210.右手-Hand-
1991年7月11日(木)PM:17:02 中央区精霊学園札幌校時計塔五階
「美咲、笑いすぎ。三人ともごめんね」
赤石 麻耶(アカイシ マヤ)が申し訳無さそうに詫びた。
「いや、ほんとごめん。そんなつもりじゃなかったんだけどな」
笑いを何とか抑えた古川 美咲(フルカワ ミサキ)。
「今日読んだのはお前達に渡す物がある。彩耶からの贈り物だな」
「贈り物?」
首を傾げた銀斉 吹雪(ギンザイ フブキ)。
白紙 伽耶(シラカミ カヤ)と白紙 沙耶(シラカミ サヤ)を順番に見る。
しかし、二人は首を横に振るだけだった。
「あぁ、大分前に天目鍛の兄妹が来てたのは覚えているか?」
「はい、確か私、沙耶、吹雪ちゃんの順に、瑠琉慧さんがいろいろと質問したり、手を見たり、実際に木刀で組み手をしたりしましたよね」
「瑠琉慧さん、強かったよね。最後三人で挑んだけど、ボロ負けだったもん」
「うん、剣技だけなら三井兄様よりも強いと思う」
そこでニヤリと笑う古川と麻耶。
「この刀と小太刀は、彩耶姉さんがお前達三人の為に、瑠琉慧に頼んで専用に拵えてもらったものだ。そのうち微調整も兼ねて製作者本人も学園に来る予定だ。立て込んでる仕事を片付けたらって言ってたな」
その言葉を聞いた三人。
鳩に豆鉄砲を食らったような顔になった。
しかし、そんな事もお構いなしだ。
話しを進め始める古川。
「まず吹雪、刀の銘は氷月(ヒゲツ)、小太刀が幼氷月(ヨウヒゲツ)」
白鞘の刀と小太刀を渡す古川。
恐る恐る受け取る吹雪。
「伽耶、お前のは焔月(エンゲツ)、小太刀の方が幼焔月(ヨウエンゲツ)だ」
吹雪とは逆に、満面の笑みで受け取る伽耶。
「そして沙耶、刀は霧月(ムゲツ)、こっちが幼霧月(ヨウムゲツ)」
礼儀正しく、両手で受け取り、一礼する沙耶。
「ちなみに、彩耶の刀は夢月(ムゲツ)、小太刀も持っててな。そっちが幼夢月(ヨウムゲツ)と言うそうだ」
「伽耶ちゃんと沙耶ちゃんはわかるけど、何故私も?」
「ん? ちゃんと聞いた事はないが、お前達の付き合いは長いのだろう? だから彩耶は吹雪も自分の娘のように思ってるんじゃないか? 研究所の聖母とか呼ばれてるぐらいだしな」
「ちなみに義彦の持っている炎纏五号丸(ホノオマトイゴゴウマル)と同じ二級霊装器だ。彼のは兄の叉左侘作だが、あいつのネーミングセンスはちょっとダサいんだよな」
「麻耶、思ってても本人の前で言うなよ? 本気で殺しに来るぞ。あいつなら」
そこである事に気付いた沙耶。
「あの。私達は一刀流についてはいろいろと教えてもらいましたけど、それもまだ途中でしたし。刀と小太刀の二刀流も考慮されてるのかもしれませんが、宝の持ち腐れになりそうなんですけど?」
「そこは大丈夫だ。彩耶姉さんの変わりに、私がきっちり教えてあげるよ」
「麻耶が教える事で彩耶とは話しが付いてるそうだからな。安心して受け取るといい」
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1991年7月11日(木)PM:18:34 中央区精霊学園札幌校時計塔五階
「意地の悪い事するのな」
ソファに座っている麻耶。
やれやれと言った表情で、古川を見た。
当の本人は、何処吹く風という表情を崩さない。
「まぁいいじゃないか。サプライズは大事だよ。麻耶君」
「サプライズ・・・ねぇ?」
「そうそう。サプライズ」
「やられる生徒達はたまったもんじゃないな。そう言えば、美咲。生徒達の部屋割ってどうやって決めたんだ? 考えて決めたようには感じられないのは、私の気のせいだろうか?」
「いや、たぶん気のせいじゃないぞ」
「どうゆう事?」
古川は、彼女の言葉には答えない。
棚に置いてある二つの箱の一つを持ってきた。
上面には丸い穴が開いてある。
Gの記載があるが、形状はまるで抽選箱の様だ。
持ってきた箱をテーブルに置く古川。
座った後、隣の麻耶の前まで移動させた。
彼女は怪訝な表情で抽選箱を見ている。
「手を入れて一枚引いてみればいいさ」
古川の言葉に、手を入れて一枚引いてみた麻耶。
手に持っている二つ折りの紙を開いてみる。
「二の三○三?」
二-三○三と書かれた紙。
少し思案気味の表情の麻耶。
「もしかして、GはGIRLのGで、これは第二学生寮の三○三号って意味か?」
「おお、さすがだ。当たりだよ。紙は元の二つ折りにして戻してくれな」
開いた紙を二つ折りに戻した麻耶。
何か言いたげな表情だ。
しかし、結局何も言わない。
溜息を吐くだけだった。
「考えたところで、しょうがないだろう?」
「いやまあ、確かにそうだけど」
「それに、人手不足で考える時間も惜しかったからね」
「そう言われると何も突っ込めないけどさ」
「さてと、夕食に中華でもどうだ? 魅羽ちゃんも誘ってさ。私も茉祐子を誘うけどね」
「そうだね。いいかも」
「私が先に茉祐子に連絡させて貰うけど、終わったら電話使っていいぞ」
「わかったよ。ほら、先に電話したした」
こうして二人は、順に電話をする事にした。
古川は竹原 茉祐子(タケハラ マユコ)。
麻耶は娘の赤石 魅羽(アカイシ ミハネ)を誘う事にした。
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1991年7月11日(木)PM:20:11 中央区精霊学園札幌校北通
西に向かって歩いている三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)。
一緒の吹雪の速度に合わせている。
義彦は炎纏五号丸(ホノオマトイゴゴウマル)。
吹雪は氷月(ヒゲツ)と幼氷月(ヨウヒゲツ)。
古川に提供された専用のベルトに差し込んでいる。
吹雪は、義彦の回復する気配の無い傷の事も考えた。
腕を組むのではなく、彼の左手を、右手握っている。
怪我がなければ、容赦せず腕を組みにいっているだろう。
「さっき吹雪が来る前に所長じゃなかった。理事長が来たんだけどな」
「うん」
時折、義彦の顔を見ている吹雪。
嬉しそうに答えている。
「東京からの助っ人達と協力して、迷宮の地下への封印を解除出来たそうだ」
「封印?」
「あぁ、そうか。あの後吹雪は一度も行ってないのか」
「うん、行ってないよ。三井兄様は行ったの?」
「あぁ、じじぃに連れられてな。その封印を壊せないか試しに行ってみた」
そこで、少し首を傾げた吹雪。
「壊せなかったって事?」
「そうだ。迷宮の床も封印そのものもな」
「その封印ってどんなものだったのかな?」
「光線みたいなのが格子状に出入口に迸ってた。たぶんだが、触れるものは消滅なりさせてしまうようなものだった」
「それって凄く怖いものなんじゃ?」
「そうだな。じじぃが持ってきてた火斬(ヒキリ)の量産型で斬ってみたら、刃の方が消滅したしな」
当時の事を思い出すかのようだ。
少し遠い目をしながら話し続ける義彦。
吹雪は、話しを聞きながら光景を想像しているようだ。
「ホサシィアルって名前になったんだっけ? あそこ他にも何かありそうだね」
「そうそう。ホサシィアル。そうだな。確かにあるかもしれないが、進んでみないとわからないだろうな」
第二学生寮と第三学生寮の間。
そこで足を止めた義彦。
吹雪も一緒に歩みを止める。
「義彦兄様どうしたんです? 傷が痛むの?」
「あぁ? いやさ。やっぱ傷負ってるとはいえども、学校行くの以外は部屋に閉じ篭ってるのは駄目だなって思ってね」
「でも、無理しちゃ駄目ですよ。少し回復したけど、そこから全然回復しなくなってるんだから」
「ばれてたのか」
「元魅さんから聞きました」
心配するような眼差しで、見上げるように義彦を見る吹雪。
「おしゃべりめ」
「元魅さんも心配してるんだと思いますよ。もちろん私だって」
「そんな目で見るなよ。普通に生活する分には問題ないんだからさ」
「はい、わかってますけど」
「さてと、そろそろ戻るか」
左回りに百八十度方向転換する義彦と吹雪。
「あ? あれ、愛菜ちゃんと桐原君じゃないですか?」
「そうだな。ありあベーカリーでパンを買ってきたみたいだな。昨日もあの二人行ってきたような事話してたような?」
「話してましたね。でもありあベーカリーのパンおいしいですしね」
「確かにそうだ。おいしいと思う」
向こうも義彦と吹雪に気付いたようだ。
手を振っている。
歩いてくる桐原 悠斗(キリハラ ユウト)と中里 愛菜(ナカサト マナ)。
手を振り返す吹雪と、軽く手を上げただけの義彦。
悠斗と愛菜以外にも三人程、学園の制服姿が見えた。
突然前に踏み出した義彦。
抜き放った炎纏五号丸(ホノオマトイゴゴウマル)を一閃。
彼の行動に一瞬戸惑う吹雪。
何かを弾いたような音。
視界に現れた存在。
彼の行動の意味を理解した。
義彦に攻撃をしてきたのは紫色の右手。
コンクリートの道路から突き出ている。
それは手首から上の部分だけだ。
紫色の手の存在。
義彦も吹雪も怪訝な表情になる。
しかし周囲への警戒も怠らない。
第三学生寮の方から走ってくる制服姿の男。
彼の顔を見た吹雪は、侮蔑の眼差しになった。
彼女の眼差しの変化に気付いた義彦も、相手を睨む。
「ヴラド何とかって吹雪に付き纏ってる奴か?」
「・・・はい」
「何してんの? 何でお前が吹雪の右手を握っているんだよ?」
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