165.目的-Aim-

1991年6月19日(水)PM:19:50 中央区特殊能力研究所五階


「確かに最初は皆そう思うだろうな。そうだな。参考になるかはわからないが」


 そこで掌を上に向けた古川 美咲(フルカワ ミサキ)。


≪小火≫


 彼女の言葉に反応するようだ。

 上を向けた古川の掌の上。

 小さな火が揺らめいている。


「私は言霊という魔術を使う。今使っているこれは、小さな火を起こして照明にしたり、焚き火等の火を起こす時に使うものだ。正確には頭の中でイメージして言葉に魔力を込めてとか、いくつかの手順があるのだが詳細は省こう。とりあえず言霊術で最も簡単な術の一つだ。今でこそ一級言霊師なんて資格を取得しているが、私はこの術を理解し出来るようになるまで半年近くを要した。普通なら一月もあれば出来るらしいけどな」


 彼女の独白にも近い話し。

 真面目に聞いている三人。


「もちろん得手不得手もあるだろう。簡単には出来ない事でもある。正直、師に見放されなかったのが不思議な位だったからな。愛菜ちゃんが、自分の力を完璧にコントロール出来るようになる、という約束は私には出来ない。それでも継続は力なりとも言うしな。何もせずに後悔するよりは、やって後悔した方がいいんじゃないか?」


 古川の語りを聞く三人。  そのうちの一人は中里 愛菜(ナカサト マナ)。

 自分なりの答えを出そうとしている。


「よくわかりませんけど、愛菜さんも学園に通うつもりって事ですよね? 私も通うつもりです。正直言えば、私にも何が出来るかもわかりません。でもこのまま、何もしないでいるのだけは駄目だって思ったんです。だからまずは頑張ってみるのがいいんじゃないかなと。もちろん、今後悩む事もあるでしょうし、失敗する事だってあると思います。でも最初から諦めるよりは、自分の出来る事を頑張って探したいじゃないですか。だから一緒に頑張りましょうよ」


 愛菜に顔を向けた竹原 茉祐子(タケハラ マユコ)。

 にっこりと微笑んだ。

 その視線を受けた愛菜。

 何かが吹っ切れた。

 少しだけ、そんな表情だ。


「そうだよね。悩んでたってどうしようもないよね。まずは努力してみないと駄目だよね。古川所長、茉祐子ちゃん、ありがとう」


「愛菜ちゃん、参考になるかはわからないが、力の使い方については義彦や吹雪、龍人に聞いてみるといいかもな」


「え? あ、はい。タツヒト?」


「あぁ、あいつとはちゃんとした面識ないか。義彦や吹雪に聞いてみた上で、更に他にも聞いてみたくなったら教えてくれ。私が機会をセッティングする」


「は・はい。もしその時はよろしくお願いします」


「愛菜ちゃん、ここに来た時より少し吹っ切れた顔になってる?」


 土御門 鬼湯(ツチミカド キユ)の言葉。

 古川と茉祐子も頷いた。


「そうだね。何となく私もそう思う。あ、もうこんな時間なんだ? 美咲姉、私は帰るね。鬼湯ちゃん、帰りも運ぶの手伝ってもらえる?」


「はい。もちろんです」


「私はもう少し整理してから帰るな」


「わかったー。愛菜さん、また今度お話ししましょうね」


「はい。茉祐子ちゃん、本当ありがとね。おいしかった。それじゃ私も、ゆーと君を迎えに行きますね」


「愛菜ちゃん、またな。もし何か相談したければ、いつでも来なさい」


「はい。ありがとうございます。所長、茉祐子ちゃん、鬼湯ちゃん、またね」


 手を振りながら出て行く愛菜。

 古川と茉祐子、鬼湯の三人。

 手を振りながら愛菜を見送った。


「さて、私ももう一仕事するとしようか」


 自分の机に座った古川。

 書類を一つ取り上げ、目を通し始める。

 部屋の隅にある申し訳程度の流し台。

 そこで茉祐子は湯呑を洗っている。

 横目で古川を見ていた。


 重箱類は、鬼湯が片付けて包んでいる。

 そして一通りの、片付けが終わった茉祐子と鬼湯。

 同時に古川に視線を向けた。


「それじゃ、今日は帰るね。美咲姉がんば」


 茉祐子の言葉に、顔を上げた古川。


「あぁ、夕飯ありがとな。鬼湯も茉祐子をよろしく」


「はい、かしこまりました」


 茉祐子と鬼湯がその場を後にする。

 古川は一人、書類の山との格闘を再開した。


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1991年6月19日(水)PM:20:24 中央区特殊能力研究所五階


 一人書類の山と格闘している古川。

 そこに扉を開けて入ってきた人物が二人。

 色黒眼鏡の三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)。

 水色のワンピースの土御門 鬼那(ツチミカド キナ)。


 二人の登場にも驚く事はない。

 古川は、書類を見たままだ。


「所長、行ってきたぞ」


 勝手に二人分コーヒーを入れ始めた義彦。

 一つをソファに座っている鬼那の前へ置いた。


「義彦様、ありがとうございます」


「おう」


 自分も、鬼那の隣に座る。

 一口コーヒーを飲んだ。

 そこで視線を上げた古川。

 義彦と鬼那を見る。


「それでどうだった?」


「予想はしてたけど、蛻の殻だったな。人がいた痕跡は見受けられたから、潜伏先を変えたという事だろうさ。しかし、休みのはずの鬼那を、教室の前で待たせてるとか。わかってはいたけど人手不足なんだな」


「そうだな。本当、猫の手も借りたい程さ」


 二人が会話している。

 その間も、鬼那はコーヒーを飲んでいる。

 義彦に、頭を凭せ掛けていた。


「それでこれ、刀袋毎返した方がいいのか?」


「いや、義彦が使えばいい。炎纏五号丸(ホノオマトイゴゴウマル)を使える人間は限られてるしな。それに大喧嘩中なんだろ?」


「大喧嘩って・・。まぁいいや。近藤さんも使えるんじゃないのか?」


「確かに近藤でも使えるだろうが、あいつは剣技はからっきしだからな」


「そうか。それなら有難く貰ってく」


「あ、そうだ。御飯は食べたのか?」


「いや、急なお遣いだったからな。まだだけど?」


「余り物だが、茉祐子お手製のが残っている。そこに入ってるから、レンジででも暖めて食べるといい」


 室内の冷蔵庫を指し示した古川。

 彼女の言葉に反応した鬼那。

 凭せ掛けていた頭を離した。

 タイミング良く、彼女のお腹が空腹を訴える。


「鬼那もお腹が空いているようだな」


 古川の指摘に、俯いた鬼那。

 少しだけ恥ずかしそうな表情だ。


 義彦は立ち上がり、冷蔵庫を除いてみた。

 かわいらしい字の付箋。

 余り物と貼られたタッパが一つ。

 おそらく茉祐子が書いたのだろう。

 義彦は、そう考えた。


「これ、このままレンジに入れても大丈夫なのかね?」


「私に聞くな。あぁそう言えば茉祐子が、蓋をしないでラップして温めてる事があったな?」


「そうなのか? それじゃそうしようか」


「そこで食べていっていいから、少し話しに付き合え」


「ん? あぁ、わかった」


 義彦はタッパをラップで包む。

 そしてレンジに入れると温め始めた。

 更に勝手に割り箸を二本をとる。

 一本は鬼那が使う分だ。。

 その光景を、古川は微笑ましく見ていた。


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1991年6月20日(木)AM:11:04 小樽市花園小樽公園


 彫りの深い色黒の青年が一人歩いている。

 彼は鬼 闇海(グゥイ アンハイ)。

 【十三黒死鬼(シーサンヘイスーグゥイ)】の幹部。

 その一人、【七鬼(チーグゥイ)】だ。


 彼の右手には刀袋が握られている。

 闇海は、父である鬼 黒海(グゥイ ヘイハイ)。

 彼から刀袋の中身を受け取った。

 その時の事を思い出している。


 妹の鬼 山紅(グゥイ シャンホォン)。

 部下の雷 橙蘭(レイ チォンラン)。

 二人と一緒に呼び出された闇海。


 しかし、報告する事は既に済ませてあった。

 彼自身呼び出された理由がわからない。

 父である黒海の部屋に入る三人。

 そこで黒海から三人が渡された物。


 【十三黒死鬼(シーサンヘイスーグゥイ)】。

 開発していた宝貝の試作型の第一弾。

 青雲偽剣一型(セイウンギケンイチガタ)を受け取った闇海。


 実在した人物かどうかわからない。

 だが、【魔家四将(マカシショウ)】。

 その一人が使ったとされる、宝貝の劣化コピー。


 元となったのは青雲剣(セイウンケン)。

 何万もの、刃と矛を巻き起こす黒風発生させる。

 そんな伝承の武器だ。


 【十三黒死鬼(シーサンヘイスーグゥイ)】で検証した。

 調べた限りは、そんな事は出来そうもない。

 それでも武器として非常に有用な特徴を有している。


 青雲偽剣一型(セイウンギケンイチガタ)。

 その機能の再現を目的に、製作された剣だ。

 山紅と橙蘭も、それぞれ別の宝貝を受け取った。


「哥哥、やっと見つけたー!」


 突然、背後から纏わり付いてきた山紅。

 現実に引き戻された闇海。

 少し離れた場所。

 歩いて来ている橙蘭もいた。


「紅々、橙々、どうしたんだい?」


「起きたらいないんだもん。散歩するなら誘って欲しかったー!」


「起こしにはいったんだけど。紅々があまりにも幸せそうに寝てたからさ」


「情報収集に徹するのですよね?」


「しばらくはそのつもりだよ。【十三黒死鬼(シーサンヘイスーグゥイ)】は、こっちでは無名に近いだろうし。異国の地である以上、今後は余り目立つ事もしたくないしね」


「はい。そうですね」


「わざわざここに来たのは、国外に持ち出された宝貝を回収する為だけども、情報が皆無である以上、動きようもないし。各学園に潜り込ませると言っていたけど、鬼王号(キオウゴウ)は今頃どのあたりにいるんだろうね?」


「どうでしょう? 九州あたりでしょうか?」


「まぁいいさ。学園が始まるまで、まだ日はある事だし。もう数日はここ、小樽を堪能しようじゃないか」


 闇海は、山紅の手を握った。

 立ち上がると再び歩き出す。

 橙蘭も、山紅とは反対側に移動。

 二人に並んで、ゆっくりと歩き始めた。

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