251.片瞬-Wink-

1991年7月14日(日)PM:12:12 中央区精霊学園札幌校西通


 疲労困憊の表情で、自嘲気味に呟く陸霊刀 黒恋(リクレイトウ コクレン)。

 彼女の視線の先、道路に横たわり叫び声を上げている。

 藤村 畳(フジムラ チョウ)は腹部のあたりを押さえていた。

 言葉にならない言葉を喚いているのがわかる。


 突如、畳の動きが停止した。

 黒恋は最初、出血多量か何かで彼が絶命したのかと考える。

 しかし、その考えは直ぐに消え去る事となった。


 青と紫、黒のエネルギーに彩られていく畳。

 黒恋には、何が起きているのかわからない。

 ただただ驚きの眼差しでその光景を見ていた。

 直後、彼女は軽い衝撃波にさらされる。


 衝撃波が収まった後、黒恋の目に入った映像。

 立ち上がっている畳。

 瞳の白目の部分が、黒と紫のマーブル模様になっている。

 光沢の無い黒紫色の皮膚。

 体の所々には、青い斑点も見える。


 大穴が開いたはずの腹部。

 穴が二回り程小さくなっていた。

 どうやら再生しているようだ。


「やってくれたな? このクソが。この手は古川の為に取っておいたんだけどよ」


 畳の言葉を聞いた。

 直後、自分の体が飛んでいる。

 その事に気付いた黒恋。

 しかい何故そうなったのかわからなかった。

 ただただ、腹部に激痛が走っている。

 その事をのを理解しただけだ。


 突然の衝撃波に、不安を感じた桐原 悠斗(キリハラ ユウト)。

 一歩前に足を踏み出した。

 その瞬間、彼の横を何かが通過する。


 思わず背後を振り返る悠斗。

 それは黒恋だとすぐには理解出来ない。

 彼女が中里 愛菜(ナカサト マナ)の近くに着地。

 そこで始めて悠斗は理解した。


「あいつはまだ倒せて・・てない」


 血を吐きながらの黒恋の言葉。

 倒れそうな彼女を、愛菜が支えた。


「ゆーと君、上!?」


 愛菜の驚愕の声の言葉に上を向いた悠斗。

 水の鎧を纏った畳。

 悠斗目掛けて飛んでくる。


 ハンマーを振り下ろすような彼の拳。

 横に飛んでぎりぎり交わした悠斗。

 地面に打ち付けられた畳の拳。

 展開されている魔力フィールドを物ともせずに貫く。

 伝播した衝撃。

 周囲の魔力フィールドも波紋の如く砕けていった。


 次の瞬間、自分が吹き飛ばされた事を理解した悠斗。

 そのまま壁に叩きつけられた。

 一方の畳も振りぬいた拳のまま停止している。


「もう手前ら、あっさりとは死ねないぞ。嬲りに嬲ってやる!」


 愛菜を守るように刀を構える黒恋。

 しかし、誰がどう見ても立っているのもやっとだとわかる。

 立ち上がった悠斗。

 と口の端についた血を拭った。


「まだやる気なのか? 勝ち目あるとでも思ってるのか? おとなしく嬲り殺されろや!!」


 畳の言葉に反応を返すことはない。

 愛菜にウインクをした悠斗。

 彼女はきゅっと口を結ぶと頷いた。


「この状況で女にウインク? ふざけてるんじゃねーぞ? このクソガキ!」


 魔力フィールドの無くなった地面。

 両手を触れさせている悠斗。

 怒りに真っ直ぐ突っ込もうとする畳。


 二人の直線上の地面。

 突如妨害するかのように隆起。

 いくつも競りあがった。


 無視して拳で破壊してく畳。

 悠斗がいた場所に辿り着くも、彼は既にそこにはいない。

 怒りのまま振り返る畳。

 視界には高さ二メートル程の無数の壁。

 魔力フィールドの消失した部分に立ち並んでいた。


 怒りのまま、手前にある壁から壊し始める畳。

 しかし、彼はここで一つ間違いを犯している。

 三人の誰一人として畳の速度には対応出来ていない。

 壁など無視して倒す事だけを考えれば、畳が勝つだろう。

 だが、怒りの感情に振り回されている畳。

 そんな簡単な事にさえ気付いていないのだ。


 拳に纏う水を伸ばすことにより、複数の壁を一度に壊す。

 だが、壊した先から新しい壁が競り上がってきた。

 その光景に、更に怒りのボルテージを上げる畳。


「あぁもううぜえ!!」


 全ての壁の先端が、突如メイスのような形状に変化。

 畳に殺到し始めた。

 迎撃の為、その場に留まり拳を振るう畳。

 彼の足元に破壊されたコンクリートが積み上がっていく。


 コンクリートの破片が蠢く。

 彼の両足首から下を固まって固定した。

 更に光の壁が上から覆い被さる。

 足下の違和感に、下を向いた畳。

 両手の動きが一瞬止まった。


 水の鎧を纏っている畳。

 ぶつかってくる壁にもダメージは受けない。

 彼の背後の壁から、黒い霊気が紐状に放たれる。

 畳の両腕に絡みつき引っ張り出した。

 更に、手首に光の輪が形成されていく。

 彼の両腕を空間に固定した。


 怒りの余り、状況に対処出来ない畳。

 汗だくで疲れ切った顔の悠斗。

 畳の左側に突如現れ、水の鎧に左手を触れさせた。

 彼はひたすら心の中で、水の鎧の破壊と念じ続ける。

 念じながら全魔力を込めた。

 瞬時に破壊される畳の水の鎧。


 畳の正面、飛び上がった黒恋。

 刀にありったけの霊気を込める。

 畳の脳天目掛けて振り下ろされた。


 その直前、畳は両腕に水の鎧を集中させる。

 両腕の拘束を無理やり振り切った。

 ぶつかり合う黒恋の刀撃と、水の鎧に守られた畳の両腕。

 衝撃波に吹き飛ばされそうな悠斗。

 彼が入念に気合を入れて生成した土の壁に守られている愛菜。


 鬩ぎ合う黒恋の霊気と畳の水の鎧。

 やはり今の黒恋では、彼の水の鎧を打ち破る事は出来ない。

 徐々に体を覆っていく水の鎧が、突如消失した。


「届いた!!」


 悠斗がそう叫んだ。

 その瞬間、遮るものがなくなる。

 炸裂する黒恋の渾身の一撃。

 鬩ぎ合う相手を失った霊気。

 一気に畳に降り注ぐ。

 そして、衝撃波が巻き起こった。


 衝撃が収まった後に残ったのは巨大な刀撃の後。

 地面に減り込んでいる畳。

 彼は両腕どころか、体の大部分を失っていた。


 少し離れた所に、刀を支えにして何とか立っている黒恋。

 吹き飛ばされた悠斗。

 愛菜の近くの壁の一つに引っかかっている。

 黒恋も悠斗も、ボロボロで満身創痍の姿。


「結果的に、復讐の半分を果たせたのね・・・」


 壁の上に打ち上げられた悠斗。

 何とか地面に下りた。

 その時に、囁くように発せられた黒恋の言葉。

 彼女の声は、悠斗にも愛菜にも聞こえてはいなかった。


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1991年7月14日(日)PM:12:12 中央区精霊学園札幌校第三研究所屋上


「こんな高いところまで私を連れ出して、どうするつもりなのかな?」


 古川 美咲(フルカワ ミサキ)に問いかける。

 黒命冠 科出(コクメイカン シナデ)は微笑んでいた。


「それはこっちが聞きたいところだが?」


 訝しむ様に、科出を見る古川。


「さっきの蹴り。本気であれば私が魔力障壁を展開する時間も、後方に飛んで衝撃を散らす事も出来なかったはず。そもそもあの魔力障壁なら破壊出来たのではないか?」


 警戒しつつ、詰問するような古川の口調。

 科出は、彼女の口調を気にした様子もない。

 相変わらず微笑んでいる。


「そうね? 破壊出来たかもね。でも十年振りなわけだし、軽くお手並みを拝見してもいいじゃない? それに、私達二人は今回は別にあなた方を倒す為に来たわけでも、誰かを殺しに来たわけでもないしね」


「なんだと? ならこんな所まで何しに?」


 古川のこめかみがぴくりと動く。


「あなた方が何処まで事態を把握出来ているのかはわからない。けど札幌、いえこの国ではこれから徐々にいろんな事が起きるわ」


「もう起きてる気もするが。まさか特殊技術隊か? いや、後藤 正嗣(ゴトウ マサツグ)と形藁 伝二(ナリワラ デンジ)が何かするのか?」


「どうかしらね?」


 微笑んだままの科出。


「でも、あくまでもきっかけに過ぎないわ。私利私欲で動いている者達もいれば、自分達一族の未来の為に動いている人達、これこそがこの国の為と本気で信じているものいるでしょうね」


 そこで一度会話を止めた科出。

 古川が何も口出ししないのを確認。

 彼女は更に言葉を続けた。


「精霊庁はよくやっているとは思うわ。でも、この国の上層部のほとんどは私利私欲でしか動いてない。あなただってそこは理解しているはずよ? 既得権益とか縄張りとかね。もちろん光には必ず闇がある。だから、闇も必要悪だとは私は思っている。でもこの国の闇は必要悪なのかしらね?」


 科出の言葉に、古川は即座に反論する事が出来ない。


「こんな事私に言う資格がないと思うけどね。それにこの学園だけど、監視の目がないとは思わない事ね」


「何を言ってる?」


 困惑する古川。


「私を倒して情報を聞き出すって方法もあるんじゃない?」


 まるで古川を挑発するような言葉。

 しかし、古川は首を横に振った。


「出来るならそうしたい所だがな。正直勝てる気がしない。それでも、諦めるわけにも行かないがな」


≪乱紫電≫


≪狙撃≫


 古川から放たれた紫の雷。

 狙い撃つように科出に向かう。

 しかし、彼女はあっさりと自身を狙ってくる紫の雷を躱していた。


≪追尾≫


 科出に躱された紫の雷。

 古川の言葉により、宙空で方向を変更。

 再び科出を狙い始めた。

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