254.報告-Report-

1991年7月14日(日)PM:12:39 中央区精霊学園札幌校第一商業棟一階


「正面の防衛ですか。それにしても闇海、お怒りですね」


「またあの人なのかなぁ?」


 二人に鬼 闇海(グゥイ アンハイ)の指示を伝えに来た男。

 直立不動で無言で立っている。

 彼は至極、申し訳なさそうに頷いた。


 チャイナドレス姿の二人。

 雷 橙蘭(レイ チォンラン)と鬼 山紅(グゥイ シャンホォン)。

 他の店員と店内の掃除の途中だった。

 しかし、今は指示を聞いて、手にそれぞれの魔装器を握っている。


「お兄、家族を大事にしない人嫌いだもんねぇ。家族の能力を盾に、命乞いしたわけなんだしねぇ。お父が間に入ってなかったら、たぶんここにいなかったよね?」


「そうですね。あれの妻と娘が、何処にでもいる一般人でしたら、こうはならなかったでしょうね。さて、無駄なお話しはこの程度にしまして。私達はそろそろいきましょうか」


「そうだね。でもさー、大分日本語に慣れては来たけど、やっぱり何か違和感っていうかこそばゆいっていうかなーあるよねー?」


「そうですね。私もいまだに少しそんな感じはありますよ」


-----------------------------------------


1991年7月14日(日)PM:12:40 中央区精霊学園札幌校東通


「植物体ですわね? エレアノーラは、植物体を相手に出来ない状態に陥ってるという事? だとすれば、相当ハイレベルな相手がいるという事ですわね」


 それぞれが、氷の側に立って監視している。

 アイラ・セシル・ブリザードとクラリッサ・ティッタリントン。

 消耗が激しかった河村 正嗣(カワムラ マサツグ)と沢谷 有紀(サワヤ ユキ)。

 二人を、ミオ・ステシャン=ペワクとマテア・パルニャン=オクオが連れて行った。

 なので既にこの場にはいない。


「でも私達がここを動くわけにもいかないよね? 迎撃は出来るけどさ」


「そうですわね。氷に閉じ込めているとはいえ、この二人が本当の意味で暴走する可能性もあります。そうなった場合、私達もこの学園も、相応の被害を覚悟しなければならないかもしれません。そうならない為にも、封じておく必要があります。絶命させてエレアノーラの元へ向かうという手もありますが、三井も向かいましたし。私達はエレアノーラと三井を信じる事にしましょう」


「はーい。それじゃここで迎撃ですね?」


「ええ、そうしましょう」


 詠唱により、二人から放たれる冷気の鎗。

 群がり進んでくる植物体。

 事も無げに斬り裂き、凍結させて行く。


 その奥、植物体を斬り進んでいく三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)。

 彼は、情報として植物体の存在を聞いた。

 その時点で、その発生源に思い至っている。

 生み出している者に気付いていた。

 自身の回復しない傷の事もある。

 この手で終止符を打つべきだと考えていた。


 事の経緯を簡潔に三人に伝えた義彦。

 彼は稲済 禮愛(イナズミ レア)の静止を振り切って今ここにいる。

 稲済 禮那(イナズミ レナ)、セセリア・ベナヒデス・アルカラにも止められた。


 彼を追おうとした禮愛。

 しかし疲労と負傷により、その場に膝をついた。

 禮那とセセリアの注意が一瞬彼女に向く。


 義彦は、そこまで予想していたわけではない。

 だが、非常に好都合だった。

 全体の指揮をしているファビオ・ベナビデス・クルス。

 彼に連絡し、三人の事を任せた。


 そして見えてきた光景。

 軽装の甲冑姿のエレアノーラ・ティッタリントン。

 彼女と何者かが互角に戦闘を繰り広げていた。

 そしてその奥に、探していた相手を見つける。


「やはり山本 雄也(ヤマモト ユウヤ)か」


 周囲に群がってくる植物体。

 黒炎で一蹴した義彦。

 エレアノーラ達が、正面から移動する。

 その直後、一直線に走り出した。


 飛び上がり、山本に振り下ろされる刀。

 しかし、その一撃は彼には届かない。

 彼の側にいた少女により、あっさりと流されるのだった。


-----------------------------------------


1991年7月14日(日)PM:12:41 中央区精霊学園札幌校西通


 両手で持つ、反りを持った刀。

 自在に操り、蠢く蔓の集合体のような植物を斬り裂く少女。

 その度に非常に細い八本のテールが揺れる。

 時折ヘッドセットにぶつかる事もあった。


 黒髪の彼女は、地樹鎖爾 澪唖(チキサニ レア)。

 太腿の真ん中程まである、薄い水色のブラウス。

 下には黒のショートパンツを着用していた。


「エネルギーを使いすぎるとあっちが追いつかなくなるよね。あんまり一度に消費するわけにはいかないかぁ。あれの再生にも使ってるし」


 体を横回転させつつ、刀を横に振り抜く。

 そのままの反動で、宙を横に二回転。

 周囲に群がってくる植物体を斬り裂いた。


「これがどこから来てるのか早く突き止めてくれないかなぁ? 私達だって無限にエネルギー送れるわけじゃないんだからさぁ。それにこのまま外から攻撃受け続けてると、防ぐのにも限界があるんだから」


 時間差で振り下ろされた蔓。

 視界の外のものも含めて、容易に躱していく。

 躱し続けながらも、攻撃の手は緩めない。

 刀の一振りで、複数の植物体をまとめて斬り裂いた。


「この場を引き受けたのはいいけど、悠斗さんと愛菜さんは、黒恋ちゃんを無事に義彦さんのところまで届けれたのかな?」


 植物体を斬り倒していく澪唖。

 誰に言うでもなく呟いた。


「濡威兄も、たぶん同じようにもどかしい気持ちになってそうだ」


 周囲に群がってくる植物体。

 ひたすらを斬り裂き続ける澪唖。

 しかし、その数は一向に減る様子は無かった。


-----------------------------------------


1991年7月14日(日)PM:12:42 中央区精霊学園札幌校時計塔地下三階


 簡素化された学園の施設全体が表示されいる画面。

 画面の前に陣取っているファビオ。

 直ぐ側にあるファックス複合機。

 排出され終わった用紙。

 彼はまとめて手に取った。


「事前に説明してお願いしていた成果ってところか」


 彼が手に取った最初の用紙には、第一学生寮の記載。

 男子棟と女子棟の部屋番号。

 生徒の名前が記載されている。

 それぞれの名前の前にはチェック欄があった。

 チェックのついてない名前の人物を確認していくファビオ。


「発生源の大体の位置を確認したー」


 背後からの声に、目の前の大画面に視線を戻すファビオ。


「東西南北それぞれに一箇所。東だけは直接霊力が流し込まれてるみたいだよ」


 目の前の画面の範囲外の為、位置の表示まではされない。


「画面の表示縮小してもいい?」


「あぁ、頼むよ」


 徐々に学園の施設の表示が小さくなっていく。

 東西南北に表示された領域。

 緑の円で塗りつぶされていた。


「本来の索敵可能範囲を伸ばしてるから、大体の位置しかわかんないけど」


 同じように聞こえるのだが、微妙に差異がある四通りの声。


「第三研究所屋上に所長発見。競技場西口にて春季さんと麻耶さんも発見。三人とも負傷してるっぽいです」


 その報告の声に、顰めた表情になるファビオ。


「元魅さんに状況と場所を連絡してくれ。東には戦力が集中してるな。西には地樹鎖爾妹を」


「澪唖ちゃん?」


「そうだ。南には地樹鎖爾兄。北側をどうするか? 俺が直接行くか?」


「澪唖ちゃんと濡威君に報告完了」


「わかった。北には俺が・・」


 言い終わる前に、別の声の報告でファビオは言葉を止めた。


「報告なのです。一つ目、元魅さんに現在の状況を報告したのですが、治療を受けて休んでいた惠理香先生に、元魅さんが状況を伝えたようで、止める間もなく北側に向かってしまったとの事。二つ目、正面玄関奥にて闇霊気と土霊気と魔力が凄い勢いで収束しているです」


 若干上擦った声での報告を聞いたファビオ。

 判断に数瞬迷った。


「報告です。各棟で一部の生徒達が蔓の集合体に対して、攻撃を開始したようです」


「なんだと? 協力をお願いする可能性は説明してたけど、まさか独自判断で動いたって事か? 状況としてはどうなんだ?」


「見る限りは、優勢のようです」


「そうか」


 少しだけ、ファビオは安堵の表情になった。


「とりあえず、いまはいいとしても、根本を断たなければ駄目だな」


「報告なのです。山茶花先生より、北側に天拳の二人を行かせた方がいいか問い合わせです」


「普段ならともかく、山中先生は負傷中だ。ありがたいが、大丈夫なのか?」


「そこは問題ないそうです。過剰にストックを渡してあると言ってます」


「そうか。それならば山中先生のサポートを頼むと伝えてくれ」


「了解なのです」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る