062.乱入-Intrusion-

1991年6月1日(土)PM:19:23 中央区緑鬼邸二階


 緑鬼邸大広間に突然現れた二人。

 正面玄関を豪快に破壊して侵入したのだ。

 黒髪の少女が、仮面を被った二人の少女と対面している。


「私と戦いたいって事ね!?」


 ショートヘアの黒髪の少女、瀬賀澤 万里江(セガサワ マリエ)。

 対面している二人の少女にそう問いかけた。


「そうです。あなたの強さが噂通りかどうか確かめたくて」


 仮面の少女の一人がそう答えた。

 その両手の拳には、橙色の球体状のエネルギーの塊がくっ付いている。

 まるで橙色の鉄球のグローブを装備しているようだ。


「噂の真偽を確かめたいのぅ」


 もう一人の仮面の少女の両手。

 渦巻状に橙色のエネルギーの紐のようなものが、絡み付いている。

 両腕に巻きつくその様は、まるで蛇のようだ。


「嫌だと言う選択肢はなさそうね?」


「そうだよぅ、そんな事言ったら、私達何するかわからないよぅ!」


 大広間の入口から、万里江を見ている仮面の少女二人。

 万里江は、自然体で二人の側まで歩いていく。

 不安そうに万里江を見ている夕凪 舞花(ユウナギ マイカ)。


「――まり姉・・・」


「心配しなくても大丈夫。舞花はそこでおとなしくしていてね」


 万里江の頭から、黒い角の様なエネルギーが瞬時に生えた。

 しかし、その角は直ぐに消失する。

 消えたと同時に、万里江の手刀状の両手が変化した。

 黒いエネルギーが、剣状にどんどん伸びていく。


「私は本早苗」


 両手の拳に、橙色の球体状のエネルギーがくっ付いている少女。

 彼女は球体状のエネルギーを打ち合わせる。


「わたしぃは子早苗なのぅ」


 両手に、渦巻状の橙色のエネルギーの紐が纏わり付いている少女。

 本早苗に合わせる様に、名乗りをあげた。


「私の噂を知っているという事は、名乗る必要もなさそうね」


「そうなのぅ」


 子早苗の紐が、何も無い空中を鞭の如く舞う。

 その度に、風を切る音が響く。


「防がないと、後ろの人達が酷い事になるかもね」


 本早苗が両腕を万里江に向ける。

 球状の塊から小さい球状のエネルギーの塊が、瞬時に射出された。

 十発発射されたエネルギーの塊。

 万里江の黒い剣により斬り裂かれ消滅した。


 子早苗の鞭が、空を切り万里江に襲い掛かる。

 繰り出される鞭を、容易く万里江は躱す。

 その渦中に放たれる、本早苗の橙色の銃弾を斬り裂きながらだ。


 二対一という不利な状況。

 にも関わらず、全く不利を感じさせない万里江。

 鮮やかな剣撃が踊るように繰り出される。


 突如ズタズタに切り裂かれた鞭。

 再生するまでの一瞬の隙に、回し蹴りを喰らい子早苗は吹き飛ばされた。

 仮面の為、瞳しかわからないが驚愕している本早苗。


 飛んでくる橙色の銃弾を、万里江は今度は斬り裂かず跳ね返す。

 跳ね返された銃弾数発が、本早苗の顔すれすれを通過。

 一瞬、動きが止まった隙に、立ち上がった子早苗の方に蹴り飛ばされた。


 本早苗にぶつかった子早苗。

 二人は絡み合って、ゴロゴロと廊下を転がる。

 やっと止まった二人。

 立ち上がり、めげずに再び万里江に攻撃を開始。


 しかし二人の攻撃は、万里江に届かない。

 それ以外の誰かを傷つける事もなかった。

 十秒もしないうちに、いとも容易く再び吹き飛ばされた。

 それでも立ち上がった本早苗と子早苗。


 実力の差に驚愕した目をしていた。

 それでも、一矢報いる手を考えている。

 二人は攻めあぐねて、攻撃に踏み込めない。


 そこに、もう一人の仮面の少女が乱入してきた。

 本早苗と子早苗に近付いた仮面。

 万里江には聞こえない声で、何事か囁いた。


 不本意な瞳で、万里江を見つめる二人。

 しかし諦めたのか、ここに来た時と同様に正面玄関の方に走っていった。

 万里江は追いかけようとはしない。

 何故なら、彼女は舞花に危険が迫る可能性が無ければ、動かないのだ。


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1991年6月1日(土)PM:19:37 中央区緑鬼邸二階


 彼女は本当は、その場に残りたかっただろうか?

 しかし抵抗する事もなかった。

 僕に手を引かれるままに、足を前に出してくれている。


 近藤さんや健一さん、健二さん達も素直に撤退中だ。

 嵐金さんを守るように、僕達の前を歩いている。

 混迷の場の颪金だった者。

 そこには、三井さんと龍人さんの、三人だけが残されたはずだ。


 大広間まで戻る間に、僕と吹雪さんは何か話しをしたのだろうか?

 話したような気もするし、話してないような気もする。

 体を動かして歩いてはいた。

 だけども、衝撃が強すぎて、思考と整合性が取れていなかったのかもしれない。


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1991年6月1日(土)PM:19:37 中央区宮の森


 颪金を竜巻で何とか押さえ込んでいる三井 龍人(ミツイ タツヒト)。

 その瞳は緑白に燃えるように輝いている。

 その体にも、緑白の闘気のようなものが燃え盛っていた。


「義彦、もうそんなには持たないぞ。いいか?」


「あぁ、大丈夫だ!」


 三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)の瞳も、赤黒に燃えるように煌いていた。

 彼の体にも、赤黒の闘気のようなものが燃え盛っている。

 右手を前に、左手を腰の横に、いつでも飛び出せるように、少し腰を落としている。


 龍人の作り出していた竜巻が砕け散った。

 衝撃波の繰り出す破壊エネルギーに、押し切られたのだろう。

 颪金だったものが作り出す衝撃波が再び放たれる。


≪大風斬≫


 龍人の振り下ろした手刀から放たれた、巨大な風の刃。

 縦一文字に衝撃波を切り裂き、颪金すらも一刀両断した。

 そして義彦が飛び込み颪金に放つ一撃。

 後に残ったものは一列に縦に切り裂かれた木々とそして――。


「――あの時程じゃないにしても、正直な所、思い出さずにはいられないな」


 苦笑いの龍人は、切り傷や擦り傷を気にするでもない。

 スーツの内ポケットから煙草を一本取り出した。

 一緒に取り出したジッポで火を付ける。

 そして肺に煙を吸い込み、一気に吐き出した。


「――余り思い出したくないがな」


 義彦はそう言っただけだった。

 二人の瞳の輝きは既に消失している。

 燃え盛っていた闘気のようなものも、無くなっていた。


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1991年6月1日(土)PM:20:41 中央区緑鬼邸二階


 とりあえず、事態が沈静化したと判断された。

 その上で、僕達は大広間にいる。

 愛菜は、何か言うわけでもなく僕の側に寄り添っていた。

 当初の予定とは異なり、即席で調理されたおにぎりと豚汁。

 この場にいる全員に振舞われている。


 少し前に医療班が到着し、怪我人の手当てに奔走していた。

 その時一緒に到着した古川所長。

 大広間の隅っこの方、少し離れた所で健一さんや健二さんから報告を受けていた。

 擦り傷切り傷等の負傷者はいた。

 でも、怪我をした人は、僕も含めて皆、軽症のようだ。


 ただあの二人は残念ながら、もう戻ってこない。

 どちらもまともに話しをした事はないけど。

 それでも、一人は目の前で、もう一人はあんな状態になった。

 目の前で起きた、その事実。

 僕の心に何とも言えない喪失感を形作っている。


 吹雪さんは、三井さんが戻るまでは慰められていた。

 主に同世代の女性陣にだ。

 伽耶さんや沙耶さん、それに愛菜が彼女の側に付添っていた。


 しばらくして戻ってきた三井さん。

 感情の楔が再び外れたのか、吹雪さんは再び泣き出す。

 今は三井さんの膝の上で、泣きつかれたのか静かに眠っていた。


 愛菜は、僕の隣で、僕の肩に頭を乗せるようにしている。

 反対側では、伽耶さんが愛菜と同じようにしていた。

 しかし、状況が状況だけに、僕は二人に何も言わない。

 されるがままになっている。


 沙耶さんも、三井さんの肩に同じように頭を乗せている。

 三井さんのの背中には、柚香さんが凭れ掛かっていた。

 紗那さんは、他の子達を慰めたりしている。

 おにぎりも豚汁も、本来ならおいしかったのだろう。

 けど、正直味も何も感じなかった。


 あの後、実際にどうなったのかはわからない。

 ただ、三井さんと龍人さんの二人で、颪金さんに止めを刺したそうだ。

 止むを得ない状況だったとは言える。

 でもきっと、二人の決断は、僕には想像すら出来ないような苦渋の選択だったのだろうな。

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