 そのまま高等部校舎を出た義彦。

 東通の真ん中当たりで止まった。

 手に持っていたパジャマの切れ端を放す。

 道路に落ちたところで、火で完全に燃やした。


「さて、先に着替えるか」


 第二学生寮に向かってトボトボ歩く義彦。

 壊れかけのヘッドセットは首にかけている。

 炎纏五号丸(ホノオマトイゴゴウマル)は左手に持っていた。


 体の痺れは大分回復している。

 しかし、完全に抜けたわけではない。

 麻痺と傷の影響で、右手で刀を持つのは難しかった。


 夜空にはいくつもの星が瞬いている。

 時折、足元に注意しながら歩く。

 ふと立ち止まり、夜空を見上げた義彦。


「山本は、植物がやっかいではあるが、それよりも兼光村正 黒(カネミツムラマサ コク)と闇 花(ヤミ ハナ)だったか? 二人とも同じ流派のように感じたが、正面からぶつかるとやっかいだな。この怪我じゃ、タイマンでもきつい。どうしたものか」


 考え事に没頭している義彦。

 再び歩き始める。

 気付けば、第二学生寮に到着していた。


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1991年6月23日(日)AM:3:22 中央区精霊学園札幌校第二学生寮男子棟四階四○四号


 扉を静かに開けた義彦。

 足音を立てないように部屋の中を進む。

 誰もいないはずだと思いながら、静かに進んだ。

 結果として、彼の行動は正解だった。


 ベッドで眠っている少女。

 顔は反対側を向いている。

 暗がりの中、じっと見てみる義彦。

 肌蹴て上半身が見えていた。


 青色の花柄のパジャマ。

 上着だけ着ているようだ。

 前開きのボタンは一つも留めていない。

 苦笑いしながら、刀を静かに立て掛けた義彦。


 静かにベッドの側まで移動した。

 左手で、肌蹴たタオルケットをかけ直す。

 熟睡しているようだ。

 義彦に気付く素振りはなかった。


 予備の赤黒い色のパジャマを取り出した義彦。

 パジャマを手に持って部屋を後にした。

 そのまま階下に向かい、彼は寮を出る。

 鬼那に言った通り、施設内を確認するのだ。


 左手に刀を持ち、前腕にパジャマを掛けている義彦。

 北中通を西に向かい、ある程度離れた。

 そこで、刀を床に置いた義彦。

 新しいパジャマに着替える。


 血塗れのパジャマを道路に置いた。

 火で燃やしてしまう。

 着替え終わった義彦。

 だるい体で再び歩き始めた。


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1991年6月23日(日)AM:6:12 中央区精霊学園札幌校東通


 かなり時間がかかった。

 だが、一通り施設を見終わった義彦。

 東通を歩き、正面玄関に向かう。

 更に正面玄関を何とか飛び越える。

 激闘を繰り広げた場所に辿り着いた。


 聳え立つ樹木。

 道路のところどころに存在する血痕。

 それらを確認した義彦。

 一つ一つ血痕を燃やしていく。


 傷の事を隠すなら、血痕を残すわけにはいかない。

 そう気付いたからだ。

 徐々に明るくなっていく空。

 気付いた限りの、全ての血痕を燃やした義彦。


 疲れと眠さに翻弄される意識。

 何とか保っている義彦。

 再び第二学生寮に向かって歩き出した。


 樹木については、その大きさもある。

 燃やすのも時間がかかるだろう。

 報告のついでに、どうするべきか確認。

 その後で対処する事にした。


 疲れて血の気の引いた顔の義彦。

 ふらふらしながら歩いていた。

 再び襲撃された時の対処方法を模索する。

 第二学生寮に辿り着く。

 それまで、有効な方法は思いつかなかった。


 部屋に戻った義彦。

 隣のベッドで眠っている少女。

 彼女の事を気にする余裕もない。

 そのまま、自分の寝起きしているベッドに倒れる。

 泥の様に眠りに落ちていった。

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