063.男気-Masculine-

1991年6月1日(土)PM:22:14 中央区緑鬼邸二階


 怪我人の手当ては大方終わったらしい。

 医療班は、今度はメンタルケアに奔走しているようだった。

 そんな中、僕達は、大広間から小広間に移動している。

 今回の騒動についての確認と、今後についてだ。


 今ここには、研究所からは古川所長、彩耶さん、近藤さん、健一さん、健二さんの五人。

 三人が鬼人族(キジンゾク)側として参加。

 秦斜さん、市菜さん、双菜さんの三人だ。


 事件に関わった者という事で僕も参加している。

 他には三井さん、龍人さん、瀬賀澤さんの三人だ。


 吹雪さんは元魏さん、三井さんに、止められてここにはいない。

 元魏さんや伽耶さん、沙耶さん達が側にいるはずだ。

 だから、三井さんが側にいなくても、とりあえずは大丈夫だろう。


「こんな時間なのにすまないな。健一、健二からの報告を受けて、一応の事件の概要については理解しているつもりだ。皆さんからも既に話しを一度聞いたので、この場で更に聞くつもりはない。集まってもらったのは、交流会も含めて今後どうするかだが」


 古川所長は一旦言葉を切った。

 珍しく躊躇しているような表情にも見える。


「交流会については一旦中止すべきだと私は考える。秦斜さん、市菜さん、双菜さんの三名はどう考える?」


「三人を代表してお答えする。ここに来る前に三人で話し合いましたが、古川さんと同様に中止するべきと判断致しました。我らはともかく、子供らのショックは大きすぎましょう」


 秦斜さんの答えに、市菜さんと双菜さんも頷いている。


「市菜さんも双菜さんも同じ意見という事でよろしいかな?」


「はい。異論はありません」


「秦斜様と同様に考えます」


 市菜さんも双菜さんも残念そうな表情だ。


「そうか、わかった。落ち着いた頃にでも、もう一度行いたいものだな」


 微笑んだ古川所長。

 秦斜さん、市菜さん、双菜さんも同じ様に微笑んだ。


「さて、今日は申し訳ないが、ここに我々も含めて一泊させてもらいたい。明日、その森の中の建物を確認した上で、交流会は解散としたいと思う。だがそれは可能だろうか?」


 市菜さんと双菜さんが顔を見合わせ頷く。

 古川所長と視線を合わせる二人。


「少し準備するお時間を頂ければ幸いです」


「それはもちろんだ。突然で申し訳ないが、お願いする」


 頭を下げた古川所長。

 研究所の他の皆も頭を下げた。

 一同が再び頭を上げるまで待った古川所長。

 少し間を置いてから、再び口を開いた。


「私と元魏、彩耶に近藤、健一、それに健二。これから交代でここの警備にあたる。順番等は後で決めよう」


 この場にいない元魏さん。

 彼以外の四人顔を一人一人見ていく古川所長。


「明日、森の中の建物に行くのは、私と元魏の二人。その間の警備については彩耶に一任する」


 彩耶さんの方を向いた古川所長。

 しょうがないわねという感じで、ジェスチャーしただけの彩耶さん。


「その上で悠斗君、お願いしたい事がある」


 突然話しを振られた僕。

 言葉に詰まって直ぐには反応出来なかった。


「――な・なんでしょうか?」


「明日、私と元魏を建物まで案内してくれないだろうか?」


 予想外の古川所長のお願い。

 どうするべきか僕は逡巡していた。

 そこに横槍をいれた三井さん。


「それなら俺でも構わないんじゃないのか?」


「いや駄目だ。義彦、おまえは吹雪の側にいてやってくれ。これは所長としてではなく、一個人としてあの娘の側にいてやって欲しいと思っている。だからおまえじゃ駄目なんだ」


 確かに、あんな状態が続いている。

 それなら、正直三井さんが側にいるのが一番良いのかもしれない。

 そう考えてみると、逡巡する必要なんかないじゃないか。


「確かに、三井さんは吹雪さんの側にいた方が僕もいいと思います。だから道案内、僕が引き受けます」


「本当か、悠斗君ありがとう」


 近藤さんは何か言いたそうな表情。

 だけど結局は何も言わなかった。

 そこで龍人さんが口を開いた。


「一応俺も道案内出来るけどどーする?」


「龍人いいのか? おまえにも仕事があるだろ」


 龍人さんの言葉。

 少し思案する古川所長。


「まぁそうなんだけどさ」


 双菜さんが、突然龍人さんを見る。


「三井探偵さえ差し支えなければなのですが、嵐金さんの様子を見ていて戴けないでしょうか?」


「私からもお願いします」


 双菜さん、市菜さんが突然立ち上がった。

 何をするのだろうかと思った僕。

 二人は龍人さんに頭を下げた。


「こんな美人に頼まれちゃったら断れないじゃないか。まぁとりあえずそうしますから、二人とも頭を上げて下さいな」


 おどけてそう言った龍人さん。

 頭を上げた市菜さんと双菜さん。

 安堵の表情になっていた。


「とりあえず、一通りの話しは終わったかな? 長々と付きあわせてすまなかったな。秦斜さん、市菜さん、双菜さん、他の皆様への説明お願いします」


 古川所長の言葉に、秦斜さんが一番最初に立ち上がり部屋を辞した。

 それに市菜さん、双菜さんも続く。

 僕と三井さん、龍人さんも同様に部屋を後にした。


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1991年6月1日(土)PM:22:22 中央区緑鬼邸二階


「古川所長、立て続けの事件で人手は足りてますか?」


 部屋に残っていた瀬賀澤 万里江(セガサワ マリエ)。

 古川 美咲(フルカワ ミサキ)に顔を向ける。


「足りてはいないな。特に調査に関しては猫の手も借りたい程だが」


「それでは、手を借りられるかは断言出来ませんが、その上でお聞き下さい」


「うん? わかったが何だ?」


「我々一族は、古川所長及び研究所の皆様に、多大なる恩義を感じております。故に私から話しを通せば、それなりの協力は可能かと思います」


「ありがたい事ではあるがいいのか?」


「はい。それに、長い目でみれば、あの娘にも害が及ぶことになるでしょうし」


「そうか、わかった。よろしく頼む」


「それでは」


 万里江が部屋から出て行った。

 その後で、今度は近藤 勇実(コンドウ イサミ)が突っかかるように古川に詰め寄る。


「所長、何故悠斗を案内にした?」


「簡単な事だ。私と元魏は守るよりも壊す方が専門だから、ここの大人数を守るには向かない。一時的にとは言え、戦力が二分されるわけだし、奴らが暗躍してる可能性も否定出来ない」


「それはそうだが」


「本人も了承したんだ。彼の男気を無碍にするつもりか?」


「ぐぬぅ・・・」


 そこまで言われた近藤。

 見事に返す言葉がなかった。


「はいはい、そこまで。近藤さんの負けね。ささっと警備の段取り決めますよ」


 白紙 彩耶(シラカミ アヤ)の間髪いれない言葉。

 その場に残っているのは五人。

 警備の段取りについての話し合いを始めたのだった。


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1991年6月2日(日)AM:1:34 中央区緑鬼邸三階


 僕達も含め、交流会メンバーは緑鬼邸に予定通り一泊する事になった。

 また健一さん、健二さんはもちろん、近藤さんや古川所長、白紙夫妻も宿泊している。

 研究所メンバーは警備も兼ねての宿泊だ。


 僕は、義彦と、当初の予定通り、三階の一番南の部屋だ。

 躑躅(ツツジ)という名の客室に泊まる事になった。

 最初にこの部屋に来た時は、名前なんて見もしなかったけど。

 隣の布団では義彦が眠っている。

 僕は正直、眠る事が出来なかった。


 今まで三井さんと呼んでいたわけだ。

 だが、龍人さんと紛らわしいと、布団に入る前に言われた。

 今後は、義彦と呼び捨てにしろと厳命されている。

 そんな義彦の寝息が、微かに聞こえていた。


 しかし、いきなり呼び捨てにするのもどうなんだろうかね。

 一応、一つ上の先輩になるわけなんだし。

 確かに、龍人さんもいる時なら紛らわしいんだけどさ。


 結局、義彦と龍人さんが、どうやって颪金だったものを止めたのかはわからない。

 正直聞くことも憚れる気がしている。

 鬼人と呼ばれる種族だったとしてもだ。

 一つの命を奪った事には変わりはないんだろうから。


 研究所の皆の仕事って、奇麗事だけではすまないのかもしれないな。

 そこらへんの判断基準がどうなっているのかは、聞いた事もないけど。

 ゲームで敵を倒すのとは全然違う。

 場合によっては本当の命の奪い合いにもなるんだろうな。


 ちなみに明日は、僕があの謎の建物まで案内する事になっている。

 この事に関しても、賛否両論あったと健二さんが言っていた。

 一時的にとは言え、数時間は戦力が警護班と調査班に二分される事になる。

 それ故の判断のようだった。


 詳しい振り分けは聞いてない。

 でも瀬賀澤さんが、仮面の少女二人と戦いになったらしいし。

 その事も考慮すると、しょうがないんだろうな。

 また仮面の一味が襲撃してくるかもしれないから。


 ちなみに、義彦は吹雪さんのメンタルケアをかねて居残りになる。

 若干申し訳無さそうにもしていたな。

 案内するだけなら、僕でもさして変わらないと思うし。

 愛菜達には、まだ何も言ってないというか言えなかった。


 いろいろと考えてみたりしてるけども、いまいちまとまらない。

 学園の事とか、いろいろと考える事があっちこっちに飛んでいく。

 そんなこんなで、思考の渦に浸かっていると、徐々に意識が遠のいていった。

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