112.消散-Dissipation-

1991年6月10日(月)PM:12:41 中央区大通公園一丁目


 テレビ塔正面玄関より現れた古川 美咲(フルカワ ミサキ)。

 一直線にZZR1100BMに向う。

 その姿を見咎めた白紙 彩耶(シラカミ アヤ)の声が聞こえた。


「美咲、その様子だと、ここにはないって事?」


「いや、地下一階の更に地下。おそらく地下鉄駅よりも、もっと地下に原因があるようだ」


「地下鉄より地下って? まさか、大老から届いたアレ?」


「あぁ、それしか考えられないだろう?」


「もしそうなら特殊――」


「言いたい事はわかるが、その話しは後だ」


「・・・そうね」


「彩耶はここで戦線の維持」


「はいはい、わかりましたよ」


「惠理香もお願い出来るか?」


「親友の頼みじゃ断れないわね。あの二人は無事よ。詳しい話しは後にするけど、悪い話だから覚悟してね」


「わかった。頼んだぞ」


「うん」


「砂原はここまでの話を、向こう側を死守している黒金達に伝達だ」


「はい、わかりました」


「浅田も念の為、一緒にいけ」


「了解しました」


「そうだな。田中もいけ」


「わかりました」


「三人は伝達終了後、そのまま向こうの黒金達に協力」


 各々が再び、了解の言葉を吐いた。

 三人が集まり、走り出したのを見届けた古川。

 ZZR1100BMに跨りつつも更に指示を飛ばす。


「金本は、彩耶の指示でここを死守」


「はい」


「七原は金本の援護をしつつ、彩耶と惠理香の近くに来るのがいれば牽制だ」


「はい、がんばります」


「それでは、彩耶にここはまかせる」


「わかったわって、一人でいくつもりなの?」


「大丈夫だ。念の為待機させてる面子がいる。だから一人じゃないさ」


「面子って誰かいた?」


 会話を続けている二人。

 それでも、彩耶は自分の仕事をこなしている。

 しかしほぼ、山中 惠理香(ヤマナカ エリカ)の独壇場だった。


「先に言っておくが生徒達じゃないぞ」


「じゃあ誰? あ、もしかして?」


「そうだ。あいつらも、研究所に篭ってばかりじゃなく、たまには運動させないとな」


「それ酷い言い様じゃないの? 強ち間違ってはいないんだけどさ」


「まあ、そうゆうわけだ。行ってくる」


「はいはい。いってらっしゃい」


 エンジンを吹かしてた古川。

 ZZR1100BMを発進させる。

 はやくこの現状を打破する事を目的として、法定速度は無視した。


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1991年6月10日(月)PM:12:42 中央区大通


 妖魔の亡骸が減り込んだ車。

 中には、建物に突っ込んだのもいる。

 その建物の最上階。

 窓から、戦闘の一部始終を眺めている者達がいた。


 楽しそうに、眼下を眺めている男性。

 その部屋にはもう一人いた。

 赤紫の髪が波打っている女性。


 彼女も同じ光景をみている。

 しかし、瞳は物憂げだ。

 そこに軽薄そうな優男が入ってくる。


「イーノム、どーんな感じ?」


「アラシレマか。一番美味しい所は見逃したかもしれないぞ」


「えー? そうなーのー? 残念なーんだなー」


「それで何処にいってた?」


「最近うーるさい蝿がうーろちょろしーてたかーらさー、プチッと潰しーてきーたのよー」


「精霊庁から派遣されているあの二人か」


「そーうそう」


「死体を確認してきたのか?」


「しーてなーいよ。お店ごと消滅さーせたーかーらー、確認のしーようがーなーいかな。もーし生きてーたーらそれはーそーれでー楽しーいでしょ」


「おまえに聞いたわしが馬鹿だった」


「えー? そーんなに自分を卑下しーないでーよ」


「アラシレマ・・・いや何でもない」


「そーれにしてもアナイムレプがーいるなーんて珍しいね?」


 それまで二人の会話を傍観していた彼女。

 そこではじめて口を開いた。


「イーノムに拉致されたのだ」


「へー? 奥様まーでいーらっしゃーるのに、今度は彼女にまーで手を出すの? あーいかわーらず節操なーいね」


「冗談にしても酷い奴らだ」


「えー? 人間の体に執着しーて、あーらゆる快楽を求めてーるイーノムさんの、今のブームは性欲でーしょうに?」


「否定出来ない・・・というか何で知ってるんだ?」


「えー? あーれだーけ喰い散らかーしてれーばねー」


「イーノム、お前が何処で何をしようが知らん。だが、私に手を出すつもりなら、覚悟ももちろんあるんだろうな?」


「アナイムレプ・・・本気にとるな」


 本気で殺意の篭った目のアナイムレプ・シスポルエナゼム。

 イーノム・アルエナゼムを睨みすえる。


「アナイムレプさーん怒らーせると怖いかーらねぇ。その逆鱗に触れて、生きーる事も死ぬ事も出来なーくなった同胞が、どーれだけいーたか」


 本気とも冗談ともとれる会話を繰り広げる三人。

 見られてる事も知らない彼等。

 テレビ塔周辺では、相変わらず戦いが繰り広げられていた。


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1991年6月10日(月)PM:12:54 豊平区白石藻岩通


 突如消滅した喫茶店周辺。

 そこに到着した車両から降りてきた者達。

 電話回線が通じていれば、こんなに時間がかからない。

 非常に到着に時間がかかっていた。


 その現場を目撃した全員。

 その目を丸くした。

 報告では聞いている。

 とはいえ、喫茶店を含む建物が直線状に消滅。

 そんな報告を信じられるわけがない。


「なあ・・俺は夢でも見てるのか?」


「ゆ・・夢じゃないと思うけど。これは何をどうすればいいんだ?」


 綺麗さっぱりな状態。

 即座に行動を起せない。

 彼らは右往左往していた。


 それも当然だろう。

 倒壊したとかではない。

 本当に建物が消滅しているのだ。


 現場から少し離れた建物。

 そこのとある一室。


 汗だくで寝かされている男。

 その側で、涙目の女。

 不安げに見つめている。


 男の閉じていた瞼。

 徐々に持ち上げられていく。


「――――み・・未空?」


「あ・・あ・・」


「あ?」


「あ・・碧・・碧・・気がついたのね。良かった・・良かった・・。ごめんね。私のぜいでわだす・・」


 そこからはもう声にはならなかった。

 涙を我慢していた浅田 未空(アサダ ミク)。

 とうとう涙腺が決壊したのだ。


 徐々に戻る感覚。

 違和感と痛みと冷たさ。

 浅田 碧(アサダ アオ)はやっと気付いた。

 上半身は裸の状態になっている。

 左手が肘から消失。

 傷の表面及び、上腕の中程まで氷に覆われていた。


「・・そうか。左腕がなくなったのか」


「ひっく・・ごめんなざい。あだぢのせい・・あだぢが・・」


「気にするなとまでは言わないけど、もう泣くなよ。未空は怪我はないのか?」


 碧は、未空の体を、残った右手で抱き寄せた。


「わ・・わだぢはだいじょぶ・・だっで・・だっで・・腕だよ・・ヴで・・碧の・・夢は・・ゆ・・うわーん」


「とりあえず・・・・・状況を教えてくれるか?」


「ひっく・・ひっく・・う・・うん」


「落ち着いてからでいいからな」


「う・・ヴん・・ごめんなざい」


 再び泣き出した未空。

 碧は彼女が泣き止むまで、抱きしめていた。

 時折走る痛みに耐えてもいる。


 良く見れば自分の服だけではなく、未空の服も血にまみれている。

 碧の腕から流れ出た血なのだろう。

 彼女が泣き止むまでは、しばしの時間を要した。


「もう大丈夫か?」


「は・はい」


「それじゃ状況を教えてくれるか?」


「ま・まずお店は消滅。碧が咄嗟にフロアの地下への扉を破壊して、私を抱きしめて飛び込んでくれたの」


「うん。そこまでは覚えてる」


「ひっく・・そ・それで私達は助かったみたい」


「うん」


「でも落下の衝撃から私が立ち直った時に、蒼の左手は・・ぐす・・既になかったの。でもたぶん私、錯乱してたんだと思う。しばらく・・ぐす・・碧の目を覚まさせようと揺すってたんだ。どんどん流れていく・・ひっく・・血に気付いて、止血の為に左腕を氷で覆ったの」


「そうか。ありがと」


「お礼は・・ぐす・・私が言う事だよ・・ひっく・・私を助けてなければ、碧は左手を失わなかったと思う」


「おいおい? 俺ってどんだけ冷酷に思われてるの? 心の底から愛している妻を置いて逃げてるかって」


「ひっく・・でも・・その・・腕じゃ・・もう料理も・・ひっく・・お菓子も・・」


「確かに表向きの顔としての喫茶店だったとはいえ、二人でお店を経営するのは楽しかった。でも俺達が、ずっとこの土地にいる理由は違うだろ」


「ひっく・・でもだけど・・」


「失ったのはショックじゃないと言えば嘘になる。これから凄い不便になるだろうし不都合もでるだろうけど、未空にも迷惑かけるかもしれない。それでも俺の側に居てくれるか?」


「碧・・・はい。死が二人を分かつその時まで、私があなたの左腕になります」


「でもこの腕みたら、緑何ていうかな? 兄貴馬鹿でしょって言われるかもな」


「ひっく・・私、緑ちゃんに合わせる顔がないよ・・・。ぐす・・殺されるかもしれない」


「さすがにそれはないよ」


「だって・・だって・・」


「それで、お客さん達は? 全滅か?」


「え・・う・・うん。確認はしてないけど・・たぶ・・・ぐす」


「そうか。巻き込んだのは俺達だよな・・・」


 沈黙になってしまった二人。

 先に口を開いたのは碧。


「何の慰めにもならないけど、あいつ等が何かとんでもない事をする前に、とめないとな。まずは研究所の古川さんに報告に行くぞ」


「え? 碧? 正気? その状態で? 病院が先だよ」


「あそこには凄腕の医者もいる。だから大丈夫だ。氷が融けちゃう前にいくぞ。ここだっていつ見つかるかわからないしな」


「で・・でも・・う・うん・わかった」


「こっちにも服を置いといて正解だったな」


 恥ずかしそうに服を着替える未空。

 彼女の体を見ながら慣れない片手の碧。

 着替えに悪戦苦闘している。


 着替えを終えた未空。

 碧の苦闘振りに苦笑。

 その後で、着替えを手伝いはじめた。

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