164.不安-Anxiety-

1991年6月19日(水)PM:18:52 中央区特殊能力研究所五階


「何か無理難題でも、押し付けに来たのかしら?」


「そう言いたい気持ちはわかるけどな。一緒に来た部下五名は、全員同じ理由だった」


「同じ理由?」


「そう。小隊の隊長の有賀 侑子(アリガ ユウコ)、刀間 刃(トウマ ジン)、色名 緋(シキナ アカ)、久遠時 貞克(クオンジ サダカツ)、琴田 玲菜(コトダ レイナ)の五名。お礼とお詫びさ。そこに積み重なっているのがその品物」


「何なのかとは思ってたけど・・・」


 品物に視線を向けた古川 美咲(フルカワ ミサキ)と白紙 彩耶(シラカミ アヤ)。

 そこには1.5リットルの箱入りペットボトル。

 山形のさくらんぼと書かれた箱。

 最後が木目調の箱だ。


「さくらんぼは佐藤錦。木箱は最高等級の神戸牛だそうだ」


「お礼とお詫びって何で?」


「ほら? テレビ塔で結果的には、助ける形になっただろ? そのお詫びとお礼だそうだ。負傷者は出たが、死亡者はでなかったそうだしな」


「そんなの別にいいのにね」


「本当。律儀というか何というか? 発案もその五名だそうだ。そうゆう意味では好感を持てるかな?」


「そうなんだ? でもそれは提案ではないわよね?」


「そう提案ではない。提案というのが五名の一人、琴田を臨時の学園の教師として、研修名目で雇って欲しいというのが一つ。それと全員で九人だったかな? 生徒として通わせて欲しいとな」


「教師に生徒? 生徒はともかく教師?」


「そう、教師。返答は後日と伝えてある。これがその資料だ」


 ソファーで見ていた資料の一部。

 を彩耶に渡した古川。

 資料を見始める彩耶。

 彼女の反応を待っている。


「研究畑の人みたいね?」


「前線向きではないだろうな? 防衛省のいくつかの研究に携わってたみたいだ。機密情報みたいで、研究の内容は聞かせてはもらえなかった。それと一部の保護者も兼ねてるようだがね」


「どうするの?」


「どうするべきか? 一応、皆の意見を聞いてみようと思ってね」


「そう? それで最初に私の意見を聞きたいって事?」


「そうゆう事だ」


 微笑んでいる古川。

 対して彩耶は思案顔だ。

 そのまましばらく無言の二人。


「それで美咲、この頂き物どうするの?」


「そうだな? どうしようか? さくらんぼは分けるとして、肉とペットボトルがな」


 一条河原 霙(イチジョウガワラ ミゾレ)が、扉を開けて入ってきた。


「思ったより遅かったな」


 古川の言葉に、申し訳なさそうな表情の霙。


「申し訳ありません。少しお話ししておりまして」


「そうか。それであの娘達は?」


「さすがに補助も無く行使したからでしょう。今は疲れて眠っております」


「そうか。本来は学園敷地内の競技場でしか使えないからな。事前にしっかり準備はしたとは言えども、負担は大きかったか」


「そうですね。それでもやると言い出したのは彼女達ですから」


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1991年6月19日(水)PM:18:58 中央区特殊能力研究所五階


「美咲姉、御飯のお届けで・・・」


 扉を開けた竹原 茉祐子(タケハラ マユコ)。

 しかし、古川以外にも人がいた。

 その為、恥ずかしくなってしまう。

 言葉が止まった。


「茉祐子ちゃん、こんばんわ」


「かわいいお嬢さん、こんばんわ。はじめましてですかね? 一条河原 霙(イチジョウガワラ ミゾレ)と言います」


 羞恥で顔を赤らめている茉祐子。

 古川は、笑いを堪えている。


「彩耶さん、一条河原さん、こんばんわ・・です」


 消え入りそうな声の茉祐子。

 そこで堪えきれなくなった古川。

 微かに笑いが漏れた。


「美咲姉・・笑うなんて酷いよぅ」


「いや、ごめんごめん」


 それでも笑いが漏れている。


「所長、これが資料になります」


 霙から資料を貰いながらも、笑み顔の古川。


「それでは私は失礼します。かわいいお嬢さん、またお会いしましょう」


 部屋を後にした霙。


「あ・・・もう、美咲姉のせいだからねぇ。自己紹介出来なかったじゃないのぅ?」


「えぇ? 私が悪いのか?」


「あいかわらず、仲良しね。私も娘達と御飯食べにいくから、姉妹でゆっくりね」


「それ嫌味か?」


「茉祐子ちゃん、笑い過ぎな美咲だから、お灸据えて上げなさい」


「うん」


「なんでそこで頷く?」


「茉祐子ちゃん、またね。美咲もたまには早く帰りなさいよ」


 彩耶は部屋を出て行った。


「美咲姉、この木箱とか何?」


「あぁ、それか? 貢物だな。ペットボトルは休憩室にでも置いとくとして。さくらんぼと肉はどうするか?」


 持ってきた三重の重箱。

 テーブルに置いた茉祐子。

 さくらんぼの箱と木箱の中身を確認する。


「さくらんぼは、これだけあるなら分けないと傷んじゃうよね。でもお肉はわけるには少ないか。こないだのすき焼きみたいにするとか?」


「それいいな。今度は事前に告知するか」


「そうだね。このお肉は焼肉用みたいだし、今度は焼肉かな? さくらんぼもそこで、デザート的な感じでだせば?」


「よし、そうしよう。茉祐子、明日でどうだ?」


「うん、いいけど? でもそれなら明日、買い物付き合ってね」


「わかった。何時頃がいい?」


「十七時かな?」


「十七時か」


 机の上から手帳を手に取る古川。


「今の所、大丈夫だ。あれ? そう言えば鬼湯は?」


「鬼穂ちゃんと鬼威ちゃんに会いにいってるよ。そのうち来ると思う」


「そうか。それじゃ来るまで待つか」


「うん」


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1991年6月19日(水)PM:18:59 中央区特殊能力研究所二階


「ゆーと君、研究室に行くんだよね?」


 中里 愛菜(ナカサト マナ)に話しかけられた桐原 悠斗(キリハラ ユウト)。

 彼女に視線を合わせた。


「うん、そのつもりだよ」


「それじゃ、私も所長さんに聞きたい事があるから、一緒に上まで行く」


 既に教室にいるのは四人だけだ。

 白紙 伽耶(シラカミ カヤ)と白紙 沙耶(シラカミ サヤ)は彩耶に連れられて外食。

 三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)や他のメンバー。

 彼等の今日は用事があるようだった。


 そこで何かに気付いたようだ。

 土御門 鬼穂(ツチミカド キホ)と土御門 鬼威(ツチミカド キイ)。

 二人は教室から出て行った。


「僕達も行こうか」


「うん」


 愛菜を連れて教室を出た悠斗。

 教室の外にいた鬼穂と鬼威。

 重箱らしき物を持っている少女。

 土御門 鬼湯(ツチミカド キユ)とじゃれあっていた。


 鬼湯と挨拶を交わす悠斗と愛菜。

 五人は他愛もない事を話している。

 エレベーターに乗り、五階に移動した。


 所長室の前まで移動した愛菜。

 深呼吸した後、扉をノックをした。

 聞こえてきた古川の声。

 気合を入れて、彼女は入室する。

 ソファに座って、重箱を見ている二人がいた。


「あ、食事中でしたか? ごめんなさい」


「愛菜ちゃんじゃないか? いやまだだよ。悠斗君と一緒じゃないのか?」


「彼は今日は研究室です。鬼穂ちゃん、鬼威ちゃん、鬼湯ちゃんも一緒に」


「ん? 鬼湯ならそこにいるぞ?」


 驚いて後ろを振り向いた愛菜。

 鬼湯が微笑んでいる。


「あれ? 鬼穂ちゃん達と一緒にいくのかと思ってた」


「いえ、私も最初からここに来るつもりでした」


「そ・そうなんだ?」


「愛菜さん、御飯は食べましたか?」


 茉祐子の問い掛け。

 答えを一瞬躊躇する愛菜。


「い・いえ。悠斗君達も今日は研究室で食べるそうなので、帰ってから食べるつもりですけど」


「たくさんあるので、もしよければ一緒にどうですか?」


 テーブルの上に追加で鬼湯が重箱を置いた。

 これで三重の重箱は三つ。

 更にそれとは別に小さい弁当箱が四つ。

 明らかに二人で食べる量ではない。


「本当は彩耶さんにも、と思ったんですけど、今日は伽耶さん、沙耶さんと外食するようなので」


「え? あ? はい。それじゃお言葉に甘えて」


 古川、茉祐子、鬼湯の三人。

 雑じった愛菜。

 茉祐子の手料理を味わうのだった。


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1991年6月19日(水)PM:19:47 中央区特殊能力研究所五階


 テーブルに座り、食後のお茶を啜る四人。

 所長室には、来客用の備品がある。

 湯呑にティーカップ、コーヒーカップ等だ。

 その為、突発的に起こる、このような状況。

 問題なく対処出来るのだ。


「茉祐子ちゃん、本当料理得意なんだね。凄いおいしかった」


「ありがとうございます」


「美咲様も料理を覚えてみてはいかがでしょうか?」


「鬼湯? 何か言ったか?」


「いえ、何でもありません」


「まったく。誰に似たんだか?」


「誰でしょうか? それにしても茉祐子様の料理は絶品です」


「鬼湯ちゃん、ありがとう。毎日言われてるけど、やっぱり照れるな」


「ところで愛菜ちゃん」


 突然の古川の言葉。

 居住まいを正す愛菜。


「何か私に用事があって来たんじゃないのか?」


「え、は・・はい」


 少し躊躇した愛菜だった。

 だが、覚悟を決めたようだ。

 重くなった口を開いた。


「ゆーと君から学園の話しは聞きました」


 真面目な顔で話し始めた愛菜。

 古川、茉祐子、鬼湯の三人。

 居住まいを正して真面目に聞いている。


「通いたいとは私も思います。でも正直自身がないんです」


「うん」


「無我夢中だったからだと思うんですけど。過去に自分の力を使った記憶があるのは二回。でもどっちも記憶がおぼろげですし。私なんかがうまく出来るようになるのかなって・・・」

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