310.番犬-Watchdog-

1991年7月27日(土)AM:11:37 中央区精霊学園札幌校時計塔五階


「アンジュ?」


 思わず疑問系で返した竹原 茉祐子(タケハラ マユコ)。

 白のティーシャツにサロペットのミニズボン姿。

 彼女はソファーに座っている。

 目の前にはオレンジジュースの入ったコップ。

 ストローから一口飲んだ後だ。


「あぁ、そうだ。見た目的には天使というのがわかりやすいだろうな。アンジュも天使って意味だったかな? 確かフランス語」


 若干苦笑いで、彼女の隣に座っている古川 美咲(フルカワ ミサキ)。

 ブラウンのスーツ姿。

 彼女はマイカップのコーヒーを一口飲んだ。


「私ここにいていいのかな?」


「いいんじゃないか? 来るのは午後からだからな。昼前には戻ってもらうぞ。あいつ等に会わせたくはないからな」


「それならいいけど?」


「美咲ちゃーん、呼ばれましたので登場してみましたよーん」


 扉を開けて現れたのは、十五歳位の少年。

 髪と羽、瞳が金色に静かに輝いている。

 病的に白い肌が、一層際立たせていた。


「馬鹿が馬鹿な登場で悪いね」


 その背後に現れた呆れたような表情の少年。

 彼も十五歳位の少年に見える。

 褐色肌にかなり長い銀髪の持ち主だ。

 髪だけではなく、羽と瞳も銀色に仄かに輝いていた。


「アルに言われたくないぞ」


「正しい事を言ったつもりだけどな」


 登場した二人に、唖然としている茉祐子。


「ポルミトロン、アルマフォン、どっちも馬鹿なのは間違いないから諦めろ」


「美咲さん、手厳しい発言をどうも。こいつと一緒なのは勘弁して欲しいところだが」


「おっと? 可愛いお嬢さんじゃあーりませんか? どうですか? 今度僕とデートしません?」


 突然現れた少年が目の前まで近付いてきた。

 状況も抗えないデートのお誘いを受ける。

 状況についていけない茉祐子。

 一人おろおろするばかりだ。


「お嬢様、こんな馬鹿ではなく、紳士な俺とデートしないか?」


 茉祐子は対処出来ず、あたふたしたままでいる。


「ほう!? 私の妹に手を出すつもりか? 命を失う覚悟はしているんだろうな? お前等二人とも!!」


 顔は笑いながら、瞳は笑っていない古川。


「えっ!? イモウト? 誰の?」


「美咲ちゃんのイモウト!?」


 予想外の事態にフリーズして固まる二人。


「そもそも午後からのはずだぞ? 何故ここにいる?」


「あ、え、えっと」


「み・美咲さんを驚かせようかなって小さな悪戯心だな」


「ふーん? そうかそうか」


 ソファーから立ち上がり、二人の前に立った古川。


「えっと、え!? 美咲ちゃん!? あの? 顔が怖いんですけど?」


 直後、金髪の少年は振り上がる古川の足を見た。

 彼の頭に振り下ろされる踵。

 隣で見ている銀髪の少年。

 踵落としがヒットする。

 その様を引き攣った表情で見ていた。


「ひっ!? 美咲さんがマジだ!?」


 銀髪の少年から漏れた声。


「さて、真面目に話しを聞く気になったか?」


「は、はい。大佐!!」


「今度妹にちょっかい出したらわかってるな?」


「はっはい! 【天使殺し】には、も・もちろん逆らいません」


 驚愕を通り越している。

 頭の中が真っ白な表情の茉祐子。

 発せられた不穏なワード。

 その事を深く考える事は出来なかった。


「アルマフォン、お前からそこの馬鹿者、ポルミトロンには説明をまかせる。迷宮でヴェールアンジュの少年少女が発見された。詳細はこれを読め」


 テーブルに置かれていた資料。

 乱雑にアルマフォンに投げ渡した古川。


「お前達二人で、迷宮に向かい保護。本人達が望むようなら、学園に入学させる。一般常識と言語を覚えさせろ。アンジェの最高戦力であるお前達二人を向かわせるのは何故かわかるな?」


 真剣な眼差しでアルマフォンを見る古川。

 ポルミトロンは白目を向いたままだ。


「講師を任せる人員は私から声を掛ける。くれぐれも、お前達の下劣な知識を教え込むんじゃないぞ?」


「は、はぃいであります。大佐!!!」


 若干声が裏返ったアルマフォン。


「あとこれは最後通告だ。お前達は問題を起こし過ぎだ。次何かやらかした場合、問題の大小に関わらず、私も本気で対処しなければならないからな。これ以上、女性陣から苦情が来た場合、覚悟して貰うぞ。以上だ。わかったらそこの馬鹿を連れて下がれ。今回だけは時間無視については目を瞑ってやる」


 アルマフォンは青白い顔だ。


「はぃぃぃぃぃ」


 裏返った声のアルマフォン。

 ポルミトロンを乱暴に抱える。

 そして脱兎の如くその場を後にした。


 目の前の出来事の進展。

 心の中での処理が追いつかなかった茉祐子。

 しばらくして正常に戻る。

 だが、触れていいかわからない。

 結局、古川に訊ねる事はなかった。


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1991年7月27日(土)PM:15:11 中央区人工迷宮地下二階


「金属的光沢を放つ猿か」


 椅子に座り一人呟いた有賀 侑子(アリガ ユウコ)。

 彼女が見ている手書きの報告書。

 そこに記載されている内容に、侑子は複雑な表情だ。


「銃器を装備して利用してくる。これは中々にやっかいね」


 背後から聞こえて来る足音。

 足音は直ぐ側まで近付いた。

 そこで振り向いた侑子。


「何? 難しい顔してんだよ? なんかやっかいな事かよ?」


 呑気な顔で立っている刀間 刃(トウマ ジン)。

 服の裾からは白い包帯が見えている。


「動いていいの? そんな直ぐには回復しないでしょ?」


 侑子の言葉に、刃はばつが悪い表情になった。


「いやまぁ。大人しくしてろとは言われてるんだけどよ。何もする事がなくて暇なんだよな」


「怪我人なんだからね? まったく」


 苦笑いの侑子は、報告書を刃に突き出した。

 訝しげに報告書を受け取った刃。

 視線を走らせて読み始める。

 徐々に彼の表情が変化していった。


「おいおい? これまじなのかよ?」


「残念ながらね」


「どーするんだ?」


「金属製の装甲っぽいのよね。こちらの攻撃が効けばいいんだけど」


 少し考えるような素振りの刃。


「効かない場合も考えなきゃいけねぇって事か」


「そうゆう事になるわね。方法なんて思い付かないけど」


 二人はそのまま、無言になってしまった。


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1991年7月28日(日)AM:2:38 中央区人工迷宮地下五階


「何なんだあいつ等?」


 その場にいるのはファイクロン一人。

 彼はひたすら腕立て伏せをしていた。

 訝しげな眼差しになった彼。

 フィルターの向こう側を見た。


 彼の視線の先に見える存在。

 その数は丁度十体。

 規律正しく並んで歩いてくる。

 四足歩行でほっそりとした体。

 黒光りする体は金属に見える。

 ドーベルマンを彷彿させる形状。


 耳らしき部分からはアンテナのようなものが伸びている。

 まるで監視しているかのようだ。

 ファイクロンをじっと見ていた。


「監視しているつもりか? しかし何の為に?」


 背中に背負っているのは銃。

 大型の機関銃らしきものが二つ。

 真ん中には、カメラのような物も存在する。


「もしかして、映像として撮影されているのかよ!?」


 立ち上がったファイクロン。

 彼は汗一つかいてない。

 フィルターの前まで移動した。


「おうおう、何だ? 撮影でもしてんのか? てめぇら誰だよ?」


 喧嘩腰に吼えるファイクロン。

 しかし、答えるものはいない。

 十体は同時に唸っただけだ。


「ちっ、やっぱり会話はなりたたねぇかよ。念話も通じねぇようだし。本当にこいつらロボットなのかよ?」


 ファイクロンの聴覚が足音を捉えた。

 その数は十や二十ではない。

 最低でも百を超える足音だ。


「なんだ? これから戦争でもおっぱじめる気かよ? だが、奴らもこのフィルターは越える事が出来ないんじゃねぇのか?」


 ファイクロンの声量はかなり大きかった。

 だが、目の前にいるのは四足歩行のロボット達。

 それらが彼の声に答えるわけもない。

 完全に独り言状態にしかなっていなかった。

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