307.保険-Insurance-

1991年7月25日(木)PM:18:35 白石区ドラゴンフライ技術研究所四階


「中々におもしれぇもの見せてもらったよ」


 扉を開けてはいってきたのは石井 火災(イシイ カサイ)

 彼の背後には形藁 伝二(ナリワラ デンジ)もいる。


「あれが突破されない為の保険達なわけね」


「そうゆう事だな」


 向かい合うように、椅子に座った二人。

 手に持っている缶コーヒーを一口飲む火災。

 テーブルに両手を組んで置いた形藁。


「あそこの六層から九層のあいつ等良く喧嘩しないものだな。あぁそうか。記憶いじってるって事か」


 火災は缶コーヒーをテーブルに置いた。


「そうゆう事だ。思ったより梃子摺ったがな」


「どれも始めて見たけど、生きたまま解剖したり、いろいろ実験したりしてみたいねぇ」


 残忍な表情で笑う火災。


「そのうちいらなくなるだろうからな。その時まで楽しみにしているがいいさ」


「そうさせてもらうよ」


 人間とは思えない、冷酷な表情の形藁。


「五層ってどうなってんの?」


「さあな。知らん」


 火災の質問に形藁は即答した。


「こっち側でいいのかな? いや、あっち側? まぁいいか。竜いるんでしょ? 実物なんて見た事ないけど、強いんじゃないの? どうすんの?」


「使い手である人間を封じる策は手筈を整えてある。実行日に排除する予定だ」


「そう? ならいいけどね」


 缶コーヒーを一口飲んだ後、火災は形藁にそう答えた。


「駒の準備はほぼ完了してるけど、大盤振る舞いだよね」


「自分達が未曾有の混沌を始めるのだ。お前達人間としても、これ程わくわくする事はないんじゃないのか?」


「そうだね。わくわくしてるよ。でもどっちかというと、わくわくしているのは当日よりも、その後かな? どんな凄い未知が現れてくれると思うとね」


 火災の表情が、禍々しく歪んだ。


「いろいろと予定外の事態が起きてしまってはいるがな」


「そうだな。イレギュラーな参加者も出てくるだろうね。足取り不明な黒鬼の王と呼ばれてる奴とか。それでも道外もほぼ準備は予定通りだし。でも、よくあんな嘘を信じてくれたものだよ」


 心の底から楽しそうに笑う火災。

 形藁もにやりと唇を釣り上げた。


「民の事を心底考えている者など、国の中枢にはほとんどいないという事であろう。何時の時代も何処の世界でも」


「そんなものかね?」


「そんなものだ。儂等は自分たちがそうしたいと思う事に、従前に従って生きてきた。しかし、人間と言うのは自身の欲望を裏に隠して、さも善人のように振舞っておる。だから人間という種族が儂は嫌いなのだよ。そうではない人間も極少数ながらいるがな」


 嫌悪感を露わにしている形藁。

 その声には、憎悪が含まれていた。


「欲望を曝け出す事こそ生物本来の姿だと思うのだよ。だからこそ、この計画を実行するのだ。最早、誰も止められはせぬだろうさ」


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1991年7月26日(金)AM:11:54 中央区人工迷宮地下四階


「こうやって見てるだけだと、どっちも人間と変わらねぇな」


 誰に聞かせるわけでもなく呟いた刀間 刃(トウマ ジン)。

 彼の右手の裾からは包帯が微かに見えている。

 左手にいたっては、包帯が手の甲まで及んでいた。


「触れるものなら触れてみるのだー!」


 挑発するようなシャイニャン。

 念話で会話しているはずなのだが、心の声が駄々漏れだ。

 彼女の挑発に、対抗意識を燃やしているスライマーナの子供達。

 時折腕を伸ばしたり指を伸ばしたりしていた。

 何とかシャイニャンに触れようとする。

 ゴムのように伸びる光景は些か奇妙だ。


「甘いのだー!」


 通常の間接駆動ではありえない角度。

 迫ってくる多数の手や指。

 それらを容易く躱し続けているシャイニャン。


「敵にはしたくねぇわな」


「へー、刃でもそんな事思うんだ」


 刃の隣で座っている野流間(ノルマ) ルシア。

 彼女も右手は包帯塗れになっている。


「あぁ思うぜ。戦う楽しみを味わう事もなく一瞬で終わるなんて後免だからな」


「確かにね。トルエシウンさんも全然本気出してた様に見えなかったし。彼女も同じくらい強いんだろうね」


「たぶんだがな。人間なんかじゃ到達できないようなレヴェルなんだろうよ」


 少しだけ苦々しい表情の刃。


「ここにいたのね」


 突然聞こえて来た声。

 二人は声のした方に顔を向けた。


「侑子か。なんかようかよ?」


 彼の態度に苦笑する有賀 侑子(アリガ ユウコ)。


「本当なら命令違反で処罰ものなんだけどなぁ? そんな態度でいいのかな?」


「へっ、抜けられたら困るくせに」


「うん、困るわよ。だから処罰は保留。明日から地下五階の攻略開始するから、今日はゆっくり休みなさい。怪我人を酷使するのは癪なんだけどね。あ、刃は別にいいけど、ルシア後免ね」


「いえ、気にしないで。毎回思いますけど、本当仲良いですね」


 本心で言ってるらしいルシア。

 刃と侑子は同時に否定の言葉を唱えた。

 どちらも、心底嫌そうな表情だ。


「って馬鹿と話す為に来たんじゃなかったわ」


「誰が馬鹿だって?」


「刀馬鹿でしょ?」


「んぐっ」


 子供達と遊んでいるシャイニャンを一度見た侑子。

 否定出来ない刃は唸っている。

 何か厭味を言おうとして結局思いつかない。

 侑子は右手をひらひらさせている。

 そのまま二人から離れて行った。


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1991年7月26日(金)AM:17:21 中央区精霊学園札幌校時計塔五階


「失礼します」


 ノックの音の後聞こえて来た声。

 古川 美咲(フルカワ ミサキ)は、すぐに入室を促した。

 扉が開かれ、入室して来たのは四名。

 姿形は人間そのものだ。

 しかし、全員異質な肌の色をしている。


「私達をお呼びとの事でしたが?」


 室内には古川の他に、既に二名の人物がいる。

 その二人はソファーに座っていた。


「まずはソファーに座ってくれ」


 彼女の言葉に、四人並んでソファーに座った。

 同時に反対側に座っていた一人が立ち上がる。


「皆様、紅茶でよろしいでしょうか?」


 予想もしてなかったのだろう。

 四人は、暫し躊躇した後に頷いた。


「綾香、気を利かせてくれてありがとな」


 赤みのさした黒髪ツインテール。

 揺らしながら歩いていく。

 タイトスカートにワイシャツの十二紋 綾香(ジュウニモン アヤカ)。

 古川に一礼した彼女。

 顎の小さな黶が一瞬隠れる。

 戸惑っている四人の視線を気にする事もない。

 彼女は紅茶を四人分紅茶をいれ始めた。


 テーブルには既に、ティーカップが二つある。

 一人座っている鎗水 流子(ヤリミズ ルコ)。

 彼女は、一口飲んで喉を潤した。


 ワイシャツに包まれた双丘が苦しそうに揺れている。

 ミニスカートに白衣姿の流子。

 黒髪の彼女の瞳は、あいかわらずとろんとしいる。

 今にも眠ってしまいそうだ。

 組んでいる足からは、見えそうで見えない。


「ペーニャ、四種族の長として頑張っているようだな」


 書類の束と、自分専用のコーヒーカップ。

 テーブルに置いて、流子の隣に座った古川。

 四人の一番左の女性に視線を向けた。


「滅相もありません。私などまだまだです」


 古川の言葉に、畏まったプルペーニャ。

 見た目二十歳位の彼女。

 マラカイトグリーンの髪に、海松色の肌。

 若緑の瞳が、褒められた事に嬉しそうに煌く。


「小さい衝突とは言え、荒事を穏便に解決してくれて感謝してるぞ。ポーポフ」


 座ったまま九十度頭を下げたカリポーポフ。

 二メートルはある体が苦もなく折れ曲がる。

 オールドローズの髪の三十歳程の見た目。

 桜色の肌がプルプルと波打っている。

 頭を上げた彼は、錆色の瞳で再び古川を見た。


「その為のこの顔ですからね」


 ニヤリと笑う彼の隣。

 十歳程の少年は苦笑いだ。


「ニーキャもわんぱくな子供達を良くまとめてくれているな」


「僕ですから。当然です」


 自信満々な鬱金色の眼のルルニーキャ。

 黄土色の髪の毛。

 イエローオーカーの色の手で掻き上げた。


「正しく人間社会の常識を教えてくれていて感謝するぞ。ニャーチ」


「勿体無い言葉です。我等四種族、美咲じゃなかった。理事長に助けられなければとうに朽ちていた身。我等こそ感謝しても感謝しきれません」


 頭を下げたプノニャーチ。

 額をテーブルにぶつけるかと思う程の勢いだ。

 サラサラと瑠璃色の髪が落ちた。

 ターコイズブルーの肌に、セルリアンブルーの瞳の彼女。

 十歳位の見た目ながら、何処か大人びても見える。


「とりあえず元気そうで何よりだ」


 古川の言葉が終わったのを見計らっていた綾香。

 紅茶を順番に配膳していく。

 彼女が配膳を終わらせソファーに座る。

 それまで誰も口を開く事はなかった。

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