264.固定-Fixation-

1991年7月14日(日)PM:13:14 中央区精霊学園札幌校東通


「お父?」


 目の前の出来事に、泣き崩れる闇 花(ヤミ ハナ)。


「まったくやってくれたものよ。わらわに歯向かうとは、元人間の分際で小賢しい」


 黒い靄から聴こえてくる声。

 徐々に、声の主の姿が露わになって行く。


 その姿は三十前後の女性。

 灰色と赤の着物に黒の帯姿。

 ふさふさの毛の尻尾が幾本も見える。


 妖艶であり淫猥であり、それでいて無垢さを感じさせる顔立ち。

 顔は微笑んでいるが、瞳だけは違う。

 憎悪という言葉だけでは、表しきれない。

 そんな憎しみが浮かんでいた。


「狐人族(コジンゾク)なの?」


 頭に聳える三角の二つの耳。

 白い瞳に、金色の髪の毛。


「まさか九尾の狐とか? 何の冗談?」


 彼女の尻尾に気付いた陸霊刀 黒恋(リクレイトウ コクレン)。

 独り言のように呟いた。


「植物の化け物を倒したら、今度は何ですの?」


 植物体を増産していた巨大植物体を倒したアイラ・セシル・ブリザード。

 クラリッサ・ティッタリントンは植物体を殲滅し終えた。


「次から次へと面倒じゃのう」


 何かを囁いた後、彼女は手の平を上から下に振った。


「わらわに平伏すがよいぞ」


 その場にいた意識のある者達は動けなくなった。

 突如大地に縛り付けられてしまったかのようだ。


「動けな・・いわね。何を・・されたのかしら?」


「アイラ、悠長に・・・してる場合では・・・ないかと?」


「わ・わかってますわ。し・・しかしこれでは・・魔力の・・制御も・・うまく出来ませんね・・阻害・・されている・・ようですわ」


「さてまずはわらわの存在を見破った愚かな小娘に鉄槌を与えねば」


 花にゆっくり近づいていく女。

 右手を天に向けた後、何事か囁いた。

 黒い亀裂が空に入り始める。

 そこから現れた黒い剣。

 ゆらゆらとしており、十メートルはあるだろう。


 その剣を、突如自身の左側に振り下ろした。

 ただそれだけで、大地が揺れる。

 斬り裂かれ、砕かれ、飛び散る岩の破片。


「黒だったか? 生きておったか」


 黒い剣を受け流した兼光村正 黒(カネミツムラマサ コク)。

 血塗れの上に、足取りも覚束ない。


「花殿に・・・手を出させるわけには・・いかぬ」


「ふむ。その体で戦おうとする意地だけは認めたもう。なれど平伏せ」


 左の手の平を上から下に振る女。

 それだけで、黒は血反吐を吐いた。

 その場に膝を付く。


「そうよのう。どうせ皆殺しにするのじゃ。三人とも揃っておる事じゃしな。一つ思い出話をして進ぜよう。もっともそのうち一人は絶命してるかもしれぬがな」


 ゆっくりと黒まで歩いた女。


「昔々、娘も生まれ幸せに暮らす刀工がおったそうじゃ。彼は年若い長であり、そこの一族はとある禁忌の秘術を持っておった」


 女はそこで一度言葉を止めた。


「それは娘が六歳になる頃じゃったか? 【白銀狐】と呼ばれておった一匹の妖狐が禁忌の秘術を奪いに、一族の村を襲ったのじゃ」


 黒から離れ、花に向かって歩く。


「人間の世界は国同士で戦争をしている真っ最中じゃった。第二次世界大戦とか言うたかの? その為、村には男衆はほとんど居らんかった」


 動けなくても敵意を失っていない。

 女を睨みつけている黒。


「村の三割の女衆が攫われ、残っていた年老いた男衆や子供の多くが嬲り殺しにあったのじゃ」


 女座りで動けない花。

 彼女の瞳をじっと見つめる。


「長だった男は、何とか戦争を生き延び村に戻るのじゃが、【白銀狐】の襲撃と結末に、狂わんばかりに憎悪を募らせたのじゃ。何故なら娘は無事じゃったが、男の妻が【白銀狐】に攫われて行方不明だったからじゃ。同じように妻を攫われた男衆、家族を嬲り殺しにされた村衆と共に【白銀狐】を捜し求め始めたのじゃ。【白銀狐】に襲われる時に、偶然村に来た一人の男が花を含める村の者達を守っておった。彼に用心棒を任せる事が出来たからこそ、男衆は動いたのじゃ」


 花から視線を逸らした。

 中里 愛菜(ナカサト マナ)を見た女。

 彼女は愛菜に、不気味に微笑みかけた。


「そしてとうとう【白銀狐】の塒(ネグラ)を見つけたのじゃ。しかし、中には件の狐はおらなんだ。そこにあったのは、嬲りに嬲られて殺されたであろう、行方不明の村の女衆じゃった。中には子供もおったのう。その光景に男衆は、更に憎悪を膨らませていったわけじゃな」


 愛菜から離れると、少し離れた所にいる白紙 沙耶(シラカミ サヤ)。

 彼女に視線を向けた。

 痺れは回復し始めており、横座りしている沙耶。


「しかし、結局【白銀狐】を見つける事は出来ぬまま。弔いもかねて男衆は一度村に戻ったのじゃがな。ううむ、だんだんと話すのが面倒臭くなってきたの。じゃが続けるのじゃ。それから数日後、【白銀狐】が村を再び襲う。件の狐にとって、憎しみに捕われていた村人達を狂わせるのは至極簡単じゃったわけじゃ」


 霊力の消耗から回復してない白紙 伽耶(シラカミ カヤ)。

 彼女に視線を向けた女。

 隙を伺うかのような視線を向けている桐原 悠斗(キリハラ ユウト)。

 警告であるかのように、彼の側まで歩いた。


「村人を操り同士討ちさせていったのじゃな。生かさず殺さず、村人を掌握したわらわは、操る事適わぬ村人を閉じ込めた上で、禁忌の秘術の内容を確認してみる。いくつか中々に面白い事が書かれてあったのう」


 悠斗の側を離れた女。

 意識を失ったままの三井 義彦(ミツイ ヨシヒコ)。

 彼の側で屈むと、じっと見つめる。


「禁忌だけあって、生きてる人間そのものが素材のものもいくつかあった。わらわは村人を使って一つ一つ試してみる事にしたのじゃ。村の長の体を操り、その娘の花を贄にした時の村の長の絶望と憎悪、様々な感情の交錯はまっこと美味であった、くくくっ。今思い出してもあれだけの美味は中々味わえるものではないからのう、くくくくくくっ!」


 動く事もままならない。

 苦い表情になる面々。


「下種外道鬼畜、どの言葉を持ってしても足りないな」


 側に落ちていた炎纏五号丸(ホノオマトイゴゴウマル)。

 突如動いた義彦は、その手に握っている。

 女の腹部に突き刺していた。

 刃は刺さってはいる。

 だが義彦が女の術で、瞬時に動けなくなった。

 その為、致命傷には至っていない。


「やはりのう。意識を失ってる素振りじゃったか」


「いや・・・。意識を取り戻し・・たのは・・ほんの・・・さっきだ」


 口の端を釣り上げて笑う女。


「くふふふふ、中々に楽しませてくれるのう。愉快に愉悦を感じさせてくれるのう」


 動けないまま、苦い表情になる義彦。

 女は刀が突き刺さるのも気にしない。

 彼の顔のすれすれ、唇が触れそうな距離に自分の顔を近づけた。

 刀の刃に抉られるのもお構い無しに、微笑んでいる。

 その為、もう一人動いている人物がいる事に気付かなかった。


 義彦の顔から、自身の顔を離した瞬間に起きた出来事。

 義彦も女も予想していなかった。

 悠斗が、義彦の背後から現れる。

 炎纏五号丸(ホノオマトイゴゴウマル)の柄を殴打。

 勢いに押され、女の腹部を貫通。

 切っ先が背中を突き破った。


「わらわの呪縛を取り除くとは驚きじゃ」


 心底驚愕しているようだ。

 目を見開いている女。

 腹部からは血を流している。

 口の端からも血を垂れ流していた。


「痛みを感じるというのは、生きている証拠じゃのう。こんなに楽しいのは久しぶりじゃな」


 痛みで苦悶の表情を浮かべてはいる。

 にも関わらず、余裕のある独り言を続ける女。

 その場にいる一同は、そんな彼女の態度に畏怖を覚え始めた。


「皆殺しにするつもりであったが、楽しませて貰ったお礼じゃ。今日のところは、退散するとしようぞ。そこの少年がわらわの呪縛をどうやって解呪したのかも、考えてみたいしの」


 貫通した刀から、何の痛痒もなく体を抜いた女。

 彼女は言葉通り、そのまま正門へ歩いていく。

 血が点々と残るのも気にせず消え去った。


 距離が離れた影響なのだろうか。

 動けなくなっていた面々。

 彼等も徐々に動けるようになっていく。


「黒恋、もう一本の刀の方も闇か?」


「たぶん」


「そうか。間に合うといいのだが」


 無理やり体を動かした義彦。

 意識を失っている軍服の男の側に移動した。

 突き刺さった刀を静かに抜く。

 その上で、右手を掴み、なけなしの霊力を送り始める。


 義彦の行動に唖然としている一同。

 即座に誰も反応出来ない。

 その中で最初に行動を起こしたのは黒恋。


「ちょっと? 信じられない? また意識を失いたいの?」


 しかし、彼女の言葉は幾分遅かった。

 再び意識を手離し、倒れる義彦。

 直ぐに彼の側に黒恋は駆け寄った。

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